日経メッセ > JAPAN SHOP > 連載コラム > World Design Insight-次代のデザイン発想- > 宿泊可能なホテル客室の展覧会「LLOVE」

連載コラム

宿泊可能なホテル客室の展覧会「LLOVE」

[ 2010年11月2日 ]

オランダ、ロイドホテルの監修

「代官山iスタジオ」(東京・渋谷区)を会場とする展覧会「LLOVE(ラブ)」が10月22日に開幕。11月23日までの1カ月間、日本とオランダのクリエーターが手がけたインスタレーション形式の"作品"を楽しめる。

2009年の日蘭国交樹立400年を記念して、企画が進められた本展覧会。両国の建築家やデザイナーが参加作家として名を連ねているが、単なる作品鑑賞に留まらないのが特色だ。「ホテル客室」を作品とする内容であるだけに、既存建築物のほぼ全館を用いてホテル空間を制作。会場を見ることはもちろん、客室予約で宿泊もできる。カフェやショップも本展のためにつくられた。

写真1
10月22日に開幕した「LLOVE」(東京都渋谷区恵比寿西1-36-10)。
代官山駅徒歩1分の好立地。
写真:太田拓実(他「LLOVE」写真もすべて)

実にユニークな展覧会のコンセプトは、アムステルダムにあるLloyd Hotel(ロイドホテル)のディレクター、スザンヌ・オクセナー氏の考案による。まずはロイドホテル自体に様々な特色があることを紹介しよう。

彼らの建物の竣工は1921年。欧州からアメリカへ移民を運ぶ船舶会社が、移民の健康診断を行う宿泊施設としていた建物である。1941年にはオランダを占領したドイツ軍がレジスタンスや犯罪人の収容所とし、戦後には対独協力者を拘留する施設に。1963年からは少年院としても使われている。

写真2
アムステルダム、ロイドホテル外観。
レンガの装飾に1920〜30年代の建築様式であるアムステルダム派の特色がうかがえる。
さらにはアールデコからルネサンス様式に至る多様なスタイルを内包する建築デザイン。http://www.lloydohotel.com/ Photo Courtesy of Lloyd Hotel

1989年からの10年間はアーティストのスタジオとしても用いられていたが、建物の老朽化が進んだことや治安の悪化といった暗いイメージを払拭するべく、アムステルダム市によって建物の活用法が公募された。その結果採用されたのが、NPOが提案した文化交流拠点としての「Lloyd Hotel & Cultural Embassy(ロイドホテル & カルチュアル・エンバシー)」(施設正式名称)の案だった。

オランダの建築事務所、MVRDVが建物改装に関わり、第一線で活躍するデザイナーやアーティストらが客室デザインに参加するといったリノベーションがなされ、デザインホテル「ロイドホテル」が誕生したのは2004年のこと。ホテル誕生の経緯もさることながら、「1ツ星から5ツ星まで、異なるグレードの多種多彩な客室がひとつの建物内に存在するホテル」として注目を集めている。

写真3
MVRDVが歴史的建造物のリノベーションに参加。
リチャード・ハッテンを始め第一線のデザイナーが客室、
空間を手がけたデザインホテルとしても注目されているロイドホテル。
文化交流の拠点としても大きな役割を果たしている。
写真は5ツ星の部屋。Photo Courtesy of Lloyd Hotel

写真4
ロイドホテル、3ツ星の部屋。Photo Courtesy of Lloyd Hotel

このように他に類を見ないホテルの企画に関わるオクセナー氏が、今回、都内での開催を目的としたプロジェクトも、コンセプトそのものが大きな特色だ。

「かつて日本で目にしたラブホテルに興味をもっていた」と述べる彼女。そこで特に注目した3点をふまえ、新たな客室デザインを日蘭のクリエーターで実現させようという趣旨である。3つの点とは「必要最小限のフロント」「利用者が自由に選択できる個性的な客室空間」「愛が詰まった場をつくること」。

こうして「愛(LOVE)」の単語にロイドホテルの「L」を加えた「LLOVE(ラブ)」プロジェクトの可能性が探られ始めたのがちょうど1年前。在日オランダ王国大使館の協力も得て、オランダと日本、双方の企画メンバーが中心になってリサーチが始められる。

具現化に向けての第一歩は場所探し

オクセナー氏のコンセプトを具体化するべく、アーキテクト・ディレクターとしてプロジェクトを牽引したのは、スキーマ建築計画を主宰する建築家の長坂 常氏(1971年生まれ)。長坂氏はこれまでに都市における交流、滞在の場の可能性を探るべく、既存の建物内にホテルをつくる「happa(ハッパ)ホテル」展(2009年)を開催、オランダ側関係者も彼の活動力に注目していた。

