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連載コラム

富山市のコンパクトシティはLRTから始まった

[ 2014年11月7日 ]

街づくり、店づくりコーディネーター 百瀬 伸夫

富山市の都市景観の代名詞となったLRT。洗練されたデザインがヨーロッパの雰囲気を醸し出している。
富山市の都市景観の代名詞となったLRT。
洗練されたデザインがヨーロッパの雰囲気を醸し出して
いる。
まちなかを再開発して誕生した、左奥「総曲輪フェリオ」(百貨店他)、中央のガラス建物「グランプラザ」(広場)、手前の「グランパーキングCUBY」(駐車場)は、中心市街地の新たな顔となった。
まちなかを再開発して誕生した、左奥「総曲輪フェリオ」
(百貨店他)、中央のガラス建物「グランプラザ」(広場)、
手前の「グランパーキングCUBY」(駐車場)は、中心市街
地の新たな顔となった。

 安倍改造内閣は、今年9月に地方再生の司令塔となる「まち・ひと・しごと創生本部」を置いた。地方が成長する活力を取り戻し、人口減を克服するには、従来の取組みの延長線上にはない次元の異なる大胆な政策を、中長期に渡って結果が出るまで実行するとして、安倍首相は並々ならぬ意欲を示している。

 5月には、日本創成会議による「全国1,800市区町村別2040年人口推計結果」が発表され、日本社会の未来図にショックを受けたのは記憶に新しい。地方から人口流出が続き、2040年までに若年女性(20-39歳)が5割減少し、全国市区町村の約半数の896は消滅、なかでも人口が1万人未満の市町村の532は、さらにその可能性が高まる結果となり、政府や自治体関係者などに大きな衝撃を与えた。

 地方の人口減少に歯止めをかける必要性から、各省庁はその構想を相次いで打ち出しているが、なかでも昨年の6月に定めた「日本再興戦略」に示された、中心市街地の活性化と地域再生の重要政策となる「コンパクトシティの実現」に、改めて関係者の期待が集まっている。
 今回は、富山市の先進事例を取り上げ、「コンパクトなまちづくり」が人口減少社会の活路となるのかを探ってみた。

世界先進モデル都市に選ばれた富山市

 「コンパクトシティ」は、都市の郊外拡散を止める施策として1970年代に始まった。既にアメリカを除く先進国の多くが人口減少を迎え、人口減少時代に適応した地域社会のあり方として、今、世界の先進都市が取組んでいる。
 我が国では「コンパクトシティ」という言葉が使われ始めてから、まだ10年足らずだ。しかし、2000年にOECD(先進34か国からなる経済協力開発機構)が下した、「日本社会の経済停滞は都市政策の不備にある」との勧告から12年目の2012年6月、富山市がそのOECDによって、メルボルン、バンクーバー、パリ、ポートランドと肩を並べて、コンパクトシティの世界先進モデル都市に選出され話題となった。

 富山市は、国内でも2008年7月に低炭素社会への先駆的な取組みにより「環境モデル都市」に、さらに2011年12月には、公共交通を核とするコンパクトシティへの戦略的かつ具体的な施策が評価され、「環境未来都市」にも選ばれた。
 地域社会が抱える課題解決のモデルとして、日本の一地方都市の富山市の取組みが注目されている。

左建物は富山城を借景に位置する富山国際会議場。世界先進モデル都市の選出以来、30近くの国際会議を招聘、2014年10月もOECD・富山市による「都市の国際ラウンドテーブル」が開催された。
左建物は富山城を借景に位置する富山国際会議場。世界
先進モデル都市の選出以来、30近くの国際会議を招聘、
2014年10月もOECD・富山市による「都市の国際ラウン
ドテーブル」が開催された。
ガラス張りの美しい「スターバックスカフェ」が人気の富岩運河環水公園。市内から離れた立地にもかかわらず、水辺の景観を楽しむ人々でテラスも満席。
ガラス張りの美しい「スターバックスカフェ」が人気
の富岩運河環水公園。市内から離れた立地にもかかわ
らず、水辺の景観を楽しむ人々でテラスも満席。

深刻な課題を抱えていた富山市長は、公共交通の起死回生策に賭けた

 富山市は人口約42万人の中核都市(2005年に7市町村合併)だが、日本の他の地方都市と共通して、人口減少と超高齢化の進展、モータリゼーションへの依存、中心市街地の魅力喪失、行政コストの圧迫などに深刻な課題を抱えていた。

