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連載コラム

精神と理論を伝える。DGT(パリ)による空間構成 ----展覧会「新井淳一の布 伝統と創生」 、ルノー・サロン

[ 2013年1月30日 ]

 2013年1月初めに都内で開幕した新井淳一氏の展覧会。最初の展示空間に入った途端に、驚かされてしまった。これまでになかった「布」の展示手法が試みられていたからだ。布を構成する糸の存在や緻密な技法もあわせながら、作品である布の一枚一枚が、見る側にぐっと迫ってくる。美しく力強く、躍動的な会場がつくられている。

 東京オペラシティアートギャラリーを会場とする展覧会「新井淳一の布 伝統と創生」。1932年生まれのテキスタイルプランナー、新井淳一氏の60年間に及ぶ活動を改めて紹介する同展の会場構成を手がけたのは、パリを拠点とする建築事務所、DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS(ドレル・ゴットメ・タネ/アーキテクツ、以下DGT)の田根 剛氏である。

写真1「新井淳一の布 伝統と創生」会場風景。
Photo: KIOKU Keizo

 DGTの結成は2006年、他の二人のパートナー、ダン・ドレルとリナ・ゴットメも30代という若手建築家による建築設計事務所であるが、ミラノ国際家具見本市(ミラノサローネ)における会場デザインを始め、意欲的な活動を展開している。大規模プロジェクトとしては、建築設計コンペに優勝した新エストニア国立博物館が今年、着工予定となっている。先日行われた新国立競技場(東京)の国際デザイン・コンクールでは最終審査11作品に彼らの提案が含まれていた。そして今回、新井氏の展覧会でも、DGTらしい視点が発揮されている。

 会場は大きく3つ、ギャラリー1(約250㎡)、ギャラリー2(約412㎡)、コリドールから成る。布の素材となる繊維の「自己組織化」をテーマにしたギャラリー1の展示では、整然と並べられたスチールメッシュの展示台に新井氏の活動の軌跡となる多種多様な布が配されている。隆起する布の表情を、柔らかな光がゆっくり変化しながら照らしだす。布が呼吸しているかのようだ。

写真2白色LEDとハロゲンが交互に会場を照らしだす。10秒かけて明るくなり、10秒かけて暗くなる。
Photo: KIOKU Keizo

 あわせて注目したいのは、左右の壁を用いた展示。原料となる銀やアルミニウムの原石、アルミニウムの塊なども登場するなどどこか理科の実験室のような趣にも包まれるなか、新井氏独自の布づくりを支える素材や技法、作業の一部が紹介されている。壁面展示ではレンズ越しに布の細部も目にでき、布の風合いを実際に触れて確かめることもできる。展示にはスケッチや映像、制作道具の一部も。布づくりの過程も示しながら、物質としての「布」を実感させる試みだ。

写真3壁面で紹介されている素材や技法。フィルムに金属を真空蒸着させた後に裂いてつくられる金銀の糸、
縮絨(しゅくじゅう)技法など新井氏ならではの手法が披露されている。写真は「スリットヤーン」の説明。
Photo: Courtesy of Tokyo Opera City Art Gallery

「自然の摂理を重視している」と述べる新井氏。あらゆる物質が「自分自身で組織や構造をつくりだす性質」に目を向け、「使用する材料、技術、それぞれのもつ特徴や能力に気づき、それら自身の力を借りてまだ見ぬ布が自ら生まれるのを待つのです」と記している。そうして生まれた布の組成を間近で感じとれるのが今回の会場なのである。「布の展覧会というと絵画を展示するように吊られることが多いのですが、テクスチャーを鮮明に感じとれるように水平にした」と田根氏。「布は、たて糸とよこ糸からなる構造体」という新井氏の言葉が会場全体から伝わってくる。