プロジェクトの可能性を打診された長坂氏は、今年1月、アムステルダムでオクセナー氏とのミーティングを持った。「愛の詰まった場をつくるというコンセプトが明快だった。"ラブ"ホテルという、ネガティブに受け取られやすい言葉を、誤読を装って、その言葉が本来持つポジティブな意味に見事にひっくり返そうとするコンセプトに魅了されました」と長坂氏。「それをお披露目するにふさわしい場所、ふさわしい時、役者が揃うベストなタイミングと好機......はめったにないのではと思い、だからこそ実現させ、人々に伝えたいと考えた」という。

「私自身、ただ見るだけの展覧会ではなく、滞留でき、体験できる展覧会を実現したいと常々考えていることもあり、コンセプトのはっきりしたホテル空間を提案するプロジェクトは興味をかきたてられるものでした。ホテルという場は生活に関わる様々な要素が含まれますから」と長坂氏は振り返る。

課題のひとつとなったのが場所探し。「宿泊可能な作品」であることが当初から重視されていたため、長坂氏は「宿泊機能を予め備えている建物が必要」と考え、都心の建物を探し始める。結果として30以上の施設を探したが、当初から注目していたのが、代官山駅から徒歩1分という恵まれた環境にある奈良県所有の施設だった。

写真5
「LLOVE」会場となった代官山iスタジオの外観。

東京に赴任した奈良県職員の官舎としても用いられ、職員や県民の宿泊施設として活用されてきたこの建物は、地上4階建てで、築42年。2005年からは奈良県の情報を発信する「代官山iスタジオ」として用いられ、2008年まで使われていた。その後使用されていなかったこの建物を展覧会会場にしたいと、長坂氏が奈良県に対して連絡をとったのが今年春である。

奈良県農林部の田中久延氏によると、「奈良産食材を用いた期間限定のカフェを計画していた時期で、タイミングもよく、『nara cafe』を含むかたちで協力させていただくことにした」という。「奈良県では今年一年を通して遷都1300年記念事業を進めていますが、この事業を市民参加型で進めるための人材育成塾のキックオフイベントを行ったのもこの建物でした。私自身も強い思い入れのある建物で、使われていなかった施設が1カ月でも生き返るのなら、と思ったのです」(田中氏)

こうして代官山iスタジオ内に残されていた宿泊施設フロア(3階)に、オランダと日本、計8組の建築家、デザイナー、アーティストが14の客室をつくる計画が加速していく。かつて食堂、ラウンジとして使われていた1階部分はカフェに。共同浴室(1階)も作品の一部となった。

写真6
「LLOVE」1階カフェ部分。
本プロジェクトのグラフィックを担当したオランダのデザインスタジオ、
トーニックのデザインを元に京都のテキスタイルメーカー、あーとにしむらが壁紙を制作。

参加作家の提案はセルフビルドで実現

参加作家の名前を挙げておこう。オランダからはロイドホテルの空間にも関わるリチャード・ハッテン氏(67年生まれ)、ヨープ・ファン・リースハウト氏(63年生まれ)を始め、国際的にも注目される若手、ピーケ・バーグマンス氏、ショルテン&バーイングス(72年生まれ、73年生まれのデザイナーのユニット)の各氏。

日本からは長坂氏と同世代の建築家が集まった。中山英之氏(72年生まれ)、永山祐子氏(75年生まれ)、中村竜治氏(72年生まれ)である。6部屋ある洋室のシングルルームは長坂 常氏とLLOVEクリエーティブチームによるもの。シングルルームではあるが、「対照的な2部屋の1セット」として考えられている。

写真7
303号室、長坂 常『回転ベッド』。
手動で動かすことができる歯車がつくられ、手前の大きな歯車の上に布団が敷かれている。

写真8
302号室、永山祐子『うずもれる』。
白砂利で埋められた部屋。自然のなかでキャンプするような部屋。

写真9~10 写真9~11
左は301号室、中山英之『少しだけ大きな部屋』。
既存の和室の複製をつくって元の部屋に入れてみる、という発想。空間のしわが特色。
右は304号室、中村竜治『池』。
和室はそのままに、部屋の上下を区切る伸縮性のある「床」が加えられた。

ラブホテルではないが、全体を貫くコンセプトの「LOVE(愛)」の解釈は作家によって大きく異なり、結果として空間の趣はまったく異なる。「各自の発想を尊重した」と長坂氏。ただし、制作においては参加者のセルフビルド(自主施工)が前提だ。

