連載コラム

「ライティング・フェア2007を視察して」(その1)有機ELのこと

[ 2007.04.06 ]

照明デザイナー 落合 勉(M&Oデザイン事務所)
はじめに

 "人に地球に・・・やさしいあかり"をテーマに国内外の照明器具や光源、関連材料・部品などを一堂に展示・紹介するライティング・フェア2007は、3月6日から9日まで東京国際展示場(東京ビッグサイト)の東3ホールで開催されました。今年で8回目のこの照明総合展は、出展社数121社(前回の2005年より21%増)、来場者数96,948人(前回比17%増)と盛況でした。特に世界のトップランナーとして実践してきた次世代光源のLEDや有機ELは、省エネルギーや環境対応への市場ニーズと相応して、照明関係者だけでなく家具・インテリア・建築業界や自動車業界、さらには家電や携帯電話業界などからも関心を集めていましたが、実際に世界最先端の照明技術や製品が会場のそこかしこに競い合うように展示されており、その質の高さ(製品化)に"凄い、本当に凄い!"と感じいった4日間でした。今回はその視察内容を3回に分けて報告したいと思います。最初に世界最高クラスの明るさを達成し、披露していた有機EL照明の展示ブースを取り上げます。

 

図1 ライティング・フェア2007会場内の様子

図2 ライティング・フェア2007会場中央のテーマ展示コーナー付近の様子

 

図3 会場入口、ゲートの様相

図4 ゲートに設置されたライティング・フェアのロゴマーク(LEDで点滅表示)


1.有機EL照明への道のり

 まず、有機ELについての説明を簡単にしますと、有機EL(Electro Luminescence)とは、ガラスやプラスチックなどの上に石油などから作り出した有機蛍光物質層(発光層)を塗り、そこに電気(Electro)を通すと有機物がきれいに発光(Luminescence)することで、LEDと発光原理は(発光電圧3〜4Vも)類似しています。違いは発光材に有機物を用いるか、半導体の無機物か、の点です。そのため欧米では"有機のLEDタイプ"との考えからOrganic LEDとし、O−LED(オーレッド)と呼称しています。

 ところで有機物はもともと絶縁体ですので電気を通しません。ですから有機物(プラスチック)は電気を通さず「光らない」と思われてきました。しかし1977年に、ある特定の種類の有機物が電気を通すことを白川英樹博士らが実験で成功(このことで2000年度ノーベル化学賞を受賞)します。

 白川博士の実験成功の10年後[1987年]、カメラ・フィルムで有名なイーストマン・コダック社の太陽電池研究開発グループによって、有機物質の高輝度発光に成功します。有機物の発光はこの時から始まったのです。しかし、いくつかの発光原理の確立を見出したコダック社ですが、まだまだ実験レベルでの段階でした。

 そして1990年代前半、アメリカ留学から帰国し山形大学工学部の助手であった城戸淳二氏は、大学時代から研究していた有機物(稀土類)を活用して、きれいな光を出すことに取り組んでいました。光の三原色(赤、青、緑)別に単色発光する稀土類を活用した有機物を各種つくり、その混成発光実験を繰り返します。その結果、世界初の白色発光技術を見出します。1993年城戸氏34歳の時で、有機EL照明用光源への起点でもありました。さらに研究を積み重ね、発光層を多段に重ね、発光させる新技術(光量UP)を2001年に開発します。この新技術(マルチフォトンエミッション=MPE、アイメス社との共同開発)は驚異的な明るさUPと長寿命化を可能にするもので、本格的な白色面照明光源へのチャレンジが急速に進められます。まさしく21世紀、MPEによって日本の有機ELは世界最高の明るさを追求し始めたのでした。



図5 有機ELの発光の仕組み

(城戸淳二著 日本実業出版社「有機ELのすべて」より抜粋)


図6 マルチフォトンエミッション=MPEの構造

(城戸淳二著 日本実業出版社「有機ELのすべて」より抜粋)


