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連載コラム

情緒面を大切に、企業哲学を空間に表わす ----東芝「OVERTURE」、リチャード ジノリ「Taste Lounge」

[ 2009年6月26日 ]

 今年で第48回目を迎えるミラノ国際家具見本市(Salone Internazionale del Mobile、通称「ミラノサローネ」)が、4月22日から27日まで開催された。
 ミラノデザインウィークとも呼ばれるもので、国際見本市会場(フィエラ)では今年も3000余りの企業が、新製品等の展示を行った。市内各地でも大小様々な展示がなされ、その数は公式発表だけでも400を超えていたほどだ。

 膨大な数の催しが一斉に幕をあけるかたちだが、現地を目にして特に印象に残った2つの展示(空間デザイン)をここでは取り上げたい。若手デザイナーによる実験的な催しも多いトルトーナ地区で各々に行われていたもので、企業の歴史とデザイン哲学を伝えるべく、丹念な準備がなされてきたことがうかがえる展示である。

 ひとつが、東芝による「OVERTURE」(序曲)。東芝デザインセンター、東京を拠点とするtakram design engineering(タクラム・デザイン・エンジニアリング)、建築家の松井 亮のコラボレーションによって実現された東芝の照明事業ブランドのコンセプト展である。

 会場となったのは「デザインライブラリー」内の176㎡。会場一面を粉砕大理石が覆い、壁はアーチ型の鏡で覆われている。空間がどこまでも続いていくように見える視覚効果のなか、ガラス製のオブジェが下がり、静かに明滅している。ざらりとした足元の感触も加わり、独得の空気が、瞬時に全身に伝わってきた。

アートディレクション:東芝、プロダクトデザインおよびインタラクションデザイン:東芝、takram design engineering、空間デザイン:松井 亮。
アートディレクション:東芝、プロダクトデザインおよび
インタラクションデザイン:東芝、takram design engineering、
空間デザイン:松井 亮。
写真: Daichi Ano(OVERTURE会場写真すべて)

 この展示の背後には、現在大きく動いている照明業界の現状があった。120年前、日本で初めて白熱電球を実用化したのが東芝であるが、照明業界の国際的な動きと同じく、同社も一般白熱電球の製造を2010年を目処に中止し、LEDを始めとする高効率の照明光源への移行を行うことをすでに発表している。

 ミラノサローネ初参加となる今回の展示では、今日に至る企業の歴史をふまえながら、今後に向けたメッセージを伝えるものとなることが考えられたのだ。「次の段階に進むにあたり、120年前から現在に至る照明開発の歩みが抜け落ちてはならない。」「言語化できない要素も含みながら、歴史をどう継承していくのかを伝えたい」、「情緒的なあかりの価値を伝えられないか」。展示に関わる三者の密な意見交換が重ねられてきたのだった。

 天井から下がるガラス製オブジェは、東芝の歴史を象徴するナス型電球の形状を拡大したものだ。人の動きを察知するモーションセンサーが内蔵され、付近を通る人の動きに呼応するように光が点灯する。オブジェは手で触れることができ、包むようにしてそのガラス面に触れてみると、小動物の鼓動のような振動が伝わってくる。
 会場ではこれらの説明がなされていたわけではない。しかしおもしろいことに、来場者は光が生物のように表情を変えることを敏感に感じとっていた。展示作品に手を伸ばし、触れ、驚き、楽しむ姿が目にできたのだ。

電球接写
上部メタリック部に電子基板が納められている。
オブジェ内部、フィラメントのように見える2本のワイヤーが常に電子を放出、
水が蓄える静電容量を一定に保っている。
同時にオブジェには静電容量の差分を感知する部品が内蔵され、
人が触れることをきっかけに光や振動がもたらされる仕組み。

地面
ガラス内の水を通して光が投影され、豊かな表情となって会場を包む。
ガラス部の製造は大正時代に電球づくりを行っていた歴史を持つガラスメーカー、
松徳硝子(墨田区)によるもの。

