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連載コラム

江戸の世に〝商業人間主義〟の花開く――羽佐田直道著『小説三井高利』(5)

[ 2012年1月4日 ]

前回からつづく)

(3)人間主義のマネジメント・経営 

 人間主義のマーケティングを遂行するには、人間主義のマネジメントという、まったく新しい手法を構築しなくてはならなかった。では、いかなる手法が開発されたのか。それは、現代でも活用されているマニュアルや提案制度であった。

● マニュアルの誕生

 高利は、84歳の母親から激を飛ばされて、マニュアルを考案する。

自分が従業員に口で直接指示しなくても、それと同じ内容を文章にして、絶えず行動や思考の基準にさせればよいと考えた。それが「店則」=マニュアルである(p252)。

 このマニュアルは、延宝元年(1673年)8月10日に完成した。「恐らくわが国の商家として最古」のマニュアルである。詳細は本書を参照してほしいが、これは販売マニュアルというよりも、経営、あるいはマネジメントの指南書かもしれない。当時風の内容もあれば、現代風もあり、アッと驚くようなものもある。江戸時代にできた最初のマニュアルには、さてどんなことが書いてあるのか、そのこともぜひ、この本に当たっていただきたいと思う。

● 提案制度の発明

 マニュアルに続いて、提案制度も発明された。なぜこれが開発されたのか? その動機はこう記されている。

大事なのは、店のものが一丸となることです。たった一人の横着が越後屋を根こそぎひっくり返す(p271)。

 つまり、自ら店にやってくるお客さまをメーン・ターゲットにした結果、店舗スタッフ、一人ひとりの対処が、店の命運を担うことになったのだが、その自覚を促し、主体性を育てるために、提案制度が作られたのである。
 では開発された提案制度とは、どんな雰囲気かを感じていただけるよう、提案の手順を箇条書きしてみよう(P273~274)。

① 次々と意見を出してもらう
② 記録係が書き留める
③ その場で却下はしない
④ 翌日に協議、選別する
⑤ 月3回の会議ごとに、1提案を佳作とする
⑥ 些少の褒美を出す

 いかがだろうか。書きながら、これは現代の話? と錯覚するほどイマ風の感じがした。「いろんな意見を出させてみたい(p271)」「良い意見には褒美を出してもらいたい(同)」というような考え方も出て、この提案制度のキャンペーンは成果を上げた。「提案の内容そのものよりも、番頭から新参の丁稚に至るまで、自分の力で店を変えることが出来るかもしれないという意識が浸透したのが大きかった(p272)」という。
オープンな経営姿勢も共感させられる。

経営状況を従業員に一切隠さなかった。もっとも、越後屋では従来から仕入れ値も売り値もオープンだったから、よほどの新参でない限り、その経営状況は誰もが承知している。むしろ、従業員自身が経営者と同じ感覚で商いに従事していたと言ってよい(p346)。

 目標を立てることの重要性も示唆されている。「棚一間で千貫目(約二万両)の売上げを目標にしなさい(p290)」と。

● 経営

 経営といっても、高利は、小売り以外に、問屋、金融の業務をも、同時に行い、事業ミックスを、うまく回していた。いずれにせよ、その全般についていうなら

危機を好機に変えてこられた(p293)

という松尾芭蕉の感想が、すべてを物語る。
 そのひとつが縫い子(針子)の不足であった。その対策として、越後屋だけの縫い子を確保し、加工部門を直営とした(p281)。お客さまがお急ぎなら、何人かの縫い子を動員し、お待ちの間に仕上げられるし、店内にいれば要望を伝えられ、不具合があってもすぐ直せるからである。この起死回生策は、文字通りその後の越後屋を飛躍させた。

 以上が、店先・現金・正札販売という、革命的業態の輪郭とその商業思想である。井原西鶴は、『日本永代蔵』において、この事業を、4つにわけて分析した(p330~332)。それが

● 現金正札販売
● 商品ごとの分業制によるスペシャリストの養成 
● 斬新なアイディア商法
● イージーオーダーサービス  

である。一つひとつは、本書に当たっていただければと思う。

9 ポスト高利の時代へ

 元禄元年(1688年)、越後屋は、集団指導体制へ移行した。商業人間主義の修正、変更といっていいだろうか。

組織が大きくなると、それ自体が大きなエネルギーとなり、坂道を転がり落ちるように加速しつつ発展していく。それは、一歩間違えれば、暴走につながる。それを止められるのは創業者でもなければ、至高の権力者でもない。組織自体が内蔵する制御(セルフコントロール)能力なのだ(p336)。

 では、このセルフコントロール能力は、うまく機能したのだろうか。
 元禄時代に入り、越後屋の成長に拍車が掛かるにつれ、高利の創業理念と新しい経営層の方法に乖離が生まれていく。経済が爛熟期を向かえ、旧来、新興の商人間で、激しい競争が繰り広げられたのが要因。越後屋期待の庶民も、生活が守りに入り消費への意欲は減退した。このような状況下、「高利の後継者たちは将来の恐慌に怯え、越後屋の体質強化に躍起になった(p350)」そうだ。

単なる「安売り屋」から脱皮して「良品廉価」、「適正価格」をモットーにし、同時に資本の内部蓄積を図り始めたのだ(同)。

 これは現代の小売企業と同じである。低価格訴求→市場地位の確保→追随店の登場→コストアップ→価格上昇という順序で、どれだけ多くのチェーン店が、同じ道をたどっているだろう。最後に「新たな革新小売業の出現」が加わると、「小売の輪の理論」と呼ばれる、よく知られている現象になる。
 ともあれこれを見た高利は、こう嘆いたそうである。

 大衆の側に立つという越後屋の理念はどこに行ってしまったのだ!(p356)。

 その後、三井高利は、商人の相互扶助組織を作る(p359)。異業種交流のようなものが狙いだったよう(p361)。

10 まとめ

 冒頭で述べた、私の4つの問題意識はこうであった。

● いまの小売店のスタイルはどういう経緯で本格導入されたのか 
● それは成功したのか  
● 成否の理由 
● 壁にぶつかっている現在の小売業が、学ぶべきものとは? 

 最初の疑問に対する答は、インフレ基調という時代背景、消費者としての庶民層の拡大に対応するものとして、導入されたと考えられる。絶対条件としての競争の側面もあった。 
 そしてこの試みは苦難の末に成功した。
 問題意識のふたつ目以降にかかわるが、成功した理由は、繰り返し確認したように、顧客主義、人間主義(商業人間主義)の徹底からきており、現代の我々が学ぶべきものも、この点だし、同時に、それらをもとにした、創造の精神、イノベーションの精神でもあろう。

 著者は、独白と記された、「あとがき」で、主人公、三井高利とダイエー創業者の中内功氏を比べるが、そのうえで述べる最後の文章は印象深い。

本書は、私の商業の理想を三井高利に語ってもらったものだといっても過言ではありません。もしこの小説の中の高利の理念が忠実に守られていれば、越後屋もダイエーも後年の蹉跌は回避できたのではないかと、不遜にも私は考えます。その代わり、両企業とも今日のような大企業には成長できていなかったかもしれませんね(p374)。

 この文章には、人間主義、理想重視の小売業は可能なのか、逆にいうなら、人間主義、つまり理想重視に立つ大売業は不可能なのか、というモチーフが隠されていると思われる。もっとも、このモチーフは、小売業で働く読者の一人ひとりが、著者から引き継いで考えるべきものなのかもしれない。

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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