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連載コラム

見えない空気をつくる、吉岡徳仁のインスタレーション

[ 2010年8月10日 ]

変わり続ける巨大な雪の風景

森美術館で開幕中の「ネイチャー・センス展」で、来場者は「雪」に出会う。不思議な強さを放つ作品だ。

現代日本人の感性、文化的記憶と自然観の関係性を主題にすえた同展は、デザイナーの吉岡徳仁氏、アーティストの篠田太郎氏、栗林 隆氏がそれぞれに手がけた大がかりなインスタレーション作品を堪能できる内容となっている。そのなかでの吉岡作品のひとつが『snow(スノー)』。横約15mのダイナミックなインスタレーションである。

写真1
「ネイチャー・センス展」の作品『snow』。同展は森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)で
7月24日〜11月7日の開催。http://www.mori.art.museum

吉岡氏はすでに1997年、「白」の概念を自然現象の「雪」と重ね合わせたインスタレーションを手がけている。ISSEY MIYAKE の青山店とパリ店のウインドーディスプレーのための表現であったが、その後今日まで、スケールを変えて作品を再構築することを考えていた。

いずれも雪を表現するために羽毛を使用。しかし今回は以前とは桁違いの規模となり、羽毛の量は約300kgにもなっている。羽毛を動かすのは小型ファンだ。作品に近づいてみると、積もった羽毛のなかに2台の小型ファンが前後に配置されている様子を目にできる。

ファンは一定間隔で回転し、その動きにあわせて羽毛が舞い始めるのだが、ファンの回転音を聞きながら見る羽毛の「雪」はとにかく圧巻。しばらく宙を浮遊した羽毛は、やがて静かに、ランダムに、落下していく。来場者の想像力を様々に喚起する作品であり、当然のことながら二度と同じ舞い方はない。

風の向きや風力、羽毛の舞い方や落ち方、静電気を防ぐ対策など、細かな準備に時間が費やされてはいるが、作品を最終的に仕上げるのは風がつくりだす羽毛の動きに他ならず、私たちが目にするのはそのつど異なる風景だ。作り手である吉岡氏が全てを完全にコントロールすることは不可能となるものだが、この点こそが、彼がこの作品に込めた大切な想いでもある。

写真2
「本物の雪ではなく羽毛を用いることで、人々の記憶のなかの雪に近い景色を表現できるのではないか」と吉岡氏は考えた。雪とは異なり、独特の舞い方をする白一色の作品。光(ライティング)には細かな配慮が。

写真3
羽毛が空間内を舞うように壁(写真右側)は曲面となっている。小型ファンは細い3枚の羽根から成る。
当初思い描いた羽毛の舞い方に近づけるべく、風の向きや風力等の調整が重ねられた。
展示空間と『snow』作品の関係も大きな特色だ。というのも約435㎡の展示空間に本作品のみが、それも次の展示空間に近い位置に設置されている。作品の透明ケース越しに他の来場者の姿が見えるように検討した結果の作品配置だそうだが、空間のエントランスから作品まで、大きな余白のように大胆に距離がとられているのだ。

「静けさに包まれた部屋に入り、『遠くで何かが動いている』と直感してもらえるように他の表現要素も考えていましたが、それらの一つひとつを検証し、要素を削除しながらまとめていきました。このように無に近づける作業によって、クオリティーの高い表現になっていくと思います。」と吉岡氏は言う。

ところで、この『snow』に続く展示作品の一つは光学ガラスのテーブル『waterfall(ウォーターフォール)』、今度は「水」だ。「自然の光を思い描いた」という空間のライティングが、滝のように力強い水の動きを見る人に想像させる。前述の『snow』は白い羽毛、『waterfall』は無垢のガラスだが、光があてられることで各々の量感が際立ってくる。

そしてこの「光」も吉岡氏にとっては実に重要な表現要素。自然界には様々な光が存在しており、私たちが物の形状や色を知覚する際にも光と影が必要とされるが、「ものや空間の感じ方は光に左右される」と、光の演出にはいつも並外れた神経が配られている。

写真4
全長4.5mと長い光学ガラスのテーブル『waterfall』。水の流れ、水面のゆらぎを彷彿とさせるテーブル表面のかすかな波形は、ガラス製造時、溶かされたガラスが型に押し出される際に生じる。これも人の意図を超えて偶発的に生まれる造形だ。この展示空間にも作品は1点のみ。そのことがさらに強さを醸しだす。

ミラノ、ソウルでのインスタレーション

このように細やかな感性に基づきながらも、大胆で自由ともいえる活動が、日本だけでなく世界的に注目されていることにも触れておこう。

一例となる近作は、今春のミラノ国際家具見本市(ミラノサローネ)の際、イタリアの家具メーカー、カルテルのために手がけたウインドーディスプレー。同社の新作となる透明プラスチック素材の椅子『The Invisible』をデザインした吉岡氏は、新作椅子を含むインスタレーション「Snowflake(スノーフレーク)」をつくりあげた。それも「透明の椅子をさらに『見えなくする』ウインドーをつくる」という発想である。

