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連載コラム

永遠の経営バイブル『マネジメント【エッセンシャル版】』をとことん学ぶ①

[ 2012年11月6日 ]

1 ドラッカー本を読みつづけて

 ずーっとドラッカー本を読みつづけてきた。
 店で働いていたころ――売場の担当、店長、そして本部の事業推進者の時代を通しても、そうだった。ドラッカー博士(以下、敬愛の念から「博士」と呼ばせていただく)の本とともに、お店の時代を過ごしてきたのである。その意味で、私にとり博士は、心の師といってもよかった。
 前回までの結城義晴氏著『店長のためのやさしい〈ドラッカー講座〉 ドラッカーは小売り・サービス業を応援している!』(イースト・プレス)を受け、今回から、永遠の経営バイブルともいえる『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』(ダイヤモンド社 以下『エッセンシャル版』)をご案内していきたい。

 ドラッカー経営学の世界は、大海のように、どこまでも広大である。ドラッカー海の沖に泳ぎ行き、ふと波間から顔を出すと、陸が見えず、空しか目に入らなくなるようなこともあった。細部に読み入りながら、ここはどこだろう、と辺りを見回したことも一度や二度でない。
 でもそんなときは、いつも『マネジメント』に還った(以前は、『エッセンシャル版』がまだ刊行されておらず、『抄訳』のほうだった)。ここには、経営の本質が、鮮やかに、かつ、えぐられるように描かれていた。
 現実の経営の渦中にいて、企業がいくら利益体でも、「利益がすべて」というのは、ちょっとちがうのでは、と思っていた。しかし、現場で得たそのような実感は、経営の「現実」に、消し去られることも少なくなかった。だから、はじめてドラッカー本を読んだときは、心底から驚愕した。そうか、ここに書いてあるのは、むしろ現場で感じていたことに近いじゃないか、という気がした。博士は現場の味方でもあったのだ。

 『エッセンシャル版』には、経営とはなにかということが、明確に記されている。経営の目的は顧客の創造であり、それを達成するには、マーケティングとイノベーションのふたつが重要ということだった。だがそんなことは、社内であまり聞かれなかった。
 それはとにかく、私はこのマーケティングとイノベーションということを、頭にたたきこみ、体に浸透させながら店の仕事をつづけた。担当者のときはフェアやイベントで、店長になってからは全体の店づくりにおいて、本部に移ってからは、出店、そして新規商品や事業の開発で、博士の多くの本から、その考え方を生かせるよう務めた。
 とりわけ『エッセンシャル版』には、ドラッカーの経営思想が、蒸留水みたいに凝縮していたので、忙しいときは、これさえ読めばという気持ちでいた。
 岩崎夏海著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を 読んだら』(ダイヤモンド社)、愛称『もしドラ』が発刊された際も、ついつい読みふけってしまった(『もしドラ』は『エッセンシャル版』をもとにしている)。アニメと実写映画も観た。
 300ページ強の『エッセンシャル版』は、400ページほどの『抄訳』に比べ、100ページ分くらい薄くなっている。ということは、そうとう編集し直していることになる。(「編訳者あとがき」には、編集と訳文を新しくして、最新のマネジメント論文ふたつを加えたとあった)。
 経営というものが、先ほどみたように、顧客の創造、そのためのマーケティングとイノベーション、ということならば、なにも経営陣だけが経営をおこなうのではなく、現場の第一線で戦う人たちも、経営にたずさわっていることになるだろう。ということは、その現場の方々が、愛読書として持ち歩くには、300ページ強の『エッセンシャル版』は、もってこいの質量になったといえるかもしれない。

2 人間への信頼こそ本書の核心

 本書『マネジメント【エッセンシャル版】』を読みつづけ、最も感じ入った点は、人間への信頼ということだった。それは、目標管理とか生産性の議論のところで、明確に打ち出されている。現代人に、ドラッカー思想というものが、広くかつ深く受け入れられた所以はここにあると思われる。
 博士は、激動の20世紀から21世紀を駆け抜けた。モンテーニュの『エセー』が100年戦争のなかで書かれたように、博士の諸作品は、世界大戦、冷戦と雪解け、現代につづく世界各地での紛争・戦争情況、という激動の時代の真っ只中で、刊行されてきた。そこには、あのような大戦が二度と起こらないように、という祈りが込められている、と思うのは考えすぎであろうか。

