日経メッセ > JAPAN SHOP > 連載コラム > 魅力的な店舗アメニティーの創出 > ムービングサロン ―高度なアクセシビリティの創造―

連載コラム

ムービングサロン ―高度なアクセシビリティの創造―

[ 2012年2月29日 ]

「動くブティック」の始動

 わが国では、超がつくほどの高齢化や東日本大震災などにより、小売店舗へのアクセスに難儀を感じる人々が増えている。とりわけ高齢者の中は、「買い物難民」という言葉に象徴されるように日々の買い物にも困難を抱える人が少なくない。

 このような状況下で、移動販売や宅配サービスに力を入れる小売事業者が着実に増えている。売り手サイドから消費者に接近することで、消費者の買い物抵抗感を極力緩和し、業績に結びつけようというのが狙いだ。だがそれは、食料品や日用品などの必需品の提供が主で、ラグジュアリーグッズの提供による「潤いのある豊かな購買機会」の実現とは程遠いものである。

 ところが昨今、まさに「動くブティック」といえる高級品の移動販売を行うことで、このような特殊な販売形態でありながらも「潤いのある豊かな購買機会」を提供する画期的な取り組みを行う事業者がいる。化粧品の訪問販売で有名な株式会社ポーラだ。同社では「ムービングサロン」という毛皮や高級バッグ、宝飾品などを品揃えし、高級感あふれる内外装を施した斬新なサロンバスを開発することによって、文字通り「動くブティック」を実現している。


1.ムービングサロンの外観

 ポーラがこのような取り組みに着手した理由は、現下の厳しい経済情勢と多様化事業への注力にあった。

 同社は化粧品だけでなく、アパレル品や宝飾品なども扱っているが、それらの売り方には、大きく二つある。一つはカタログ販売で、もう一つは展示会販売だ。カタログ販売の場合、消費者は商品の実物を手に取ることができないがゆえに、とりわけ高額品の場合、購買に結びつきにくいというデメリットがある。

 展示会販売は、大都市の集客ができそうなホテル等を会場とし、そこに顧客に来てもらって、商品を販売していくという形態である。しかし展示会型の集客は折からの不況で年々厳しい状態となっており、新たな展開が模索されていた。

 そこで、わざわざ展示会に来訪してもらうより、ポーラ・サイドから顧客のもとへ出向いた方がいいのではないかというアイデアが浮上した。この斬新な逆転の発想を閃いたのは、同社会長の鈴木郷史氏である。氏の頭の中にすでに5、6年前からこのアイデアがあったという。

 また同社では、地方市場の現状に可能性を見出していた。多様化事業担当執行役員の小泉京子氏によると、「地方では百貨店の撤退が多く、高級商材を扱う小売店舗が年々少なくなっていました。例えば高知市には百貨店が1店舗しかなく、高級商材を買うには、岡山か、関西に行くと聞いています。(中略)地震の被害に遭った岩手県盛岡市の百貨店では、バスを仕立ててお買い物ツアーをしているという状況があるそうです」とのことだ。


2.お話をうかがった小泉京子執行役員

 つまり地方には確実に高級商材の肥沃なマーケットがあると踏んだのだ。とりわけポーラの場合、80有余年もの長きにわたる訪問販売への取り組みにより、顧客のもとへ直接出向いて商品を販売するという手法には、一日の長以上の経験と実績があり、全国津々浦々に固定的な顧客層を保持していた。

 これらに加え、このような取り組みの背景には、高齢化の進展ということもあったという。「例えば那須小川では、高齢の方々が相乗りタクシーで買い物に来ているということがありました」と小泉氏は語る。間違いなくシニア層にも、買い物のニーズはあるのだ。だが、彼ら、彼女らはクルマの運転ができないがゆえに、わざわざタクシーを利用して買い物におもむいていたのである。

高級感あふれるくつろぎのアメニティー

 今日、ムービングサロンは、消費者の買い物問題の解決に大いに役立っている。この画期的な「動くブティック」の店舗特性について明らかにしてみよう。

 まず内装に関してだが、フロアや天井、そして壁面は同社が展開しているエステ併設型店舗「ポーラ ザ ビューティー」の基調と同一のホワイトとし、パールのような輝きをたたえて高級感を演出している。同社のメーンの顧客層は、主に50代以上であるので、内装もそれに合わせた上品なたたずまいとなっている。


