連載コラム

「空気感」の研究

[ 2013年2月25日 ]

人工物と自然物の融合

 小売店舗やそれの集積であるショッピングモールの魅力を引き立てる重要な要素に、「空気感」があると筆者は常々考えている。米国のショッピングモールの中でも、ライフスタイルセンターが人気化した理由はさまざまあるが、それの一つに「オープンエア性」があることは論をまたないだろう。ライフスタイルセンターは、従来型のエンクローズド・モールと異なり、施設全体を屋根で覆わず、自然と触れあうことができるような設計になっている。いわゆる「オープンエア性」を享受できる造りになっているのだ。
 商業施設という人工物と、天上という自然物が調和し、融合して造り上げられる情景や雰囲気などがここでいう「空気感」である。小売店舗やショッピングモールは、人工物と自然物が絶妙に溶け合うことによって、独特の「空気感」を生み出し、大きなシナジーを発生させる可能性があるのだ。それゆえ、小売関連の事業者は立地を考慮し、小売施設に「オープンエア性」を取り入れることで、どのような「空気感」を顧客に提供できるのかを真剣に考える必要があるだろう。
 結論的なことを最初に提示したが、以下では、まず「空気感」というものを構成し、演出する「オープンエア性」という空間特性に関して、それがわれわれにもたらしてくれるメリットについて明確にしてみたい。
 挙げられるべきメリットは「仕切り」がないことによる「開放感」である。エンクローズド・モールは、このターミノロジーが示す通り閉鎖的で、施設全体が一つの大きな箱のような造りになっている。当然、密閉性が高く、悪く言えば牢獄のような構造である。施設内に入った来場者は当然、「自然」に直接触れることはできず、外界から遮断された「息の詰まる」状態におかれることになる。
 無論、ショッピングモールを単なる「物理的な購買場所」と捉えるならば、エンクローズド・モールは、施設外の出来事からの影響を受けることなく非常に便利な買い物場所ともいえるだろう。ひとたび施設内に入ってしまえば、天候や気温、そして騒音等の影響をほとんど受けずに快適に買い物に没頭できるからだ。
 だが、消費者の意識が高度化し、多様化している昨今において、とりわけ日本人のように購買をレジャーの一つと捉える国民にとって、小売店舗やショッピングモールは単なるモノとマネーとの交換の場所ではない。われわれがそれらに求めるものは、購買を超えた「体験」である。そこに行ってはじめて得られる個性的な雰囲気やアメニティー、アミューズメント等が重要なのであって、それらによって形成されるニーズに合った「体験」を享受したいのだ。このような「体験」を実現する上で今日、独特のアメニティー要素として小売店舗やショッピングモールを引き立ててくれる大道具が「オープンエア性」であり、「自然」である。
 上記の通り、例えばライフスタイルセンターでは屋根や覆いが存在しないため、来場者は自然の外気と直に触れあうことができ、そこで青空を愛で、新鮮な空気を吸うことができる。人々はライフスタイルセンターで、自然の息吹を体験できるのである。これは、ちょうど息苦しい館内浴場から露天風呂へ移動した時の爽快感に似ている。
 この種の爽快感を筆者は、米国での在外研究期間中に幾度か経験した。
 都会にいるとまったくわからないが、ルーラル地域に行くと空気のおいしさがよくわかるものだ。コロラドにオーロラ・シティプレイスというショッピングセンターがある。ここは以前紹介したタウンセンター・アット・オーロラの近隣にあるのだが、個々のテナントは独立性が高く、施設の規模もずっと巨大である。ここで賞味した空気のおいしさは今でも忘れることができない。ロッキー山脈から吹き込む素朴で野性味溢れる風を受けながら、広いペデストリアンを散策する時の気分はたとえようがないほど爽快なものだった。


1.広大なオーロラ・シティプレイス

 ライフスタイルセンターの構造物は基本的に平屋であり、どの施設でもその上には広い大空が開けている。しかしながら、この施設ほど、「オープンエア性」の秀逸さを感じるものはなかった。施設面積の巨大さは言うまでもなく、コロラドという澄みきった空気の土地柄等から空の大きさや自然の息吹を思い切り満喫できるのである。このような環境下で、オーロラ・シティプレイスは、心が洗われるような爽快な「空気感」を醸成しているのだ。


