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連載コラム

「イケてる」戦略は汗と涙と志から――『ストーリーとしての競争戦略』①

[ 2012年2月6日 ]

 昨年は、東日本大震災という悲惨な出来事が起こり、日本列島が憂色に覆い尽くされた。だがその反面、記憶に残る、心が沸き立つニュースもあった。そのひとつ。
 なでしこジャパンが、ドイツで開催されたワールドカップにおいて、大方の予想を覆して優勝した(その結果を踏まえ、今年に入り、国際サッカー連盟《FIFA》により、年間最優秀監督賞に佐々木則夫監督、年間最優秀選手に澤穂希選手が選ばれたのは記憶に新しい)。私も、その決勝戦を実況中継で観戦しながら、なでしこたちの大奮闘の、あまりのすさまじさに、もういい、もういい、ここまでがんばったんだ、それだけでいい、と叫んでしまっていた。
 追いつ追われつ、というよりも、追いつ追いつの展開に、われを忘れ、あり得ない、あり得ないという言葉が、何度も何度も口から出た。佐々木監督のいう「小さな娘たち」が、大柄なアメリカ人、しかも世界一の強豪に、それも決勝戦で勝てるわけがない、と頭から決め込んでいたのだ。
 それがPK戦を制しての勝利である。深夜というより早朝だったが、もう眠くもなんともない。ただただ驚いたのであった。目を丸くし、息を呑み、腰を抜かした。とはいえ思ったことがある。これは「奇跡」ではないということだ。偶然、あるいはまぐれで勝ったわけではない、ということである。勝つための戦略、あるいはストーリーがそこにはあったのだ。
 
 ここである1冊の本を思い出した。その本は、戦略とストーリーを核にした経営書である。しかも期せずして、本のいたるところでサッカーを例に出し、経営を説いている。なでしこジャパン優勝に感動した人なら、この本を、よりいっそうおもしろく読めるに違いない。
 その本とは、話題が続くこの1冊、楠木建氏著『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)である。今回は、この書を紹介したい。恐らくは、なでしこジャパン優勝の秘密も、つかめるかもしれない。

1 考えながらじっくり読もう

 私は実は「戦略」ということばが大嫌いである。文章でも話のなかでも、使うのは「戦略的マーケティング」とか「戦略経営」とか、ほぼ定型化しているものを除けば、月に1回もない。
 実務の世界に生きてきた私にとり、この言葉は、どこか異世界を感じさせた。違うところに踏み出す、行ってはいけない場所に行ってしまうような戸惑いを生み出すのだ。行っていることは同じでも、あえて戦略ということで、なにか立派なことをしているような思い違いをしてしまわないだろうか――そんな戸惑いである。
 だから読書ひとつとっても、書名に、この戦略という文字が入っているものは、内容の濃さとは無縁とわかっていても、やや敬遠気味となる。
 ところが、この本、『ストーリーとしての競争戦略』は別だった。教示してくれた人がいたからだ。ある日、出版業界で問屋に当たる取次会社、日本出版販売の露木洋一氏から、「青田さん、この本はおもしろいですよ」と教えてもらったのである。
 聞いたその足で書店に行き、手にとってページをパラパラめくってみた。すると、非合理なことを大事に、というような趣旨の箇所が目に入った。ピンとくるものがあった。この本は信じられるかもしれない、そう思って即購入した。

 で、一気に読もうとページを開いた。ビジネス・経営書はイッキ読み、というのが私の読書法である。方針通りに読み進めようとしたが、なぜかこれがかなわない。文章が難しいのか、といえば、そんなことはなく、むしろ読みやすい。硬い表現が多いのかというと、これもまたそんなことは決してなく、専門用語も最小限しか使われていない。よくあるように、いっそ難しいなら、そういう本は慣れている。一気にいけるのである。ところがそうはならない。
 その理由は、一歩進むごとに考えさせられるからだった。1行1行はわかりやすくておもしろい。従って、いわんとすることは、いやおうもなくストレートに伝わってくるから、そのたびに、著者の問題提起を受け止めて考え込んでしまうのであった。誤解を恐れずいうなら、小説のように読みやすいのに、スピーディーには歩めない。ここが本書の大きな特長といってよい。
 しょうがないので、著者の誘導に沿いながら、一つひとつ考えつつ読み進むことにした。その結果、発売直後に読みはじめ、ようやく読了した。恥ずかしながら1年以上もかかってしまった。マラソン読書である。これまでは、いかに厚い本でも1週間、もっとかかっても1ヶ月以内で終了した。それがこの長さだ。いま書きながらビックリしている次第である。
 もちろん読み方は人それぞれだが、この本だけは、あれこれ思案しながら、じっくり読まれることをお勧めしたい。