図7 照明用有機ELの構成素材

(有機エレクトロニクス研究所発行のパンフレットより抜粋)


 今回、有機ELの展示ブースは大変な賑わいを見せていました。前回のこのライティング・フェアでも有機EL照明の参考試作品が展示されていましたが、まだまだ明るさが足りず、携帯電話などのディスプレー面などには最適かもしれませんが、照明用には程遠い(私自身、実は有機ELの光が照明用として使われるのは2010年以降であろう)と思っていました。



図8 ライティング・フェア2005での有機EL使用の試作照明器具(コイズミ照明)


 しかし、今回展示された有機ELの明るさは白熱電球の域を超え、実用に適応するほどの明るさでしたから、来場者に注目されたのは当然といえます。前回のライティング・フェア2005の出展パネルと比較すると2年で3倍以上の発光輝度を達成しています。

LF2005の出展パネル外形140ミリ角、発光面115ミリ角、厚さ3.8ミリ、輝度1500cd/m2
LF2007の出展パネル外形140ミリ角、発光面115ミリ角、厚さ2.5ミリ、輝度5000cd/m2


 また、有機ELの特徴"薄さ"を生かした照明器具も展示されていたので来場者も実用想定をすることができたことでしょう。

※有機ELに用いられる有機物についての詳しい説明はこちらから


2.有機EL照明を展示する5つのブース

 有機ELの特徴である薄さを生かしたユニークなデザインで、4枚の可変パネルによる光の広がりをコントロールするペンダント。入りきれないほどの見学者で溢れていたこのブースは、山形県米沢にある有機エレクトロニクス研究所です。出展照明器具に使われている有機ELは輝度5000カンデラで、光色(色温度)は蛍光ランプに合わせ、そして輝度レベルは蛍光ランプより低めに合わせています。ですからまぶしさはそれほど感じません。そして発光効率は、20〜30ルーメン/ワットほどとのことで、電球より効率は良いが、蛍光ランプよりは下となっていました(この発光効率は、数年以内に蛍光ランプを超える100ルーメン/ワット以上の実用化も達成可能とのこと)。1台の展示ペンダントの直下照度が300ルクス(1mの距離)と聞いて納得。一般住宅のダイニングテーブル上ペンダントとしてなら、食卓用にも使える!と思いました。また光色やRa(演色性)にも適正対応できることは実験で立証済みで、今後有機ELは、面光源として新たなる市場を創出することでしょう。

  

図9.10.11 山形有機ELデザインコンペでの最優秀賞作品。

合計5枚の14cm角のパネルで構成、周辺の4枚が羽根のように上下可動して

全体を照らしたり、指向性を持たせたり任意に使い分けられる。
 

図12 来場者で溢れていた有機エレクトロニクス研究所のブース

図13 白色有機ELの生みの親である城戸淳二山形大学教授。

ブース内で有機ELの普及活動に務めていました。


 ところでこの有機EL照明器具ですが、昨秋に山形県内で開催された「有機EL照明デザイン」公募(照明器具のデザインを県内より募集)の最優秀賞デザインを試作したものです。F-Light(デザイン/小柏佑太)と名づけられたこの作品、リモコン操作などで点滅や調光の演出ができます。ちなみにこの有機EL照明デザインコンペは、第2回目も公募・実施されるとのことです。全国から多くの応募案が寄せられ、次世代型のユニークな照明器具が誕生することを期待します。詳しくは(財)山形県産業技術振興機構のホームページ(www.ypoint.jp)を参照ください。

 松下ブース(松下電工+松下電器産業 照明社)では、行列をなして待っている人たちがいました。有機ELを見るために待っている人たちです。この体験コーナー、明るさ感を体験してもらうために、他の展示製品からの光を遮断する部屋を設けたのです。
 展示してある有機EL照明は低電圧点灯特性を生かしたローボルトワイヤー仕様での演出でした。

 

