日経メッセ > リテールテックJAPAN > 連載コラム > 新・お店のバイブル > 永遠の経営バイブル『マネジメント【エッセンシャル版】』をとことん学ぶ③

連載コラム

永遠の経営バイブル『マネジメント【エッセンシャル版】』をとことん学ぶ③

[ 2012年12月27日 ]

前回よりつづく)

つぎはマネジメント・マネジャー論、つまり、本書『マネジメント【エッセンシャル版】』の本丸に突入していくことになる。

マネジメント・マネジャー論

 ここで最初に問われるのはマネジャーの役割である。マネジャーが起業家であるべきことは前提として、そのおもな役割といえば「成果の小さな分野、縮小しつつある分野から、成果の大きな分野、しかも増大する分野へと資源を向け(p10)」ることという。
 これを具体的に記すならふたつある。
 第1は、部分の合計よりも大きな全体、つまり、投入資源の総合計よりもっと大きいものを生む「生産体」を創ることである。このことの比喩が素晴らしい。

それは、オーケストラの指揮者に似ている。オーケストラでは、指揮者の行動、ビジョン、指導力を通じて、各パートが統合され生きた音楽となる(p128)。

 この文章は「マネジャーは、自らの資源、特に人的資源のあらゆる強みを発揮させるとともに、あらゆる弱みを消さなければならない。これこそ真の全体を創造する唯一の方法である」とつづく。

 すなわち第1の役割は、人の強みを発揮することで、投入量より大きい「生産体」を創ることである。そのためにおこなうべきマネジメントは

●事業のマネジメント
●人と仕事のマネジメント
●社会的責任の遂行

の3つになる(同)。事業、人と仕事――このふたつのマネジメントに加え、社会的責任の遂行が入っていることは注目される。

 第2の役割は、すべての決定と行動の局面で、いま必要なものと、将来必要なものを調和させること。博士は、現在と将来の「いずれを犠牲にしても組織は危険にさらされる(同)」と警告している。

 本書の最後のほうでは、マネジメントの役割を3つに言い換えてもいる。列挙すると

 ①組織本来のミッションや使命を達成しようとマネジメントすること
 ②生産的な仕事を通して人間に成果をあげさせること
 ③社会と個人の両方に対し生活の質を提供すること

となる。使命の達成、生産的仕事による成果向上、社会的責任の遂行である。ここで博士は「この第二、第三の役割は、テクノクラシーをはるかに超える課題」と指摘している(p274)。「テクノクラシーをはるかに超える課題」という断言には、ハッと息を呑み、目を見開かされる思いがした。

 ところで博士は、あらゆるマネジャーに共通の仕事として、つぎの5つをあげている(p129)。

 ①目標を設定する
 ②組織する
 ③動機づけとコミュニケーションを図る
 ④評価測定する
 ⑤人材を開発する

 このなかで、とくに大事な⑤の人材開発について、博士は、おおよそ以下のように述べる。
 人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることだ。たしかに人は費用であり脅威だとしても、人は、それらのことで雇われるわけではない。人間が雇われるのは、強み、能力のゆえである。「組織の目的は、人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある(p80)」。このことが繰り返し強調されるのは、やはり、それを認識できない、あるいはしない企業、組織が多いからであろうか。

 ついでマネジャーの条件。
 マネジメントの役割を果たすのが、いうまでもなくマネジャーである。ではマネジャーの条件とはどんなものか。ここには、マネジャーのあるべき姿と、あるべきでない姿が提示されている。あるべき姿について、博士は「貢献する責任」を重視、「マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。貢献する責任である(p125)」と説く。

 あるべき姿を考えるとき、コンセプト発想も大事と言及される。コンセプト発想の重要性を示す、以下のたとえ話はわかりやすい。
 それは3人の石切り工の話である。なにをしているかを聞かれた3人の石切り工は、ひとりずつ、「暮らしを立てている」「最高の石切りの仕事をしている」「教会を建てている」と答えた。このうち、博士は「教会を建てている」と語った「第三の男こそマネジャー(p137)」と言い切っている。

 さらに博士は、マネジャーみずから仕事をすることも求めている。その理由は、つぎのように明かされる。

十分な仕事を持たないことは、本人のためによくないだけでない。やがて働くことの感覚を忘れ、尊さを忘れる。働くことの尊さを忘れたマネジャーは、組織に害をなす(p132)。

「組織に害をなす」という厳しい表現に、人によっては、胸をグサッと刺されるかもしれない。では害をなさないためには、どうすればいいのか。博士は「マネジャーは、単なる調整者ではなく、自らも仕事をするプレーイング・マネジャーでなければならない(同)」と提言する。プレーイング・マネジャーでないかもしれないマネジャーは、ここで自問自答しつつも、自己確認したほうがいいだろうか。

 マネジャーとして、あるべきでない姿はというと、これは5項目ある(p147)。

①強みよりも弱みに目を向ける者
②何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者。仕事よりも人を重視することは、一種の堕落であり、やがては組織全体を堕落させる
③真摯さよりも頭のよさを重視する者
④部下に脅威を感じる者
⑤みずからの仕事に高い基準を設定しない者