日本の参加作家は自身の建築事務所スタッフに学生インターンも加えながら、精力的に作業を進めていった。開幕直前まで来日が難しい海外作家の施工作業は、日本側における「クリエーターコーディネーター」が制作をサポートするしくみがとられている。

一例として、ピーケ・バーグマンス氏の制作においては、CIBONE(シボネ)がコーディネーションを担当。制作進行を見ることに加え、バーグマンの今回の案に重要な意味を持つユニークな形状のベッドと照明器具の日本における製作コーディネートも行っている。

写真11
308号室、ピーケ・バーグマンス『愛の中に』。
客室にある様々なものが恋に落ちてしまったというストーリー。
チョコレートの香りも。クリエーターコーディネートは日本のCIBONE。

CIBONEの中塚基宏氏によると、壁にはいあがるイメージの長いベッドなど、デザイナーの意図を尊重しながらも、宿泊施設としてのオペレーションをふまえた制作上のアドバイスを行ったという。バーグマンス作品の特色は有機的な形状のガラスのランプだが、エントランスに飾られたランプは、都内で吹きガラスを手がける猿江ガラスの制作だ。作家来日後に制作を行いながらも開幕に間に合うスケジュールがきちんと考えられた。

「海外作家の案を日本で具体化する際にはメールや電話で進める方法が一般的ですが、それでは伝えきれない細かな部分がどうしてもでてしまうのが通常だと思います。デザイナーが来日して一緒に現場をつくる大切さを改めて実感し、それゆえの醍醐味も味わいました」(中塚氏)

写真12
306号室、ショルテン&バーイングス『再生』。
壁には生物の誕生についてのドローイング。
家具制作で日本の家具メーカー、カリモクが協力している。

写真13
305号室、ヨープ・ファン・リースハウト『繁殖』。
建築、アート、デザインの枠を超えて活躍するファン・リースハウトはロイドホテルの客室も複数手がけている。

写真14
307号室、リチャード・ハッテン『レイヤー』。
様々なテープで壁が覆われ、ベッドも何層ものマットレスで。
クリエーターコーディネートに日本のE&Y。

柔軟な視点がもたらす可能性

「宿泊可能」としたことで、一般的な展覧会とは異なるオペレーションが必要となってくる。ホテルとカフェの運営は運営専門のトランジットジェネラルオフィスに業務を委託、通常のホテルと同様、インターネットから客室予約を行えるしくみがとられている。また、来場者はカフェやショップを自由に利用でき、予約制で「本展作品」の客室やバスルーム・ギャラリーを無料で見学できる。

「2年間使用されていなかった建物を改装して、これだけ手間のかかる計画をよく実現したものだと思いました」。そう述べるのは、奈良県農林部の田中氏。オクセナー氏を始めとするオランダ側関係者も、当初のコンセプトを大切にした、国際的なプロジェクトの実現に笑顔を見せている。

写真15
シングルルームの一例。ここも「LOVE」をテーマに、隣接する部屋と対称のデザイン。

写真16
浴室はバスルームギャラリーに。宿泊客使用時間外に見学が可能。

無事に開幕を迎えたその日、「LLOVE」プロジェクトを通して感じたことについて、長坂氏はこう述べてくれた。「美術館とは異なる街なかの建物を会場として、特化した要素、機能を持ち込むことでの、表現、提案の可能性を感じています。一例ですが、その国の習慣で生まれた特殊な建物の一部に、認識の異なる他国の思想を持ち込むことで、新たな解釈や人の動きが生み出される展覧会なども考えられるでしょう」

「国内で考えれば、どの街にもある旅館などの宿泊施設や、使われなくなった古い建物を活用することで、街おこしの契機をつくることができるのではないでしょうか。人が滞留し、宿泊する場には『食』も必要ですから。大規模アートプロジェクトに宿泊機能を備えた作品を含むことも考えられる。新たな計画のもとに建物をリニューアルすることで、街の新たな顔となる、交流の場をつくることもできます」

長坂氏はまた「リノベーションに対する認識が成熟している時代になっているからこそできる提案もある」と述べる。歴史的な建物の内部を一から変えてしまうのではなく、「歴史的な文脈の一部に手を加えることで、視点を変え、新たなニーズを生み出す提案を行うことの可能性」だ。期間限定となる展覧会企画としても、既存施設を活用する視点としても、「LLOVE」から興味深い点が様々に見えてくる。

展覧会データ:「LLOVE(ラブ)」10/22〜11/23 、会場:代官山iスタジオ、
http://llove.jp(ホテルフロントTEL 03-3461-8813)

川上典李子

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

バックナンバー

PAGE TOP