図14 松下ブース内の有機ELの展示

図15 有機EL照明を体験するために待つ人々


 次は、有機ELの具体的で分かりやすい用途提案をしていたNECライティングとコイズミ照明です。NECライティングでは、有機ELの特長「薄い面照明で軽量化が容易」に着目して、圧迫感が少ないワイヤー吊り下げ器具を出展していました。有機ELを透明アクリル板に挟み下方照射を行い、そしてさらに上方(天井部)照射用にも間接光演出をしており、薄い有機ELのシートが空中に浮かんでいるようでした。落ち着きある幻想的で美しい照明空間が創出できそうだと感じた新用途提案でした。



図16 NECライティングの有機ELペンダント。

間接照明用に発光パネル1枚は天井面照射用に搭載。合計6枚使用。


 コイズミ照明ではユニークな"姿見"が見られました。有機ELは平滑にアルミを蒸着させて仕上げるため、消灯時に光を反射し、鏡のように周囲を映し出します。そのミラー効果を利用して"姿見"に似せて壁面に置くインテリアアクセサリースタンドを提案していました。

 この姿見から思い出したことがありました。最近のミラー技術は建物の窓ガラスにおける断熱性対策などから飛躍的に進歩しています。調光ガラス技術と呼ばれ、鏡になったり透明になったりし、今日では特定の合金薄膜も含めてその実用性を高めて(自動車用ガラス用にも)います。有機ELの薄膜技術を追随・活用して、有機ELと合体したら魅力ある製品が創出されるでありましょう。



図17 コイズミ照明の有機ELスタンド。

一番上と下から2つ目の部位には有機ELは無く、写真の5枚のパネルがON-OFFする。


 ハート型の光るペンダント、といっても照明器具ではなく首から下げるアクセサリーで来場者にアピールしていたアイメス社。赤や青、黄色、ピンクなどカラフルな発光面で注目されていました。もともと有機ELパネルは多彩な発光色(任意の色度や色温度)が可能ですが、マルチフォトンエミッション(既記述)で高輝度・高彩度が可能になりましたから、そのデモンストレーションモデルは、ユニークな形状とともに目立っていました。ブースにさりげなく置いてあった試作品、小さく両面から鮮やかに発光する各色の有機ELにも興味を持ちました。トップエミッションという発光技術を駆使しての両面発光方式とのこと。今はまだまだ切手大の小さなサイズですが、高度な生産技術の産業形態を構築する日本のことですので、早く照明として実用化できるサイズ・光度を達成してくれることを望みます。ところで、このアイメス社にも照明用白色有機ELの器具化モデルがありました。Ra95以上の高演色性有機EL使用のミラーライト、さらには一枚当たり100ルーメンの有機ELを12枚組み込んだシーリングライトなど、試作サンプルでの有機EL照明器具でしたが、光質や光量など期待以上のものでした。今後、寿命や市場適正価格への課題解決は残るものの、有機ELの照明用光源の可能性を感じた次第です。

 

図18 アイメス社のハート型をした有機ELのサンプル展示

図19 アイメス社の高演色性有機ELのミラーライト


図20 アイメス社の高効率形有機ELを組み込んだ高照度シーリングライト


3.有機EL照明の今後の展開

 薄く光る面、さらに両面が照明用としても使える高輝度白色有機ELなども、数年先に実用化されましょう。有機EL照明での形態概念は今までとは異なる新概念を生み出し、その演出の幅も格段に広がりましょう。なぜならこの有機EL、プラスチックシートにも紙にも適用可といわれ(現在はガラスで制作)、使い勝手の自由度が増すからです。空間の在り方、過ごし方にも影響を与えることでありましょう。照明デザイナーにとって夢のような光源といえます。しかし実用化には、照明用光源としていくつもの確立すべき要素(効率、寿命、光色、演色性、安全性そしてコスト)があり、一つでも欠けると市場性は狭くなり普及しません。

