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連載コラム

ミラノサローネで人々が驚いたキヤノン、東芝の展示

[ 2011年5月18日 ]

4月12日から17日まで開催されたミラノ国際家具見本市(Salone Internazionale del Mobile、通称「ミラノサローネ」)をとりあげてみたい。ミラノサローネは今年で50周年。デザインの国イタリアの歴史を改めて実感すると同時に、未来を模索する場としての役割がより重要になってくることをも感じさせる節目の年だ。

以前の記事でも触れた通りに、フィエラ(国際見本市会場)での展示と同時に市内各所でも多数の展示が催される。なかでも注目されたのは、市内で行われたキヤノンと東芝の大型インスタレーション。現地で会った各国のデザイナーの大半が話題にしていたほどだった。

両者が会場に選んだのはトルトーナ地区。市内中心部にあるドゥオモの南に位置している(同地区のサローネ情報は http://www.tortonadesignweek.com/ )。キヤノンが「NEOREAL WONDER」と題した体感型展示を行っていたのは、スーパースタジオ・ピュー内のアートポイントだ。

写真キヤノンのミラノサローネ参加は4回目。これまではミラノトリエンナーレ美術館を会場としていた。会場となった建物(825m2)前で入場を待つ人々。
Photo: Daisuke Ohki (キヤノン他写真も)

会場に入るとまず、空間全体を使った迫力ある映像と音のインスタレーションに圧倒されてしまう。片側の壁から約16m先の壁に向かって、6つの文字が投影されている様子が目にできる。それぞれ1点から放たれた光が広がっているように見えるのだが、よく見ると無数の糸によって文字の形がトレースされていることがわかる。

「光束スクリーン」と名づけられた糸の立体スクリーンに、キヤノンのプロジェクターで映像が投写されているのだ。立体化した映像に入り込んでいくような体験を通して、光と人との新しい関係を築くことを試みた表現。会場構成を手がけたトラフ建築設計事務所(鈴野浩一氏、禿真哉氏)の発想である。

写真「光束スクリーン」1つにプロジェクター3台、全18台のプロジェクターで高精細な映像が投写された。

写真糸はあえて手が届く高さに張られている。手をのばした人々が糸の存在を感じて驚く姿も。

「空気のように軽やかな映像のスクリーンを考え、糸を選択しました。実態のないもの(映像)に形を与えるような虚構と現実の倒錯が、現代におけるとらえどころのないリアリティに通じるところがあるのではと考えました」と鈴野氏、禿氏。糸の数は全部で約2万本。建築現場で水平を示す水糸が使われた。

キヤノン総合デザインセンター所長の酒井正明氏はこう述べる。「世界を舞台に活躍する日本人デザイナーの創造力と表現力、そして弊社の映像分野における商品力と技術力が結集して実現する、驚きと生命力に満ちた体験型映像です」。総合プロデューサーの桐山登士樹氏は、「NEOREALは、製品のポテンシャルを最大限に活用し、新たな表現方法を求めた実験的なプレゼンテーション」と述べる。

写真会場中央の床が丘のように高くなっており、視点を変えながら展示を楽しめる。

写真WOWの映像作品「Circle of light(光の循環)」は約7分間の力作。

映像作品を手がけたのはビジュアルデザインスタジオのWOW(ワウ)。デジタル一眼レフカメラからデジタルビデオカメラ、プロジェクターなど、キヤノン製品を活かして制作された映像作品においては「平面の壁と光の束が投写対象だったため、それらを最大限に活かせる映像コンテンツを考えた」という。「平面のスクリーンに映しだす映像では体験できない、見る場所によって見え方の違う映像が、空間を満たすような演出を心がけました」とWOWの於保浩介氏。

写真光束スクリーンの両側にも映像を投写、映像と空間が一体となった展示に。「入力から出力に至るキヤノン映像機器の総合力や高度な表現力に興味を持っていただくとともに、映像文化の創造に貢献したい」と酒井氏。

