連載コラム

終(つい)のアカリ

[ 2010.10.06 ]

はじめに

 「敬老の日」にちなんで総務省がまとめた統計によると、65歳以上の高齢者人口(2010年9月15日現在推計)は2944万人で、過去最高となった。総人口に占める割合は23.1%で、男女別に見ると、女性の4人に1人、男性の5人に1人が高齢者という割合に。一方、100歳以上の高齢者の所在不明が発覚し、社会問題となった。年金、介護、医療と、老後に対する不安は多く、最期の人生を何処で暮らすかも重要な問題だ。そこで、今回は老後の住まいと照明事情に注目してみた。

終の棲家を探して

 内閣府の調査「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査(平成17年度)」によると、自分の身体が虚弱化したときの住まいについて、現在の住居にそのまま住み続けたいとする人は37.9%で最も多く、現在の住宅を改造し住みやすくするものを合わせると約6割を占める。一方、特別養護老人ホームやケア付き住宅、有料老人ホームなどの高齢者施設への入居を希望する人を合わせると37.4%で、平成13年度の調査よりも15.7%増えている。かつての日本では、老いた親の面倒を子供がみるのは当たり前だったが、高齢者の一人暮らしや夫婦だけで暮らす世帯が増え、子供に負担をかけたくないと、自ら入居を選択する人も少なくない。

身体能力をサポートする照明

 加齢とともに、人間の身体能力は低下する。例えば、筋力の低下により足が思うように上がらなくなったり、反射神経が鈍って、わずかな段差にもつまづくようになる。高齢者の住まいには、段差をなくしたり、手摺をつけたりと、身体機能をサポートするためのバリアフリー化が不可欠だ。人間が受取る情報のうち80%は視覚からといわれるが、加齢とともに、視力が低下し、物の認識や微妙な色の識別もつきにくくなる。衰えた視覚機能をサポートするために、照明は重要な要素だ。

生体リズムをサポートする照明

 人間は、他の生物と同様に体内時計を持っている。脳の中枢部にある体内時計は、睡眠と覚醒のリズムを調整しているが、加齢にともなって眠りの質も低下する。高齢になると寝つきが悪く、夜中に何度も目が覚めたり、朝早く起きてしまうのは、睡眠を誘発する「メラトニン」というホルモンの分泌量が減少するため。メラトニンは、光と密接な関係にあり、午前中に高色温度の明るい光を浴び、夜は低色温度で低照度の環境にすると生体リズムが安定する。認知症やうつ病にも関係するとされ、サーカディアンライティングやブライトケアなど人工照明による光療法が、高齢者福祉施設や病院などで導入されている。

 では、以下に照明にこだわった高齢者施設や住宅の実例を見てみよう。

青葉ヒルズ

照明デザイン:FORLIGHTS
建築設計:野生司環境設計
所在地:神奈川県横浜市
写真撮影:FORLIGHTS稲葉裕 (図1-7)

 緑に囲まれた横浜市郊外の丘陵地に「青葉ヒルズ」がある。入所120床、ショートステイ20床、デイサービス1室の特別養護老人ホームだ。全室個室で、10床毎に家族のような一つのユニットを構成し、キッチン付きの共同生活室(リビング)を設けている。木を多用した温かみのあるインテリアで、随所に設けられた大きな窓からは日中、自然光が差し込み、開放的で明るい空間を実現している。高齢者に必要な照明デザインとは何か。照明計画を担当したフォーライツの稲葉氏に伺った。
 それは、「色が良く見えることと、暗くないデザイン」。演色性が良いのは勿論だが、顔色が温かく健康的に見える色温度の低いランプをこの施設では採用している。特に気を使ったのは、「意識させ過ぎない適度な明るさ感と、機能的かつ温かみのある照明計画」。明るさについては、ショッピングセンター程ではないが、ホテルより明るめの設定だ。日帰りのデイサービスやリハビリテーションを行う空間には、調光並びに色温度可変のLED照明システムを採用。色々な光のシーンを再現できるのが特徴だ。タイムスケジュールは組まずに、その場の状況をスタッフが判断し、4台の専用コントローラを操作して光の場を組み立て運用している。「光の効果については今のところわからないが、少なからず脳に刺激を与えているので、寝つきが早いとか何かしらの効果は出ているのではないか。」と稲葉氏。
 ここでは、3000Kのウォールウォッシャーダウンライトや間接照明を主体とし、壁面や天井面などの明るい内装材を積極的に照らすことで、温かみのある適度な明るさ感が実現されている。介護が必要になった時、この施設を終の棲家にしたいか?という問いに対して、「まだそんなことまで考えたくないが、家族や自分にとって施設に入るのが一番良い方法かと思う。入所金額は考慮せず、どこの施設に入りたいかと家族に聞かれたら、勿論、青葉ヒルズだ。」という答えが稲葉氏から返ってきた。実は筆者は、従来の高齢者施設には照明環境も含めて、快適とは言い難い貧しい印象を持っていた。しかし、この施設は、そんなネガティブな印象を払拭してくれる。老後の選択肢の一つとして、特別養護老人ホームも快適な空間に変わりつつあるようだ。