 どんな組織でも、顧客を第一とし、マーケティングとイノベーションに挑み、経営とマネジメントを確立していけば、それが世界中で構築できるなら、同じ過ちに陥らないのではという、博士の見通し、あるいは願いがあったと信じたい。少なくとも、博士の活動の底には、ヒトラーとナチスのような存在を再び生んではいけない、という決意があったのではないだろうか(博士のデビュー作『経済人の終わり』《ダイヤモンド社 『ドラッカー名著集9』》が、ナチスの分析と批判であることは、その現れかもしれない)。

 その意味で、博士の経営学の根底に、組織の経営活動には、〝人間らしさ〟、〝人間への思い〟、〝人間の論理〟が生かされるべきだ、という哲学があると想われる。企業、あるいは組織のあるべき姿を求め、もしくは経営確立の先にあるものを見据えながら、博士は生きたのである。だから大事なのは成長ではなく、よりよくなることだったのではないか。
 この人間志向については、以下の2文が示唆となるかもしれない。

人にとって、働くことは重荷であるとともに本性である。呪いであるとともに祝福である。それは人格の延長である。自己実現である。自らを定義し、自らの価値を測り、自らの人間性を知るための手段である(p59)。

仕事を通じて働く人たちを生かす。現代社会においては、組織こそ、一人ひとりの人間にとって、生計の資(かて)、社会的な地位、コミュニティとの絆を手にし、自己実現を図る手段である。当然、働く人を生かすことが重要な意味を持つ(p9)。

3 各テーマ

 ドラッカー博士は、経営管理者がいない時代に、マネジメントの必要性、機能性、正当性を訴えた。一見、なにもしないように見える存在が、組織にはなぜ必要なのか、またマネジメントはなにをすべきなのかということを、詳細に説いたのだ。
 それが本書の基になった大著『マネジメント――課題・責任・実践』(ダイヤモンド社 『ドラッカー名著集13~15』)である。この本は「マネジメントに関わりを持ち、あるいはマネジメントに関心を持つあらゆる人たちを対象」にしているマネジメントの「総合書」であった(pⅱ)。したがってそのテーマは、幅広くなっていかざるを得ない。狭い意味でのマネジメントの域を超え、企業、仕事、社会、社会的責任、組織、マネジャー、トップマネジャー、多角化、グローバル化、そして成長、イノベーションまでを射程にしているのだ。

『エッセンシャル版』は、その大著から「もっとも重要な部分を抜粋した(pⅰ)」ものである。そのゆえに、議論の緊密ぶりには、息が詰まるような迫力さえ感じ取れた。
 以下、本書をとことん学ぶという視点から、僭越ではあるが、メインテーマをつぎのように再編成し、論旨を紹介していきたい。そのテーマとは

企業論、組織論、マネジメント・マネジャー論、トップマネジメント論、マネジメント実践論、マーケティング論、イノベーション論

 である。それでは、ドラッカー経営学という巨大な山に、1合目から登っていこう。

企業論

 スタートは企業論。
 企業論は、事業と経営の視点を含めて語られる。博士は、とくに企業と事業という、ある意味では誰もが知っていそうなことを、あなたは本当に知っていますかと問い掛ける。未読の方は(そうはいないかもしれないが)、この答を読む前に、自分でも考えてみて、博士の答と照合してみたい。読まれた方も、もし未読だったらどう答えていたろうかと、想像してみることも、貴重な経験になるのではと思う。
 企業とはなにかについての博士の答は、目を見晴らさせられる。