写真4 写真5隆起する布の表情は展示台のスチールメッシュを湾曲させてつくっている。
布同様にタテヨコの構造から成るメッシュを活かしている点も興味深い。
25ある展示台の大きさはすべて異なり、布の重さに応じて台の脚の太さもすべて異なる。
Photo: Courtesy of Tokyo Opera City Art Gallery

 続く展示空間(ギャラリー2)に進んでいくと、高さ5メートルもある巨大な新作の布が登場する。「精神と祈り」というテーマで、表裏が金と銀と異なる布が渦をまくように設置されているのだ。布の内側を進んでいきながら、かすかな風にそよぎ、光の変化によって新たな表情を見せる布の醍醐味を体感できる。

写真6 写真7天井高6メートルの空間の5メートルを占める造形「マワリテメグル」。
金と銀、それぞれ透過しない布と透過する布とが組み合わせられている。
ポリエステル、アルミニウム(スリットヤーン)、ウール/ポリエステル、
アルミニウム(スリットヤーン)、径(タテ)二重織。
Photo: KIOKU Keizo

 田根氏は言う。「ギャラリー1は水平の展示、ミクロ単位の素材や布のパターンの細部を紹介しているのに対し、ギャラリー2は垂直で巨大、人を包み込む表現にしています。とくにこの金と銀の布では、テキスタイルプランナー、すなわち布の設計者として布の本質を探り続けてきた新井さんの思想や精神性を表現したかった。『渦は、生まれ育ち、死にゆく命の象徴』という新井さんの考えも僕の頭にはありました」。

 伝統的な絞り染めを金属糸で表現した軽やかな布も登場するギャラリー2の奥には、横12メートルの壁全面を布で覆った造形が登場する。ナイロン、ポリエステル、酸化チタンを素材とし、紙筒に入れて蒸し器にかけることでシワを施した布だ。田根氏自ら制作に加わり、現場でかたちづくっていった。

写真8ギャラリー2、これまでの作品が空間に点在する。Photo: KIOKU Keizo

写真9壁一面を覆った新井氏の新作「プラクシス」。Photo: KIOKU Keizo

写真10会場での田根 剛氏。
Photo: Noriko Kawakami

 ものを生む人の「手」の存在を改めて感じさせる力強い壁を目にした後、最後に登場するコリドールで出会うのは、「創生の火種」と題された、新井氏の創造の源ともなる世界。彼が世界各地で採集した民族の資料の写真など、698枚の画像が床に次々と投影され、本人の声がそこに加えられている。講演等から抜粋された声は108種用意され、それらが重なりあうようにコリドーに響きわたる。「何名もの新井さんが同時に語りかけているようにした」(田根氏)ものだ。

 実はこの会場構成で最初に決められたのがこのコリドール部分で、ギャラリー側が意外に思った進め方でもあったという。「コリドールは展示の補足や解説等に用いられることが多いのですが、コリドールから、それも作家の思想というかたちのないものを一番最初に視覚化することで始まった会場構成の進め方に驚きました」とギャラリーの広報、吉田明子氏。「その経緯があったからこそ、作家の思想に強く貫かれた会場になっているのでしょう。コリドールを見た後に再び展示を目にしたくなり、全体が渦のように連なる会場構成になっているとも感じました」。

写真11新井氏が撮りためてきた写真と本人の声で構成されているコリドール。
写真が次々映しだされ、消えていく。Photo: KIOKU Keizo

「会場での空間体験、身体を通して観賞してもらえる展示にしたかった」と田根氏は述べる。「布は日常で使われるものであり、身近な存在ですが、アートギャラリーという場に期待し、ここまで足を運んでくれる方々のために、新井さんのクリエイションそのものをどう伝えられるのか......そのことには徹底してこだわりました」。

ルノー・サロン、場をつくる要素のオーケストレーション

 DGTの他の最新プロジェクトとして、自動車メーカー、ルノーの展示会のための会場構成も紹介しておきたい。デザインコンペで優勝した案で、パリ モーターショー2012での披露に始まり、2015年まで各国のモーターショーで用いられる会場デザインである。DGTの提案は製品であるクルマをただ展示するのではなく、その背景としてルノーが重視する「ライフサイクル」をふまえ、企業のものづくりの「エモーショナル」な部分を来場者に伝えることでもあった。