図2図 1:ビオトープ越しの外観。大きな開口部は、夜間温かい光で包まれた屋内空間を外部に写し出す。ランプはバックヤードも含め電球色或いは3000K。 屋上庇アップライトは、CDM-T 70W*7台とFHF54W*5台だ。

図3図2:吹き抜けのあるラウンジ空間。スポットライトはCDM-T70W。コンクリート壁を照らすのはFHF54W@約3,600mm。

図3図3:10の個室毎に共同生活室がある。レイアウト変更に対応するため、円盤型の鋼製プレートを吊るしたFHA42T5の間接照明。FDL27Wのダウンライトで壁面を明るくし、周囲4か所にはダイクロハロゲン65Wのアジャスタブルダウンライトを配置。

図4図4:個室はアップ&ダウンの吊下げ型蛍光灯器具のベース照明。その他は洗面のミラー前ブラケットと入口のダウンライト。吊下げ型蛍光灯器具はFHT32W。ミラー前ブラケットはEFD15W。ダウンライトはFHT32 W。何れも3000K。

図5図5:デイサービスコーナーには明るさ並びに色温度可変のLED照明システム「Fe:el(フィール/大光電機)」を採用。写真は高色温度で照度を最大にしたシーン。

図6:可変LED照明システムは最大52W*33台。写真は色温度を低くしたシーン。 間接照明はFHF64T5-36W。図6:可変LED照明システムは最大52W*33台。写真は色温度を低くしたシーン。 間接照明はFHF64T5-36W。

図7
図7:浴室は、装飾タイルの壁面と天井の間に間接光を組込み。
パーソナル浴槽上部には防湿型ダウンライトを設置。間接照明(防雨・防湿蛍光灯)はFHF32W+FHF16W、防湿型ダウンライトはダイクロハロゲン40W。
ブラケットは電球型蛍光灯12W。

個と集く(ことすだく)

照明デザイン:有限会社スタイルマテック 松本設計室 松本浩作
所在地:大阪府
資料提供:スタイルマテック (図 8-11)

 日本の社会福祉の原点とされるのが、聖徳太子が四天王寺に設けた「悲田院(ひでんいん)」である。一説によると、敬老の日は、その悲田院が建立された日に由来するともいわれている。そこでは、仏教思想を背景に、身寄りのない病人や老人を救済し、共同体での相互扶助が行われてきた。その思想を現代に受け継ぐ、特別養護老人ホームと養護老人ホームの某プロジェクトが現在進行中だ。照明計画を担当している有限会社スタイルマテックの松本氏に、そのプロセスを伺った。
 松本氏によると、このプロジェクトの光の役割は、仏教(和宗)の教えを基軸とした社会福祉施設である最大メリットを生かし、そこにある人としてのQOL(Quality of Life)を光を軸として精神面から真に考えることだ。QOLは、高齢者福祉の中で最も重要な考え方の一つで、人生の質や生活の質、生命の質、または生活の満足度と訳されることが多い。ここでは、自然のリズムを意識することや、精神的、健康的、空間的に満足できる豊かな生活が営め、家族の絆を育んだり、環境に配慮した生活が営めることを意味する。貧しくなったアカリのイメージを拡げることが、暮らしを豊かに変えていくことになるのではないかと、くらしとアカリが一緒になって創り出す、気持ちがよくて優しくなれるアカリのあり様を模索する。
 生活の場としての空間に着目すると、施設内は、個の空間(プライベート)と集う空間(パブリック)、中間領域であるセミパブリックな空間で構成されている。照明については、暗いよりは明るい方が良いと明るくした結果、全体が明るい均質な空間に慣れてしまった。「愛せる暗さ」と「心地よい明るさ」を追求すること、体にやさしい自然な光や地球環境への配慮が創造的生活につながる、としている。
 原始以来、ヒトが集う空間には火があった。火を囲むという行為を現代のアカリに置き換え、LEDを利用する実験的試みも興味深い。適当な温度や明るさの環境条件があるからか、お互いに集まるという社会性がもともとあるからか、もしくは、時間を適度に共有することが共同性の一歩となるのか、「集の空間」に注目することで、高齢者施設に求められるアカリのあり様を模索している。具体的には、集の空間を様々なアカリで照らすより、逆に暗がりを積極的に作り出すことで共有の間を作れないかという提案だ。高齢者の一般的な光の条件を整理すると、起床から活動、食事、就寝に至るまで、アクティビティに即した無理のない明暗順応が可能なアカリが求められる。時間軸に沿って光の環境を変化させることで、質の高い空間に仕上げていくことが可能ではないか?と、調光制御システムの導入を提案している。
 最後の晩餐に何を食べたいかを考えたことがある人は少なくないだろう。しかし、最期の人生にどのような光環境で暮らしたいかを考えたことがある人はどれだけいるだろうか。出来ることなら、老後は光の量より質を望みたい。つまり、高齢者施設に求められるのは、「アカリの施し」である。

