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連載コラム

「イケてる」戦略は汗と涙と志から――『ストーリーとしての競争戦略』④

[ 2012年5月1日 ]

(前回よりつづく)

7 コンセプトとは

 そして、最後にコンセプトである。
 コンセプトとはなにか。そういうと、少し難しそうな印象を与えがちだが、本書『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)の著者、楠木建氏は、誰にでもわかりやすいように、こう説明する。

追い風を受けて新しい海に乗り出すのはよいのですが、きちんと風を受けるにはしっかりとしたマストが必要です。しかも、この追い風はしばしば強風となります。新規参入が相次ぎ、波が荒くなります。しっかりとしたマストでないと、強風の中で折れてしまいます。コンセプトとはここでいうマストのようなものです。それが人間の本性を捉えているほど、マストは強靭になります(p286)。

 うまい! と思った。たとえの表現が。 
 しかも「コンセプトは、自分の頭で深くじっくりと考えるしかないのです。どんなに投資をしても、自分の頭を使わなければコンセプトは構想できません(p291)」と補足もする。    
 コンセプトだけではないにせよ、少なくとも出発点となるコンセプトは、「自分の頭」でしっかり創り上げたいものである。
 そのうえでこの本質を、一言でこうあぶり出す。

コンセプトとは、その製品(サービス)の「本質的な顧客価値の定義」を意味しています。本質的な顧客価値を定義するとは、「本当のところ、誰に何を売っているのか」という問いに答えることです(p238)。

 で、ここからがたまらなくいい。

競争優位はこちらが儲けるための内側の理屈です。顧客価値という外側の理屈が成り立たなければ、シュートは打てません。競争優位とコンセプトのツートップはあくまでもセットで考える必要があります(同)。

 な、なんと感動的なフレーズであろう。なにがなんでも「ストーリーとしての競争戦略」の本質を、読者の心に届けんとする、この強い意欲が感動をもたらすように思われる。  
 しかもそのなかに

● 競争優位=内側の理屈
● 顧客価値=外側の理屈
● 競争優位とコンセプトはツートップ

 という鮮やかな観点を打ち出す。これでは、サッカーファンでなくても、しびれるのではないだろうか。

 優れたコンセプトの例として、著者は、「小規模オフィス向けにあらゆるオフィス消耗品を通信販売で提供する」アスクルを取り上げる(p250)。あるオフィスで文具を調達する役割を持つ「久美子さん」は、このアスクルを使いはじめてから、見えない苦労が激減したという。コンセプトの力を示すこのエピソードは、印象深くて読み逃せない箇所である。
 アマゾン・ドット・コムや楽天などEコマースへの言及もなされるが(p256~p263)、小売店への目配りも欠かしていない。デパート衰退を分析しつつ、コンビニのコンセプトを研究した件も記される。

私のゼミの学生がコンビニの本質的な顧客価値を実際にアルバイトをしながら探っていくという調査研究をしたことがありました(p255)。

 アルバイトをしてという話にはちょっぴり驚いたが、その体験学習の結果、学生たちが出した結論はどんなものだったか。この答は、うーん、その通りだなぁ、と心から納得できるものであった。答は255ページにある。

 ところで本書には、コンセプトの作り方がいろいろ教示されている。
 「コンセプトがしっかりしていないストーリーはしょせん砂上の楼閣(p264)」と、おざなりなコンセプト設定を一刀両断する一方で、「筋の良いストーリーをつくるためには、コンセプトと因果論理でつながらない構成要素は意識的に切り捨てるという姿勢が大切(p271)」とアドバイスする。 
 さらに

コンセプトは、顧客の喜ぶ映画のシーンのように浮かび上がってくるような言葉でなくてはなりません。そのためには、そもそも誰を喜ばせるか、価値を提供するターゲットをはっきりさせる必要があります(p274)

 とも指摘する。ということは、つまり「誰に嫌われるかを意図する。これが筋の良いコンセプトを描くための最も効果的な入口(p274~275)」であり、「コンセプトの構想にとって八方美人は禁物(p278)」なのだ。

