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連載コラム

「アーネム・モード・ビエンナーレ」、ファッションの魅力を伝える会場の工夫

[ 2009年9月15日 ]

オランダの首都アムステルダムから電車でおよそ1時間。人口約14万6,000人の街アーネムで、2年に1度、「アーネム・モード・ビエンナーレ(Arnhem Mode Biennale)」が開催されている。
第3回目となる今回、2007年のビエンナーレの来場者数19,000人を上回る30,000人の来場を記録した。国際的な発信を目標に掲げた地方都市の試みについて、会場の様子を中心に振り返ってみたい。

市内に掲げられたモード・ビエンナーレの旗。遠くにエウゼビウス教会が見える。
市内に掲げられたモード・ビエンナーレの旗。遠くにエウゼビウス教会が見える。

アーネム・モード・ビエンナーレの構想が立てられたのは2002年。同市には、オランダ国内の3校から成るArtEZ (アルテズ) Institute of the Artsのひとつで、ファッションデザイナーを多く輩出しているArtEZアーネム芸術アカデミーがある。ヴィクター&ロルフやアレクサンダー・ファン・スロベらも同学校の卒業生だが、ファッションの世界で一目置かれる同校と市とを連動させながら、「モードの街」としての価値を高めることが考えられたのだった。

アーネム市ではまた、住宅地であるクラレンダル(Klaremdal)通りにファッションやアート関係者のスタジオを誘致する「100% mode(モード)」計画が推進中。駅から徒歩10分ほどの閑静な地区だが、通りに設けられたカフェにファッション関係者が集まり、交流の場としても活用され始めている。「ファッションの街アーネム」を育てる動きが同時に進んでいるのだ。

こうした市の想いと女性市長パウリネ・クリッケ(Pauline Krikke)氏の情熱にも後押しされて始まったモード・ビエンナーレ。今回、第3回の開催にあたっては、前回より50万ユーロ増となる290万ユーロ(約3億9,000万円)の予算が用意され、その約4分の1を市が負担している。「文化的催し」との考えに基づき、前回から意識されている多岐に渡るプログラムは今回も同様で、学生のためのワークショップやシンポジウム、映像フェスティバルなども企画された。

市街地の中心地にテーマ展覧会会場をつくる。

「革新的な活動を展開しているデザイナーらを国際的に、独自の方法で紹介する」というビエンナーレ。今回の第一の特色は、メイン会場ともいえるテーマ展覧会の場が、市街地のまさに中心に設けられたことだ。市内のランドマークとなるエウセビウス(Eusebius)教会と市庁舎が並び、週末には周囲で市場が開かれる場。席数の多いカフェも近くにあり、関係者らのミーティングポイントとしても理想的なロケーションである。

しかもここで行われた「SHAPE」展は、建築現場さながらに組まれた足場の上が会場だ。会場そのものがサイトスペシフィックなアート作品のようにも見える、地上5メートル。市庁舎前から階段を昇り、木の通路で結ばれた家の形のブースを進みながら展示を鑑賞する、という趣旨である。

「この高さが重要でした」と述べるのは、ビエンナーレのディレクター、ウィレミエン・イッペル(Willemien Ippen)氏。「普段とは異なる視点で街を見てほしかった。その新鮮な視界と共に、第3回ビエンナーレのテーマ、『SHAPE(シェイプ)』展に触れてもらいたいと考えました」。
ここでの展示ブースは9つ。「Tradition」(伝統的な手法)、「Amazement」(驚くべき発想と技法の融合)、「Concept」(コンセプトに基づく表現)という3種類のデザインメソッドのうえでの構成となっている。

右がエウセビウス教会、左の近代的な建物が市庁舎。
右がエウセビウス教会、左の近代的な建物が市庁舎。

市内中心に設けられた「SHAPE」展会場は市庁舎前がスタート地点。市長執務室のすぐ横も通る地上通路を進みながら、9つの展示ブースを目にしていく。

市内中心に設けられた「SHAPE」展会場は市庁舎前がスタート地点。市長執務室のすぐ横も通る地上通路を進みながら、9つの展示ブースを目にしていく。

市内中心に設けられた「SHAPE」展会場は市庁舎前がスタート地点。市長執務室のすぐ横も通る地上通路を進みながら、9つの展示ブースを目にしていく。
市内中心に設けられた「SHAPE」展会場は市庁舎前がスタート地点。
市長執務室のすぐ横も通る地上通路を進みながら、9つの展示ブースを目にしていく。

展覧会のテーマ設定や企画は、「ファッションの魅力を満喫してほしい」と語る同ビエンナーレのアーティスティック・ディレクター、ピート・パリ(Piet Paris)氏を中心に進められたものだ。世界的なファッションイラストレーターのパリ氏は、その経験を活かしてアーネムのアカデミーで教鞭もとる。ファッションの背後に潜む文化背景やデザイナーの哲学や人生観を紐解き、伝えることを重視する彼を中心とする企画チームの姿勢が、会場全体を貫いている。

ここでの展示におけるさらなる特色は、衣服を着せたボディ(マネキン人形)。ハリウッド映画等の特殊撮影を手がけるアンリアル(Unreal)が制作したもので、人間の肌を忠実に表現した独得の質感を持っている。呼吸をしているかのように会場に立つ、その佇まいが来場者を驚かせる。「ファッション関係者でなくても、展示に興味を持ってもらう工夫のひとつでした」。パリ氏は言う。

リアルなマネキン。衣服デザイン以前に、衣服を身につける「人」そのものの存在から、来場者の関心をひきつける。
リアルなマネキン。衣服デザイン以前に、衣服を身につける
「人」そのものの存在から、来場者の関心をひきつける。