 職場の良し悪し、現場の状況を、隅々まで知りぬいた人間でないと、なかなかこうはいえない。博士の的を射る力にたじろぎながらも、同感と共感を禁じえない。

 ただマネジャー論の前提として、「マネジャーの仕事は、その職にあるかぎり、学び、育つことのできるものにしなければならない(p131~132)」ことも強調されている。店長に任命されたものの、あとは放っておかれる、というような店が現実にある以上、これは忘れてならない論点になる。この点につき、各企業、各お店に合った施策の検討が、着実になされるべきであろう。

トップマネジメント論

 ついで説かれるのが、企業と事業の命運を左右するトップマネジメントのテーマである。
スタートはその重要性の指摘から。「いかなる組織といえども、その業績はトップマネジメントにかかっている。結局のところ、ボトルネックはボトルのトップにある(p221)」。ここらを読むと「やっぱり」という感じになる。
 ではトップマネジメントとはなにか。217ページのPart3の扉には、こう記されている。

トップマネジメントとは、方向づけを行い、ビジョンを明らかにし、基準を設定する機関である。

 すなわちトップマネジメントの仕事は、方向づけ→ビジョン明確化→基準設定という流れになる。組織の方向をビジョンという形で示し、具体的行動の基準をつくり、評価に結びつけるのである。
 ――そんなことはわかっているよ、という方もおいでだろう。とはいえ、実際そのことが、自分の会社で実施されているかどうかは、別問題である。会社としての方向性は示されているか、方向性に基づくビジョンは発表されているか、ビジョンの実現にむけての基準は設けられているか、またそれは有効に活用されているか。これらのことが問題になると考えられる。

 第8章「トップマネジメント」の章立てコメントに書かれているのは、トップマネジメントの特徴である。要点を3つにまとめると

①トップマネジメントの仕事は、他のマネジメントとは根本的にちがうこと
②トップマネジメントの仕事は、多元的かつ断続的であり、異なる性格と体質を同時に必要とすること
③トップマネジメントの仕事は、ときに相反する性格と体質が必要なこと(p223)。

 この3特徴を知ることにより、店から本部に異動になったとき、本部の仕事に私が感じた、いい意味での違和感の根元のようなものが、はじめて理解できた。

 博士によれば、トップマネジメントには6つの役割があり、ここも箇条書きするとこうなる(p224)。

①事業の目的を考える
②基準を設定する(ビジョンと価値基準→規範)
③組織を作って維持する(組織の精神と構造を作る→明日のための人材養成)
④渉外をおこなう
⑤行事への出席などの儀礼に参加する
⑥有事に出動する

 まずは最初の3つ、目的、基準、組織からはじまることになろう。少し前にも触れたが、この3つは関連する。事業目的から基準が設定され、それが組織の精神と構造の決定につながっていく。

 驚くことに、これらの遂行のために、必要な4つの性格も論じられている。「考える人」「行動する人」「人間的な人」「表に立つ人」である。でありながら博士は、「これら四つの性格を合わせ持つ者はほとんどいない(p225)」と嘆いてもいる。
 ここらを読むと、三国志の世界を思い起こす方もいるだろう。異論がおありかもしれないが、極論するなら、それぞれ、孔明、張飛、関羽、劉備を指すようにも想われる。

 もっともリーダーが、おのが性格、欲求のまま、自分にだけ素直になってマネジメントすればいいわけではない。トップリーダーのあり方を示す以下の引用文は、非常に重要といってよい。

トップマネジメントにはそれぞれの流儀があり、それぞれ自分なりに役割を決めればよいとの考えはナンセンスである。誰にも流儀はある。それはそれでよい。しかし、トップマネジメントとは何であり、何でなければならないかは客観的に規定される。引力の法則が、その朝物理学者が食べたものと関係ないように、トップマネジメントの役割はその座にある者の流儀とは関係がない(p225)。

 この一節を読み長年の疑問が氷解した。
 トップが変わるたびに、経営の進め方が一変する話をよく聞く。そういうもので仕方ないと諦めていたが、そうではないんだと博士は明快に語ったことになる。経営には、性格や好みではない、「引力の法則」のような客観的なものがある、博士はそう喝破しているのだ。

 トップマネジメントにも、前提らしきものがある。それは「トップマネジメントとは、一人ではなくチームによる仕事(p226)」ということだ。ここは、存分に思考してみたい。

 ただ、チームだからといって、メンバー同士は、そうそう友好的でなくてもいいようである。博士は、つぎのような微妙な注意点をあげている。トップマネジメントのメンバーは、お互いに、仲良くしなくていい、尊敬し合わなくていい。とはいえ攻撃し合わず、会議室の外で云々したり、批判したりはしないこと。といって、ほめ合わなくてもいい・・・・・・(p228)。
 考えさせられるが、よくわかりもする。ただし以下の課題は、企業の行く末を変える可能性があるため、大いに研究すべきテーマとなろう。

トップマネジメントには、独自のインプット機関、すなわち刺激と情報、思考を供給すべき独自の機関が必要(p220)。

次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

バックナンバー

PAGE TOP