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連載コラム

第6回「商いの理想を示す『商人のための人生読本』(2)」

[ 2008年6月2日 ]

(前回よりつづく)

3 終盤から――ロバート・オーエンと毛沢東、シュリーマン、そしてルソー

 終盤のはじめを彩るのは、ロバート・オーエンの章である。これまた筆力がみなぎり、最初の行から、文章に熱い息吹きが感じられた。

地域社会の生活者に日常の物資をより格安に提供するのが商店というものだ。人びとの生活を守る使命を忘れて、日用必需品を売る商店を経営者の金儲けの具とするのは間違いだろう。ひとつ生活者のための商店を作ってみようと世界で最初の「住民のための店」を開いたロバート・オーエンはどんな人だったのか(p258)。
 

オーエンといえば「ユートピア的社会主義者」として有名だが、店で働いた経験から経営の極意をつかみ、さらにみずからの工場で、その原理を生かし「理想の経営」に挑んだというようなことは、今回、はじめて知った。
 著者は、ロバート・オーエンを賛嘆するが、それは、その思想の出発が店舗生活ということもあった。

ロバート・オーエンの自伝を読むうち、彼が店員生活にいかに多くの「人間」を学んだかを再三繰り返して述懐しているのを知る。ことに正しく生きる店主に多く学んだ(p263)。
 

もちろん「勤める店と店主は選ばねばいけない(同)」。その意味では、最初の店がとくに素晴らしかった。ここでオーエンは、「正しい商人のあり方」と「安定した生活の人間には不道徳の者が少ない」ということをつかむ。

従業員の割に店舗はかなり大きく、棚という棚には世界の隅々から店主が吟味を重ねて仕入れた品質のすぐれた高級品が適当に充満していた(中略)。店主の納得する最高の品質のものばかりであった上、値段は一定の利潤を見た公正さで、むしろ少な目の利益しかとっていないものだったし、商売のやり方は上品で礼儀正しく誠実だったから、上層階級の人に信用が厚かった。このことは、ロバートに生涯の感化を与えたようだった(p264)。
 

つづけていう。「良い経営者のもとで働くことがどんなに従業員の幸せにつながるかをしみじみ思わせる(p265)」と。
 このような考え方が、後年、工場を買収したときに生きてくるのは、心底、不思議の感に打たれざるを得ない。

機械が動く工場から、人間が愉快に働く工場をつくる夢は若いオーエンの人生の大きな光明のようなものだった(中略)。この工場の建て直しについての彼の第一目標は、働く人びとをもっと幸福な状態にしなければならぬということだった(p275)。
 

その後、さまざまな紆余曲折を経て工場は成功する。結局は、先述のように「ユートピア的社会主義者」と呼ばれたのだが、私など、むしろそれしか知らなかったので、この章は思いのほか新鮮に映った。著者は「店員時代の経験が彼の思索と行動の基礎(p287)」であったことに幾たびも言及し、改めて「『店員生活』というものが人生の貴重な教訓の場なのを思い知らされる(同)」と語っている。
 毛沢東の章は、文化大革命さなかの1974年に書かれた。人民主義による「生活を守る店」からの連想だろうか、著者は当章で「地域消費者が経営に参加する国営スーパー」のチェーンを構想してもいる。

今日の情勢では、公共的企業や国営企業というのはむずかしい。商店の公営など馬鹿々々しいと言われるかも知れないけれど、かつての公設市場や中央卸市場の延長概念として、革新政府ではなくとも、できないこともあるまい。全国の商店はいつまで自分の身を削って国民のために低マージン、高コストに耐えねばならぬのだろうか(p309)。
 

ある意味、過激な着想ともいえようが、「大衆のための商店」を煎じ詰めるとき、興味深い方向だったのかもしれない。
 トロイ発掘で有名なシュリーマンは、少年時代、「村の食料品雑貨店の店員(p329)」であった。この事情を、著者は『世界の歴史』(中央公論社、現中央公論新社)で知り、なにかと詳しく調べはじめる。だからであろう、ここでの商品知識が身を救う話は、胸に訴えるものがある。

彼は食料品と染料などの雑貨を扱い、じゃが芋から酒を作ったりする田舎の店の小僧であった。五年間勤めたので、藍染めのインディゴや砂糖や米や麦について、若いながらかなり実際的な知識を持ったのが、後年彼に一つの出世の機会を与えたのである。商人にとって商品知識がどんなに大切かがわかる話なのである(p317)。
 

このことは324ページでつまびらかにされる。「少年時代に村のなんでも屋で得た商品知識は食品が主であったが、いまやタバコ、木綿、染料、鉱業薬品なども、彼は一見しただけで原産地や品質の良否を見分けるようになった」。行間から、商品知識は、目前の必要だけでなく、いつどこでどう役立つかわからない、人生勉強のつもりで覚えてはどうか、という優しい声も聞こえてくるようだ。
 ともあれ、「夢に生きた大商人」シュリーマンの、やはり波乱万丈の人生が描かれたあと、なぜここまで詳述するのかの疑問にこう答える。

