連載コラム

快感の創出

[ 2010年10月6日 ]

 小売業やその集積であるショッピングセンターにおいて、時として人は、快感を覚える。美しい内外装の店舗に遭遇した時、店内で行き届いたサービスを受けた時、以前から欲しかった商品を手に入れた時、ショーウインドーのまばゆい光彩の中に素敵なトレンディー商品を発見した時、思わぬ目玉商品を購入できた時などだ。

 その際に胸に去来する安堵、歓喜、爽快、感動、幸福などの感情はすべて「快感」である。しかしこの種の快感は、直接商品の購買に関わる「売場」だけで得られるわけではない。トイレ、遊技スペース、休憩場所など、売場を支援するアメニティー施設からも得られるのである。

 とりわけ市場が成熟化を超えて爛熟化し、競争が品質と価格という単純な商品ベースから小売業全体が発散するイメージベースへと変質してくると、本来、二次的な要素でしかなかったアメニティー部分が、きわめて重要な区別化の手段になってくる。
 今回は、小売業のアメニティーがわれわれの心にもたらしてくれる快感の重要性について考えてみたい。最初に取り上げるのは京王聖蹟桜ヶ丘ショッピングセンターのトイレである。

 こちらのトイレは、「居心地のよい空間」の提供をメーンコンセプトに、そのすべてにテーマ設定がなされている。単に用が足せるいわゆる「商業施設のトイレ」といったレベルをはるかに凌駕し、全く別次元のアメニティー空間を形成している。それはもう付属設備の域を超え、ほとんどデスティネーション(目的地)になっているのだ。

 たとえば、B館3階のレディースファションフロアのトイレ。ここは「女性がゆっくりリフレッシュできる空間」をテーマに、パウダーコーナーが合計14カ所も設置されている。そして驚きなのは、顧客の都合に合うようにそれが3種類に分かれていることだ。

1. 数多くのパウダーコーナーを内包したトイレ
1. 数多くのパウダーコーナーを内包したトイレ
※画像1.2.3.5.6は京王聖蹟桜ヶ丘ショッピングセンター提供

 20~30分と長い時間をかけて化粧直しをする主に年配層向けの個室。10分程度ちょっと腰を落ち着けて化粧をするカウンタータイプの椅子席。口紅を直す程度の主に若い人が立ったまま使える姿見。

 商業施設では、トイレのことをしばしば「化粧室(パウダールーム)」と表記する。だが大部分のところは慣例上そう表記しているだけで、実際に本格的な化粧はできにくい。通常、手洗い場の数が限られているのですぐに後がつかえ、自分だけが悠然と化粧直しをするわけにはいかないからだ。ところがこの施設には、トイレの他に多様な用途に合わせた多数のパウダーコーナーが用意されている。まさに本来の意味での化粧室(パウダールーム)なのである。この場所で、女性たちは追い立てられるストレスを感じることもなく、ゆったりとリフレッシュできるのである。

 また男性にも「感動」の演出がある。同館6階には、「究極の癒しを演出する和空間」というテーマの驚きのトイレがある。高級料亭や高級旅館に喩えられるこちらのトイレは、床に石畳が張られ、巨大な生け花、屏風、障子、石づくりの手水場など、どのアイテムをとっても伝統の日本であり、本格的な「和」の世界を醸成している。主に年配者向けに作られたというこの施設は、侘・寂(わび・さび)の空気が流れ、気分をしっとりと落ち着かせてくれる。

ザ・グローブの噴水。来場者に清涼感と癒しを提供している 2.3. 本格的な「和」の世界を表現するトイレのファサードと女性用トイレの内部
2.3. 本格的な「和」の世界を表現するトイレのファサードと女性用トイレの内部

 さて、男性向けの「感動」の演出に関してだが、こちらのトイレでは、なんと小便器が半個室になっているのだ。通常の小便器のように壁面に開放的に張りついているのではなく、それぞれがボックス状になり、プライバシーが守れるようになっている。利用者は、このトイレで小用の際でも、自分だけのプライベート空間が守られ、「ホッ」と癒されるのである。まさに個性的な快感創出の施設といえよう。