目次を再見すると、

第1章 戦略は「ストーリー」
第2章 競争戦略の基本論理
第3章 静止画から動画へ
第4章 始まりはコンセプト
第5章 「キラーパス」を組み込む
第6章 戦略ストーリーを読解する
第7章 戦略ストーリーの「骨法一〇カ条」

という流れである。

 順序を踏むしっかりした構成。「静止画から動画へ」「『キラーパス』を組み込む」などが、ちょっと気になる。骨法一〇カ条? 全体のまとめだろうか。そうなると、これらを先に当たってみたい、という気持ちにかられるかもしれない。だが少しお待ちを! 著者は、本書を読むときのため「3つのお願い」をしている。それは

①「お勉強」ではなく、会社の事業や仕事に当てはめて読んでほしい
② 順を追って読む
③ 最後まで読む

という「お願い」だ。なので、気にはなっても、前から、1ページ、1ページと読み進めていただきたいのである。
 なお、本書を未読の方は、この際、ぜひとも読みはじめてほしいと思う。この1冊は、本当に期待を裏切らない。断じて! である。

2 本書の主張の特長

 さあて、どこから紹介すればいいかと首をひねる。いろいろ考えたら、本書の持ち味、というか主張の特長から入るのがよいと気がついた。
 読み通して最初に心に響いたのは、タイトルにあるように「ストーリー」重視の徹底さである。戦略にせよマーケティングにせよ、「流れ」自体はこれまでの議論にもあった。だが流れはあっても、その全体がある「ストーリー」を作るところまでいっていたか。あるいは「ストーリー」という、ひとつの物語、ドラマ、さらにいうならロマンまで到達していたか。そう疑問を持つとき、「ストーリー」の強さ、役割というものがみえてくるように思われる。
 
 もうひとつの特長は「なぜ(Why)」の強調である。
 これまでコンセプトを作るときに重んぜられたのは、「誰に(Who)」「なにを(What)」「いかに(How)」の3要素であった。どんなコンセプトも、この3つを、ひとつの本質に融けこまし、具体化するための方針にしてきたのだ。私もひとまずこれでいいと思い、それ以上、特に考えを深めることもなかった。従って改めて、「なぜ」が大切なのだといわれると、そういえばそうだと驚いた。しかもこの「なぜ」重視は、本全体をカバーしており、1要素というよりも、これこそ中心という印象さえ受けてしまう。

 そして3番目に伝わってくるのが、豊富な事例と緻密に蓄積された原理から、ほのかに聞こえてくる、再生、あるいは成功への励まし、激励の声である。この書物の主張が、戦略の成否というより優劣にあるにせよ、ここまで執念をもって、優れた戦略を解き明かすのは、その決意なくしては考えられない。こうすれば、こう構築すれば、こう実行すればという提言の数々には、強い説得力が感じ取れる。
 その底には、なでしこジャパン優勝の原動力にもなった「あきらめない精神」があると思われる。どのページからも、あきらめるな、あきらめるな、あきらめるな、という声援が聞こえてくるようだ。

 お断りしておきたいのは、本書はあくまで、事業戦略レベルの、それも競争戦略がメーンテーマになっていることである。だから、経営理念や長期ビジョンなどのお話は、基本的に出てこない。

 この書は、必ずしも小売業向けというわけではない。だが、セブン‐イレブン・ジャパン、ブックオフコーポレーション、スターバックス、アスクル、アマゾンといった小売業や店舗業、ないし販売業の事例も多いため(254ページにはデパートとコンビニへの言及もある)、小売店のお役に立つ点、少なくないのではということで、紹介させていただくことを、申し添えておきたい。

