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連載コラム

第5回「商いの理想を示す『商人のための人生読本』(1)」

[ 2008年5月1日 ]

 この本、倉本長治著・倉本初夫編『商人のための人生読本』(商業界 2008年2月)は書店で知った。 書名を見て、ふーん、なんだろうと帯を読むと「先人の教え・志に学ぶ商人に贈る理想の生き方 未発表の原稿収録! 15編の読書余滴」とある。ひっくり返したら、裏表紙の帯には、アラビアンナイト、パウロ、ベーコン、トーマス・モアなどの名が! えー、この人たちは商人だったのか? と思うまもなく、道元、『日暮硯』『葉隠』とつづき、水戸黄門、なんと毛沢東までもが・・・。これら以外にも、フランクリン、シュリーマン、コロンブス、ジャン・ジャック・ルソーといった伝記定番のお歴々まで一揃いである。これはもう読むしかない、と定価も見ずにレジに走った。恥ずかしながら、いわゆる衝動買いである。それだけあって充分過ぎるほどおもしろく、存分に楽しめた。
 文章が執筆されたのは、かなり以前にさかのぼる。だから時事的な話題で古めかしいものもないではない。だからといって、もちろん本書の価値が減ずるものでは決してない。
 それにしても、著者は、なぜこの本を書いたのだろう? と首をひねると、動機らしきものが、毛沢東の章で明確に書かれていた。

わたしは欧米の先人の伝記を読んで、そのうちの多くの人びとが若いころ、商店で働いたことがあり、そのために正しい本当の商売とか、商人のあり方について、いずれも確かな信念を抱くようになっていたのを知る。それは正しい商売とはどんなものかを明らかにした(p294)。
 

この部分を読み、本書のモチーフが、著者が生涯掛けて追究した「正しい商売」にあることがわかった。襟を正してページをめくりたいと思う。


1 序盤から――孔子、ソクラテスなど

 読み進むうち、いつしか古典の知識が入手できるのが、本書の思わぬ拾い物。たとえば最初は「アラビアンナイト」だが、この章だけでも、万葉集から源氏物語、宇津保物語、ついには聖書、孔子まで登場するのである。源氏物語の作者名は、てっきり紫式部と思い込んでいたが、じつは「藤式部」が本名で、小説に紫の上を登場させたり、紫の衣で身を包んだことから、ついたあだ名が紫式部であったという。うーん、勉強になります。
 ここは「紫」の流れで話がつづく。ローマ支配化にある小アジアの西海岸一地方で、紫布を扱う女性商人が、「新しい神のセールスマン」使徒パウロをかくまった。このエピソードのあとに、著者はこうつけ加えている。

「紫」は、このように日本でも外国でも、特別に貴重な染料で、したがって高貴を意味し、それを取り扱う商人は誇り高き存在だったようだ。日本にはいま、百四十万店ほどの商店があるが、このルデヤ女史のように損得利害を越え、善しと信じた行為によって、後世まで歴史に名を留める女性商人がいるであろうか(p22)。
 

気持ちはいつも現代の商い人なのである。
 著者が尊敬してやまないのは、誰あろう、古代中国の思想家、孔子である。その孔子の『論語』に商いの話はないそうだが「商人が最も読む本(p33)」として、強く推奨している。商売の本だけが商売のあり方を知るすべてではない、ということか。
 またソクラテスの時代に、本を売る店が実在したという箇所では、こう記す。

ソクラテスは、自分を私刑にする民衆裁判における弁明のうちで「アナクサゴラスの著書などは、公共広場へ行って、せいぜい高くとも一ドラクマも支払えば買える」と言っているように、そのころ、つまり今から二千五百年も前に、ギリシャの首都の広場には書物さえ売る店のようなものがあったのが知れるからである(p34)。
 

アゴラ(公共広場)で露店風の商店や朝市に触れたあと、ソクラテスが「地位は低かった」という商人を支持する話もあった。ある信望高い商人が将軍に選出されたことを、ソクラテスが

上手な経営者ならば、敵と戦って勝つほど利益になり、得することを知り抜いている。敗戦が大きな損失だということは商人ほど心得た者はいないだろう。個人的な家業に精通した人を侮ってはいけない。仕事の大小こそあれ、事業を行う者も、公務を行う者もともに同じ人間である(p38)
 

と述べたことを踏まえ、著者は「君は自分の店の商品一つに歴史の重さを感得することがあるか。君の店にも多くの青少年が働いているが、後世、歴史に名を残す偉人に育つ者がそのなかにいるのだとは思えないか(p39)」と問題提起している。


2 中盤から――ユートピアと道元、武士道、そしてフランクリン

 商人の理想の姿は、トーマス・モアの『ユートピア』を通して語られる。ここで著者は現代の商人に聞く。「諸君も商人としての立場から、抹殺されない商売と理想の商店と商人の姿を夢に見たいとは思わないか。ひとつ、どんな商店、どういう商売が究極において本当なのか考えてみるのは、どうだろうか(p89)」。で、トーマス・モアが描くユートピアを概観したあと、著者はこう問い掛ける。

