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椅子デザインにも「著作権」、知財高裁「実用品は意匠権」から一転、保護長期化、そっくり家具姿消す?

[ 2015年10月5日 / 日本経済新聞 朝刊 ]

 実用椅子のデザインに著作権を認めた知的財産高裁判決の波紋が、関連業界や有識者に広がっている。同様の判決が定着すれば実用品のデザイン模倣が難しくなり、有名家具の形状をまねたいわゆる「ジェネリック家具」が姿を消すかもしれない。家電製品や自動車などデザインを重視する製品にも影響が及ぶ可能性もあり、議論を呼びそうだ。(編集委員 渋谷高弘)

 「工業製品が美術的に優れていることもある。実用椅子に著作権を認めた今回の判決は当然だ」

 「だったら飛行機や自動車のデザインにも著作権を認めるのか」

 7月末、学者や弁護士ら約100人が都内で開いた著作権法の判例研究会。今春に知財高裁が出した「TRIPP TRAPP(トリップ・トラップ)判決」が話題となり、議論は白熱した。

 トリップ・トラップとはノルウェーの有名デザイナー、ピーター・オプスヴィック氏がデザインした子供用の椅子だ。脚を兼ねた左右一対の部材が座面と足置きをはさみ込む形に特徴がある。著作権を譲り受けた同国のストッケ社が日本に輸出・販売している。

 ノルウェー社側は2013年、愛知県の家具販売会社を「酷似した椅子を販売し、著作権を侵害した」と提訴。販売差し止めや損害賠償を求めていた。一審の東京地裁判決は14年4月、「実用椅子は著作物とは認められない」とノルウェー社側の主張を退けた。

 これは過去の判例を踏襲したものだ。日本では椅子などの家具や電気製品といった量産実用品のデザインは意匠権で保護してきた。純粋な美術品と同等の高い創作性がなければ、著作権は認めないのが一般的だった。

 ところが二審の知財高裁(清水節裁判長)は今年4月、「トリップ・トラップにはオプスヴィック氏の個性が発揮されており、著作物」と認めた。しかも「実用品だけに高い基準を設けるのは適切ではない」と従来の司法判断を批判した。著作権侵害までは認めなかったが、デザインにかかわる業界に衝撃を与えた。

20年から50年に

 とりわけ影響が及びそうなのが近年流行するジェネリック家具だ。川口タンス店(福島県郡山市)は東京・神田のショールームに椅子など約80点を展示する。通販サイトにも商品があふれる。

 ジェネリックとは通常、特許切れ医薬品と同じ成分を使う割安の後発医薬品に用いる言葉だ。ジェネリック家具も数十万〜100万円する有名デザイナー作品とそっくりの椅子が、10分の1程度で売られている。

 堂々と販売できるのはオリジナルの意匠権が切れているから。保護期間は特許庁への登録から20年。これを過ぎればデザイナー側は訴えることができない。だが著作権が認められるとデザイナーの死後50年保護される。

 実際、ノルウェーのストッケ社は「椅子を著作権で保護できることがはっきりした。今後、日本で模倣品を訴えることが容易になった」と歓迎している。一方、川口タンス店の川口栄太郎社長は「もし裁判となれば徹底的に争う。実用家具を著作権で50年も保護するのは長過ぎる」と話す。

 ファッション業界も知財高裁判決に注目。仏高級ブランド「エルメス」の日本法人は「著作権で模倣品を排除しやすくなる」と喜ぶ。さりげないデザインを重視しているため、ロゴでバッグなどの模倣品を排除できず、苦労していたからだ。

影響拡大に懸念

 ただ実用品に著作権が広がることは、もろ刃の剣だ。国内アパレル企業の法務担当者は「自社のデザイナーに他社のデザインをうっかり模倣しないよう、改めて教育する必要がある」と話す。

 「判決が定着すると、影響は思わぬところに及ぶ」。著作権が専門の奥邨弘司・慶応大学法科大学院教授は懸念する。「レストランが宣伝用ポスターのために実用椅子に座った幼児の食事風景を撮影したり、実用椅子の貸し出しビジネスをしたりすると著作権侵害になりかねない」と言う。従来、著作権を気にしなくて済んだ利用例だ。

 原告が上告せず、今回の判決は確定した。最高裁まで争われた類似の判決はない。デザインに関係する業界は今後、同種の訴訟や司法判断から目が離せそうにない。

欧米の保護
日本より厚く
「広げすぎると弊害」の指摘も

 欧米先進国は実用品のデザインを、日本よりも著作権で手厚く保護している。日本が模範にしてきたとされるドイツも近年、保守的な考え方を転換。これが日本の今回の司法判断に影響を与えた可能性が高い。

 実用品のデザイン保護に熱心なのがフランスだ。同国の著作権法は芸術品と実用品を区別せず、創作性があれば著作権を認める。だから同国ではブランド品のデザインは、著作権法と意匠法の両方で強力に保護される。

 米国は独自の理論を採用した著作権法で実用品のデザインを保護。「実用的な機能から切り離せる美術的特徴は意匠権だけでなく、著作権でも保護する」という考え方だ。例えば自動車の先端に付いたエンブレムは、外しても走るという機能に影響しないから著作権の保護が及ぶ。日本では自動車という実用品の一部と見なすと考えられる。

 ドイツは従来、日本と同様に「高い創作性」のある実用品にのみ著作権を認めてきた。しかし同国最高裁は2013年の判決でこの考え方をやめ、フランス式に歩み寄った。著作権が専門の上野達弘・早稲田大教授は「日本が従来のドイツの考え方を維持する理由はなくなった」と話す。

 一方、知的財産権に詳しい金井倫之・金沢工業大大学院客員教授は「著作権保護を実用品に広げすぎると弊害がある。自動車やカメラなど意匠権でデザインを守ってきた分野で訴訟が増える。意匠制度の存在意義も小さくなる」と懸念する。

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