写真映像の空間の先ではトラフ建築設計事務所がデザインした紙のプロダクト、「空気の器」を展示。キヤノンのデジタルカメラとプリンターを用いた本展バージョンの「空気の器」だ。

写真左の壁面では本展使用機材などの製品を紹介。会場で配布された冊子にも使用製品の情報が細かく記載されていた。

製品開発に取り組む企業のデザイナーやエンジニアの成果となる製品の存在と、それら開発された品々を活かして気鋭のクリエイターが見せてくれる体感型の展示。キヤノンは今回も、同社製品が切り拓く表現の世界を強く伝える会場を実現させていた。だからこそ、世界で最も参加企業の多いデザインウィークにおいて、支持される展示として成功を収めたのである。

またこの展示は、今年から開催された「ELITA DESIGN AWARDS 2011」でグランプリに輝いた。ミラノサローネ期間中に開催される全ての展示を対象として、主催のひとつ、「Fuorisalone.it」のサイト上での一般からの投票と、専門家たちの審査によって選出される賞である。

水と光を用いた
東芝のインスタレーション

他にも話題が集中していた東芝の展示に目を向けたい。今年で3回目となる「コンセプト展示」をトルトーナ地区で行った同社は、あわせて見本市会場にも初出展している。

ミラノサローネでは国際照明機器見本市「ユーロルーチェ」と国際キッチン見本市「ユーロクチーナ」が交互に併催され、今年はユーロルーチェ。市内では体感型展示、見本市会場では欧州で発売予定のLED電球等の展示、商談という、目的にあわせた2つの展示を行ったかたちだ。

市内で開催された展示のタイトルは「Luce Tempo Luogo <光・時・場>」。会場となったCortile di Via Savona(コルティーレ・ディ・ヴィア・サボーナ)の選択そのものがまず、今回の展示の重要な役割を果たしていた。

写真トルトーナ地区の通り(Via Savona)に面した会場エントランス。
Photo: Noriko Kawakami

写真エントランスから始まる約18mの白い通路を進んでいく。Photo: ©Toshiba

通りから少々奥に入ったところに、築100年を超える建物の壁のみが残されている。天井が消失してしまったこの建物は、かつて工場や学校として用いられていた時期もあるなど、様々なできごとを目にしてきた壁だ。現在は建物前の中庭とあわせて企業の駐車場として用いられており、近所の人々も普段は足を踏み入れない場所だという。

写真会場の普段の様子。Photo: ©Toshiba

展示スペースの選出から関わり、会場構成を手がけたのは、パリを拠点とする若手建築家の事務所、DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS(ドレル・ゴットメ・タネ/アーキテクツ、以下DGT)。

イタリア出身のダン・ドレル氏、レバノン出身のリナ・ゴットメ氏、日本出身の田根剛氏によって結成されたDGTは、場の歴史や文化、風土といった文脈をひもときながら建築提案を行う。設計コンペで優勝し、2013年の完成を目ざして進行中のエストニアの美術館もこうした設計手法が評価されたひとつだ。今年夏には日本においてサイトウキネンのオペラ空間演出も控えている。

今回のミラノでの展示も、オペラの序章さながら導入部に始まり、複数の「場面」が用意されていたのが興味深い。まずは白い通路を通って、中庭へと進む。歴史を感じさせる壁の前に、大きな池が現われる。人々はここで周囲の建物に切り取られるようにして広がる空を目にし、自然の光を改めて感じることになる。さらに壁の内側へと進み、もうひとつの光に出会うのだ。

写真写真右奥が通路から出てくる部分。中庭には粉砕された白い石が敷き詰められ、壁の前に池。光に満たされた静寂の庭だ。多くの人がここでまず歓声を上げていた。
Photo: Noriko Kawakami

田根氏が言う。「東芝から、光のコンセプト、明かり文化を伝えたいということでした。考えたのは、光の時間を生み出すこと。光の表現になるというのに屋外を含む場所を選出したことに関係者は驚いていましたが、私たちが試みたのは、そこに"光の壁"をつくることでした」