2.コロラドの大空とショッピングモール

 ところで、「空気感」の重要性を論じる上で付言しておかねばならない「伝統的失敗例」がある。それは日本の商店街のアーケードだ。
 実は、ライフスタイルセンターが日本で紹介された折、それを商店街になぞらえることがしばしばあった。なぜかと言えば、日本の商店街はコミュニティ志向であり、オープンエアの状況下で店舗運営がなされるところが多かったからだ。筆者としては、一部の形態が似ていても質的な部分や成立の経緯がまったく異なっているので、この種の議論には大いに異論があった。
 それはひとまずおいておくとして、かつて日本の商店街では、アーケードを設置することが流行った時代がある。商店街の活性化のための商業近代化策として、アーケードとカラー舗装の配備が定番だった頃があった。商店街にアーケードを付ければ雨よけ、風よけになり、悪天候でも 人々が買い物に来てくれると考えたのである。
しかし実際にはアーケードをつけることによって商空間としての密閉性が高まり、かつ昼でも暗いという問題点を惹起してしまった。せっかく集客のために多額の資金をかけて作った施設であったにもかかわらず、かえって人々はこのような閉鎖的で暗い「空気感」を望まなかったのである。
 このことからも、「オープンエア性」の重要性が裏付けられるといえるだろう。

ネオ・エッジシティの「空気感」

 「空気感」を醸成する要素は、もちろん「オープンエア性」だけではない。この自然的要素と調和し、シナジーを生み出す人工物のトータルの雰囲気も不可欠である。この点を明確にする際に、「絶好のケース」として、筆者の脳裏をよぎるものが「ネオ・エッジシティ」である。
 ライフスタイルセンターの範疇に、ネオ・エッジシティ型と表現できる開発がある。いわゆる「エッジシティ」というのは、ワシントン・ポスト紙の記者、ジョエル・ガローによって生み出された概念である。これは、1950年代以降の米国で、都市のスプロール化から逃れ、郊外に形成された都市機能を有した自己完結的な「まち」を意味する。ライフスタイルセンターも次第に巨大化するケースが見られるようになり、さまざまな都市機能を内包したものが開発されるようになった。統一したコンセプトの下で独自の「空気感」を有した施設群が計画され、「新しいまち(ネオ・エッジシティ)」が構築されてきているのである。
 この種の施設として有名なものに、サイモン・プロパティがテキサス州オースチンに2007年3月に開発したザ・ドメインがある。この施設は敷地面積が7万坪にも及び、ティファニーやニーマンマーカスのようなアップスケールなテナントが75店舗の他に、390戸の高級マンション、約2100坪のオフィス・スペース、そしてホテルも建てられ、ほぼ完全な都市機能を有した自己完結的な「まち」が形成されている。


3.ザ・ドメインのメーン商業施設


4.あたかも街中のような施設内

 また、ロサンゼルスの北東郊外には、フォーレストシティが開発したビクトリア・ガーデンズがある。ここは約3万6000坪の敷地に180店舗の小売テナント、レストラン、シネコン、子供用公園、カルチャーセンター、オフィス、銀行などが軒を連ね、警察の派出所まで併設されている。とりわけユニークなのが、カルチャーセンターで、ここには536席を擁する演劇やミュージカルを演じるためのプレイハウス、レセプションに使えるホール、図書館などのアミューズメント系の施設も内包されている。


5.都市機能を有したビクトリア・ガーデンズ


6.大規模な子供用公園


7.施設内のカルチャーセンター

 この種の開発物件は、広大な敷地内に職場・住宅・購買・娯楽などを収めることによって、施設機能間のシナジーを得ることを目的にしている。しかしシナジーはそれだけではない。同時に、これらの施設は、周囲の自然と絶妙な調和を図ることによって独特の「空気感」を醸成し、独自の「新世界」を創造しているのである。

魅力的な店舗アメニティーの創出
執筆者:野口 智雄

野口 智雄略歴

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。日本ショッピングセンター協会顧問。1956年、東京都に生まれる。84年、一橋大学大学院博士後期課程単位修得。その後、横浜市立大学助教授を経て、92年に早稲田大学助教授。93年から現職。2006年3月から2008年3月まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部でマーケティング、流通の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』 で日本商業学会賞を受賞。
主な単著に『マーケティングの基本(第三版)』(日本経済新聞出版社)、『マーケティング戦略』(日本経済新聞社)、『マーケティングの先端知識』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞出版社)、『一冊でわかる! マーケティング』(PHP研究所)、『店舗戦略ハンドブック』(PHP研究所)、『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞出版社)、『I型流通革命』(講談社)、『ウォルマートは日本の流通をこう変える』(ビジネス社)、『FREE経済が日本を変える』(中経出版社)、『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』(日本経済新聞出版社)がある。また、近著に『なぜ企業はマーケティング戦略の誤るのか』(PHP研究所)、出演・監修ビデオに『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞出版社)がある。

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