イベントと長期計画が始動。「ワールド・デザイン・キャピタル ヘルシンキ2012」
[ 2012.02.28 ]
ワールド・デザイン・キャピタル
フィンランドにて「ワールド・デザイン・キャピタル ヘルシンキ 2012」が開幕、2月3日〜5日にはヘルシンキ市を中心とする開催地においてプログラム紹介が行われたところだ。
「ワールド・デザイン・キャピタル」(以下、WDC)は、1957年に創設された非営利団体、国際インダストリアルデザイン団体協議会(ICSID)によって運営されるデザインのイベントであり、プロジェクトである。立候補都市からの選出で2年ごとに開催され、これまでの選出都市はトリノ(2008年)とソウル(2010年)。2014年には南アフリカ共和国ケープタウンでの開催が決定している。
WDCヘルシンキ2012のマーク Photo: Maarit Mustonen
その活動内容はどのようなものであろうか。各都市を舞台としてデザインと社会、デザインと文化、環境や経済とのつながりを改めて認識する機会となり、デザインが経済発展に寄与し、地域活性化を実現することをも示す機会となるものだ。デザインの意味、役割を広く示し、考える教育的な側面も、もちろん含む。そのうえで、デザインと市民、社会、政策、経済のつながりを念頭においた幅広いプロジェクトが実施される。
フィンランド政府の発表によると、政府予算に協賛機関や開催拠点となる市の予算もあわせた運営総予算は1600万ユーロ。WDCヘルシンキ2012で予想される収益については、ヘルシンキ市で600万ユーロ、州で500万ユーロ、企業や団体で500万ユーロと公表されている。
27カ国46の都市の立候補から選出されたヘルシンキ。市内の元老院広場で昨年12月31日に行われたWDCヘルシンキ2012の開会式は、関係者だけでなく一般市民も参加できるものとなった。Photo:Anti Ahtiluoto
控える約300のプロジェクト
「オープン・ヘルシンキ―デザインのある生活」をテーマに、「WDCヘルシンキ2012では"社会の仕組みをデザインする"プロジェクトを進めていく」と、意欲的な年明けを迎えたヘルシンキ市。ヘルシンキ市に近いエスポー、ヴァンター、カウニアイネンの3市とヘルシンキの北東100kmの都市ラハティも加わった大規模プロジェクトとなっている。
まずは展覧会。「Tradition of the Future, Ornamo 100 years」(ヘルシンキ美術館)、「Safe, Everyday Shelter」(デザインミュージアム)といったヘルシンキ市内におけるデザイン展を始め、「フィランドのスキー板―スキー板職人から工業デザインまで」展(ラハティ市立美術館)や「都市化への3つの物語」展(エスポー市立現代美術館EMMA)など、首都圏では多数のプログラムが控えている。
市内各地で目にする青のシンボルマーク。WDCに参加する新施設の建設地でも(2011年)。
既存のカフェを活用して「どの程度の水を"食べて"いるのか」を考える「Wonder Water」のように、1年を通して行われる実に身近な企画もある。これらプログラムの決定においては、専門家はもちろん、一般からも案が募られ、それらの一部を含む約300のプログラムが用意された。ホームページではフィンランドを訪れる旅行客に向けて、情報が毎週更新されている。
9月には例年通りに「ヘルシンキデザインウィーク2012」が開催される。また9月〜12月には仮設のレストランやファーマーズマーケットを舞台とする「食とデザイン」に関するイベントも控え、市内がさらなる賑わいに包まれることが予想される。また、国外においてもフィンランドのデザイン、文化を紹介する展覧会やイベントが200件ほど予定されており、すでに昨年から世界各地での関連イベントが始まっている。
ヘルシンキの長期発展をめざし
これら年間活動の拠点となり、情報の発信拠点となるのは、期間限定のパビリオンだ。場所はヘルシンキ市内のデザインミュージアムとフィンランド建築博物館にはさまれた一角。アールト大学の学生たちの案から選出されたデザインで、5月から9月まで設けられる。
WDCヘルシンキ2011のパビリオン完成予定CG。パビリオンではトークイベントやワークショップも予定されている。パビリオンがオープンする5月は作品展示なども控え、街が盛り上がる予定。© WoodStudio-AaltoUniversity
進行中の様々な施設計画がWDCヘルシンキ2012に参加していることにも注目したい。WDCヘルシンキ2012は、現在進行形の施設計画や都市開発と切り離すことができないのである。一例がヘルシンキ市とフィンランド国立研究開発基金が進める低炭素社会に向けた都市計画、「Low2No」。2009年に発表されたコンペ受賞者の案をもとにヘルシンキ市の南港地区で床面積22,000㎡の開発が本格始動、2013年から2014年の完成をめざして進められる。