3.ムービングサロンの内装

 入口を抜けて運転席を背にして立つと左手には、高級なコートやフォーマルウェア、シューズやバッグ類が多数並び、右手にはジュエリーや腕時計、そして毛皮などの一流品が並ぶ。この施設にはトータルで約400品目の商品が陳列されている。そのうちの280品目がアパレルアイテムなので、きちんとフィッティングスペースも用意されており、顧客はそこで自由に試着をすることができる。


4.高級な毛皮の陳列スペース

 アメニティー面の充実も秀逸である。この移動ブティックのコンセプトは、「クルーザーでのおもてなし」であるので、顧客にはゆったりとくつろいでもらえるよう入口右脇にソファーを備えている。無論、ここでは、セミオーダーの婦人靴も販売されているので、それのフィッティングのための設備として必要ということもあるが、まず入店していただいたお客様にソファーでゆっくりとくつろいでいただいて、落ち着いてお買い物を楽しんでいただくというスタイルを提案しているのだ。


5.くつろぎのソファー

 このソファーには同時に4名座ることができ、サロン内では約10名の来場者が無理なく買い物を楽しむことができる。このような休憩施設があると、顧客は疲労しにくく、自然に長時間サロン内に滞留することになる。結果として顧客は一品一品じっくりと商品を吟味するゆとりができ、購買に結びつく可能性が高くなるのだ。加えて、このサロン内には化粧室も完備しており、これも顧客の長時間滞留を促す重要設備の一つとなっている。

 ムービングサロンの外観も非常に個性的である。同社は、「 B.A」 という高い人気を誇るアンチエイジングの高級化粧品をメーンに展開しているので、それのコンセプトイメージをこの施設に付与し、かつ広告塔としての役割も意識してそのロゴやボトルをバスの外側にラッピングしている。


6.バスのラッピング

 画像にある通り、 POLAとB.A というロゴと、商品のボトルが横に寝そべった形で描かれており、重厚な上質感を醸し出している。当初、外観は同社のコマーシャルに出演している女優の夏木マリや米倉涼子の写真をつけたらどうかという意見もあったそうだ。だが、鈴木会長は、上品に商品の高級感を訴えることを重視したため、B.Aのみの落ち着いたデザインにしたという。

成果の高い革新的取り組み

 ムービングサロンというこれまでの移動販売にはない革新的な取り組みの成果は、非常に大きいといえる。一日の平均来客数は約60名に上り、昨年10月スタート以来、客単価は10月に7万円弱、11月に6万円弱であり、12月には時節柄もあってのことだが9万円弱にまで上昇している。同社が全国で行う展示会での平均客単価は5万円弱なので、明らかにこちらの方が優位である。

 筆者は以前、NHKの「サキどり↑」という番組に出演した折に、同一企業が運営する移動販売と店舗販売の客単価を比較する場面に遭遇した。その時も客単価に関しては、ポーラの事例と同様に移動販売の方が店舗販売よりも高かった。

 これは一体どのような理由によるものなのだろうか。

 一つは言うまでもなく、利便性の向上であろう。百貨店をはじめとする高級小売店舗が減少し、アクセスが不便になる中、小売店舗の側から顧客の方へ接近してくれるのは間違いなく便利である。

 またこの特殊な店舗形態の場合、顧客間の「競争的購買連鎖意識」という独自の購買心理も働くようだ。小泉氏によると、「バスの中には、10人程度しか入れないので、誰かが商品を購入すると、自分も買わなければという心理がはたらくようです」とのことだ。広い店舗の場合、客は誰もが「その他大勢」になってしまい、購買義務感がはたらきにくい。だが、少人数の客しか入れない限られたスペースの店舗の場合には、誰かが買うと、必然的に「自分も買わなければ」という空気が醸成され、連鎖的に購買がなされていくのである。

