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連載コラム

数十年の視点で場をつくる----天王洲運河の新店舗はベーカリーカフェ

[ 2010年4月6日 ]

 品川駅から徒歩およそ15分。以前からの倉庫群と近年建てられた高層マンションとが共存する天王洲地区に、3月、ベーカリーカフェ「breadworks(ブレッドワークス)」がオープンした。ティー・ワイ・エクスプレス株式会社(代表取締役:寺田心平氏)の新店舗である。

 同社はこの地ですでに2軒のレストランを運営している。地ビールの本格的な醸造所を併設するレストラン「T.Y. Harbor Brewery(ティー・ワイ・ハーバー ブルワリー)」と「WATERLINE(ウォーターライン)」。両店の詳細は後述するが、ブルワリーの誕生は1997年。開店から13年となる現在も昼食時に列ができ、夜も満席という根強い人気を誇る店だ。そうした人気店に隣接して開店したベーカリーカフェが、この一角にさらなる賑わいをもたらし始めた。

寺田倉庫創業の地。1950年建設の倉庫をコンバージョンしたティー・ワイ・エクスプレス運営のレストランが並ぶ。
寺田倉庫創業の地。1950年建設の倉庫を
コンバージョンしたティー・ワイ・エクスプレス運営のレストランが並ぶ。

「ブレッドワークス」。カフェ部分およそ135平方メートル、ベーカリー厨房68.5平方メートル
「ブレッドワークス」。カフェ部分およそ135平方メートル、ベーカリー厨房68.5平方メートル

 人々が集う場はどのように実現されるのか。まず大切なのは、「足を運びたい」と感じる場を育てようとする関係者の意識だろう。そうしたプロジェクトの実例と特色を探るとき、天王洲運河における同社の取り組みに様々なヒントが潜んでいることを知る。

 ティー・ワイ・エクスプレスが寺田倉庫のグループ企業として開業したのは1998年。遡れば、寺田倉庫が天王洲で物流倉庫事業を始めたのは1950年のことだ。天王洲再開発構想が進行中の1980年代後半には倉庫の一つをパーティースペースとして用い、またミニシアターに用いていた時もある。倉庫をオフィスにコンバージョンし、建築家やデザイナーのオフィスとしても提供。倉庫に新たな価値を加えることで人の集まる場を生み出す事業を多角的に試みてきた。

 1990年代、天王洲地区は大きく動く。1992年に東京モノレールの天王洲アイル駅が開業し、シーフォートスクエアも誕生。地区全体が再開発の熱気に包まれるなか、ティー・ワイ・エクスプレスがレストラン「ブルワリー」を開業したのが1997年。ニューヨークのロフトで食事をしているかのような、運河に面したレストランはすぐさま注目を集めた。

「ブレッドワークス」。カフェ部分およそ135平方メートル、ベーカリー厨房68.5平方メートル

「ブレッドワークス」。カフェ部分およそ135平方メートル、ベーカリー厨房68.5平方メートル

「ティー・ワイ・ハーバー ブルワリー」店内席とテラス席。インテリアデザインは植木莞爾氏率いるカザッポアンドアソシエイツ。照明計画はマックスレイ。陰影を活かした演出に変更された。1999年以後も空間デザインの微調整が重ねられている。
「ティー・ワイ・ハーバー ブルワリー」店内席とテラス席。インテリアデザインは植木莞爾氏率いるカザッポアンドアソシエイツ。照明計画はマックスレイ。陰影を活かした演出に変更された。1999年以後も空間デザインの微調整が重ねられている。

 現在の空間デザインの基本は、階段を移動するほどの大規模リニューアルを実施した1999年の際のものだ。2人席が増やされたことで約260席だった客席は約300席になったが、全体効率が上がり、来店者数を大きく増やすことになった。厨房も機能性を考え、約2倍に拡張。スタッフ構成や料理に関する細かな見直しも行われている。繊細なオペレーションの徹底も功を奏してのことだろう。リニューアルから昨年まで、同店は毎年売上げを伸ばし続けている。

 さて、続いて2006年に誕生したのが、水上レストランの「ウォーターライン」。「水と陸を繋ぐ可能性を2002年から探っていた」という寺田氏だが、東京都の水域占用許可の対象ではなかったこともあり、実現には至らなかった。転機となったのは2005年。東京都が水辺を活かし、魅力的な都市空間の再生を目的とする「運河ルネサンス」の推進方針を打ち出し、港湾関係者等に限定されていた水域占用許可の規制緩和が行われることになったのだ。推進地区の一つに天王洲が指定され、商業施設としては東京初となる浮体式海洋建築物が実現したのである。

