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連載コラム

「イケてる」戦略は汗と涙と志から――『ストーリーとしての競争戦略』③

[ 2012年4月2日 ]

前回よりつづく)

 本書、楠木建氏著『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)を未読の方に、もう一度呼びかけたい。これまで、経営の専門書を何百冊も読んできたが、心をこんなにも揺さぶられた経営書というのは、そうはなかった。何度もくり返して誠に恐縮ではあるが、もう一度だけ申し上げておきたい。書店の店頭で、どこでもいいから、試しに、ページを開いてみてほしい、と。

5 競争優位へのふたつのアプローチ

 ここで、一見ややこしそうだが、よく聞くと簡単明瞭、かつ重要なテーマに踏み込みたい。競争優位を確立するための戦略の立て方である。著者によれば、これには、OCとSPのふたつがあるという。SPはStrategic Positioningの略でポジショニングのこと、OCはOrganizational Capabilitiyの略で組織能力のこと。
 再び述べると、競争戦略の構成要素には、SP(ポジショニング)とOC(組織能力)があり、両方ともに「それなりに競争優位を持続させる論理を含んで」いるという(p358)。
 ふたつはどうちがうのか?
 SP(ポジショニング)に基づく差別化はトレードオフの論理に依拠しているため、イヌと同時にネコであることはできないが、その分、はっきり選択すれば、より持続的な違いを作れる。
 これに対し、OC(組織能力)を基盤にした差別化は、「能力の暗黙性や経路依存性、時間とともに進化するというダイナミックな性格に持続的な競争優位を求め」るとして、セブン‐イレブン・ジャパンの仮説検証型発注ほかを、例にあげている(p358)。

 著者は、このふたつを、「SPの違いがシェフのレシピであれば、OCの違いは、厨房に立つ料理人の腕や使用する包丁の切れ味といった企業の内部に蓄積された能力(p169)」とわかりやすく解説する。いいたとえであり、わかりにくそうな「能力の暗黙性や経路依存性」という部分も、「厨房に立つ料理人の腕や使用する包丁の切れ味」というたとえから、ああ、そうかとスッと頭に入ってきた。
 この違いはストレートに

● SP→他者と違ったことをする
● OC→他者と違ったものを持つ

とも表現されている(p125)。
 では、SPとOC、どちらがいいのだろうか。もちろん「SPが明確でOCも強い、これが最強の状態(p164)」なのだが、「現実にはSPとOCの間にはテンションがあり、企業の戦略思考はどちらかに偏るのが普通(同)」と教示されている。
 小売店ではどうか。「日本における二大小売企業のイオンとイトーヨーカ堂を見ても、イオンの戦略がどちらかというとSPに立脚しているのに対して、イトーヨーカ堂はOCを志向した戦略(p153)」との指摘が。なるほど、いわれてみれば・・・・・・、とうなってしまう。小売業にも両タイプあるのだ。

 全体としていうなら、著者は「欧米企業がSPの戦略を志向するのに対して(中略)、日本企業はOCの戦略に偏る傾向がある(p158)」と語っている。
 ということは、どうも、どちらがいいのか、というようなことではなさそうである。そうなると、さてウチはどっちのタイプかな、とみずからに、改めて向き合ってみるのも、方法だろうか。ストーリーを考える前に、自社が、競争上、SPとOC、いずれの戦略に立つべきか、ということを、しっかりつかんでおきたい。それでこそ自分たちの強みを生かせる、と思うからである。

 OCに関連し、著者はこうも記している。

さまざまな経営資源の中で、「組織特殊性」の条件を満たすものを、一般の経営資源と区別してOCといいます。組織特殊性とは、平たくいえば「他社が簡単にはまねできず(まねしようと思っても大きなコストがかかる)、市場でも容易には買えない」ということです。OCのカギは「模倣の難しさ」にあります(p126)。

 重要な見解と考えられる。どれほどイノベーションに取り組んでも、たちまち他社に模倣されてしまうのが、やり切れないほどの現実である。この問題への突破口がここに示唆されている、と思うのは私だけだろうか。具体的には、126ページ以降をご参照いただきたい。

6 ストーリーとは

 さて、本書『ストーリーとしての競争戦略』の骨格、ストーリーに移る。
 このストーリーに、著者の楠木建氏は、「業界の競争構造、ポジショニング、組織能力に続く第四の利益の源泉(p171)」というまで、大きな役割を担わせている。

