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連載コラム

ネット通販の対極にある"着地型商業"が集客

[ 2017年1月13日 ]

まちづくり・みせづくりコーディネーター
百瀬 伸夫

 政府は、インバウンド市場の拡大に向け、地域の観光マネジメントを一体的に推進する組織「日本版DMO( Destination Management Organization)」の整備を進めている。日本版DMOは、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりを実現するもので、2016年11月末時点で、登録数は広域連携4、地域連携52、地域55と、全国で111か所となり、DMOによる着地型(目的地型)観光を目指した観光地域づくりが続々とスタートを切った。
 こうした動きに先駆け、すでに"着地型(目的地型)商業"の開発で成果を挙げている施設があり、注目を集めている。
 首都圏や地方都市の"発地型商業"(ファッションビルやSCなど)の多くが人工的で、効率や機能を追求しただけの画一的なMD・環境に陥っていたのに対し、"着地型商業"は独自のコンセプトの下で、商品・サービスと建物と自然との一体的体験が魅力であり、滞在時間が長くなれば消費単価もそれに比例して上がっていく。ネット通販の対極となる"着地型商業"の成功事例を追ってみた。

1. 滋賀県近江八幡市の和・洋菓子「たねや」が目指すユートピア的空間、「ラ コリーナ近江八幡」のフラッグシップ店。芝に覆われた屋根のインパクトは強烈で、常時、水が流れている。軒を支える柱は、長野県木曽町の山奥で選んだ栗の木を使用、社員が真鍮のタワシで磨いたもので味がある
1. 滋賀県近江八幡市の和・洋菓子「たねや」が目指す
ユートピア的空間、「ラ コリーナ近江八幡」のフラッグ
シップ店。芝に覆われた屋根のインパクトは強烈で、
常時、水が流れている。軒を支える柱は、長野県木曽町
の山奥で選んだ栗の木を使用、社員が真鍮のタワシで
磨いたもので味がある
2. 三重県菰野町「アクアイグニス」の中心となるモダンデザインのレストラン棟。カリスマパティシエ辻口氏のスイーツ店とイートイン・カフェ、天才シェフ奥田氏のイタリアンが堪能できる本格レストランがある。右奥には片岡温泉と宿泊棟が続く
2. 三重県菰野町「アクアイグニス」の中心となるモダン
デザインのレストラン棟。カリスマパティシエ辻口氏の
スイーツ店とイートイン・カフェ、天才シェフ奥田氏の
イタリアンが堪能できる本格レストランがある。右奥に
は片岡温泉と宿泊棟が続く

伝統を継ぎ、革新を続けることで、集客に成功した和・洋菓子店

 滋賀県近江八幡市に本店を置く和・洋菓子の「たねや」は、明治5年の創業で、140年以上も続く老舗として全国的に知られる銘店である。「たねや」は、菓子の原点は自然の恵みにあり、自然から学び、商品を手塩にかけてつくるという哲学を貫いてきた。
 老舗であっても常に革新を続け、50年100年先の未来への投資を行う必要があると考え、「ラ コリーナ近江八幡」事業に2013年に着手、2015年の1月には近江八幡市の丘に和・洋菓子のメインショップをオープンし、一躍注目を集める存在となった。

3. 「たねや」の主力商品である上品な和菓子は、洋菓子好きの若い女性も取り込む
3. 「たねや」の主力商品である上品な和菓
子は、洋菓子好きの若い女性も取り込む
4.
4. "ふんわり・しっとり
の焼きたてバームクーヘ
ン"が大人気で、いつも
行列ができるカフェ。
テーブルの植栽や天井照
明もユニーク
5. 敷地内のカステラ専門店「栗百本」のカフェ。栗の商品が多い「たねや」ならではの栗の木をあしらったインテリア
5. 敷地内のカステラ専門店「栗百本」のカ
フェ。栗の商品が多い「たねや」ならではの
栗の木をあしらったインテリア

 近未来のユートピア的空間をコンセプトに、ショップの屋根は芝に覆われメルヘン的な店舗が話題となっている。"コリーナ"とはイタリア語の「丘」で、世界的な建築家・デザイナーのミケーレ・デ・ルッキ氏がこの地を訪れ、小高い丘からの眺めに感動し名付けたという。
 事業展開として、本社も移転し、和・洋菓子のメインショップ、たねや農藝をはじめ、ファーム、飲食店、マルシェ、専門ショップ、ベーカリーを次々オープン、35,000坪の広大な自然を生かし、今後も拡張していく計画だ。
 また、"コリーナの森づくり"にも積極的に取り組み、中央広場の水田では地域の子供たちとの田植えと収穫が恒例となり、貴重な農業体験の場や様々なイベントの機会を提供している。