ファッションに関するエデュケーショナルな側面もあれば、デザイナー独自の世界を体感するインスタレーションも。ランバン、ジル・サンダー、コム デ ギャルソンを始めとする国際的なブランドも参加していた。

ファッションに関するエデュケーショナルな側面もあれば、デザイナー独自の世界を体感するインスタレーションも。ランバン、ジル・サンダー、コム デ ギャルソンを始めとする国際的なブランドも参加していた。

ファッションに関するエデュケーショナルな側面もあれば、デザイナー独自の世界を体感するインスタレーションも。ランバン、ジル・サンダー、コム デ ギャルソンを始めとする国際的なブランドも参加していた。
ファッションに関するエデュケーショナルな側面もあれば、
デザイナー独自の世界を体感するインスタレーションも。
ランバン、ジル・サンダー、コム デ ギャルソンを始めとする国際的なブランドも参加していた。

プロ向けシンポジウムから、一般向けの細かな工夫まで。

隣接するエウセビウス教会内での展示の様子も紹介したい。前述した地上5メートルのブースと同じ家の形のブースがここにも並び、各々を用いてデザイナーの作品が紹介されている。近年のコレクションから選ばれたデザインだけでなく、ビエンナーレのためのコミッションワークを多数含んでいることも特色だ。

この会場の醍醐味は、市民に身近な教会がそのままビエンナーレの場になったということだけでない。通常であれば教会を囲むように存在する家々、すなわち人々の生活の場を教会内部に取り込んでしまうという発想にこそ、注目しないといけない。外部を建物内部に取り込んでしまうアウトサイド・インの考え方だが、「ファッションは特別なものではなく、私たちに身近なもの」というパリ氏の考えは、家々を内包する教会空間を介することで、一層強く伝わってくる。
教会という場であるからか、生を受けてからこの世を去るまで、人間は衣服をまとって生きているのだということについても改めて考えさせられる空気があった。

教会内部の展示風景。この写真には写っていないが、一角に特設舞台も。毎年注目を集めるアーネム芸術アカデミーのグラデュエーションショーもその特設舞台で行われた。
教会内部の展示風景。この写真には写っていないが、一角に特設舞台も。
毎年注目を集めるアーネム芸術アカデミーのグラデュエーションショーもその特設舞台で行われた。

教会内部の展示風景。この写真には写っていないが、一角に特設舞台も。毎年注目を集めるアーネム芸術アカデミーのグラデュエーションショーもその特設舞台で行われた。
会場手前にはカフェコーナー。ArtEZの学生の紙のランプシェードが天井を演出。

そしてここでも、様々な来場者を想定した展示の工夫が凝らされていた。様々な靴を集めた展示ではシューズボックスを山のように積み上げたなかに電気機関車を走らせ、子ども連れの来場者には特に人気だった。帽子の紹介ではグレーに着色した植木鉢を用いて帽子を紹介、花の品評会のようにも見える展示である。一方、抽象的なアートインスタレーションさながらに、デザイナーのメッセージを直球で伝える展示も多数用意された。デザイン関係者、ファッションに興味を持つ人、一般の人々と、各自の興味で楽しめるよう、何層ものレイヤーが用意されているのだ。

教会内部の展示作品から。 教会内部の展示作品から。
教会内部の展示作品から。

これらの会場を含みながら、アーネム駅とライン川に囲まれた市街地をビエンナーレ会場とした今回。美術館、ギャラリー、ブティックなどの各会場を、共通のフラッグやサインが結んだ。
アーネムに暮らしたことのある女優、オードリー・ヘップバーンの趣が重ねられたキャラクターは白磁製の人形にもなり、各会場がそれぞれ用意した衣服をまといながら、会場エントランスを彩った。この人形のポストカードもつくられ、そのカードを収集するように市内を巡り歩く楽しみもある。

ビエンナーレのキーカラーは鮮やかな黄色。その黄色のフラッグに描かれたキャラクターとマスコット人形。 ビエンナーレのキーカラーは鮮やかな黄色。その黄色のフラッグに描かれたキャラクターとマスコット人形。
ビエンナーレのキーカラーは鮮やかな黄色。
その黄色のフラッグに描かれたキャラクターとマスコット人形。

週末になればメイン会場の教会周辺で市場が開かれる。ファッションのイベントと日常とがより強く交差する。
週末になればメイン会場の教会周辺で市場が開かれる。
ファッションのイベントと日常とがより強く交差する。

知る人ぞ知るファッションデザインのアカデミーを軸に、国際的なモードの場との接点を強化し、地方都市への集客を図るモードのビエンナーレ。「ファッションとデザイン、国際的な場とローカリティとを結びながら、文化的な環境の発展に寄与する催しとなっている」とはオランダのデザイン振興団体、プレムセラ(Premsela)のコメントだったが、教育の現場と産業の場、プロフェッショナルと一般市民など、さらに異なる領域を結ぶ機会ともなっているのだ。

また会期中には、ファッション産業の行方を考察する硬派なシンポジウムも開催され、ワークショップも活発に行われた。ファッションデザインに焦点を絞り、モードという言葉を名に持つイベントだが、単なるトレンド紹介とは一線を画すべく、衣服をとりまく文化、衣服がもたらす楽しさそのものに目を向けている。それがどう発展するのか、今後への期待が高まるところだ。

前出のイッペル氏やパリ氏らは共に、前回のビエンナーレ終了と同時に今回のビエンナーレに向けた議論を重ねてきた経緯に触れていた。会場のつくり方からアカデミー関係者とファッション関係者との意見交換がなされているからだろう。モードを巡るスノッブな場でも、娯楽面のみが目立つお祭りでもない、独自のイベントとして成長を遂げていることがうかがえる。会場での様々な工夫も含みながら、最も難しいバランスを巧みに実現していることが実感できる。

Photo © Noriko Kawakami/KNO

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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