 さらに「イベント性」という要因もはたらいている。同社広報・IR室長の小川浩二氏は、「普段なかなか展示会場に行けない人たちが、このようなバスでの購買機会を得ると、この際だから良いものを買っておこうという心理がはたらきます」と指摘する。

 捉えようによってはムービングサロンというこの移動ブティック自体がイベントであり、アメニティーであり、稀少な購買機会なのだろう。市井の小売店舗とはまったく雰囲気の異なる設備が、一種のお祭りのような気分を盛り上げてくれるのだ。顧客からすれば、せっかくこのような珍しい雰囲気や施設に触れたのだから、この機会に是非買っておこうという意思がはたらくのである。

 さらに独自の商品提案スタイルにも好成果の理由があるようだ。ムービングサロンの販売システムは、訪問エリアが決まると、自動的に担当の営業所やレディ(訪問販売員)が決まり、レディは自分の顧客の中から来ていただけそうな方に声をかけるというフローになる。そしてムービングサロンの利用希望顧客が出ると、レディはそこまでご案内して同席する。つまり、施設内では、顧客とレディとサロン専従の販売員とで、和気あいあいと買い物話が進行するというパターンになる。顧客とレディとは旧知の間柄であり、厚い信頼関係が築かれているので、レディによる商品の提案や推奨が実際の購買に結びつく場面が少なくないのだ。

さらなる進化へ

 今後の展開について尋ねたところ、ムービングサロンは本年7月からもう1台増やし、2台体制でいくという。この理由は、当初トライアルで行ったこの事業の成果が上々であったという点はもちろんだが、「取扱商品が主にファッションアイテムなので、春夏で1回、秋冬で1回という巡回を考えると、どうしても2台必要なのです」(小泉氏)とのことだ。

 さらに将来は若い顧客層に向けてもこの移動ブティックを展開する可能性があるという。ポーラの顧客は50代以上のミセスがメーンだが、20代、30代のレディ層も少なくない。当然これらの年齢層はまったく異なったニーズを有している。広報・IR 室課長の長谷部伸氏はこう言う。「例えば靴の選択の際に、ミセス層は軽くて、歩きやすくて、疲れにくいものを求めます。これに対して若者層はブーツに代表されるように、歩きやすさや軽さよりもファッション性を重視して選択します」。

 無論、ムービングサロンの品揃えのコンセプトは、「高級」、「本格」などがキーワードであり、取扱商品のジャンルは毛皮、コート、ジュエリー、高級バックなどで変わらないものの、個々のアイテムは若い人のニーズに合わせてまったく変更するという。

 ムービングサロンという画期的な「動くブティック」の開発は、買い物問題を抱えるシニア層に高級なアメニティー空間への高度なアクセシビリティを創造した。その成果に立脚し、今後はその活動の裾野をヤングアダルト層にまで広げていくことになるという。ムービングサロンのさらなる進化と、日本全国至る所での活躍を期待したい。

(注)上記の画像はすべて、株式会社ポーラより頂戴いたしました。

魅力的な店舗アメニティーの創出
執筆者:野口 智雄

野口 智雄略歴

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。日本ショッピングセンター協会顧問。1956年、東京都に生まれる。84年、一橋大学大学院博士後期課程単位修得。その後、横浜市立大学助教授を経て、92年に早稲田大学助教授。93年から現職。2006年3月から2008年3月まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部でマーケティング、流通の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』 で日本商業学会賞を受賞。
主な単著に『マーケティングの基本(第三版)』(日本経済新聞出版社)、『マーケティング戦略』(日本経済新聞社)、『マーケティングの先端知識』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞出版社)、『一冊でわかる! マーケティング』(PHP研究所)、『店舗戦略ハンドブック』(PHP研究所)、『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞出版社)、『I型流通革命』(講談社)、『ウォルマートは日本の流通をこう変える』(ビジネス社)、『FREE経済が日本を変える』(中経出版社)、『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』(日本経済新聞出版社)がある。また、近著に『なぜ企業はマーケティング戦略の誤るのか』(PHP研究所)、出演・監修ビデオに『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞出版社)がある。

バックナンバー

PAGE TOP