写真12風が吹きわたる大地のような会場となったパリ モーターショー 2012でのルノー・サロン。
Photo: Takuji Shimmura


「このプロジェクトに先駆けてモーターショーを尋ねた時、どの会場も平らで硬質、美しい屋内駐車場のように感じました。しかし僕たちは、駐車場に静かに納められたクルマの姿ではなく、21世紀のクルマのあり方そのものを提示したかった。ライフスタイルの変化に応え、生き生きと存在するクルマのあり方です。その考えから、地球の一部であるように起伏する『大地』をつくり、さらにその場を五感で感じてもらうことを考えました」。

 昨年10月にパリ、ポルト ド ヴェルサイユを会場として開催されたパリ モーターショー 2012でのルノー・サロン(約4312㎡)には大きく隆起する2つの丘が登場した。新作のクルマは丘に集った生き物のように並ぶ。自然環境と工業製品との良好な関係についても問いかける。

写真13会場には切り株のような椅子を3種用意。「リラックスできる場を目ざした。
椅子を始め、会場すべてのデザインが実寸での試作を確認しながら詰められていった。Photo: Takuji Shimmura

 さらなる特色は、8メートルに及ぶ長い壁に投影される映像と天井に設けられた388個の照明だ。その映像や天井からの光が、展示されたクルマに映り込まれていく。輝かしい光で舞台上のクルマを宝石さながらに紹介する手法が多いモーターショーで、変化する光を映し込んでみせる手法は斬新な試みと言えるだろう。その点も注目を集めることになった。

写真14球体照明は上下に位置を変える。今後各国に巡回されることをふまえ、
素材の8割は再利用できるように考えられている。Photo: Takuji Shimmura

写真15プレスデーのダイニングルーム。
DGTではテーブルやバーカウンターなどすべてをデザインした。Photo: Takuji Shimmura

 照明の色彩も表情豊かで、夕暮れのようなオレンジから冬の静かな光を想像させる紫まで、ドラマチックな変化を遂げる。光の色の変化や光の球が上下に稼働する仕組みに関しては、球の各々にWi-Fi機能を組み込むことでコントールされている。「音、光、映像の調和を調整する作業は、演奏を指揮することにも似ています。DGTでは、『スペース・オーケストレーション』と呼んでいます」と田根氏。

 場を実現するための、適切な要素のオーケストレーション(編成)......DGTが一貫して重視する「身体で感じとってもらえる場をつくること」や「空間と時間を重視した場をつくること」は、光や音、映像などを緻密に織り上げるようにして実現されていることを知る。

写真16Photo: Takuji Shimmura

 その場に集う時間、感動を共有できる醍醐味について。あるいは、紹介されている作品やものの背景、技術、理論を感じとれる場を丁寧につくっていくことの重要性について。展示される作品やものの生命力ともいうべき魅力を来場者の心に伝えると同時に、ものづくりの背景もまた整理して伝えることに取り組んでいるDGT。彼らが手がける会場からはそれぞれ、作家や企業の存在や彼らの美意識はもちろん、ものづくりを支える確かな技術の醍醐味も伝わってくる。感性と理論の双方を表現し、伝える会場構成となっているのだ。


「新井淳一の布 伝統と創生」
東京オペラシティアートギャラリー(西新宿)
3月24日(日)まで
http://www.operacity.jp/ag/exh148/
2月3日(日)に田根 剛氏のギャラリートークあり。
(14:00〜15:00、予約不要。参加には当日の入場券が必要)

「ルノー・サロン」会場動画
http://www.dgtarchitects.com/project/detail/fr09b/en#14

DGT(Dorell.Ghotmeh.Tane/Architects)ホームページ
http://www.dgtarchitects.com/

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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