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連載コラム

第64回「食も空間も時間をかけて、手づくりで〜下北沢熟成室」

[ 2009年2月20日 ]

若者の雑駁なエネルギーと、街に対する地元住民やファンの愛着心が混じり合い、独特の活気を呈している東京・下北沢。メインの商店街を一つ折れた路地に、2008年11月29日、ダイニングバー「下北沢熟成室」が誕生した。黒く塗られた小さな店は、食も空間も"自然素材"と"熟成"にこだわっている。

 シンプルな店だ。

 路地に面した建物の2階に上がって扉を開けると、黒い小さな空間が目に飛び込んでくる。4つのちゃぶ台を並べた黒い畳敷きの小上がりが面積のほとんどを占め、脇の壁沿いにテーブル席が1つ。正面には調理場を控えたカウンターがあり、オーナーの福家征起さんが調理からサービスまで一人で担う。

 以上が、「下北沢熟成室」の室内を構成する要素のすべてと言っていい。

 店名が示す通り、提供する料理は、時間をかけてつくった素材にこだわっている。「食べ物もドリンクもしっかりと時間をかけて寝かせた素材はおいしい。こうした食材を使って、お客さんにも"熟成された時間"を過ごしていただければ」と福家さんは話す。

 メニューには、シンプルでごまかしのきかない料理が並ぶ。生あるいは火を入れた産直野菜をオリーブオイルと天日塩で食べる「農園サラダ」や、1週間塩漬けした豚肉を燻製した手づくりベーコン、野菜の甘みを引き出したピクルスなど。調味料も自然素材のものばかりだ。飲み物は、天然酵母のベルギービールなどを用意している。

 夜のみの営業で、客単価はおよそ3000円。もともと30代の女性客を中心に想定していたが、男性客も少なくないとか。1日に1.3回転程度という話からも分かるように、じっくり腰を据える客が多いようだ。

左:厨房のカウンターと小上がり 右:ちゃぶ台の並ぶ小上がり
左:厨房のカウンターと小上がり 右:ちゃぶ台の並ぶ小上がり

 さて、ハード面の店づくりを見ると、こちらも手づくり感あふれる工程を踏んできた。

 ここで登場するのは、土屋匡生さん、金子泰子さんという2人の設計者。そして袴田章子さん、力武若葉さんというサポートメンバーだ。

 もともと設計の相談から話を受けた土屋さんだったが、「設計した後、別の施工者に依頼する通常の方式に比べると、予算は10分の1程度。それなら自分たちでつくるしかない」(土屋さん)。ほとんどの作業を自分たちで行うことにした。

 もともと店の面積は23㎡弱と小さいし、大々的な工事ができるわけではない。以前がカフェだったため、厨房まわりにはカウンター壁、客席窓側にはベンチが残っていた。これらを壊さずに最大限生かす。「何もつくらずに何をつくるか」(土屋さん)が、設計上の目標となった。

 建築上の要素として新しくつくったのは、言ってみれば小上がりだけだ。土間より44センチ高くした小上がりは既存のベンチを覆い隠し、収納としても機能する。

 空間の構成要素が少ないだけに、あとは素材の質感や色、光の使い方などがポイントになる。

 メインの壁面や土間は、左官職人として有名な小沼充さんにお願いした。小沼さんは、漆喰に珪藻土と松煙を混ぜ、自然素材では難しいという"黒の漆喰"の壁を実現してくれた。仕上げ塗りでは、オーナー自らも加わって作業した。

 構造用パネルのOSBを用いたちゃぶ台は、機能性や強度を確保しつつ、自分たちでも加工しやすい形を模索してつくった。段ボールの模型や3Dモデリングで検討するなど、手づくりであっても設計作業は本格的だ。

 カウンターの横にある壁面は、人が集まっている様子を描いたイラストを施している。これも、イラストレーターであるメンバーの作。窓には、安価な農業用遮光材カーテンを垂らしている。市松模様の製品を2重に垂らし、木漏れ日のような光の表現を目指した。

 メンバーは時間を見ては集まり、福家さんの目指す店づくりを咀嚼してプレゼンテーションを重ねた。インテリアだけでなく、店の看板やロゴデザイン、コースター、ブログなど、1つずつ議論して決めていった。

カウンター側からの見返し。黒い壁は漆喰塗り、赤い面は以前のカフェで黒板だったものを塗り直した
カウンター側からの見返し。黒い壁は漆喰塗り、赤い面は以前のカフェで黒板だったものを塗り直した

左:小上がりの横にあるテーブル席 中央:窓沿いに2重に垂らした農業用遮光材カーテン 右:カウンター壁のイラスト 左:小上がりの横にあるテーブル席
中央:窓沿いに2重に垂らした農業用遮光材カーテン
右:カウンター壁のイラスト

 福家さんにとって、開業時が店の完成でない。オープンに際しては地元向けのリーフレットを作成し、素材や料理へのこだわりに加え、街の人たちと一緒にありたいという店のメッセージをしたためた。近くの店との連動なども視野に入れて、街と共に成長していくことを目指している。

 そういう意味では、オーナーとメンバーによる店づくりの過程自体が、店のコンセプトである"熟成"を体現してきたとも言える。

 実は、デザイン上も、これから考えるべきテーマはいろいろ残っている。メニューもまだ仮仕様だ。メンバーは今も週末に集まり、打ち合わせや作業に取り組んでいる。

(守山久子)

■下北沢熟成室

http://shimojuku.blog8.fc2.com/

東京都世田谷区北沢2-33-6 飯島ビル2階
TEL 03-6416-8150
営業時間 18:00~25:00
月休

商空間デザイン最前線(日経デザイン編)
執筆者:守山 久子

フリーランスライター。
1963年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。
ゼネコン設計部、日経BP社「日経アーキクチュア」「日経ストアデザイン」「日経アート」「日経デザイン」の各編集部を経て2003年に独立。住宅、建築、デザインの分野を中心に取材・執筆を行う。著書「家族と財産を守る耐震リフォーム」(週刊住宅新聞社)、共著「デザイン・エクセレント・カンパニー賞!」「デザインエクセレントな経営者たち」(ダイヤモンド社)、「巨匠の残像」(日経BP社)。

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