 現在世界で最も普及している光源は白熱ランプ、次いで蛍光ランプといわれます。白熱ランプでは発光効率が低く、省エネ光源ではありませんし、蛍光ランプは水銀使用での発光ですから環境への安全性が問われます。有機ELは地球上にある自然界の産物・有機物を材料としており安全性には問題なしと認知されています。そしてこの有機ELは蛍光灯並みの高効率発光も実験サンプルで達成しています。白熱電球はパワーLEDに、蛍光ランプは高輝度有機ELへと、21世紀の照明用主要光源は移りかわるともいわれています。さらに3月末の日本経済新聞の朝刊1面に、コニカミノルタとアメリカGE社の照明用有機ELの実用化(3年後)に向けた提携についての記事が掲載されていました。日本で生まれ育ち、更なる進歩を続ける白色有機ELの早期実用化と、次回2009年のライティング・フェアでの有機EL照明の新たな展開が楽しみです。

 次回はLED照明について記します。


※有機ELに用いられる「有機物」についての補足
(「有機ELのすべて」城戸淳二著からの引用も加えて)

 有機とは有機物の意で、有機野菜などにも用いられていますからなじみ深い言葉です。有機と無機の違いですが、科学の世界で昔は「動植物の体をつくっているもので人為的に合成できないものが有機物、そうでない鉱物などを無機物」という使い分けをしていました。もともと「有機」とはオーガニックの日本語訳で、「オーガン=内臓」に由来する言葉です。それに対して、石ころや岩のようなものを「無機」とし、無機物という言葉で私たちは日常的に使っています。そして近年までこの有機物と無機物の区分発想には「生態活動に由来する(貴重な)物質と、そうでないものをつくっている物質...」との考えがあったようです。(生き物とそうでないものとに区分け)

 しかし最近になって石油から人工的に種々の有機物がつくれることがわかり、『生物・無生物』で分けている意味はなくなってしまいました。それでもこの区分け自体は便利なため、日常的に使われ、現在では「炭素を含む化合物(炭素を骨格にしているもの)」を一般的に有機化合物(通称、有機物)と呼んでいます。

 ところで、炭素化合物には炭素1個と水素4個(CH4)のメタンガスや、炭素2個と水素6個のエタンガス(C2H6)があり、液体も固体もあります。そして炭素を多数(数万個)つなぐとプラスチックの一種(ポリエチレンやポリエステルなど)が人工合成でつくれます。石油化学製品はすべて炭素化合物で、有機物です。もちろん、天然にも有機物は広く存在―――でんぷん、DNA(生物の遺伝子を構成している高分子化合物)、セルロース(植物繊維の主成分)などもその例―――していますが、実際にそれら天然の有機物を有機ELの材料に使うことは現状では、ありません。有機ELに使う有機物(石油からの有機化合物)はすべて人工的に作り、使用しているのが実情ですが、最近ではDNAを利用した半導体素子など研究され始めていますので、将来たんぱく質やセルロースを成分とする天然の電子デバイス誕生があるかもしれません。

この記事を共有する

落合 勉
執筆者:落合 勉

照明デザイナー
M&Oデザイン事務所代表
LBA JAPAN NPO 理事長、愛知県立芸術大学非常勤講師、照明文化研究会 会長


1948年愛知県三河生まれ、ヤマギワにて照明を実践。
1991年横浜にてM&Oデザイン事務所スタート、現在に至る。
2001年からLED照明デザインワークに特化しての活動を展開、そして2006年からはOLED照明普及にも尽力。
2006年のALL LEDの店舗空間、2008年のALL LED街あかりや住空間、2009年のALL OLED照明空間など手がけ、SSL快適照明を探求提案。
器具のプロダクトデザインや照明計画などを行う傍ら、国内外の照明関連展示会や企業などを訪れ、グローバルな照明最新情報をインプットする。コラム(http://messe.nikkei.co.jp/lf/column/ochiai/index.html)参照。
趣味は古灯具探索で、日本のあかり文化の認知普及活動を展開中。
2009年7月、Light Bridge Association JAPAN NPOを設立し、理事長に就任。
次世代のあかり文化を担う「あかり大好き人間」の育成を目指している。

バックナンバー