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「脱・お上」迫った平成の市場(DeepInsight)

[ 2018年1月10日 / 日本経済新聞 朝刊 ]

本社コメンテーター 梶原誠

 年明け以降も株高が続いている。日経平均株価は、26年ぶりの高値圏だ。今後も株高が持続する条件は何だろう。この26年間、時価総額をどれだけ増やしたかの企業ランキングを見ると、ある答えが浮かぶ。企業が「政府頼み」を脱することだ。

 下位から見た方が分かりやすい。1991年末か昨年末に時価総額が3000億円を超えていた東証上場企業は292社。このうち下位の30社、つまり時価総額を最も減らした企業群を見ると、過半数の16社が電力、銀行、建設の3業種に集中している。

 いずれもかつて、政府に守られて成長してきた業種だ。政府との蜜月が終わったのに、それに対応しきれなかった業種ともいえる。

 電力は50年代以降、大手が地域ごとに事業を分け合う地域独占体制に守られてきた。競争を避け、「官僚より官僚的」と皮肉られる体質にもなった。株安は2011年の東日本大震災後の原発停止などの逆境の影響が大きい。だが、業種別日経平均の「電力」の値動きは震災の数年前から日経平均を下回っていた。政府が電力自由化を静かに進めた時期と重なる。

 銀行も、破綻を避ける「護送船団方式」に長く守られてきた。横並び意識が強く、とりわけ地銀は収益源の開拓が遅れた。メガバンクは91年に存在しなかったため分析対象ではない。だが昨年末までの10年間で見ると、時価総額の増加率は大手3行平均でマイナス2・1%。日経平均が48%上昇したのに比べ、大きく見劣りする。

 建設も、公共工事という政府からの発注に守られてきた。そんな環境は、競争に背を向ける談合という風土ももたらした。

 平成と重なる26年間は、政府を親とするパターナリスティック(家父長的)な経済の限界が露呈した時代だ。官僚の顔色をうかがっていれば企業が成長できた時代の終わりを株式市場は告げた。

 戦後や高度成長期、政府主導のシステムはうまく働いた。重点産業と位置づけた石炭や鉄鋼を育てる「傾斜生産方式」は戦後の復興を支えた。保護政策は外資との競争から企業を守り、温室のなかで育て上げた。

 だが平成に入り日本は、企業の優勝劣敗を生む自由な競争が一段と求められるようになった。象徴が97年の山一証券の破綻だ。当時の副支店長で、今は人材派遣会社を経営する永野修身氏は近著で当時を振り返る。「今度も、大丈夫だと思っていた。『神風が吹く』――」。政府が救済してくれると最後まで信じた。

 古いシステムにすがれないなら、企業はどうすればいいのか。ランキングの上位、つまり時価総額を高めた企業群が答えを出している。「経営者のリーダーシップ↓リスクテーク↓イノベーション」の連鎖を働かせることだ。

 時価総額を70倍以上拡大した首位のニトリホールディングスも2位の日本電産も、創業経営者による強いリーダーシップで知られる。リーダーシップがあるからリスクが取れる。リスクを取るから製品やビジネスモデルのイノベーションが生まれ、成長できる。独自路線を行く両社の経営は、政府に甘える発想とは無縁だ。

 米企業にもヒントがある。昨年8月、トランプ大統領に経済政策などを助言してきた米主要企業のトップの組織が、相次いで解散した。人種差別を容認するトランプ大統領との関係が顧客離れを招くとトップは怒った。成長のためには政府との対立も恐れない強さがあるからこそ、政策が不透明でも市場は企業を評価し、米国株も史上最高値を更新してきた。

 政府頼みは今の日本の問題でもある。12年以降のアベノミクスにはまさに、政府が経済を先導する政策だからだ。株価を押し上げる異次元の金融緩和にも、公共投資を含む財政刺激にも、企業から見ると再び政府への依存へ、という誘惑がちらつく。

 「大きな政府」は危機対策としては有効だ。08年のリーマン危機でも、米政府による銀行の国有化が大恐慌の再来を防いだ。だが景気が良くなるにつれて企業活力の減退などの副作用も表面化し、撤収を迫られる。そして今、景気は回復中だ。企業が「アベノミクス後」も戦える力をつけたのかは、これから市場に問われる。

 1927年、米JPモルガンの共同経営者に配られた資料が残っている。「(明治維新で)近代国家になると決めた1870年ごろは、経済発展のために政府による企業の支援が必要だった」。日本への投資を始めた同社は、おびただしい数の政府系企業など、企業への政府の介入が日本経済の弱点と警戒して経緯を調査した。

 結論は、企業が政府頼みを脱するのは容易でないというものだった。「数百年で完全に封建化した日本の文明には、パターナリスティックの強い傾向がある。人々は当然のように政府の支援を当てにする」。江戸時代までに染みついた「お上」との主従関係を変えるには時間がかかると読んだ。

 実際その通りだった。維新以降の150年間、その多くで政府は企業に影響力を及ぼし、「企業の時代」と呼べる時期は限られた。このままでは危うい。株式市場は最終的に、政策ではなく個別企業の成長力を評価する場だ。

 政府頼みが日本の風土だとしても、投資家に嫌われてまで守るべきだとは思えない。日本企業は変われるのだろうか。平成の時代を通じ、株式市場が発した警告を生かす時が来た。

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