 企業とは何かを知るためには、企業の目的から考えなければならない。企業の目的は、それぞれはじめて読んだとき、企業の目的は企業の外にあるという、この思いもよらない言葉に衝撃を受けた。長年の会社生活で、感性がすっかり麻痺してしまっていたのだろう。その余韻も覚めやらぬうち、「企業は社会の機関」という、目的の外にあるその理由が明かされる。ついで企業の目的が顧客の創造という、最も大事なことが訴えられる。なんと劇的な展開であろう。

 それにしても、とらえ方が秀逸というしかない。
 たとえば、自分は何物かと己を問うとき、もしくは、この人は誰なんだと他者を問うとき、その目的からとらえるべきというのが、博士の考え方と思われる。それはおのずと企業をはじめとする組織にも当てはまる。つまり企業を観る目は、人を観る眼と同じということになる。その人なり企業なり組織の持つ目的から、把握していくことなのである。
 
 ついで、企業の目的は顧客の創造、という根拠が示される。それは、企業とはなにかを決めるのは顧客であり(意表をつかれここでもドキッとした)、顧客だけが、財やサービスに支払う意志を持ち、企業の経営資源を富に変えるからだという。顧客が購入するものは、商品やサービスそのものではなく、それらが提供するもの、つまり「効用」であるからにほかならない(p16)。

 顧客の創造とは、小売りでいえば、お店にはじめて来店したお客さまを、魅力的なMD(商品政策)、販促、接客、サービスなどで、固定客にすることにちがいない。
 だとすれば、その企業――商品やサービスに価値ありと判断するのは、まさに顧客自身であり、その商品なり店に対し、「価値がある」とそう考える顧客を創り増やすことが、経営目的になるのである。ではそのために、企業はなにをなすべきか。博士は、「二つの、そして二つだけの基本的な機能」を持つべきとするが、先述の通り、それこそマーケティングとイノベーションなのであり、これだけが成果をもたらすのだと説く(同)。
 この辺は肝心なところなので、しっかりと読み込みたいところである。

 経営にからむ部分では、リスクと成長のテーマに留意したい。リスクへの対処について、現実の企業内で、つねに賛否両論あることは否定できない。たとえば小売業にとり、出店路線についての議論は、賛成派にせよ反対派にせよ、譲れないものとなる。だが博士は

企業にとって、リスクは本源的なものであり、リスクを冒すことこそ基本的な機能である(p174~175)

 との見解を披瀝している。「リスクを冒すことこそ基本的な機能」という表現は鮮烈といってよい。のだ。

 これは、経営活動において、リスクに挑むこと、つまり「攻める」ことの重要性を訴えたものといえる。小売店にとり出店そのものは、リスクはあっても避けられない挑戦となろう。もっともだからといって、成長路線を目指すことに、博士は必ずしも賛成ではない。成長することよりも大事なことがあるというのだ。成長より大事なことなどあるのだろうか。

成長そのものを目標にすることはまちがいである。大きくなること自体に価値はない。よい企業になることが正しい目標である(p260~261)。

 そうか、成長よりも「よい企業」になるのが大切だったのか、と目からうろこが落ちた。と同時に、つぎのような警告も発している。

今日の成長企業が明日の問題児になるという宿命(p260)。

 「宿命」の2文字に、目が釘づけになって動かない。成長企業は必ず問題児になる、という考えがあることを、成功者、成功企業、成功店は忘れてはならないだろう。
企業はひとつ、あるいは、それ以上の事業を展開しているが、事業についてその意味をいつ問うかの議論に、注意が向いた。 

「われわれの事業は何か」を真剣に問うべきは、むしろ成功しているときである。成功は常に、その成功をもたらした行動を陳腐化する(p25)。

 成功しているうちは、その事業を問うようなことは、なかなかできないかもしれない。だが失敗局面に陥ってからでは、画期的な動きが取りにくいうえ、取引先に足元を見られやすい。やはり状況がいいうちに、つぎの手を打つのが妥当なのだと考えられる。
 ところで企業は、どう組織を作るべきか。このテーマに博士はこう指南する。

使命が戦略を定め、戦略が組織を定める(p280)。

 これはつぎの組織論につながっていく。

次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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