ストックホルム、救急病棟のホスピタルアートが完成
[ 2016.06.28 ]
ストックホルム市内のセント・ゴーラン病院緊急治療部(救急病棟)の改装が4月に終了。本コラム前回(3月1日)で紹介した病棟のホスピタルアートも完成した。
セント・ゴーラン病院、緊急治療部待合室。
写真:Hironori Tsukue
今春の落成式の様子。
写真:Hironori Tsukue
前回のコラムで触れた通りに、スウェーデンには公共建築の新築・改築に際して全体予算の最低1%をアートにあてることを決めた「1%ルール」(病院の場合は2%)がある。そのルールを支えるのは「人は誰でも文化的に最低限保証された生活を送る権利がある」との考えだ。さらには「人生の様々な段階において、アートは社会と個人の生活の双方に影響を及ぼす」との認識がもたれている。
こうしたルールのうえで計画された、セント・ゴーラン病院救急病棟のホスピタルアート。約200名が登録したコンペティションから選出された赤羽美和氏のデザインは、緊急病棟の職員から希望者を募ってワークショップを行い、そこで制作された「パターン」を取り入れたアートを制作するという内容だった(ワークショップの様子は前回コラムをご覧ください)。
2013年、救急病棟職員参加のワークショップ。8名前後の3グループが身近な品々で丸、三角、四角から成る絵を描いた。
「丸、三角、四角は"じゃんけん"のイメージ」と赤羽氏。
写真:Miwa Akabane
都内、赤羽氏のデザインスタジオにて。ワークショップの絵の細部を用いてパターンを作成。
「回転させたり重ねた際に効果的となるパターンをデザインした」。
写真:Miwa Akabane
赤羽氏はワークショップで誕生した造形の一部を活かすかたちで最終的なパターンをデザイン。その内容を今回のプロジェクト関係者に改めてプレゼンテーションしたうえで作品が仕上げられた。
関係者とは、ストックホルム県の職員でアートプロジェクト・マネージャーのトールン・スコーグルンド (Torunn Skoglund)氏、アーティストで、ホスピタルアートプロジェクトに関わるアートコンサルタント、マリア・コオレン・ヘルミン(Maria Koolen Hellmin)氏、緊急治療部職員のアンニカ・ヨハンソン(Annika Johansson)氏、病院改装に関わる建築家らだ。
そのパターンは日本で陶板に仕上げられた。「陶板はコンペ時の作品提案の段階から計画していたもの」と赤羽氏。「というのも、プロジェクトの条件として、表面がフラットで清掃がしやすい仕上げとなることが挙げられていました。他にも病院側の条件に適すること、陶板制作を依頼した大塚オーミ陶業における制作環境もふまえながら制作を進めていきました」
滋賀県の大塚オーミ陶業でパターンを陶板にプリントする作業風景。陶板サイズは60×90cm。
写真:Miwa Akabane
陶板への色のプリントは、幾度か重ねるように行われる。その工程をふまえて赤羽氏が考えたのは、同一の版を用いながらも、プリントするごとに柄を90度、180度......と回転させることで多数の柄を描く方法である。
ここで重要な色についても触れておきたい。「スウェーデンの四季を表わす色」との考えで、春は黄緑、ピンク、夏は水色、黄色、秋はグレー、パープル、冬は黒と白。「コンペ主催者のストックホルム県や病院側から色に関する規制は特にありませんでしたが、コンペ説明会で病院の建築チームが見せてくれた色彩計画を配慮しています。建物に使用される予定の色は黄緑や茶色などの柔らかい色調だったので、そのトーンを壊さぬよう、それでいて救急病棟の新しい雰囲気の象徴となる表現であることを念頭に置きました」
廊下に設置された鮮やかな陶板作品。
今回のプロジェクトでは、待合室や処置室以外、廊下やエレベーターホール、階段など、
随所にアートを取り入れる計画となっていた。
「人々が移動する場にパターンの一部や関連する造形が配されることで、病棟全体の調和がもたらされる」と赤羽氏は考えた。
写真:Hironori Tsukue
白一色のパターンを印刷したフィルムが貼られたのは、受付や処置室のガラス扉や壁面だ。ワークショップで描写されていた丸、三角、四角をもとにデザインされたパターンは、白色のみで表現されることで雪景色のようにも感じられる。
受付や待合室の様子。
写真:Hironori Tsukue
救急病棟のアートとは?