写真5
商業空間におけるインスタレーション、『Snowflake』。ミラノ、カルテルの旗艦店にて(4月14日 〜4月19日)。雪景色さながらの状況を徹底して実現するべく、吉岡氏は、赤い色がトレードマークの同社ロゴを、展示にあわせて黒に変えてもらう交渉まで行った。

写真6
店内からウインドーを見ると、白色を帯びた透明プラスチック素材のプリズムスティックをあらかじめ数本組み合わせ、そのユニットを積層させるかたちでウインドーが埋め尽くされている。細部に至り、吉岡氏が用意した緻密な設計図に基き組み立てられた。

今年のミラノサローネで話題をさらった吉岡氏のもう一つの展示は『Stellar(ステラ)』、「星」だ。クリスタルガラスの老舗、スワロフスキー社が毎年、世界的なデザイナーを招いて同社クリスタルガラスの表現の可能性を披露する「クリスタルパレス展」のために制作されたものだ。まずは水溶液のなかで結晶を球状に育てていく。そしてそれをもとにクリスタルガラスで造形した照明器具とあわせたインスタレーションが行われた 。

結晶を成長させることによる造形は、吉岡氏が監修を務めた2008年のデザイン展「セカンドネイチャー」(21_ 21 DESIGN SIGHT)での結晶の椅子『ヴィーナス----結晶の椅子』を進化させたものだ。繊維構造体の形状が造形の方向性を導くが、後は結晶の成長次第。半分は人がつくるが、半分は自然がつくる。時の経過が偶然の美をもたらす。自然界の力と共作するという考え方と「星」の輝きを融合させた『Stellar』も、多くの人々を驚かせることになった。

写真7
スワロフスキー「クリスタルパレス展」での『Stellar』会場風景。現地のジャーナリストからも「静けさに包まれた空気と皆を驚かせる表現とが共存しうることを教えてくれる、類を見ない展示」と絶賛された。

写真8~9 写真8~9
結晶を育てる水槽と照明器具とをあわせて展示。会場に特に説明は添えられていなかったが、作品コンセプトを来場者が瞬時に感じとれるインスタレーション。写真右は照明器具のディテール。

「虹」の作品もある。ソウルの美術館、MUSEUM.beyond museumで開催中の吉岡氏の個展作品の一つで、高さ約9m、幅約1.6mの「ステンドグラス」によってつくられた『虹の教会』である。手作業で積み上げられた500本のクリスタル・プリズムが光の乱反射をもたらし、幻想的な虹色の光となって空間を包んでいく。

雪、水、光、星、虹......いずれも自然界の摂理や現象に結びつく作品だが、行われているのは周囲の自然現象を視覚的に伝えることでも、よりリアルに再現して見せることでもない。「興味を持っているのは、様々な自然現象を目にした時の人間の感覚のメカニズム」と述べる吉岡氏は、ここ数年、人の感覚についての研究を続け、自然界の現象がもたらすような感動はどこから生まれるのかと問い続けている。

「大切なのは、装飾を施すことでも、形をきれいにまとめることでもない。これだけ物が溢れている時代となり、デザインとは、見えないものを意識し、それを何らかの方法で示すことなのではないかと思っています。匂いや音楽が私たちに大きな感動をもたらすように、心を動かす表現とはどうやって実現できるのか......」と吉岡氏。

写真10
「Tokujin Yoshioka_SPECTRUM」。韓国、ソウル市内のMUSEUM. beyond museum。
同美術館が国際的に活躍するアーティスト、デザイナー4名を紹介する個展形式の展覧会で、
吉岡氏の展示は5月1日〜8月15日。

写真11
クリスタル・プリズムを集積したディテール。

「『デザイン』が溢れる時代になっているからこそ、形をもたないもの、人々が感じとることで存在するデザインを意識したい」と強調する吉岡氏は、「恣意(しい)的に形をつくることをできるだけしたくない」とも言う。ネイチャー・センス展の『snow』で重視した要素を尋ねた際の返答も、「どこか恐ろしくもあり、パワーを備えていること。人に伝えていくエネルギーそのものをどう創出できるのかと考えている。」と、実に興味深いものだった。

今日の社会で、感情を揺り動かすデザインはどう実現されるのだろうか。制作プロセスを丁寧にコントロールし、理性的なものづくりのあり方を模索してきた20世紀を経て、現在では、生命力や魂を持ち備えたデザインの可能性や、偶発性のもたらす力にも目が向けられ始めている。吉岡氏が展開しているのは、理性では語り尽くせないものの力の存在に気づき、自然現象に目を向けながら、独自の表現となるインスタレーション。「デザインと自然、この二つの要素の間に、現代における新たなものづくりのヒントが隠されているのではないか」との問いかけだ。

忘れていた感覚を呼びさますインスタレーションや、作り手の恣意性は最小限として偶発性をもとり込んだこうしたものづくりの手法は、従来の「デザイン」の枠にはなかなか納まらないものかもしれない。だが、予想を超えたもの(表現)との出会いや驚きの体験ほど記憶に刻まれることを、人々はこれらの作品を通して感じとっている。心に強く印象を刻むデザイン。ものづくりやデザインの次なる可能性がそこに見え隠れしている。

写真12


写真提供:吉岡徳仁デザイン事務所

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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