図8
図8:コンセプトスケッチ

図9
図9:「個」と「集く」の概念図

図10
図10:高齢者の一般的光の条件対応

図11
図11: 高齢者の生活行動予測と時間帯予測

Hコートハウス

照明デザイン:イルミデザイン 泉ルミ
建築設計:アトリエスクエア
所在地:山口県宇部市
写真撮影:泉ルミ(図 12-15)

 6つの中庭をもつ70代夫婦のための住宅である。照明計画は筆者が担当した。手摺、引戸などバリアフリーを設備し、庭に面した各部屋では昼間、十分な採光を得ることができる。高齢者住宅のための適切な明るさや、光源、まぶしさ、明暗、光の分布など、以下の5項目をポイントとした生理的、心理的にやさしい照明計画を心がけた。

1.落着いた明るさ
 加齢による視力の低下を補うためには、照度が必要だ。高齢者は若年者の2~3倍の照度が必要だとよくいわれるが、明るさの尺度には個人差がある。そこで、設計にあたり、照明器具を持ち込んで、クライアントと簡単な明るさの実験をしたところ、局所的に必要な照度を満足すれば闇雲に明るくする必要はないことが確認された。部屋によっては調光装置を設置し、明るさの調整を可能とした。

2.まぶしくない光
 加齢とともに、白内障の割合は増加し、70歳代では70%、80歳代では殆どの人が発症するといわれる。白内障になると水晶体に入射した光が散乱し、不快グレアを感じやすくなるので、光源が直接目に入らないようなグレアカットの深いダウンライトや、目に優しい間接照明を主体とした。

3.色温度と高演色性
 高齢になると、色の見え方に対するバランスが変わるので、演色性の高い光源でより視認しやすい環境を作ることが重要だ。内装が暖色系の場合は、色温度が低い光源を使うと明るさ感が増し安心感を与えるので、2800Kを中心とした電球色を基本とした。

4.照度の均斉度化
 高齢になると明るさの感度調整が鈍るため、明暗順応に支障をきたすようになる。部屋から部屋への移動の際に照度格差が大きいと、まぶし過ぎたり、暗すぎたりといった障害が生じるので、廊下の明るさには特に配慮した。

5.利便性
 照明器具の設置位置は、ランプ交換のしやすい高さに設定した。単純な操作で行えるわかりやすい機能や掃除のしやすいデザインの器具を選んだ。ランプの種類はなるべく少なく限定した。
老後の住まいは多様化しているものの、戸建て住宅の人気は依然根強い。平屋建てで、プライバシーを守りつつ、開放的なこの住宅は、終の棲家として理想的な事例の一つである。

図12図12:開放的なリビングは、天井高さが3.4mあるので、天井面に照明器具をつけるとランプ交換が負担になる。よって、天井面には照明を一切つけず、ブラケットや間接照明にフロアスタンドなどのタスクライトで構成した。

図13図13:玄関はガラスを挟んで内外の壁面を照らすことで、中庭と玄関を一体的に見せている。

図14図14:廊下はハロゲンのアッパーブラケットによる間接照明で、深夜は人感センサーにより低照度に調光する仕組みだ。シークエンスに沿ったゆるやかな明るさにして安心して歩行できるようにした。

図15図15:寝室は、ミニクリプトンランプのウォールウォッシャーダウンライトで、まぶしくないようにベッドと反対側の壁面を照らしている。外の景色を楽しめるように庭の樹木をライトアップしている。

おわりに

 日本は、今後益々高齢化が進むといわれているが、ニーズが多様化し、高齢者の住まいも選択肢が広がっていくものと期待している。
 まだまだ先のことではあるが、おひとり様の筆者は、老後に不安を抱いている。一人暮らしに限界を感じたら、高齢者施設にお世話になりたいと考えているが、安心して暮らせそうな終の棲家には、まだ出逢っていない。それ以前に、遠方で暮らす親の老後が心配だ。だから、いっそのこと、自らケアハウスを経営し、親の面倒を見ながら、ゆくゆくは自分もそこで面倒を見てもらえたら、と真面目に考えたことがある。しかし、到底資金が工面できそうにないので、とりあえず、優先的に入居できそうな高齢者施設を設計させてはもらえないか、と都合の良い考えに改めた。
 元気な老後を生きるためには、健康と密接な関わりをもつ照明環境を見直す必要がある。照明の効果や可能性については、様々な研究や取組みが行われているものの、未だ発展途上だ。現役世代2.8人(2009年度時点)で1人の高齢者を支える社会になった。省エネルギーの観点から環境問題への取組も重要だが、照明デザインによって高齢化社会に貢献することも責務だと感じている。

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泉 ルミ
執筆者:泉 ルミ

照明デザイナー、イルミデザイン主宰。
1969年青森県黒石(津軽)生まれ。1991年株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツに入社し、住宅から店舗、美術館、オフィス等の建築照明、橋梁、公園、都市計画等の都市・環境照明まで幅広い分野の照明デザインプロジェクトに従事。その傍ら、面出薫氏が組織する「照明探偵団」に所属し、世界の夜景調査や照明文化を研究。2003年独立し、九州・福岡にてイルミデザインをスタート。
現在、緑に覆われた環境実験住宅・E-sevenを基地に、エコロジカルで魅力的なアカリを探求している。

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