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自然と共に経済発展する街 ( 後編 ) ~ ポートランド市民のパイオニア魂 ~

[ 2013年1月23日 ]

 前編に続き、人気を集めるポートランドの魅力を、今回は住民意識の視点から探ってみた。

写真11913年に設置された銅製のユニークな "drinking fountain"(水飲み場)は、木材を切り出す労働者に水を飲ませたもので、今も市内の52カ所でその歴史を刻んでいる。

 1970年代以前のポートランドは他の米国の都市と同様に、急激な都市化とモータリゼーションの進展により都市機能の郊外化が加速した。中心市街地は衰退し、空き地はほとんど駐車場となってしまい、都市部の大渋滞による深刻な大気汚染と、郊外の乱開発で自然破壊が進んだ。危機感を抱いたポートランド市民は、他の都市に先駆けて、自然環境の保全と、都市部と農村部のバランスある発展を求めて、思い切った「成長管理政策」(1973年に、農地・森林地・住宅・都市化など、19の目標を定めた土地利用計画制度)の導入に踏み切ったのである。

ポートランドの「物語と知恵」が人々を呼び込んだ

 ポートランド州立大学のスティーブン・ジョンソン教授は、ポートランドの成功は「地域の物語」と「群衆の知恵」にあるという。米国では急激な都市化により、市民参加の機会が減少し、人々のコミュニケーションが希薄となっていた。70年代のサンフランシスコに始まったヒッピー運動はやがて、ポートランドにも波及。理想郷を求めた大勢の若者がポートランドに集まった。政治や、ボランティアを通じて組織に参加できる街として脚光を浴び、人々が移住したのだ。また、街の保守勢力はそうした部外者を排除することなく受け入れ、今日では移住者の構成比が80%にもなっている。つまり、ポートランドには自由と民主主義があるという「地域の物語」(ストーリー)が今日のポートランドを築いたと彼は説いている。

 多様な人達が集まり、社会的な関心を議論する場が育つことで、さらに教養がある企業家精神の旺盛な人々を呼び込み、世代を超えた良好な人間関係が築かれた。そこに生まれた新しい価値こそが「群衆の知恵」であり、ポートランドの魅力の核心になっていると教授は語る。今でいう「クリエイティブ・シティ」の先駆だが、現実にIT関連の先端産業を誘致し、アーティスト達の才能を開花させて来た。つまり、「ポートランドには豊かな自然と、市民参加と、自由な素晴らしい暮らしがある」という「物語と知恵」が、この街の屋台骨となっているのが理解できる。

写真2
「JAMISON SQUARE」に集まるヤンママ集団は
ウッドデッキの歩道でエクササイズ。
写真3
厳選豆と焙煎技術で市内屈指のカフェ、「BARISTA」
の店先。(テラス風の歩道)
写真4
スノッブな「Ace Hotel」の1階「スタンプタウン・
カフェ」のブランチを楽しむ市民。
写真5
由緒ある「The Heathman Hotel」のロビーに展示さ
れていた、見事なアート作品。(モザイクガラスと
陶器の花瓶)


豊かな風土に育まれた食文化と環境保全の意識

 ポートランド市内を歩いて分かるのは、ナショナルチェーン店の姿をほとんど見ないことだ。ポートランドの商業的な成果として、地元第一主義(ローカル・ファースト)の実践と定着が挙げられる。街路に面する店舗の誘致は地元の商業者を優先し、この街にふさわしい個性的な業種・業態をしっかり選んで、地域の共同体意識を反映してきた。5つのエリアで毎週開催されているファーマーズ・マーケットには、250以上の近隣農家が参加し、豊かな風土に育まれた、新鮮で安全な有機野菜や肉・卵、乳製品などが恒常的に手に入る環境を生んでいる。地産地消を象徴するファーマーズ・マーケットやサタデー・マーケット(アートクラフト市)は、コミュニティ意識の高い市民の大きな財産となっている。

 世界水準にあるオレゴンビールは、良質な地元のオオムギとアメリカでも有数な12種以上のホップ、ブルラン分水嶺より流れ出る清水から醸造されている。また、ウィラメット・バレー北部の風土で栽培される葡萄のピノ・ノアール種は、ほぼ同緯度にある仏のブルゴーニュ地方にも匹敵するクオリティの高さだ。オレゴンワインの評価は近年高まる一方で、価格も上昇しているが、だからといって増産せず身の丈の量しか生産しないのがオレゴン流である。酒文化の盛んな地域は、自然に恵まれ、豊かな食文化を開花させる。日頃から上質のビールやワインを嗜む市民だからこそ味覚も繊細となり、新鮮で安全な食材が供給される市内の食品店やカフェ、レストランが充実するのも当然であろう。

