連載コラム

ライフスタイルの創造

[ 2011年1月28日 ]

 小売店舗あるいはその集積であるショッピングセンターが、商品やサービスの購買場所であることはいうまでもない。しかし購買価値観の高度化と多様化が顕著な昨今、それらは単なる商品・サービスと貨幣を交換するだけの場ではなくなっているのも事実だ。以前の稿で詳しく述べてきたようなアメニティー部分の充実度が、それら施設の評価を分け、結果として経営成果を分けるシビアな要因になってきているのである。

 とりわけ評価眼の鋭い富裕な購買層は、ショッピングを行うリテール施設に加え、それ以外のアメニティー施設が内包する多様な魅力をトータルに満喫しようとして小売施設に来訪してきている。彼ら/彼女らは、小売施設に自分自身の「ライフスタイル」を投影し、それを享受するための「在り処」を求めているのである。

 このような動向から近年、米国のショッピング空間は、「ライフスタイルセンター」へと明確なシフトがみられる。この種のショッピングセンターのメイン・ターゲットである富裕層は、大屋根に遮られたクッキーカット型のショッピングセンターから決別し、開放感のある施設の景観(ストリートスケープ)を愛で、植栽や噴水のあるパークやパティオを散策し、上質なレストランで食事をとり、オシャレなカフェでアフタヌーンティーをすすり、シネマを鑑賞すること等で、充実した時を過ごしているのだ。ここには必要なものを短時間で、なるべく安く購入しようという「偏狭な合理性」は微塵もない。自己のライフスタイルにフィットした「芳醇で潤いに富んだ時」を愉しんでいるのである。

 いわゆる「アメニティー」と表現される潤いのエレメント、憩いのエレメントにこだわったライフスタイルセンターの典型に、ジ・アメリカーナ・アット・ブランドがある。このセンターは、2008年5月に米国カリフォルニア州グレンデールに開業した。

 ここのアメニティーで圧倒されるのは、なんといっても敷地の中央部に配置された約2,450坪にも及ぶ芝公園である。

1.広大な芝公園
1.広大な芝公園

 来場者は、この広いパークを散策したり、家族団らんで戯れたりして、モノトーンな日常を忘れ、開放感に浸ることができる。オープンエアの広大な緑の大地は、目に優しく、人々を穏やかな気分に浸らせてくれる。

 そして、芝公園端のアメリカーナ・ウェイ寄りの所には、巨大な噴水のある人工池が造られていて、そこには当ショッピングセンターのモニュメントといえる黄金の彫像が優美な佇まいをみせている。この人工池の周りには多数のパラソルベンチが配置され、人々はここで「水」を眺めながらゆったりと休憩をとることができるのだ。

2.人工池の中央に飾られたモニュメント
2.人工池の中央に飾られたモニュメント

3.池の周りに配置されたパラソルベンチ
3.池の周りに配置されたパラソルベンチ

 加えて、さすがロサンゼルスのザ・グローブを開発したカルーソ(ディベロッパー企業)と思わせるようなエンターテインメント面の「匠の技」がここにもみられる。例えば、夜半の来場者は、人工池の周辺で30分に1度、魅惑的な音楽と美しいイルミネーションに彩られた噴水ショーを観賞することができる。それは、ラスベガスの高級ホテル、ベラッジオの噴水ショーを創り上げたウェット・デザインの手によるものである。

 また、主に子供向けのエンターテインメントとして、同施設内では、興趣溢れるトロリーを走らせている。これは無料で施設内を巡回しているもので、このセンターの発散する娯楽性を高める優れた舞台装置になっている。

4.施設内を走るトロリーバスの線路
4.施設内を走るトロリーバスの線路

 この施設では、以上のように、野趣やエンターテインメントのテイストを加えたアメニティーを充実させることにより、来場者に向けて、「爽快で、愉快な時間を過ごす」というライフスタイルの創造と提案を行っているのである。

 日本でも昨今、ライフスタイルセンターあるいはライフスタイルセンター的要素取り入れたショッピングセンターの開発が着実に増加している。その中でも筆者がピカイチと思うのが、「星が丘テラス」である。この施設は、2003年3月に開業した。昨今ライフスタイルセンターを標榜する大型施設も多数出てきているが、コミュニティーとの密着という意味で、ライフスタイルセンターの代表となるのは星が丘テラスであろう。

 立地は、名古屋市の中心地である栄から7キロほど東にあり、地下鉄東山線栄駅から約15分の所にある。ここは、ちょうど都心と郊外との中間に位置し、アッパーミドル階層の住宅地と椙山女子学園大学、愛知淑徳大学等がある文教地区に取り巻かれた「名古屋の山手」といわれるエリアである。富裕層をメイン・ターゲットとするライフスタイルセンターには絶好の立地といえる。

 施設は、南北に約200m、高低差16.8mのなだらかな傾斜面にそって造られており、中央を走る幅員16mの公道をはさんで東西両サイドにショップをはじめとする諸施設が展開するという形をとっている。坂道にそったショッピングセンターの開発ということで、坂の多い米国サンフランシスコの商業施設を参考にし、施設設計もサンフランシスコの都市計画デザイナー会社に依頼したという。

