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連載コラム

第41回「"時間"を刻む空間と演出 〜tocoro cafe」

[ 2006年3月17日 ]

 2005年12月8日にオープンした「tocoro cafe(トコロカフェ)」は、上村雅一氏夫妻が営んでいる。バス通りに面しているとはいえ、駅からは徒歩10分以上かかり地の利が良いとは言えない立地。しかし、そうした場所の特性を逆手に生かし、ゆったりした時間を過ごせる場を提供するのが特徴だ。
 間口の小さい店は、奥に細長い箱のような空間となっている。木のカウンターが中央に長く延び、カウンターをJの字に囲むように11のいすが並ぶ。エントランスの脇には、上村氏が「かまくら」と呼ぶ凹み状の小空間。4人掛けのテーブル席が1個置かれている。

 壁と什器に用いた木と、白い壁。カウンター上には丸い小型照明が一列に吊られている。簡素な空間のアクセントになっているのは、上村氏が1つずつじっくり選んだコーヒーづくりの道具だ。カウンター背後の棚にエスプレッソマシン、カウンター席の奥には湯釜とひしゃくが据えられている。

 
写真左:外観 写真右:店内
 
写真左:店内見返し 写真右:カウンターまわり

 空間だけでなくメニューも厳選し、あえてアイテムを絞っている。コーヒーはエスプレッソベースのみ。「オチョコ(ストレート)」、「湯割」、「トコラテ(エスプレッソとミルク)」などのバリエーションを用意する。その他の飲み物は「ホッとミルク」と「柚子湯」。食べ物は、黒米トースト、手づくりチーズケーキなどだ。

 エスプレッソは客の注文を受けてから1つずつ入れている。湯割などの湯は、湯釜からひしゃくを用いて注ぐ。お茶の作法を加味したつくり方だ。

 コーヒー木のトレイの上には手ぬぐいのコースターが置かれ、特注した椀状のカップでコーヒーをいただく。長方形のコースターは、熱くなったカップを包み込んで飲めるように配慮したオリジナルの手づくり。コーヒーを飲み終わった後には、サービスのお茶が小さな湯呑みに出てくる。

 「今は妻と二人なので、まず手を広げずにできることを丁寧に取り組んでいきたい」と上村氏は語る。

 座席数は全部で15席と小規模だが、店内をよく見ると細部まで計算し、変化を付けていることが分かる。

 店の中央を貫くカウンター席は、実は2種類のタイプがある。ハイチェアを3席ずつ向かい合わせに配置したエントランス寄りの6席は、カウンター内の作業スペースとは低い間仕切りで区切られている。比較的、独立性の高い一画と言える。

 一方、奥の5席は床面が一段高くなっている。その分、いすの座は低く、ゆったりできる。目の前でコーヒーを入れる上村氏とも距離が近く、話をしやすい。「ハイチェアのコーナーは、短時間で席を立つ方やグループ客が多い。奥の席は話などをしながらゆっくり過ごす方に向いています」(上村氏)。

 また隠れ家風のテーブル席に座ると店内を対角線状に見通せるため、空間の奥行きを感じ取れる。目を上げればカウンター内に立つ上村氏とアイコンタクトできるが、その距離感によってカウンターの存在は気にならず、自分たちの世界に入り込める。

 このように、床面の高さ(いすの高さ)やごく緩やかな間仕切りによって、オーナーや他の客との距離感、ひいてはそこで過ごす時間のテーストをデザインしているのだ。

 
写真左:高低差のある座席 写真右:カウンターとかまくら

カウンター席

 一時のカフェブームが収まったとはいえ、街のあちこちでカフェを見かける。ただ、一口にカフェと言っても種類は様々だ。スターバックス コーヒーのように手早くコーヒーを飲める店もあれば、腰を落ち着けつつ食事を楽しむための店もある。

 前者の場合、店のしつらえはスピード感や手軽感を重視する。座席まわりも、ハイチェアやカジュアルないすを置くのが基本。後者なら、ゆったりくつろげる雰囲気づくりが欠かせない。大切なのは、サービスと店のデザインが同じ方向を向いていることだ。

 その点tocoro cafeの場合、ゆっくり時間を過ごすタイプの店であることは、木の質感や黄色みを帯びた照明などからストレートに伝わってくる。また上村氏も、店が立て込んできた場合、1杯ずつコーヒーを入れるので時間がかかると事前に断りを入れるという。客側と店それぞれの期待に齟齬(そご)を生じさせないための気配りだ。

 オープンしてから3カ月。これまであえて宣伝は打ってこなかったが、固定客も少しずつ増え、口コミの客も広がってきたという。近所の人を中心に、ほぼ毎日顔を見せる人もいる。加えて、小泉誠氏ファンも少なくない。取材に訪れた日は、埼玉県からわざわざやってきた女性の2人連れもいた。

 上村氏自身、会社に勤めながらカフェづくりを計画していたとき、雑誌「pen」で小泉氏の運営する「こいずみ道具店」の記事を見た。自分の店を託すのはこの人だと思った上村氏は、小泉氏の元を訪れる。話をし、意気投合してから1年半。小泉氏とじっくり話し合って店のオープンにこぎつけた。

 ここでは、様々なプロセスに時間の痕跡が刻まれている。

 (守山久子)


■tocoro cafe:http://tocoro-cafe.com/
東京都世田谷区下馬3-38-2 1階
(TEL:03-3795-1056)
営業時間 12:00〜20:30
火・水休

商空間デザイン最前線(日経デザイン編)
執筆者:守山 久子

フリーランスライター。
1963年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。
ゼネコン設計部、日経BP社「日経アーキクチュア」「日経ストアデザイン」「日経アート」「日経デザイン」の各編集部を経て2003年に独立。住宅、建築、デザインの分野を中心に取材・執筆を行う。著書「家族と財産を守る耐震リフォーム」(週刊住宅新聞社)、共著「デザイン・エクセレント・カンパニー賞!」「デザインエクセレントな経営者たち」(ダイヤモンド社)、「巨匠の残像」(日経BP社)。

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