アートプロジェクト・マネージャーであるトールン・スコーグルンドの言葉を引用しておきたい。「この病棟には救命のための専門的な医療用具が多々あり、アートのためのスペースを確保すること自体が容易ではありません。今回、フィルムのパターンをガラス部分に用いたことは、大変な成功を収めたと言えるでしょう。結果として、病棟内にアート作品がバランスよく、広範囲に配置されることになりました」
「ホスピタルアートではプロジェクトごとに異なる条件があり、各々に固有の状況があるのです。今回のプロジェクトに関して言えば、救急病棟であるから衛生面や安全面における大きな制約がありました。またこの病棟を訪れる患者は大変なストレスを感じている状態です。当然のことながら病棟に関わる全員が、こうした状況に配慮する必要があります」
処置室。部屋を区切る壁の上部ガラス面に白色のパターンが施されている。
写真:Hironori Tsukue
今回のホスピタルアートにおいて、緊急病棟では難しかった表現もあったと赤羽氏。「当初、予定していた案がありました。パターンをプリントしたシートをガラスの両面に貼ったり、ガラスごとにトリミングや角度を変えて貼ることで、パターンが重なった際の視覚的な効果がもたらされると考えたのです。が、患者の平衡感覚を損なう表現は避けるべきとのアドバイスで、最終的にはすべて同一デザインを使用しました。病院内には様々な症状の人がいるので、人々に支障のない環境が求められます」
「この点を始め、専門家のアドバイスを適宜得られる状況は実に心強いことでした。今回のアートプロジェクトに関わって実感したのは、専門家の役割分担が明快であり、かつ、しっかりしていることです。県の職員であるトールン(スコーグルンド)さんがプロジェクト全体を把握しているうえで病院側や建築家チームの連携が密にあり、だからこそ私は作品制作に集中できました」
職員用階段にも陶板作品が配された。四角や丸のタイルをカットして組み合わせることでつくられた躍動的な表現。
パターンの特色も多いに活かされている。
写真:Hironori Tsukue
ホスピタルアートを支える専門家の存在。
ホスピタルアートが完成を見た現在、本プロジェクトについて赤羽氏は改めてこう語る。「アートのコーディネーターや施工担当者、病院の人々など、各分野の専門家が責任を全うしながら、時に協力しあって病院内のアートを実現させている状況を強く感じました」
「また、病院スタッフのワークショップ結果を要素にパターンをつくりあげる今回の提案は、コンペの段階では完成図が見えていないものでした。しかしそのプロセスや物語性に彼らは関心を示してくれ、提案を受け入れてくれた。手法や表現イメージなど、参考資料はもちろんできる限りプレゼンテーションしましたが、最終的にプロフェッショナルとしての私を信頼し、企画に賛同し協力してくれたことが、最も嬉しかった点です」
「日本での普段の仕事ではこのように完成図の見えない提案が受け入れられるかどうか......。そもそも、こうした提案をすること自体に勇気がいるように思います」
写真:Hironori Tsukue
前出のスコーグランド氏は完成作品を前にして、「病院スタッフはもちろん、患者に届くアートを完成できた」と述べる。「ミワ(赤羽氏)の提案は病院スタッフにプロセスへの参加を促した点でまず、独創性に満ちていました。このプロセスゆえの影響力もあり、他にはない個性を病棟にもたらすものとなっています。ワークショップを取り入れた作品は、従来のホスピタルアートプロジェクトにはなかった表現。バランスのとれた方法で病棟全体に作品を散りばめてくれました」
この救急病棟では、赤羽氏作品の他にも「空間との調和を重視した」18作品が購入されている。それらを含めて、「互いに呼応する作品はすべて、患者やスタッフのためのものである」との考えが貫かれているのだ。機能面における制約をきちんと理解したうえでも、よりよい環境を模索する姿勢を怠らない。ホスピタルアート先進国の状況は、医療の現場とアートを考えるうえでの多くの示唆に富んでいる。
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- 執筆者:川上典李子
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川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp
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