市内では、ヘルシンキ大学の図書館となるカイサ・キャンパス図書館や、「静寂のカンピ・チャペル」と名づけられた市立の礼拝堂の建設も進んでいる。大学図書館では資料閲覧に留まらず、学習プロセスの支援にまでその役割を広げることが予定されている。設計はアルッキネン・オイヴァ・アルッキテヘディット株式会社。一方、礼拝堂の設計はミッコ・スマネンとK2Sアーキテクツ。2010年のシカゴ・アテナエウム国際建築賞を受賞した、高さ11mを超える木造建築としても注目を集めている。
教育や医療など、これまでデザインとの接点を探る機会が限られていた分野が含まれているのも特色で、「身体とデザイン」に焦点をあてた「365ウエルビーイング」プロジェクトも今回の興味深い計画の一つ。
WDCヘルシンキ2012によると、「自治体の福祉サービスと患者本位の医療をベースに、快適かつ健康的な環境で、より健全なライフスタイルを能率的に実現していく方法を提案するメソッド」である。12のプロジェクトから探るプログラムに、アールト大学、ラハティ応用科学大学、オランダのアイントホーフェン工科大学が参加。フィンランド国立健康福祉研究所との連動で進められる。
「静寂のカンピ・チャペル」© Arkkitehti K2S Oy
湾岸にパブリックサウナも
WDCに参加しているフィランドならではの自然環境や文化をふまえた計画にも触れておこう。建築家のトゥオマス・トイヴォネン氏とフィンランド在住の日本人アーティスト/デザイナー、つぼいねね氏によるパブリック・サウナプロジェクト「クルットゥーリサウナ」。二人の地元密着型プロジェクトだが、こうした計画が含まれているのも一般公募を重視した正式プログラムの醍醐味といえるだろう。「市民が直接街づくりに参加すること、自分たちの街を自分たちの手でおもしろくできないかと考えた」ことから始まった計画だ。
立地は、ヘルシンキ中心部、ハカニエミマーケットから徒歩5分ほどのウォーターフロント。ちなみに「クルットゥーリサウナ」とは、20世紀を代表するフィンランド生まれの建築家、アルヴァ・アアルト(1898-1976)が1925年、ユバスキュラの地方紙「Keskisuomalainen(ケスキスオマライネン)」に寄稿した文章に用いた言葉だ。
「アアルトは記事の中で『フィンランドはサウナ発祥の地であり、サウナはフィンランドにとって唯一固有の文化的な現象』と述べ、『古くさい"半文明的な(half civilized)"サウナではなく、フィンランド初のナショナルモニュメントとしてのクルットゥーリサウナ(文化サウナ)を建てよう』と提案した。実現はされなかったが、そこからもインスピレーションを得て、単に汗をかくだけの施設としてではなく、人々が時間と空間をシェアするパブリックスペースとしてのサウナを新しく発明する試み」(トイヴォネン氏、つぼい氏)
クルットゥーリサウナのイラストレーション。70年代に開発され、高層住宅が並ぶウォーターフロントに建てられる。©Tuomas Toivonen and Nene Tsuboi
再生可能エネルギーのみの使用にこだわり、発生する熱や海洋温度差を利用して建物内の冷暖房を行うなど、「技術面でもサウナという文化そのものを前進させることを目指したプロジェクト」。サウナのエネルギー技術開発に関しては、電力会社のフォルトゥムが提携している。
ペレットでサウナストーブを暖めることで発生する熱が用いられ、熱回収方式の煙突を通して水を熱する。その熱水をボイラーに貯蔵して建物全体の暖房や給湯に使用。太陽光発電や海洋温度差を利用した冷暖房も用い、電力会社から購入する電力は風力発電と水力発電によるもののみと徹底される。完成は8月の予定だ。
コンクリートと木を主素材に建設される。2013年以降も運営される予定。©Tuomas Toivonen and Nene Tsuboi
デザインは日常に存在し、社会との関係で機能するという点に目を向け、デザインの公共的な役割や公共交通機関、公共医療、福祉サービスの充実に向けて、市民提案型のプログラムも重視されたWDCヘルシンキ 2012。「市民の福利厚生の充実をはかると同時に、デザインによってフィンランドの国際的な競争力を高める試み」としても、1年限りのお祭り騒ぎに留まらない長期的な視野に貫かれた内容が吟味されてきた。
そして動き始めた多数のプロジェクト。デザインが人間の生活そのものに根ざしていることをふまえながら、都市、社会と密接なデザインの可能性を直視する意欲的な計画としても、その行方に注目したい。
ワールド・デザイン・キャピタル ヘルシンキ 2012
http://wdchelsinki2012.fi/
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- 執筆者:川上典李子
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川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp
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