4. 癒される半個室の小便器
4. 癒される半個室の小便器

 以上のように、この商業施設には意匠を凝らした独創的なトイレが林立しているが、その中でも極致といえるのが同館4階「女性の美を追求する空間」だろう。

 お話をうかがった京王電鉄株式会社 開発推進部 開発担当課長の市川昌昇氏によると、「このフロアは、若い女性向けのファッションが多いので、おとぎ話のようなトイレにしました」とのことだ。トイレへと向かう通路には深紅の絨毯が敷かれ、天井からはゴージャスなシャンデリアが垂れ、カーテンは高く、重層的なドレープはまさに宮殿の一室を彷彿させる。

5.6. 宮殿のようなトイレの通路とトイレの内部 5.6. 宮殿のようなトイレの通路とトイレの内部
5.6. 宮殿のようなトイレの通路とトイレの内部

 この「飛び切り」ともいえるトイレを見れば明白だが、市川氏はデザインを考える際に、一般の商業施設のトイレを参考にしたことは一度もないという。「女性の美を追求する空間」というテーマは絵本からヒントを得たそうである。誰でも、子供の頃に絵本を見て、その中の主人公になってみたいと思った経験があるだろう。ここでは、童心にかえってそれを実体験できるのだ。またこのトイレ内にはテスティングコーナーがあり、テナントから提供してもらったフェイスミストやハンドクリームなどを無償で利用できる。利用者には快感づくめである。このような非日常的空間で若い女性たちは、シンデレラや白雪姫になり、つかの間の幸福感に浸れるのである。

7. 無償で利用できるトイレ内のテスティングコーナー
7. 無償で利用できるトイレ内のテスティングコーナー

 トイレ話の最後に、この商業施設にあるユニークな子供専用トイレについても触れておきたい。

 商業施設は大人だけのものではない。子供向けの商品も数多く売られており、実際多くの子供たちが来場している。だが購買力という決定的な問題があり、いきおい大人中心になってしまうのが実態だ。トイレも同様で、子供への配慮に乏しいのが一般的である。子供専用の小便器はせいぜい1台、大便器にいたっては子供用など存在しないのが普通であろう。

 ところが、ここには「子供専用トイレ」がある。同館7階の「トイレひろば」には、子供しか使えないトイレがあるのだ。小便器も、大便器も、そして洗い場も小さく低く、2~4歳までの小児が使うのにちょうどいいサイズに作られている。あまりにも可愛らしい造作なので、大人から見るとまるでガリバー旅行記の小人の国に来たような気分になる。ここは子供にも親にも大人気のスポットだそうだ。

8. 子供専用のトイレである「トイレひろば」
8.子供専用のトイレである「トイレひろば」

 子供達は自分にフィットしたトイレに快感を覚え、親も子供達の笑顔に頬がゆるむ。わざわざここにトイレのし方を教えるために子供を連れてくる親も少なくないという。「トイレひろば」は、まさにデスティネーションになっているのだ。

 子供向けアメニティーを目にすると想いかえすのが、タウンセンター・アット・オーロラである。ここは客員研究員としてスタンフォード大学にいた当時(2006年3月から2008年3月)、調査のために訪れたアメリカ・コロラド州のショッピングセンターである。

 名称の通り、オーロラというなんとも魅惑的なシティーがあり、メーン・ストリートの州間高速道路225号線とアラメダ・アベニューに挟まれるような形で、そのショッピングセンターは立地している。

 建物は、"タウンセンター"を名乗りながらも、昨今アメリカで流行りのオープンエア・モールではなく、2フロア構造のエンクローズド・モールである。ただ、上から見ると(実際にはヘリコプターにでも乗らなければ見えないが)、アンカーテナントのディラーズ、メーシーズ、JCペニー、シアーズが四方に突き出すように配置されており、十字架か、星のようなユニークな形状になっている。

9. ロッジ風の巨大なファサード
9. ロッジ風の巨大なファサード

 ここの玄関口には、ロッジ風の巨大な屋根付きファサードがそびえていて、その正面、側面には今切り出してきたばかりのような生き生きとした木材が打ち付けられている。さすがロッキー山脈を後背地にしたショッピングセンターらしい、雄大な「自然」を意識させる演出である。これを目の当たりにした時、体中を軽やかな風が吹き抜けるような爽快感を覚えた記憶がある。