 ではこのストーリーとは、どんなものか。

 著者は、第3章「静止画から動画へ」の冒頭で、ストーリーの本質を象徴する昔話「三枚のお札」を紹介する(p167~168)。これがめったやたらにおもしろく、当然ながら必読部分なので、お見逃しなく!
 さらにつぎの段階では、ストーリーの柱が、5C(競争優位、コンセプト、構成要素、クリティカル・コア、一貫性)にあることを明かす。詳細は本書に当たっていただくとして、書評である当稿では、趣旨を骨太にお伝えしたい。

 著者はストーリーを、やはりサッカーを例に、パスからシュートに至る流れととらえる。得点までのストーリーは、その起承転結に則るとき、それぞれ、キックオフ、パス、シュート、ゴールと当てはめていいだろうか。このうち、パスとシュートの考察を追いたいと思うが、まずはパスから。
 著者はパスについてこう洞察する。

ストーリーとは、二つ以上の構成要素のつながりです。「パスのつながり」こそがストーリーとしての競争戦略の分析単位になります。個別のパスの良し悪しは、それ自体では評価できません。そのパスの有効性は、他のパスとのつながりの文脈でしか決まらないからです。静止画と動画の分かれ目がパスのつながりです。個々のパスは「静止画」にすぎません。パスが縦横につながり、シュートまで持っていけたとき、戦略は静止画から動画のストーリーになります(p185~186)。

 熟読したい大切な一節である。
 ここを読むことで、パスもまた、ストーリーの決定的に重要なプロセスなんだな、と改めてわかってくる。なでしこジャパンにせよ、ザックジャパンにせよ、U‐23代表にせよ、糸がつながるようなパス回しで、みごとゴールまでたどりつけたときの感動は、何物にも変えがたく、その美しい流れには胸を打たれる。あの芸術的なパス回し、それこそが、静止画を動画に変えるストーリーなのだ、とうなづかされた。

 ついで目を向けるべきは、シュートのこと。著者はストーリーを

一人ひとりの選手がスーパースターでなくとも、ユニークなパス回しで勝負しようというのがストーリーの発想(p171)

 と、「ユニークなパス回し」を通して「勝負する」ことにたとえている。「ユニークなパス回し」とは、前回触れた「違い」=差異にほかならない。「勝負する」とは、この差異パスを回して(つないで)シュートし、ゴールをねらうことである。
 したがって、ストーリーの大づめであるシュート、そしてシュートするための軸足こそが肝要となろう。それではこのシュートの軸足、経営のほうではどうなるのか。著者はそのことをこう打ち出す。

ゴール直前のシュートには、大別して「WTPシュート」もしくは「コストシュート」の二つがある(p174)。

 新しいキーワードが出てきた。
 コストはとにかく、WTPとはなんであろうか。WTPとはWillingness To Payの略である。これは、「顧客が支払いたいと思う水準」のことで、店舗でいえば、顧客需要、すなわち売上ないしは、あるべき売上、ととらえていいだろう。
 「コストシュート」で留意すべきは、「シュートになりうるのは、『低価格』ではなく、あくまでも『低コスト』のほう(p175)」ということだ。低価格ではないと断じている点に、心を留めておきたい。
 でシュートの軸足についてだが、著者は、WTPとコストに、ニッチ特化による無競争を加え、これらからひとつ選ぶべきという。その理由をこう説く。

ストーリーを構想する第一歩としてシュートの軸足を定めなければならないのは、①WTP、②コスト、③ニッチ特化による無競争、の三つのシュートの間にトレードオフの関係があるからです(p180)。

 つまり、WTP、コスト、ニッチ特化による無競争という3つは、両立できない二律背反の関係になるため、どれかのシュートを選ぶほかはない。

企業が持続的に利益を出すことができるとしたら、競合他社よりもWTPが高いかコストが安いか、はたまた無競争状態を維持するかのいずれかしかありません(P394)