6. 店内壁面にディスプレイされた、和菓子の木型がアート作品に
6. 店内壁面にディスプレイされた、和菓子の木型がアー
ト作品に
7. メインショップの吹き抜け天井。壁から天井には炭が埋め込まれ、不思議なオーガニック模様に。作業員と社員、学生達が総出で埋め込んだ炭は、店内のニオイと湿気を吸収してくれる
7. メインショップの吹き抜け天井。壁から天井には炭が
埋め込まれ、不思議なオーガニック模様に。作業員と社
員、学生達が総出で埋め込んだ炭は、店内のニオイと湿
気を吸収してくれる

 昨年は「次世代リーダーのグローバル・ネットワーク・NELIS (ネリス)」の世界大会を"たねや農藝"で開催し、世界から関係者が集まった。「たねや」は、地域の自然、風土、歴史を遠い未来にまで引き継ぐ志を持ち、地元企業の役割を担っていくことを目指している。
 「ラ コリーナ近江八幡」は、ここでしか味わえない空間体験と企業姿勢への共感が相まって連日来店客で賑わっている。特に土日・祝日は広大な駐車場が毎週満車となるほどで、周辺地域の活性化にも貢献し、界隈のスーパーマーケットや商店にもコリーナ客が回遊するので地元からも歓迎されている。

8. 吹き抜け2階のカフェでは、コケの土に寄せ植えされた趣のあるテーブルが、憩いの時間を提供
8. 吹き抜け2階のカフェでは、コケの土に
寄せ植えされた趣のあるテーブルが、憩い
の時間を提供
9. メインショップの軒下通路に置かれたベンチは、10mもある栗の一枚板。緑豊かな風景を見ながら、癒しのひと時を過ごす
9. メインショップの軒下
通路に置かれたベンチ
は、10mもある栗の一枚
板。緑豊かな風景を見な
がら、癒しのひと時を過
ごす
10. 遊び心あふれる「土塔(どとう)」には、思わず通ってみたくなるような扉があり、知らず知らずに滞在時間も長くなる
10. 遊び心あふれる「土塔(どとう)」には、
思わず通ってみたくなるような扉があり、知
らず知らずに滞在時間も長くなる

カリスマパティシエ、天才シェフの"食" と温泉で年間100万人

 三重県湯の山温泉郷「片岡温泉」の移転に伴い、大規模にリニューアルして誕生したのが「AQUA(水)×IGNIS(火)(アクアイグニス)」である。
 カリスマパティシエと天才シェフが挑む「食」の世界をコンセプトに、新たな温泉リゾートの新機軸を打ち立て、2012年10月オープン、小さな温泉地に年間100万人が押し寄せた。
 「アクアイグニス」は、名古屋から四日市を経由し、湯の山温泉駅(三重県菰野町)まで電車で1時間半、クルマで1時間の距離で、休日は600台の駐車場が満車になるなど、オープン以来人気は衰えていない。

11. カリスマパティシエ辻口博啓氏の人気店「コンフィチュール アッシュ」。店内のカフェで極上のスイーツが堪能できる
11. カリスマパティシエ辻口博啓氏の人気店
「コンフィチュール アッシュ」。店内のカ
フェで極上のスイーツが堪能できる
12. 色も形も美しいリンゴのスイーツ
12. 色も形も美しいリン
ゴのスイーツ"ニュート
ン"。 秋の季節限定商
品で、地面に落ちてしま
ったリンゴをモチーフに
13. 片岡温泉の土産品売場。商品デザインとインテリアや什器もスッキリ
13. 片岡温泉の土産品売場。商品デザインと
インテリアや什器もスッキリ

 「アクアイグニス」の特徴は何と言っても、カリスマパティシエの辻口博啓氏と、天才イタリアン・シェフの奥田政行氏、後に加わった新進気鋭の和食マスター笠原将弘氏の3人がプロデュースする「食」の体験にある。さらに、集客に拍車をかけるのが、鈴鹿山脈の雄大な山々の美しい景観に佇む片岡温泉と、アート&デザインにこだわり抜いた施設だ。
 山裾に広がったモダン建築群と水を活かした個性的な空間のインパクトが、広域からの集客を成功させ、"食・建築・温泉"の体験を切り口に、着地型・目的地型の商業観光施設として今、全国から注目されている。

14. もう一つの魅力になっている、源泉かけ流しの「片岡温泉」
14. もう一つの魅力になっている、源泉かけ流しの「片岡
温泉」
15. カリスマパティシエの辻口博啓氏らにより、
15. カリスマパティシエの辻口博啓氏らにより、"食"への
こだわりからスタートした「アクアイグニス」を象徴す
る、食材生産用ビニールハウス