3 なでしこジャパンはなぜ勝ったのか

 重ねて問おう。なでしこジャパンはなぜ勝ったのか。
 次からの引用文をお読みいただきたい。ここに、なでしこジャパン決勝戦の予言がなされている、といえば言い過ぎだろうか。

どんなに秀逸な戦略ストーリーでも、それが本当に成功するかどうかは事前には判断できません。最後のところは、やってみるしかないのです。この意味で、実験の規模に違いがあるにせよ、あらゆるビジネスは本質的に実験であるといえます。だとしたら、事前にできること、するべきことは次の二つです。一つは事前に戦略ストーリーを持ち、組織でしっかりと共有すること。もう一つはストーリーのつくり手が失敗を事前に明確に定義しておくことです(p464)。

 これらのことは、サッカーにこそ当てはまる。サッカーで戦略ストーリーを持つということは、攻めと守りの組み方――戦い方を、前もって考えておくことが大事になる。だが敵がいる以上、「最後のところは、やってみるしかない」という言葉通り、思ったようにいくはずもない。

ここで事前に攻撃の流れがストーリーとして明確に意図されていれば、たとえば「相手のプレッシャーが予想以上に激しいので、中盤からのパスがフォワードに通らない」といったように、何を読み間違えていたのかが明らかになります。試合開始一五分ぐらいで、失敗の正体がはっきりするわけです。失敗の正体がはっきりと特定できれば、ストーリーを部分的に修正することができます。失敗を引きずることなく、失敗から学習することができます(p464~465)。

 ドイツのワールドカップにおいて、なでしこジャパンが優勝を掛けて戦った決勝戦は、まさにこのようになった。
 金メダルを取れるのではとの感触を得ていた日本チームを、最初の段階でたたきのめすために採ったアメリカチームの作戦は、奇襲に近いものだった。猛烈な攻撃で日本チームは、たじたじとなった。ここで佐々木監督の「ボールを回せ」という指示が飛び、それからが「修正」であった。「失敗を引きずることなく、失敗から学習」したのである。
 猛攻に腰が引け、ボールをただ敵側に蹴り出していたことが「失敗」だったが、これを修正した。まさに「失敗の正体がはっきりと特定できれば、ストーリーを部分的に修正することができます」という状況に変わったのである。

 もっともひとつの前提があった。サッカーは総力戦である。11人全員の力を結集しなければ、勝利は奪い取れないということだ。勝つためには「全員が一つの戦略ストーリーを共有し、それにコミットしなければなりません(p490)」。つまり戦略ストーリーの共有とコミットで、全員の力を結集するということが、勝利への絶対条件になるのである。 
 といっても11人には、目立たないメンバーがいるかもしれない。

中には上がったり下がったり、右に左に走り回るだけで、ほとんどボールに触れられない人もいるでしょう。しかし、ゴールに至るパス回しや攻め方、勝利のための戦略ストーリーが全員に共有されていれば、そうした地味な役回りの人々も、なぜ今自分が相手陣地に思いっきり走り込まなければいけないのか、なぜ右や左に駆け回らなければいけないのか、自分の一つひとつの行動が他の一〇人の行動とどのようにつながり、チームとして勝つことにどのようにかかわっているのかを理解したうえで試合に参加することができます(p491)。

で著者は訴える。「サッカーと同様に、ビジネスも総力戦」なのだと。

「何を」「どのように」も大切ですが、それ以前に「なぜ」についての全員の深い理解がなくては実行にかかわる人々のモチベーションは維持できませんし、総力戦にはなりえません。ストーリーを全員で共有していれば、自分の一挙手一投足が戦略の成否にどのようにかかわっているのか、一人ひとりが根拠を持って日々の仕事に取り組めます。戦略がどこか上のほうで漂っている「お題目」でなく、「自分の問題」になります。自分がストーリーの登場人物の一人であることがわかれば、その気になります。こうしてビジネスは総力戦になるのです(p491)。

 このようにして、なでしこジャパンは優勝した、と書いてもまったく不自然さはない、ような気がする。金メダルの秘密は、まさしく本書に秘められていたのである。次回以降は、この本の論点部分に迫っていきたい。

次回につづく)

                             
新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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