寺田心平氏。Photo © T.Y EXPRESS
寺田心平氏。
Photo © T.Y EXPRESS

「ウォーターライン」。水上の部屋とのコンセプトから関係者が思い描いたのはミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸。天気の良い日は窓が開け放たれる。Photo © T.Y EXPRESS
「ウォーターライン」。水上の部屋とのコンセプトから関係者が思い描いたのはミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸。天気の良い日は窓が開け放たれる。
Photo © T.Y EXPRESS

 ここでは幅9m、全長24mの台船を杭で係留し、その上にラウンジ(レストラン)と多目的スペースがつくられている。インテリアデザインは引き続き植木莞爾氏。「水に浮かぶ近代的な部屋」(寺田)のイメージで、一般的な船の姿とは大きく異なる広いガラス面のデザインにまとめられている。窓を開け放てば、文字通り水上のラウンジだ。だが、実現までの作業は煩雑なものだった。

 水上ラウンジの台船部分は船舶安全法の規制を受け、ラウンジ部分は建築基準法の規制を受けることになる。都市計画法や港湾法も関わってくる。事業推進にあたっては、日本大学理工学部で教鞭をとるウォーターフロント研究の第一人者、横内憲久氏や岡田智秀氏も協力者として名を連ねている。時間も手間のかかる課題にあえて向かったのも、「陸では体験できない水上の心地よさを味わってほしい」(寺田)という強い思いからだ。

右がウォーターライン。左に2棟並ぶ倉庫の奥がブルワリー、手前が新店舗のブレッドワークス。
右がウォーターライン。
左に2棟並ぶ倉庫の奥がブルワリー、手前が新店舗のブレッドワークス。

新規造船で、それも建物を浮かべるという発想。福祉条例をふまえてスロープ勾配の決定にも時間が費やされた。
新規造船で、それも建物を浮かべるという発想。
福祉条例をふまえてスロープ勾配の決定にも時間が費やされた。

一般船用の桟橋が設置されており、運河からレストランに来店できる。クルーズ会社との企画も行われており、先日は目黒川まで運行する花見クルーズが行われた。東京都港湾局「運河ルネサンス」は現在、芝浦地区や豊洲地区など5地区を指定。浮き桟橋設置など各々に計画が進められているが、一般船が係留できる桟橋は現在、天王洲運河のみ。
一般船用の桟橋が設置されており、運河からレストランに来店できる。クルーズ会社との企画も行われており、先日は目黒川まで運行する花見クルーズが行われた。東京都港湾局「運河ルネサンス」は現在、芝浦地区や豊洲地区など5地区を指定。浮き桟橋設置など各々に計画が進められているが、一般船が係留できる桟橋は現在、天王洲運河のみ。

 このように1997年より食とくつろぎの場を育ててきた一角に、今度はベーカリーカフェを新設。300席近い客席が連日満席となっているレストランの隣で、なぜベーカリーカフェだったのだろうか。オフィスビルに限らず高層マンションも建ち始めるなか、近隣の人々が気軽に利用できるベーカリーやカフェの必要性をふまえながら「既存レストランとの相乗効果をもたらすことができる」(寺田)と確信したのが大きな理由だった。

 ベーカリーカフェの営業は朝8時から夜8時。ブルワリーはランチタイムとディナータイム、ウォーターラインは夕刻から深夜の営業のため、終日3店舗のいずれかは開店している環境が整った。当初、関係者の中には既存のブルワリーとベーカリーカフェが競合してしまうことを危惧する声もあったそうだが、寺田氏はさほど心配していなかったという。事実、開店時間と同時に子ども連れの人々の姿を多く見かけ、昼食時にパンをテイクアウトする新顧客も多く生まれている。ブルワリーの顧客が同店の閉店時間にカフェを利用するなど、相乗効果も表れている。