 "食"の体験は、二つの"ファーム"に支えられ、一つは「TSUZIGUCHI FARM」で、スイーツに欠かせないイチゴを育て、イチゴ狩りも楽しめる。もう一つは宿泊付き会員制貸農園の無農薬・有機栽培の野菜を育てる「畑っちゃーの」で、獲れたてのフルーツや野菜はスイーツの「コンフィチュール・アッシュ」、和食の「笠庵(賛否両論)」や本格的なイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」で調理される。
 片山温泉には、ウイークデーでも多くの日帰り周遊客が観光バスで訪れる。宿泊施設も充実しており、和室8室と離れ4棟では、様々なコース料理が提供されリピーターも多い。
 「アクアイグニス」は2018年に、静岡県小川町にも複合リゾートの開設を予定しており、外資系高級ホテルや医療機関、運動施設の併設など、高付加価値なサービスで首都圏シニア層の獲得を目指している。


スイーツ好きの女性客が予約待ちするレストラン

16. 鎧塚俊彦氏プロデュースによる神奈川県小田原市の「一夜城 ヨロイヅカ・ファーム」。建物の一番手前が予約の取れないランチレストラン
16. 鎧塚俊彦氏プロデュースによる神奈川県小田原市の
「一夜城 ヨロイヅカ・ファーム」。建物の一番手前が
"予約の取れないランチレストラン"
17. 斜面を活かした農園では手づくりの木馬と相模湾がゲストを迎える
17. 斜面を活かした農園では手づくりの木馬と相模
湾がゲストを迎える

 世界的なパティシエとして高名な鎧塚俊彦氏プロデュースによる「一夜城 ヨロイヅカ・ファーム」(神奈川県小田原市)は、2011年のオープン以来スイーツ好きの女性でにぎわっている。
 地元の恵みを生かした料理とスイーツを、相模湾を一望する大自然の山頂から堪能できるとあって、首都圏から連日多くの客を呼び込んでいるのだ。
 「一夜城 ヨロイヅカ・ファーム」は、豊臣秀吉が北条の小田原攻めで築かせた石垣山一夜城への登り口駐車場に隣接。石垣山のなだらかな斜面にはレストラン経営の農園が広がり、店では地の野菜や産品を直売し、パティスリーとブーランジェリー売場も併設され、26席のレストランでは数か月前からの予約客でにぎわっている。
 街中から離れた山の上の立地にもかかわらず来店客が絶えないのは、大自然とファーム、とれたての食材など、わざわざ時間をかけてでも来店したい魅力があるからだろう。
 鎧塚氏は2010年9月に南米エクアドルに「Toshi Yoroizuka Cacao Farm」を開設し、自らカカオ農園の経営に乗り出した。2014年に初出荷をはじめ、チョコレートの6次産業化への取り組みも話題になっている。

18. 丘の上にもかかわらず、本格的なブーランジェリー(パン屋)では舌の肥えた女性客がお土産にも購入する
18. 丘の上にもかかわらず、本格的なブーランジェリー
(パン屋)では舌の肥えた女性客がお土産にも購入する
19. 相模湾を一望するオープンテラスでスローライフをエンジョイする来店客達
19. 相模湾を一望するオープンテラスでスローライフを
エンジョイする来店客達

コト消費としての"着地型商業"が増えていく


 今、モノとしての商品を買ってもらうには、コトの楽しみや滞在したいと思ってもらうためのサービスの質がカギとなっている。3つの店舗に共通しているのは、わざわざそこへ行かなくては完結しない世界(空間)をしっかり構築していることであり、従来の発地型商業では体験できない付加価値づくりに懸命であることだ。
 我が国の小売販売総額はこの10年間、ほぼ135兆円から140兆円前後で推移しているものの、リアル店舗の売上減少幅は約3割にもなり、その要因はモノからコト消費へのシフトにあると考えられる。インターネット通販の伸長も拍車をかける一因だが、今後の商業には、店舗での体験や滞在を促すコンテンツ&サービスを通じて、時間消費の価値を高めることが求められる。また、全国的に商店街の物販比率は30%台に減少し、飲食店や医療機関、学習塾などのサービス業態が大半を占めるようになっているが、このようなサービス業態においても、サービスの質が問われるのは必至である。
 また、独自の商売哲学やコンセプトを具体化するには、それにふさわしい立地や環境が必要な時代になったとも言える。便利で効率的な商業施設や、使い勝手の良いインターネット通販が人気を維持している一方で、都心から遠く離れた大自然の中での着地型商業空間の体験に、多くの消費者が関心を寄せる社会がそこまで来ている。

テンポロジー考
執筆者:百瀬 伸夫

中心市街地商業活性化アドバイザー、静岡市まちづくりアドバイザー、町田市街づくりアドバイザー
武蔵野美大建築学科卒 (株)電通にてスペース開発部長、電通スペースメディア研究会、電通集客装置研究会を主宰、その後(株)ロッテ専務取締役。ロッテグループのホテル・百貨店・SC・飲食チェーン・アミューズメント施設・劇場・映画館、ネットビジネス等の開発をサポート。現在、一般社団法人IKIGAIプロジェクト理事、テンポロジー未来コンソーシアム(株)代表取締役。著書に『新・集客力』他がある。

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