優れたコンセプトを構想するためには、ターゲット顧客をはっきりさせるだけでなく、そうした人々の心と体の「動き」を頭の中でよくよくイメージしてみる必要があります。どのような状況と動機で、どのようにその製品やサービスとかかわり、どのように使用し、その結果としてどのように喜ぶのか、顧客の側で起こる一連のストーリーを頭の中でしつこくイメージするということです(p430)。
ここでいう人々は、あくまで「普通の人々」でなくてはならない。いかなるコンセプトでも、心に響く顧客は必ずいる。だからといって、マニアック過ぎてはニッチになってしまう。あまりに「独創的」なコンセプトではビジネスにならないのだ、と著者は警告する(p436)。
「顧客が動くストーリー」をどれだけ鮮明にイメージできるかがコンセプトづくりの勝負になります。BtoCでもBtoBでも変わりません。産業財や企業向けサービスでも、購買を意思決定し、それを使って価値を感じるのはあくまでも人間だからです。顧客のストーリーを描いた短編映画がすぐに頭に思い浮かぶようなものでなければ、本物のコンセプトではありません(p431)。

 この文章には、難しい用語はなにひとつない。 だがコンセプトの本質というものを、これだけ過不足なく表現してあるのを、見たことも聞いたことも読んだこともない。そしてこうもつけ加える。

コンセプトは判断に迷ったり、行き詰まったときに、常に立ち戻ることができる何かでなくてはなりません。そこに立ち戻れば、迷いが解消し、決断に向けて背中を押してくれるのがコンセプトです(p435)。

 これほどまでにいいもの――それこそがコンセプトなのにちがいない。また、コンセプトはマーケティング調査ともちがうと、こう述べる。

人間の本性を見つめる。それは「マーケティング調査をして顧客のニーズを知りましょう」という話とはまるで異なります。顧客のことを知悉しなければコンセプトは生まれませんが、だからといって顧客の声をいくら聞いても、人間の本性を捉えたコンセプトにはなりません。顧客はそもそも「消費すること」「買うこと」にしか責任がないからです。責任のない人に過剰な期待を寄せるのは禁物です(p289)。

 人の本性をとらえたコンセプトを作るには、製品なりサービスを本当に必要なのは誰か、なぜ喜び、なぜ満足するのかといった顧客価値の細部をつめるのが大事になるという。そういえば、アスクルと久美子さんのエピソードのところでも、「本質的な顧客価値を突き詰めるとは、『誰が、なぜ喜ぶのか』をリアルにイメージするということ(p253)」と語られていた。ここらを読み、コンセプトを考えるとき、「誰が、なぜ喜ぶのか」がその中心になることを、決して忘れてはいけない、とそう思った。

 とりわけ、著者がくり返し指摘するように、「なぜ」のリアリティが大切で、たとえばグーグル情報をいくら検索しても、リアルな「なぜ」は手に入れられない。
 ではどうすればいいのか。その答は、自分の生活と仕事のなかにある。と、おおむねこう述べてから「自分自身ほどリアリティを持って理解できる『顧客』は他にはありません(p291)」と書き添える。なんと新鮮で大胆、説得力のある視点であろうか。
 そして話はこう結ばれる。

ごく日常の生活や仕事の中で、嬉しかったこと、面白いと思ったこと、不便を感じたこと、頭にきたこと、疑問に思ったこと、そうしたちょっとした引っかかりをやり過ごさず、その背後にある「なぜ」を考えることを習慣にする。回り道のように見えて、これがコンセプトを構想するための最上にして最短の道だというのが私の意見です。どんなに画期的なコンセプトも、発想の初めの一歩はそうした日々の習慣の積み重ねの中から生まれるものだと私は思っています(p292)。

 ここは、コンセプト構想に関する文章のなかで、あるいは最も大事な箇所かもしれない。この部分だけでも(著者の意図には反するかもしれないが)、全企業のコンセプトを考える人々に読んで欲しい気がする。
 で、コンセプトの背骨、すなわちキラーパスとなるクリティカル・コアに話題が移る。さあ、クリティカル・コアとはなんであろうか。著者は「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」と定義している(p295)。手短にまとめると、一貫性の源となる中核要因であろうか。そしてその本質をこう指南する。

「それだけでは一見して非合理だけれども、ストーリー全体の文脈に位置づけると強力な合理性を持っている」という二面性、ここにこそクリティカル・コアの本質があります(p318)。

 言い換えると「部分的な非合理を他の要素とつなげたり、組み合わせることによって、ストーリー全体で強力な全体合理性を獲得(p322)」できるのが、クリティカル・コアということになる。見た目は非合理でも、ストーリーのなかで強い力を発揮するもの、なのである。そのことは

ストーリーの本質は「部分の非合理を全体の合理性に転化する」ということにあります(p322)

 という言葉からも、裏づけられよう。著者はこう書きながらも、「損して得取れ」「負けるが勝ち」と同じ論理と指摘する。であれば、ここでは、クリティカル・コアとは、「損して得取れ」と覚えておこう。具体的な事柄については、第5章の「『キラーパス』を組み込む」に当たっていただきたい。
 ついで息が止まるような、あっと驚く言及に出会う。それこそ