 富山県は、自動車保有台数が1.73台/人と全国第2位、自動車の交通分担率は72.2%、通勤目的では83.3%と、中核都市で最悪な数字となり、過度なクルマ依存社会である。また、持ち家比率は約8割と、秋田県に次いで一戸建て志向の強い土地柄が手伝って、地価の安い郊外に居住地が拡散し、全国中核都市43ある中で面積は1番広く、人口密度は42位の下から2番目と著しく低い。さらに人口集中は、全国都市部平均66.5人/haに対し、47都道府県県庁所在地の中で最下位の40.3人/haと、2/3にも満たない。中心市街地人口は10年間に27,233人から24,099人と11.5%の二桁減少、中心市街地の小売販売額も10年で1,973億円が1,182億円と40%もダウン、喫緊の起死回生策が求められていた。

 そこで、地方都市の一つの未来像として取組んだのが、「コンパクトなまちづくり」であり、その施策を強力に牽引したのが森雅志市長である。森市長は1952年生まれの富山市出身、県議会議員から2002年旧富山市長(合併前)に当選、2013年4月に3選を果たし、地方自治の第一人者として評価が高い。
 森氏は「30年後には富山市は生き残れない」との強い危惧から、環境都市として名高いドイツ南西部のフライブルグ市などの、海外事例に注目していた。そこに火をつけたのが、2001年の北陸新幹線の事業認可である。富山駅付近連続立体交差事業の都市計画決定に合わせ、利用者の激減で廃線の危機にあったJR富山港線の再生を軸に、公共交通網の整備強化に打って出た。

北陸新幹線開業に合わせて開発が進む、富山駅付近連続立体交差事業。公共交通のシームレスな結節をめざしている。
北陸新幹線開業に合わせて開発が進む、富山駅付近連
続立体交差事業。公共交通のシームレスな結節をめざ
している。
富山港線「ポートラム」の下り終点となる「岩瀬浜」駅。車床とプラットフォーム、歩道と車道がほぼフラットにつながっている。駅にはフィーダーバス(住宅地と鉄道駅を結ぶ支線バス)の停留所が直結、タクシーやクルマの乗り降りも簡単だ。駅舎壁面はLED運行情報や、市政・イベント情報の発信などに利用している。
富山港線「ポートラム」の下り終点となる「岩瀬浜」駅。
車床とプラットフォーム、歩道と車道がほぼフラットに
つながっている。駅にはフィーダーバス(住宅地と鉄道駅
を結ぶ支線バス)の停留所が直結、タクシーやクルマの乗
り降りも簡単だ。駅舎壁面はLED運行情報や、市政・イ
ベント情報の発信などに利用している。

民間では実現しなかったLRT事業を、行政機関が断行

 市長自ら市民と地域の説明会に赴き、対話の回数は120回を越え、市長の熱き想いが徐々に賛同者を増やし、世論を形成していった。そして、公設民営の「富山ライトレール株式会社」を設立、事業資金集めにも市長がトップセールスに奔走し、市負担の13億円を含め、国費などから総額58億円の資金を全て調達した。しかし、何といっても共同事業者となった富山地方鉄道の理解と前向きな協力なくして事業の実現はなかっただろう。 
 事業のスタートは赤字の苦戦が予想された。民間事業者ならば事業化に踏み切れないところを、行政機関だからこそ赤字でも、富山市の未来への投資と考え、コンパクトシティ実現のキープロジェクトとなるLRT(ライトレール・路面電車)の導入を強力に推進し、2006年4月の開業にこぎ着けた。

「ポートラム」の始点となる富山駅北口駅。北陸新幹線開通に合わせて、JR高架下を交差して南エリアともつながる。
「ポートラム」の始点となる富山駅北口駅。北陸新幹線
開通に合わせて、JR高架下を交差して南エリアともつな
がる。
低床車両の導入で、旧JR富山港線の軌道とホームは全て改修された。駅は全て無人で改札口もない。各駅には駐輪場と駐車場が直結し、パーク&ライドもスムーズ。
低床車両の導入で、旧JR富山港線の軌道とホームは全て改
修された。駅は全て無人で改札口もない。各駅には駐輪場
と駐車場が直結し、パーク&ライドもスムーズ。