現代の商人諸君、諸君が今日的立場に立ち「商業構想」を描いたとしたら、一体どんな風であるか、ひとつ考えてみては如何(p110〜111)。

 じつはこの『ユートピア』、あとのページ(p237)で、アメリカ発見と関係があったというのも、おおっと驚かされた。もっとも『ユートピア』は、他の章の人物にも影響を与えた模様で、別章でなんども登場してくる。
 ついで出てくるのが道元である。なぜここに禅が? と不思議でたまらなかったが、このあと「店があるので客が来て買い物をするのか、客がいるから店を出して物を売るのか(p115)」ということば、さらに、以下の指摘を聞いて納得できた。

商売とは何か、商人はどうしたらよいか、「客」と「店」より先に何かがあるのを考えるには「禅」というものを学ぶのが一つの道(同)。
 

佐賀藩で「大して出世もしなかった老臣」山本常朝(つねとも)が説いた武士道を、後輩が、7年間もの長きに渡って、聞き書きしたのが『葉隠』である。さて当章には、いったいなにが書いてあるのか、と興味津々で読む。
 著者は「武道の大意は何とお心得候や」と問う話を引きながら、「本当の商人とはどういうものか」と聞かれたとき、即座に答えられるかと問題を立てる(p179)。そのあとすぐに「殿様の日常についても面白い例話がたくさんある。いまどきの店主の話として眺めてもおもしろい(p180)」とつづけるのだが、ここには、義経の八艘跳びのごとく、歴史を縦横無尽につなげる、歴史家、トインビー博士のような発想も感じられた。
 本章の後半で語られる、全国の商店のため駆け巡った人生への述懐は、気迫に満ちて読み応えあり。

わたしは六十歳ぐらいまでの働き盛りのあいだは、若いころから好きだった絵も短歌も将棋も捨てて商人啓蒙に命をかけたものだ。このままでは日本の商人は滅びるとほんとうに思い込んだし、あのころは消費者を敵とするような商人ばかりだったので、「己が立たなければ、この建て直しは誰にできる」といきり立ったものだった。「店は客のためにある」という革命的宣言も、その時代にわたしが叫んだ言葉であった。そういう一途なところが『葉隠』に記されているところに似ていた(p182)。

 この前後の描写はことのほか心を打つ。「役に立つということは、かならず報いられるときがある(p186)」や「『相手方が得する働きが自分の損にはならぬ』というものの考え方が、わたしの商店経営論の根幹をなしている(同)」という励ましに、力づけられる人も多いのではないか。
 プライドを持てと、あえて挑発的な一文を引用するところもある。

総じて修行は大高慢にてなければ役に立たず候。我一人して御家を動かさぬとかからねば修行は物にならざるなり(P187)
 

たしかにそうかもしれない。ここで著者は、山本常朝と考え方がよく似ていると言明する。たとえば「よき手本から学べ」という教えは、著者が主張する「他店の良い点を真似よう」という比較経営論にそっくりという。

孔子も「三人行けば我が師あり」と言っている。注意すれば、どこにでも手本がある。それを自分で書いたのを手本にしたのでは駄目だとする。チェーンストアのようなのは、自ら他に学んで最上のモデル店を作って、これに他の単位を「右にならえ」をさせるのがよい(p189〜190)。
 

さらに一文を引用しつつ

人間は地位や名誉や金銭などに縁がなくとも立派な精神の持ち主でいられる。小商人で生涯を終えたとしても、商人として尽くすべきを尽くして悔いがないなら、そのことに誇りを持てと言っているかのようでもある(p192)。
 

というメッセージを発している。
 さて、アメリカの独立宣言起草や、世界一といわれる伝記で著名なフランクリンの章にも、力が入っている。文具店の店主であったフランクリンの仕事は、じつのところ幅広かった。ちょっと長い引用になるが、イメージを固める意味でお許しいただきたい。

職業は何だったかというにひと言でいえば印刷工あがりだが、地方の評論家として、次第に知られ、自分の新聞を持ち、青年のために図書館を作り、消防組合を創り、大学や病院の設立に努力、市会議員、州回議員となり、州を代表してヨーロッパに駐在したりする大使のような立場に立ったりする。しかも生え抜きの活字に生きた印刷工だったといってもよく、自分で編集し、印刷した「貧しきリチャードの暦」と題するアメリカ版「大神宮暦」のようなものを二十五年も発行し続けていた(p240〜241)。
 

こよなく読書好きだった息子を、印刷の道に進ませたのは父親である。そのおかげで、フランクリンは、人生の危機を、印刷の仕事をテコに乗り切れた。その辺の波乱万丈の人生は、ぜひ本書でご味読いただきたい。

(次号につづく)

《筆者紹介》

青田恵一氏(あおた けいいち)

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店――V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス――進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店―メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策―」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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青田恵一氏の「新・お店のバイブル」バックナンバー
青田恵一氏の「お店のバイブル〜旬な1冊、効く1冊〜」バックナンバー

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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