写真2つの池の間を通り、白い幕が下げられたエントランスから壁の向うへ進む。今回使用された会場の広さは全部で 534m2。Photo: ©Toshiba

写真建物内ではサーッと水が落ちる音が聞こえ、高速で点滅するLEDの光に照らされた水滴が輝く。制作サポートに照明デザイナーの岡安 泉氏(岡安泉照明設計事務所)とテクニカルアドバイザーの篠田匡史氏(株式会社多聞)が参加。
Photo: ©Toshiba

雨が降るように落ちる水には、1000個以上の高輝度LED電球の光があてられている。LED電球が100万秒分の7秒間点灯している間は、極小の光が水の間に入り込む。降り注ぐ水の粒がより立体的に目にできるようにも工夫されており、LED光源の点灯時間が長く変化していくことで、光の点は線へと変わっていく。

また、白色と電球色という2色のLED電球を投射することで、「内側は光に包まれるように、外側は光がボリュームに見えるように考えた」という。空間全体の光量も変化しており、暗闇から次第に明るくなり、再び暗闇に戻るプログラムとなっている。「日が昇り、沈んでいく」まで、4分半の光の表現だ。

写真空間全体が明るくなった状態。
Photo: Taichi Ano

写真落ちた水を循環して使用している。床には工業用の透水シート。前述した中庭への通路は白色のカーペットを貼っているなど、身近な素材を活用。「短期間の展示の設営に必要以上の費用をかけることは避けようと考えた」と田根氏。
Photo: Taichi Ano

DGTではさらに広大なイメージを思い描いていた。再び田根氏の言葉を引用しよう。「生命の来歴、あるいは文化と環境との関係に目を向け、私たちをとり巻く雄大な時間を凝縮できないかと試みました。太陽の光が海に降り注ぎ、やがて雲が生まれ、雨を降らし......という自然界の循環もここには重ねています」。それを「シンプルに体験できるものとして、感情に訴えるものとして、どう表現できるのか」、検討したという。

東芝は現在、パリ、ルーヴル美術館の照明をLEDに変換するプロジェクトに関わっている。LEDについては環境負荷の軽減や細やかな制御といった高度な技術面が魅力だが、忘れてならないのは、環境技術が探究される今後も引き続き、光の本質、光と人間の関わりの意味を問い続けていくことの重要性だ。今回の会場は、そうした未来の課題に正面から向きあう表現でもあった。

写真開場は12時〜21時。20時を過ぎると日中とは異なる光と共に会場を楽しめる。向かい側からの照明を受け、水面のゆらぎが壁にかすかに反射して見える。
Photo: Noriko Kawakami

細やかなプログラムが可能な時代にあって、目をひくだけの表現ではなく、来場者を包む空気をいかに豊かに表現できるのかということに挑んだ2社の展示。キヤノンも東芝も、日本企業が世界に誇る先端技術を駆使しながらも、ただ技術力の強調に留まらず、人々が体感できる質の高いインスタレーションとして実現させていた点に大きな魅力が宿る。

留まるほどに発見の多いインスタレーションであることも、2社に共通する特色だろう。趣旨を理解するほどに満喫できる展示であると同時に、説明を読んだり聞いたりしなくとも企業のビジョンが五感を通して伝わる内容となっている。随所における細やかな表現のうえで、大胆なほど明快にまとめられた会場の効果についても、実感せずにはいられない。異なる文化背景の人々が訪れるミラノサローネにおいて、企業メッセージが強く伝わっていた理由が多数見えてくる。

World Design Insight-次代のデザイン発想-
執筆者:川上典李子

川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部を経て、94年独立。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)を始め、デザインリサーチにも関わる。現在は、「21_21 DESIGN SIGHT」のアソシエイトディレクターとしても活動。主な著書に『Realising Design』(TOTO出版)、『ウラからのぞけばオモテが見える』(佐藤オオキとの共著、日経BP社)など。
公式サイトnorikokawakami.jp

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