住宅着工増、クルマ依存の抑制、まち歩きを誘発するLRT効果

 富山市のLRTは2路線あり、旧JR富山港線から引き継いだ、富山駅北口から富山港の岩瀬浜までの全長7.6kmを約25分で運行する「PORTRAM(ポートラム)」と、2009年12月に開通した、中心市街地を周回する市内電車環状線「CENTRAM(セントラム)」である。

 富山市は、市内を運行する市内電車の軌道を、0.9km延伸(新設)することにより、既存の市内電車軌道の一部を使って1周約3.4kmを環状化させる「セントラム」事業に全国初の「上下分離方式」を導入した。富山市が考えたこの方式は、自動車が一般道路を走るのと同じく、電車が走る線路(軌道)も道路と見なし、市が「軌道整備と車両購入・保存」を受け持つもので、民間の富山地方鉄道が「軌道運送事業」を分担している。この「上下分離方式」は高松市丸亀町商店街の開発手法となった「土地の所有と利用の分離」に通じるもので、事業者の負担軽減に大きく貢献している。
 LRT事業は、官民一体となって「おでかけ定期券」の発行に努め、交通需要マネジメント施策やTFP(トラベルフィードバック・プログラム : 自律的な行動を促す啓蒙活動)を駆使して利用促進に尽力した結果、黒字を達成した。

 JR富山港線も利用客の半減を巻き返し、「ポートラム」の利用者数は平日で2.1倍、休日で3.6倍へ大幅増加、日中の高齢者の利用が大幅に伸びて、まち歩きを誘発するなど、ライフスタイルの変化をもたらしている。ちなみに、65歳以上の平均歩数は1日約6,400歩と全国平均より1,000歩も多く、7,500万円の医療費削減になるという。
 また、利用者のうちクルマからの転換が12%となりCO2の削減にも貢献、沿線の新規住宅着工も1.3倍となり、如実にLRT効果が現れた。

朝夕ラッシュ時から外れた、平日午後のLRT利用者。
朝夕ラッシュ時から外れた、平日午後のLRT利用者。
右側のスーパーマーケット「大阪屋」の真裏が、「ポートラム」の「粟島駅」になっている。他の店舗も軒を並べ、買物客や高齢者が好んで利用する沿線一の人気スポット。
右側のスーパーマーケット「大阪屋」の真裏が、「ポート
ラム」の「粟島駅」になっている。他の店舗も軒を並べ、
買物客や高齢者が好んで利用する沿線一の人気スポット。

見え始めて来た、コンパクトシティの成果

 富山市は中心市街地活性化基本計画(第1期計画)を策定し、2007年2月に全国第1号認定を受け、本格的な活性化に取組むことになる。
計画の3本柱となったのが、「グランドプラザ整備事業」「市内電車環状線化事業(セントラム)」「まちなか居住推進事業」であり、27の活性化事業を推進してきた。
 既に、総曲輪(そうがわ)地区の再開発事業が完了し、2007年9月に、地方中核都市の中でもトップクラスの品揃えと、抜群のファッションセンスを誇る大型店の「総曲輪フェリオ (富山大和百貨店他、延べ面積 約44,200㎡)」が開業、併せて、全天候型の多目的広場「グランドプラザ(施設面積 約1,400㎡、65m×21m×高さ19m)」と、立体駐車場グランパーキング「CUBY」(630台)も同時オープンし、中心市街地の核を形成している。

 また、中心市街地への公共投資が民間投資を誘発、マンションの建設ラッシュや第一種市街地再開発事業が目白押しとなり、中心部の地価は横ばい、沿線地価も下げ止まりをみせている。地価の下落に苦しんできた同地区だが、わずか0.4%の面積しかない中心市街地から、市税の45%を占める都市計画税と固定資産税の22%を集めるに至っている。
 さらに、中心市街地の人口も、2005年は11.8万人と富山市全体の28%だったのが、2013年には13.5万人、32%に増加し、沿線人口も転出から転入超過に転換、歩行者数も倍増するなど、コンパクトシティの成果が顕在化し始めている。

 2011年4月には、国土交通省から都市・地域整備局都市総合事業推進室長の神田昌幸氏を富山副市長として迎え入れ、プロの手腕の下で2012年3月に第2期中心市街地活性化基本計画が認定された。
 公共交通や利便性の向上と、中心市街地の居住人口を16.2万人、全体の42%に増やす目標を掲げ、25の基幹事業と41の効果促進事業の推進など、コンパクトなまちづくりの強化に向け、一層の力を注いでいる。