昨年3月まで一般企業が入居していた内部を改装、窓際の席からは天王洲運河が目にできる。インテリアデザインはKROW+Verse。照明計画はマックスレイ。 昨年3月まで一般企業が入居していた内部を改装、窓際の席からは天王洲運河が目にできる。インテリアデザインはKROW+Verse。照明計画はマックスレイ。
昨年3月まで一般企業が入居していた内部を改装、窓際の席からは天王洲運河が目にできる。
インテリアデザインはKROW+Verse。照明計画はマックスレイ。

 空間デザインは隣接するブルワリーとは趣を大きく異にしており、こうしたコントラストも興味深い。30代のインテリアデザイナー、長﨑健一氏(KROW)と木田小百合氏(Verse)の共同デザインで、長﨑氏はカザッポデザインアソシエイツ在籍中、他2店舗の担当でもあった。

 ブルワリーでは物流倉庫の記憶をストレートに伝える力強いレンガとなっていたが、ベーカリーカフェでは「柔和な雰囲気の空間」(寺田)が重視された。そのことをふまえて、床には染色オーク、壁にはベルギー・ブリュックタイルが用いられている。「60年の時を経た倉庫空間となじむよう、テクスチャーの醍醐味を味わえる素材を厳選した」(長﨑)。天井の開口部は1カ所増やして3カ所に。可能な限り自然光を取り入れるための配慮がなされている。

店内より。家具だけでなく、バンスタンドもオリジナルデザイン。 店内より。家具だけでなく、バンスタンドもオリジナルデザイン。 店内より。家具だけでなく、バンスタンドもオリジナルデザイン。
店内より。家具だけでなく、バンスタンドもオリジナルデザイン。

 壁の色彩は暖色系。それらとバランスをとるように、家具には落ち着いた色彩が選択されている。空間にはガラスやスティール等も加えられ、柔和なだけでなく軽快でシャープな空気も醸しだす。天井の高さはもちろん、空間の広がりを感じさせるのも特色で、エントランス左横のベーカリーキッチンからブルーワリーにつながる店舗右奥まで、視界が広がるのだ。両店舗の間にはビール醸造タンク。パンとビール、2つの製造の場を左右に点在させ、目にできる構成だ。

 デッキにはテラス席がある。「天王洲地区の就業人口は約3万5000人。マンションも増えている。ベーカリーは地元に密接な店の一つだが、朝、犬の散歩をし、コーヒーを飲んでパンを買って帰宅する......など、水際ならではの豊かな暮らし方として思い描かれる場面があるのではないだろうか。この店は、多くの人々が想像するライフスタイルを実際に提供できる」(寺田)。

 「水際の快適性」といっても様々な場がある。「まずは土地の個性を見極めることが大切」と寺田氏。そのうえで「人々が何らかの『ストーリー』を感じられる場をつくる。そのためには20年、30年、それ以上のスパンで見ていかないと」。一方で新鮮な空気を保つことも商業施設の宿命。だから「その都度適度なリノベーションも検討しながら育てる姿勢が重要」なのだ。

ブレッドワークス周辺風景。

ブレッドワークス周辺風景。
ブレッドワークス周辺風景。

 リサーチは日常的に行う。人々が求めるものや潜在的な必要性を感じとり、実現に向けたチームを結成し、価値を創造していく......。運河の街の歴史に根をはり、街の記憶を尊重しながら店舗をつくる同社の活動に改めて目を向ける時、独自のリサーチをイノベーションに結実させるべく挑む、先端デザインの現場にどこかつながるものを感じるのは、何ともおもしろい。

 「人々に支持される店をつくるには、関わるデザイナーを始め、共に環境をつくっていくのだという意識を持つこと。何よりグランドデザインの有無が大きく影響する」(寺田)と語る中心人物のもと、関係者が各々に「場」を成長させるための創造性を有しているのだろう。歴史上の優れたデザイナーたちが、庭づくりや農地を耕作するかのごとく状況を見極め、厳選した種を蒔き、培っていくようにものづくりに対峙してきたことにも、どこか似ている。

 デザインとは表層を取り繕う手法ではない。場所をつくるにしても、水辺空間を活かしながらも環境に頼りすぎては無理が生じる。飲食の場をつくれば人々が集まると、安易に考えるのも危険だ。光の差し込み方に至る一つひとつの質を丹念に検討しながら、その場のずっと先に目を向けること。そうした作業が積み重ねられることで初めて、私たちに身近で喜びを与えてくれる場が実際のものとなる。


Photo © Noriko Kawakami/KNO

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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