5.坂道に作られたライフスタイルセンター星が丘テラス
5.坂道に作られたライフスタイルセンター星が丘テラス

 施設の構造は、まさに米国流の正統派ライフスタイルセンターである。オープンエアの同施設は、低層階の建物から構成されており、青々とした空から燦々とした太陽光が目一杯降り注ぐ造りとなっている。清潔感のある建物群とこのナチュラルさが相まって、健全な雰囲気が醸成されている。また、施設内の随所に、樹木や草花などの自然のアメニティーが配されており、フローリッシュな美しい景観が創り上げられている。

 これらは日本の土地事情を考えると容易にできることではない。国土の狭いわが国では、しばしば空間利用への配慮からせこく敷地一杯の高層ビル化を指向しがちだからだ。だが、星が丘テラスでは水野茂生社長の広量な考えのもと、これとは逆に、あえてセットバックしてゆとりの空間を作ったり、開放感のあるストリートスケープを作り上げるために余分ともいえるコストを負担してきたのだ。例えば、施設東側の電柱は、街の美観を損なうと考え、自己負担で施設の裏手に迂回させている。

 アメニティー・エレメンツに関しては、坂道にそって樹木が立ち並び、数多くの花壇や芝が連なっている。箱庭のような花壇の周囲は人々が腰をかけられるような工夫があり、四季折々の花々の美しい景観とその変化が愉しめるように配慮されている。

6.坂にそってある箱庭のような花壇
6.坂にそってある箱庭のような花壇

 この施設の自然、あるいは緑に対するこだわりは突出した水準で、なんと施設の屋根にまで植栽が施されている。無論、ここはメインストリートからはまったく死角となっていて見えないのだが、自然を極めて重視した空間づくりへの強い執着を感じさせる一面といえる。

7植栽が施された施設の屋根
7.植栽が施された施設の屋根

 また、星が丘テラスは、まちとの共生を目指し、コミュニティーの核としてさまざまな重要な機能を果たしている。例えば、施設内にはスムーズな通り抜けを可能にするためのペデストリアン(歩行路)が用意されており、それにそってテナント閉店後もショーウインドウの照明を点灯させている。

 これの意図するところは、同センターの美しさをアピールするためということもあるが、同時にそこを通り抜けする人々の安全性を確保するためでもあるのだ。上記のように、このエリアには女子大学が多く、夜遅くにこのあたりを通過するうら若き女性が少なくない。そんな人々のために、同センターでは、施設内のペデストリアンをコミュニティーに開放し、明るい照明を点灯させることで、安全で快適な通行に貢献しているのである。

 さらに、センターの東側には、比較的広いイベント広場を設けており、そこで音楽イベントや地元学生達の発表会等が行えるようになっている。イベント広場には階段状の観覧席も用意されており、地域の集いの場として機能している。

8.階段状の観客席のあるイベント広場
8.階段状の観客席のあるイベント広場

 集いの場づくりに関しては、上記とは別に非常に興味深い取り組みがみられる。同センターでは、地域密着を図るために、地域の祭事に積極的に関わっており、クリスマスには優美なイルミネーションを点灯させ、夏の盆踊りの際には施設東側の第2駐車場を会場として市民に開放している。

 とりわけ興味深いのは、この立体駐車場最上階の3階だ。ここだけは、あえて駐車用の輪留めを取り払っているのである。なぜかというと、それは地域の人々が盆踊りを踊りやすくするためなのだ。それ以下のフロアには、ちゃんと輪留めは取り付けられている。つまり、この駐車場の3階は、はじめから市民が集い、盆踊りを愉しむためのアメニティー施設として計画的に準備されていたのである。

9.盆踊り会場として輪留めを取り払った立体駐車場
9.盆踊り会場として輪留めを取り払った立体駐車場

 秀逸な日本のライフスタイルセンター「星が丘テラス」は、ショッピング機会だけでなく、自然や集いの場というアメニティーをまちに供与しながらエリアの人々に溶け込み、「安全で、賑わいのある豊かな時間を過ごす」というライフスタイルの創造と提案を行っているのである。

魅力的な店舗アメニティーの創出
執筆者:野口 智雄

野口 智雄略歴

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。日本ショッピングセンター協会顧問。1956年、東京都に生まれる。84年、一橋大学大学院博士後期課程単位修得。その後、横浜市立大学助教授を経て、92年に早稲田大学助教授。93年から現職。2006年3月から2008年3月まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部でマーケティング、流通の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』 で日本商業学会賞を受賞。
主な単著に『マーケティングの基本(第三版)』(日本経済新聞出版社)、『マーケティング戦略』(日本経済新聞社)、『マーケティングの先端知識』(日本経済新聞社)、『新価格論』(時事通信社)、『価格破壊時代のPB戦略』(日本経済新聞出版社)、『一冊でわかる! マーケティング』(PHP研究所)、『店舗戦略ハンドブック』(PHP研究所)、『流通 メガ・バトル』(日本経済新聞出版社)、『I型流通革命』(講談社)、『ウォルマートは日本の流通をこう変える』(ビジネス社)、『FREE経済が日本を変える』(中経出版社)、『水平思考で市場をつくるマトリックス・マーケティング』(日本経済新聞出版社)がある。また、近著に『なぜ企業はマーケティング戦略の誤るのか』(PHP研究所)、出演・監修ビデオに『よくわかるマーケティング(日経ビデオ)』(日本経済新聞出版社)がある。

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