まちなか居住のシンボルになっているマンション群。現在も数棟が新築中。
まちなか居住のシンボルになっているマンション群。
現在も数棟が新築中。
グランプラザの広場テーブルでゆっくり過ごす市民。総曲輪地区に貴重な空間を提供している。
グランプラザの広場テーブルでゆっくり過ごす市民。
総曲輪地区に貴重な空間を提供している。

先進モデル都市の真価は、ソーシャルキャピタルの蓄積にある

 富山市は、コンパクトシティへの取組みとなるハード事業を推進するかたわら、地域産業の振興にも力を入れ、ソフト事業に並々ならぬ意欲を見せている。
 まず、「薬」と「ガラスの街」としてのブランディングである。薬は「富山の薬売り」として300年前の江戸時代に遡る歴史を待ち、そのビジネスモデルは今でも全国的に抜群の認知度を保ち、伝統と歴史に触れる各種展示館や「やくぜん料理」は観光資源としても優れたコンテンツになっている。

 一方、富山市は「ガラスの街とやま」を目指し、ガラス工芸をまちづくりの柱に、30年近くも取組んできた。1991年に全国初の富山ガラス造形研究所を設立し、全国からガラスアーティストを集め、1994年に作家の独立を支援する「富山ガラス工房」を開設、以来優秀なガラス作家を輩出している。2001年には作家の定住・滞在を促す「ガラスの里」の整備に着手、工房付住宅や機材のレンタルなど、創作環境の充実にも尽力してきた。こうした積み重ねが、富山のガラスを全国的に知らしめる結果となり、地域の新たな産業として期待が高まっている。
 市内には世界レベルの作品が集まり、2005年に常設の「トヤマグラスアートギャラリー」をオープン、「ストリートミュージアム」を2009年までに屋外15基、屋内8基を展開し、情報発信機能を強化している。現在、建築家の隈研吾氏の設計による(仮称)富山市ガラス美術館の整備を進め、世界に向けたクール(知的)ビジネスの育成と、芸術文化にあふれるクリエイティブシティ(創造的な都市)の形成にも余念がない。

 富山市は、街並みの向上にも配慮し、美しい花を寄せ植えしたハンギングバスケットや、スマートにデザインされたバナーフラッグ、高級感のあるガラスアートを街路に配し、美観の演出に役立てている。LRTの先進的なデザインや、都市公園の整備などとあいまって、トータルなデザインからまちづくりを推進し、美しく楽しい回遊性に優れた都市景観を創出している。また、CO2の削減から、クルマ依存のライフスタイルを転換を促す自転車市民共同利用システム「アヴィレ」を2010年に導入し、150台を15ケ所の専用ステーションに設置、事前登録により自由に乗り降りできる。

富山市自慢のバナーフラッグとハンギングフラワーを兼ねた外灯。
富山市自慢のバナーフラッグ
とハンギングフラワーを兼ね
た外灯。
市内中心部を流れる松川の、欄干に吊られた美しい寄せ植え。春は両岸が桜の名所となる。
市内中心部を流れる松川の、欄干に吊られた美しい
寄せ植え。春は両岸が桜の名所となる。
2004年に始まったガラスアートのショーケース「ストリートミュージアム」。夜間はライトアップされる。
2004年に始まったガラスア
ートのショーケース「スト
リートミュージアム」。夜
間はライトアップされる。

 市は地域住民主体のまちづくりにも積極的に取組んでいる。富山まちなか情報ハブステーション「なかもん」の掲示で市内イベントを詳細に案内、休憩所やトイレを快く開放してくれる10店を募り、市民が安心してまち歩きをできるようにした。さらに、農林水産物の地産地消を促し、安心・安全な地域の農業情報を発信する食品スーパー「地場もん屋総本店」を商店街に開店、朝から地元客を集めている。併せて、地場産物を提供してくれる地域小売店を加盟店として登録し、「地場もん屋」ネットワークにより市民サービスの向上にも努めている。「富山観光創造会議」でも、地元商店の中から「まちの駅」21店を認定し、中心市街地に程よく点在させて、回遊性と利便性の確保に一役買っている。

