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技競うプレハブ住宅(2)創業者の熱き思い原点(軌跡)

[ 2017年5月23日 / 日本経済新聞 大阪夕刊 ]

 大和ハウス工業の創業者、石橋信夫氏はアユ釣りが好きだった。夕方まで河原にいる子供たちに声をかけたところ、家が狭いために帰りそびれていたと知る。そこで3時間で建つ勉強部屋の開発を命じた。1959年に発売された「ミゼットハウス」だ。

 10平方メートル以下の増築なので建築確認申請が要らず、価格は6畳で11万8千円。団塊の世代が個室を欲しがる年ごろになっていた。速い、安いに加え「欧米風に窓を観音開きにしたのが受けた」(総合技術研究所の広沢建二所長代行)。

 これが「プレハブ住宅の原点」(大和ハウス)。だが積水ハウスによると、風呂などもそろえてこそ住宅。60年発売の「セキスイハウスA型」が「先駆け」だという。第1号を関西系の大手2社が互いに譲らず、といったところか。

 松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏も59年、松下電工(同)に工業化住宅の開発を指示。「優れた住宅の供給は国家的見地から急務」と、グループを挙げて取り組む姿勢を示した。61年には「松下1号型」が発売され、63年にはナショナル住宅建材(現パナホーム)が設立されている。

 積水化学工業は60年に住宅事業を分社して積水ハウス産業(現積水ハウス)を設立した。積水ハウスは設立後赤字が続いたが、積水化学出身の田鍋健氏が社長となって黒字化を果たす。

 その後、積水化学に「住宅について技術者を教育してほしい」と頼まれた田鍋氏は「なんでいまごろ」と思いながらも引き受けた。積水化学は71年、柱と梁(はり)を箱型に一体化したユニットまで工場で生産する「セキスイハイム」を発売する。現在、両社は株式を持ち合いつつ、住宅メーカーとしては競合するという微妙な関係にある。

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