 自然に恵まれた生活環境の良さや持続可能な都市として知られるポートランドは、全米で住んでみたい街として評価が高い。同市では環境にやさしいグリーンビルディング(建築環境性能認証制度:LEED)への申請が定着しつつあり、新旧を問わず、学校・医療施設、ホテル・店舗、住宅などが、続々認証を獲得している。また、自然保護と環境保全に向け、自然地区や河川流域の土地購入を進め、公園、歩道・自転車道、自然を緑の帯でつなぐ、世界最大の「コネクティング・グリーン」の取り組みをスタートさせた。

写真6
ファーマーズ・マーケットには1日
20,000人以上の市民が繰り出す。
写真7
住民提案から始まった「レインガー
デン」は一般家庭にも浸透。雨どい
をレインガーデンにつなぎ、雨水に
よって洗い流される有害物質が
下水から河川に流れ込むのを防ぐ。
川の水質改善(サーモンを保護)や、
緑の保全、土壌からの蒸散による
水循環、蚊の発生予防などに効果
がある。
写真8
1974年に始まったサタデー・マ
ーケット。オレゴン州で最初の
蒸留酒製造所の地ビール「ROG
UE」の露店では、27種のビール
とカラフルなボトル・デザイン
が目を引いている。
写真9
近郊ワイナリーを代表するシャト
ー、「DOMAINE SERENE」の
テイスティングルームは、観光客
でいっぱいだ。
写真10
市内「NEW SEASONS MARKET」
の有機野菜コーナー。陳列棚上部に
は全ての野菜の生産農家が表示さ
れ、トレーサビリティも万全だ。
写真11
110満点中80点以上の成績をとれ
ば、米国の建物環境総合性能評価
指標であるLEEDプラチナ認証と
シールがもらえる。


アメリカン・スピリッツで都市成長の限界を超えて行く

 メトロ(メトロポリタン地区オレゴン広域行政府)の都市政策とPDC(ポートランド市開発局)の功績によりポートランド市を中心に、州人口はこの20年間に33%増えた。将来予測では2030年までにさらに100万人以上の人口増加が見込まれ、住宅や業務用地、農地の不足は明らかだ。そこで、メトロは住民と繰り返し議論の末、ポートランド中心部の密度をさらに高めつつ、衛星都市、近隣都市と名付ける未開発の都市化保留(担保)地域への拡張をようやく決議し、都市部と農村部の広域的な取り組みをスタートさせた。

 また、ポートランドにはアメリカ経済を牽引するような大企業の事業所がなく、不況に弱い中小の零細企業が多い。急激な人口増加に対して雇用の供給が追い付かないことや、市街地の住宅・地価の高騰と、都市機能の拡張に伴う行政コストの上昇も悩みの種だ。これまで、都市と農村、自然と上手くバランスを取ってきたポートランドだが、「リージョン2040」(メトロ広域行政府の都市政策)に織り込み済みとはいえ、人口増とそれに伴う様々な現実とのジレンマに直面している。

 そもそもポートランドの都市政策は、マーケティングやブランディングとは違う、自然を愛する市民の誇り(シビック・プライド)の醸成に力点を置いて成功を導いてきた。ジョンソン教授がいう「自由にグループをつくって共に働き、解決していく力(アメリカン・スピリッツ)」が、ポートランドには今も脈々と生きている。都市政策の理想である人にも環境にも優しい「持続可能な都市」の実現に向け、市民と力を合わせて、着実に歩みを進めて欲しい。

 我が国でも、世界で賞賛された東日本大震災での市民の行動や、昨年のロンドンオリンピックに見た日本チームの団結力は、我々に改めて「日本人としての誇り」を思い起こさせてくれた。今回のポートランド視察において、深く考えさせられた「市民の誇り」こそ、街づくりのパイオニアたる「力」(エネルギー)であると確信したのである。

写真12
人気のパール地区の高級集合住宅街
も、住戸の25%は低所得者用住宅と
するのが義務。
写真13
2001年にオープンした郊外のタウ
ンセンター「Progress Ridge
Townsquare 」を取り囲む低層
住宅群。
写真14
田園地帯に広がるヘーゼルナッツ畑、
650件の農家が全米収穫量の99%を
生産。
写真15
郊外の「Washington Square」SCでは、
レゴ社のイベントに参加した子供たちが
「街づくり」に挑戦。
写真16
市内を巡回する係員は、
いつでも気軽に声をかけ
てくれる。
写真17
ダウンタウンの飲食もできる小さなシネコ
ン、「Living Room theater」は中高年
映画ファンたちのコミュニケーション場だ。
テンポロジー考
執筆者:百瀬 伸夫

中心市街地商業活性化アドバイザー、静岡市まちづくりアドバイザー、町田市街づくりアドバイザー
武蔵野美大建築学科卒 (株)電通にてスペース開発部長、電通スペースメディア研究会、電通集客装置研究会を主宰、その後(株)ロッテ専務取締役。ロッテグループのホテル・百貨店・SC・飲食チェーン・アミューズメント施設・劇場・映画館、ネットビジネス等の開発をサポート。現在、一般社団法人IKIGAIプロジェクト理事、テンポロジー未来コンソーシアム(株)代表取締役。著書に『新・集客力』他がある。

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