 また、「グランドプラザ」を拠点とするネットワーク形成や、地元大学生の地域活動の拠点となる「富山まちなか研究室」の運営、ボランティアグループによる空き家や伝統家屋の修復、飲食店や定住者の誘致、市民が観光案内やガイドとなって地域に貢献できる機会づくりを積極的に行っている。
 こうして市民参加の仕組みも厚みを増し、コミュニティの財産となるソーシャルキャピタル(人間関係の社会的ネットワーク)が蓄積されていく。

カッコいい「アヴィレ」のステーション。
カッコいい「アヴィレ」のステーション。
総曲輪通り商店街で営業している「地場もん屋」。地場産物の販促ゾーンと地産地消交流学習エリアで構成される。
総曲輪通り商店街で営業し
ている「地場もん屋」。地
場産物の販促ゾーンと地産
地消交流学習エリアで構成
される。
2011年7月に開設した富山まちなか研究室「MAG.net」の内部。大学生の「たまり場・語り場・学び場・演じ場」として積極的に活用され、2012年の「学生まちづくりコンペティション」では、大きな成果をもたらし存在感をアピールした。若者の地域定着の活路になって欲しい。
2011年7月に開設した富山まちなか研究室
「MAG.net」の内部。大学生の「たまり場・
語り場・学び場・演じ場」として積極的に活
用され、2012年の「学生まちづくりコンペ
ティション」では、大きな成果をもたらし存
在感をアピールした。若者の地域定着の活路
になって欲しい。

短期間に「まち」を変えたLRT、それを支えた市民

 今回の取材で久しぶりに富山市を訪れた第一印象は、「都会的で洗練された街」だった。
 旧富山市が1996年に中核市に移行、2005年4月に7市町村が合併し現在の富山市となったが、世界から評価されたコンパクトシティへの取組みはまだ10数年と浅い。一方で、これだけの短期間に「まち」が変わることを世に示した功績は大きい。その要因は、真っ先にLRTの導入に踏み切り、その事業化に集中したことにある。斬新なデザインを施したLRTが、新しいまちのアイコンとなって、まちの変化を分かり易くビジュアル化したことに尽きるだろう。
 政策の幹を明確に絞り込み、効果が数値化され、波及し、面として開花していく姿は、同様の課題を抱える多くの自治体を勇気づけたに違いない。
 これらは、森市長のリーダーシップ(決断・勇気・実行)によるところが大きいが、何といっても議会と市民・民間事業者の危機感と、まちおこしへの理解、意識の高さにあるだろう。

 来年春の北陸新幹線の開業に備え、急ピッチで進む富山駅付近連続立体交差事業と駅周辺の開発整備は、富山市の理想に向けた大きな一歩となるが、果たしてコンパクトシティの施策に死角はないのだろうか。
 ハード&ソフトの両面からコンパクトなまちづくりのカタチが徐々に見えてくる中で、中心市街地の商業はどこへ向かうのか、その答えはまだ見えてこない。
 次回は、この問題を掘り下げ、コンパクトシティと商業政策について考えてみたい。

大手モールは、富山城を背景にLRTの雄姿が納まる、富山市一番のピクチャーポイント。
大手モールは、富山城を背景にLRTの雄姿が
納まる、富山市一番のピクチャーポイント。
「ストリートミュージアム」でみつけた、かわいいガラスアート作品。
「ストリートミュージ
アム」でみつけた、か
わいいガラスアート作
品。
総曲輪西地区第一種市街地再開発事業の予定地。写真の商店街は取り壊され、新たに商業・業務・ホテル・シネマ・住宅・駐車場で構成される複合施設として整備される計画。
総曲輪西地区第一種市街地再開発事業の予定
地。写真の商店街は取り壊され、新たに商業
・業務・ホテル・シネマ・住宅・駐車場で構
成される複合施設として整備される計画。
テンポロジー考
執筆者:百瀬 伸夫

中心市街地商業活性化アドバイザー、静岡市まちづくりアドバイザー、町田市街づくりアドバイザー
武蔵野美大建築学科卒 (株)電通にてスペース開発部長、電通スペースメディア研究会、電通集客装置研究会を主宰、その後(株)ロッテ専務取締役。ロッテグループのホテル・百貨店・SC・飲食チェーン・アミューズメント施設・劇場・映画館、ネットビジネス等の開発をサポート。現在、一般社団法人IKIGAIプロジェクト理事、テンポロジー未来コンソーシアム(株)代表取締役。著書に『新・集客力』他がある。

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