 ということになるのである。果てしなき価格競争に陥りやすい小売店にとり、とりわけこの考え方は、押さえるべきポイントになるかもしれない。

 一貫性あるストーリーを構想するには、「終わりから逆回しに考える」こと、すなわち「意図する競争優位のあり方を先に決める」ことが大切だ。競争優位のあり方=シュートの軸足を、WTP(顧客が支払いたいと思う水準)、コスト・リーダーシップ、ニッチでの無競争のうち、どこに置くのかが明確でないと、パスの出しようもない、そう著者は訴えているのである(p237)。

 このWTP、コスト、利益、3つの関係を、著者は、わかりやすい公式で表現している(p174)。

WTP-C=P


WTP 顧客が支払いたいと思う水準
C コスト
P 利益

 この公式をにらみながら、自社の競争戦略において、ゴール(利益)に至るシュートの軸足を決定したいものである。

 ところでストーリーを考えるとき、なんとしても欠かせない観点がふたつある。ひとつは、ストーリーの一貫性のことである。著者によれば、ストーリーの一貫性は、強さ、太さ、長さの3つからなるという(p186)。
 それぞれに、事例やフローチャートをもとにした詳しい説明があるが、無理やり短縮すると、強さはパスのつながり、太さはパスのつながりの多さ(一石二鳥の多さ)、長さは時間の長さとなる。この3要素が揃う、つまり、強くて太くて長い話が「筋の良い」ストーリーなのである。
 だが3要素のうち、長さについてみると、じつは時間だけではなかった。この長さの話はひときわ興味深いので、少し深入りしてみたい。ストーリーの長さは、「好循環」と「繰り返し」からなるという。「好循環」と「繰り返し」については、こう解き明かされる。

好循環がストーリーの時間的な発展性であるとすると、繰り返しは空間的な拡張性(p204)

 好循環は時間、繰り返しは空間――そうだ、ストーリーの長さには、性格の異なるふたつがあるんだ、と思い至った。しかしそれだけでなく、もっと深い意味もあった。

ストーリーの長さの源泉である「好循環」と「繰り返し」はそれぞれ独立しているわけではありません。この二つを相互に強化する関係をつくることによって、さらに長く、筋の良いストーリーをつくることができます(p205)。

 この部分を読んだ私は、そうか、そうなのかと納得しつつ、目を見張っていた。
 ともあれこんなふうに、ストーリーを、強さ、太さ、長さという、次元の異なる枠組みで押さえようとする姿勢には、ストーリーを統合的にとらえる視点が見出せよう。
 そしてもうひとつの観点は、強さ、太さ、長さというストーリーの一貫性を成り立たせる、「なぜ」=論理のことである。

ストーリーの戦略論とは、個別の打ち手でいきなり勝負するのではなく、因果論理でつながった打ち手の「合わせ技」を重視する戦略思考です(p228)。

 ここで大事になるのが、「合わせ技」もさることながら、それをつなぐ「因果論理」なのであった。論理の決定的重要性を説く、つぎの一節にもご注目いただきたい。

ストーリーの一貫性の正体は、「何を」「いつ」「どのように」やるのかということよりも、「なぜ」打ち手が縦横につながるのかという論理にあります。要するに、論理が大切だということです。静止画を動画にするのは論理です。ストーリーの一貫性の正体も論理にあります。論理のないところにストーリーはつくれません(p229)。

 そのゆえに「『なぜ』が希薄なコンセプトでは、リアリティのあるストーリーは切り拓けない(p249)」のだ。ストーリーづくりにおいて、「なぜ」=論理の重要性が、何度も力説されているのは、印象的で忘れられないことである。
 
 でこう結論づける。

個別の構成要素を首尾一貫した因果論理で結びつけ、競争優位へとまとめ上げる。これが戦略ストーリーの役割です(p235)。

その実現のために

競争優位の正体がストーリー全体の一貫性、筋の良さにある以上、時間をかけてでも独自のストーリーを追求する姿勢が大切(p234)

 と注意を促してもいる。
 これらの議論でも同様であるが、本書には、具体的な企業の事業事例が、圧倒的に数多く掲載されている。いわば、ストーリー競争戦略の事例集になっているのだ。したがって、前から順番に、あるいは奥にある索引から企業別に、事例だけを拾い読みするのも、有効な読書法となる。そのうえで残った理論部分を、イッキ読みするのもいい(もちろん読む順序は、この逆でもいいのだが)。
 つまり、意識的に「事例編」と「理論編」に分割して読み通すのも、この本の新たな攻略法となるだろうか。

次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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