 さて、屋内に入ると、天井の高い広々としたフードコートがあり、そこを抜けると、メーンのショッピング・ゾーンになる。ここは世界トップレベルのデベロッパー、サイモン・プロパティー・グループが運営していることもあり、基本仕様はクリンリネスが行き届いた近代的な4核1モール(註:百貨店や総合スーパーなどの大規模な4つの核店舗の間を小規模なテナントが連なり構成されるショッピングセンター)である。

 床のタイルも壁面も柱も、すべてオフホワイトを基調として、清潔でさわやかな印象を与える。そして何ともわれわれの心を魅了するのが、光天井だ。縦長の八角形で、大きな三角ガラスで構成されるこの織り上げ天井は、コロラドの燦々たる太陽光を取り入れ、ショッピングセンターの中央部に淡い自然の光芒(こうぼう)をあてている。その様は、あたかも天からオーロラが降り注いでいるような風情だ。

10.オーロラが降り注いでいるような光天井
10. オーロラが降り注いでいるような光天井

 この光の真下に子供たち向けのアメニティーがある。
Kidgits Korner Play Areaと名づけられたキッズ専用の遊び場だ。この種の子供用遊戯施設は無論、日本のショッピングセンターでもしばしば見られる。だが、その規模や上質さは比較にならない。

 箱庭風の造形の垢ぬけたこの施設には、グリーンとパープルの絨毯の上にミニチュアのハウス、ロケット、自動車などが配置されている。子供達は、ハウスの中に入ったり、乗り物に乗ったり、それらの間を走り回ったりして楽しんでいる。嬉々とした表情で遊ぶ子供達に、天上から自然光が降り注ぐと、そこだけにキラキラ輝く光のヴェールが漂うようで、子供達があたかも天使のように見えてくる。

11. 垢ぬけたキッズ専用の遊び場
11. 垢ぬけたキッズ専用の遊び場

 この演出は卓越したものだ。この遊び場の両サイドには長いソファが用意されていて、親はそこで自分の子供の遊ぶ姿をくつろいで見ることができる。子供の喜びは、親の喜びであり、それが光のヴェールによってより優しく、美しく見えるとになれば、その喜びもひとしおである。

 多くの親は、ここに子供を遊ばせ、楽しませるためにやってきている。しかし、それは子供のためだけではない。子供が楽しく遊ぶ姿、嬉しくはしゃぐ姿を美麗な自然のスポットライトの下で見ることで、親自身が「幸福感」という快感に包まれているのだ。
このような優れた快感アメニティーを創造できれば、アメニティーは単なる付属施設の域を超える。個性的な快感アメニティーは、デスティネーションになるのだ。ライバルと明確な区別化ができ、来店頻度を高め、滞留時間を長くして、最終的に業績向上へと結びついていく。

 利用者の「快感」に焦点を当てた個性的なアメニティーの創造を期待している。

魅力的な店舗アメニティーの創出
執筆者:野口 智雄

野口 智雄略歴

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。日本ショッピングセンター協会顧問。1956年、東京都に生まれる。84年、一橋大学大学院博士後期課程単位修得。その後、横浜市立大学助教授を経て、92年に早稲田大学助教授。93年から現職。2006年3月から2008年3月まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部でマーケティング、流通の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』 で日本商業学会賞を受賞。
主な単著に『マーケティングの基本(第三版)』(日本経済新聞出版社)、『マーケティング戦略』(日本経済新聞社)、『マーケティングの先端知識』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞出版社)、『一冊でわかる! マーケティング』(PHP研究所)、『店舗戦略ハンドブック』(PHP研究所)、『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞出版社)、『I型流通革命』(講談社)、『ウォルマートは日本の流通をこう変える』(ビジネス社)、『FREE経済が日本を変える』(中経出版社)、『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』(日本経済新聞出版社)がある。また、近著に『なぜ企業はマーケティング戦略の誤るのか』(PHP研究所)、出演・監修ビデオに『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞出版社)がある。

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