優れた戦略ストーリーの持続的な競争優位の背後には、競合他社の自滅の論理がある(p364)

 というショッキングな主張である。
 たとえば、ここに、A社の戦略をまねするB社があったとする。さてこのB社の運命は? 著者の論述に耳を傾けよう。

B社はA社に追いつこうとして、主観的には合理的な模倣行動をとるのですが、実際はその過程で自らのパフォーマンスを低下させてしまうという落とし穴に陥ります。自滅の論理では、B社はA社との距離を詰めてくるどころか、むしろ当初よりも戦略の差異やパフォーマンスの格差は拡大することになります。つまり、A社が意図的に防御しなくても、B社が勝手に遠ざかっていくというか、「自滅」してくれる。その結果として、A社の競争優位が持続するという論理です(P363~364)。

 つまり「模倣すること自体が差異を増幅する」ということなのだ。その「結果として起こるB社の『敵失』や『自殺点』がA社に持続的な競争優位をもたら」すのだという(P363)。
 ではB社は、なぜ「自滅」していくのだろうか。理由はこうである。

オリジナルなストーリーでは、あくまでもさまざまな要素が絡み合った交互効果の「合わせ技」で成果が達成されているのですが、模倣する側はそうした合わせ技の妙を惹起できません(p376)。

 模倣はしょせん模倣であり、仏作って魂入れずになりやすい、ということか。

8 まとめ

 第6章「戦略ストーリーを読解する」では、中古車流通業界のガリバーインターナショナルを例として、革新の本質にも触れていく。

シュンペーターは、これまでの要素のつながりを破壊し、そこに新しいつながりを構築する「新結合」にこそイノベーションの本質があると喝破しました(p381)。

ガリバーの成功は、「シュンペーターの定義に忠実な意味でのイノベーション」から来ている。

一見してたいして利益ポテンシャルがなさそうな成熟した業界でも、ストーリーだけでここまで成功できるというわけで、これがガリバーの事例のとりわけ面白いところです(p382)。

 このガリバーの事例は、著者の考える「ストーリーとしての競争戦略」のまとめ、いわば総集編になっている。

 ラスト、第7章の「骨法10カ条」は、芳香なエキスがたっぷりで、果汁のように、あるいはワイン、シャンパンみたいに、濃厚に味わえる章である。最後のコップに注がれた飲み物は、著者が長年掛けて、蒸留してきたもので、若干、すでに引用した部分もあるのだが、その多くを、あっさり紹介する気分にはなりにくい。
 ここは、著者が、競争の本質を、いや経営の魂そのものを、全身全霊で語りきったところなのだ。といって、その部分だけ読むことも、お勧めできない。著者自身が、既述のように、前から順序よく読んで欲しいと、望んでいるのである。そうなれば、やはり、1ページから丁寧に読み進むほかはないだろう(しかしこの本の読了は、決して損しない、どころか、得しかしないといっても過言ではない)。

 ただひとつ、情報の集め方、取り方についての記述だけ、引用したい。

読解の対象としては、新聞や雑誌の「速報」的な断片の情報よりも、ある企業の歴史や戦略についてじっくりと記述した本、優れた経営者の評伝・自伝といった、「ストーリー」になっているもののほうが適しているでしょう。事の成り行きからしてどうしても数は少なくなるのですが、成功した名作ストーリーだけではなく、失敗した「愚作」を読むこともとても大切です。失敗したストーリーのほうが、むしろファクトの背後にあるwhyを考えやすいものです(p481)。

 これは、最後まで読んできて、ようやくいえるのだが、安易に答を求めず、じっくり議論の駒を進める著者、楠木建氏らしい哲学なのにちがいない。

 いずれにせよ、このようにみてくると、『ストーリーとしての競争戦略』は、マイケル・E.ポーター著『競争の戦略』(ダイヤモンド社)に比すべき、21世紀が生み出した新たな古典、いや著者流にいうなら、「イケてる」戦略論の誕生といってよい。
 改めて述べれば、本書は、この混迷の時代に向け、戦略というものを、豊富な事例を引き合いに、かつ、ことあるごとにサッカーにたとえつつ、新たな観点から説き切っているのである。その描かれた戦略論の奥に潜むのは、汗と涙と志から発せられた、不屈の精神――ファイティングの魂にほかならない。小売業関係者だけでなく、商いにたずさわるすべての人にお勧めしたい。


新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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