 天井付近にはケーブル巻上げ機構も取り付けられた。来場者が誤って電球を引き下げてしまった場合を想定したセキュリティ対策で、電球型オブジェが一定位置に下げられると自動でスイッチが切れ、リセットするように設計されたものだ。

 高度なテクノロジーを活かしながらも、技術面のみを強調するものとなっていなかったのが、「OVERTURE」展の秀逸な点である。LEDの光が水ごしに、ゆるやかに起伏のある床に投影されていた様子は、まさに「"豊かなあかり"の表情」。光がゆらめく様子も幻想的だった。照明器具の新しい時代が到来することを示しながらも、企業メッセージが、あかりの情緒面とともに、詩的に可視化されたのである。

空間
空間をミラーで囲んでいる。ミラーをアーチ型にしたのは
「人々になじみのある建築の形状をアイコンとして用いたい」(松井)との考えから。
床に敷いた粉砕大理石は、ミラーのスタンド等、
諸設備を隠す機能も担っている。

 そしてもう一つ、リチャード ジノリの「Taste Lounge」を紹介しよう。イタリア人建築家のパオラ・ナヴォーネをディレクターに招き、スカラ座のリハーサルに用いられる施設、ヴィスコンティ・パビリオンを会場に行われたものだ。ここでは、企業の歴史を伝えながらも、ミラノサローネ会期中の「安らぎの場」となることが目指されたという。

写真5 写真6
「Taste Lounge」会場風景と壁に展示された皿のディテール。
Photo: courtesy of Richard-Ginori Japan

 この展示では特に奇抜なことはなされていない。けれども、評判が評判を呼び、会期後半には入場制限がなされるほどの好評ぶりだった。簡単な食事ができるテーブルやソファでくつろぐことのできるサロンもつくりながら、画像を空間に巧みに融合させていく方法で、リチャード ジノリの世界を瑞々しく伝える手法が、来場者の心に響いたのである。

 例えば、壁一面をモザイク細工さながら埋め尽くしていたのは1500枚以上の皿であったが、これは画像を皿に貼って制作されたものだ。工場を撮った写真の前には、白素地製品を並べた什器の展示。製造現場の空気を伝えることは、現場で働く人々の存在を伝えることになる。臨場感溢れる展示によって、老舗テーブルウエアメーカーを支えてきた人間の存在やその技を、くつろいだ雰囲気のなかで来場者に紹介する機会となったのだ。

写真7
ラウンジコーナー。
喧噪に包まれるミラノサローネの時期だからこそ、
人々はくつろげる時間を求めている。

写真8
破損した品を回収し、
次の製品づくりに活かしていく過程も展示された。

 3000以上もの展示が一度に開催される6日間に、こうして人々が興味を抱いた展示に関する情報が、即座に広まっていく状況は実に興味深い。それとは逆に、足を運びやすい立地であったり、多額の予算が用意されたことがうかがえる豪華な内容であったとしても、心に響かない展示は話題に挙らない。これもまたおもしろい点だ。

 ミラノサローネは、1961年に幕をあけた国際家具見本市が基本にあり、商品発表や商談が重要な目的として存在するビジネスの場であるが、バイヤーやディストリビューターら関係者においては、企業哲学を知る展示も同様に重要なのである。

 テクノロジーを駆使しながらも心に訴えた東芝と、アナログでシンプルな手法を貫きながらも、企業を支える人々の存在を伝えたリチャード ジノリ。表現手法は異なるが、2社の展示には大切な共通点がある。それは、今後に目を向けた企業の姿勢を、未来に向けたヴィジョンを、ヒューマンな表現としてまとめあげていたということだ。
 企業のデザイン哲学が来場者の感情や感性に訴える空間構成として実現されたとき、より明快で強いメッセージとして、長く人々の心に刻まれることになる。

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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