少年の夢のような希望が、運命と言うべき機会の連続で、その夢の通りに実現したというこの一商人の物語は、世にも珍しい事柄の一つである。これからも商店で働く青少年のなかからこういう人物が出ないとは誰が言うことができよう(p343)。
 

この一節を読めば、皆、深い感動を覚えてしまうだろう。
 原点に還ろうと呼び掛けるジャン・ジャック・ルソーの章では、あるべき商業の姿が吟味される。若いころルソーが商家に奉公していたこと、なんにつけ原則にもとづいて考えることなどが、著者の関心を引いたものと思われる。ただ著者の問題意識はつねに現代にある。

ルソー流にいえば、人間の価値が所有や消費の量や販売の高で測られるかのように思われているのは間違いではないか(中略)。また、商品に異常な混合や有害な添加や腐り止めや変造が行われることは、人間の生命に危険ではないのかと二百年前、ルソーは先見的に主張した(p367)。
 

この一行など、食品事件にあえぐ日本の現況を予見する内容にもなっている。返す刀で大型チェーン店のあり方にも苦言を呈す。

今日の百貨店やチェーンストアのあり方が、かならずしも人間の自然な幸福に寄与してはいないから、もっと昔の商店の姿に還ったらどうか(同)。

 経営者が、お客さま「一人ひとりの満足こそ本物(p370)」ととらえ直し、「人であることの本来の姿(p369)」に戻るように促す。そして血涙を絞って叫ぶのだ。「他人の衰亡や破滅が、一方の幸せであってはならぬ(p383)」と。


4 まとめ

 著者のこよなき友人、岡田徹氏を扱った章は、この本では異色といってよい。しかしその分、文章は美しく、詩文とさえ呼べるだろう。まず、岡田氏の本から小売店の使命に関する一文を引用する。

小売店の繁盛は、その店がお客との間に心の結びつきをどれほど深くつくりうるかにによってきまる(中略)。お客とのそういう親愛の流れをつくることが小売店経営での一番大事な仕事であると、わたしは信ずる(p198)。

資本、設備、経営技術等によって小売店の繁盛がきまるとは思えない。それ以上に大事なことは「お客のための店」という経営精神が、店の隅々にまでにじみ出ているということである。住みづらいこの世の中にあって、よりよい明日を求めて、今日の生活を闘っている多くの消費者は、自分たちの生活のために、友人としての温かい手をさしのべてくれる商人のあることを求めている。大衆に生きることの喜びと明日への力とを与えうるものは小売商である(同)。

 

心を揺り動かす清らかな"思想"である。この考えを著者は、「『商売という、人間のために役立つ職業、人びとに幸福な生活をもたらせる商売のあり方』を説いた彼の文章にはすばらしいものがあった(p200)」と高く評価する。

 そのうえで「正しい生き甲斐こそ人間にとって大切」と指摘する。それゆえ、世間が「商人と屏風は曲がらねば立たぬ」とか「商人に嘘はつきもの」と言い募ることには、心から憤慨している。そして「どんな嘘もゴマカシも悪(p201)」と断じたうえで、以下のように進言する。

嘘つき商人がまだ多いのだから、商品を仕入れて販売するに当っては、消費者の側に立つ正しい小売商人は、一品を仕入れるごとに消費者の利益や志向を満たすために、その商品を吟味しなくてはならない(p202)。
 

それから「商売は消費者の満足や、利益を守り、その幸福のために行われるのがほんとう(p203)」「消費者を守ることで報酬をとる(同)」と話をつづけ、ついで、小売商のように、他人が作ったものを、販売するには、「なんとしても商品の知識が土台となる(p204)」という。さらに、「店はどんなに無駄なく有利に展開されても、消費者であるお客に、人生のうるおいや暖かさ、うれしさなどが感じられない商売は、とうてい本物ではない(p205)」と訴え掛けるのだ。
 ついには、経営の秘訣をひとことでまとめてしまう。「経営上の知識が円満で正しい状態で身についていさえすれば、お客に対する愛情と責任さえ欠かなければ、自然に発展するのが本当(p207)」と。

 本書にはこんな一節もある。

江戸時代の主人と従業員の関係を書いたものを見ると、まったく腹の立つようなことが多い。また武士から見た町人に関するものを読んでも、実に旧弊に満ちている(p305)。
 

平成の現在でも、江戸時代と同じことが、本当にないのかと気にもなる。
 とまれかくまれ、『ユートピア』についての「これを日本の商人の知識の一端に加えたいと願ってきた(p85)」とか、またベーコンの『ニュー・アトランチス』に関する「現代の日本の商人の夢は如何にあるべきかの参考に(p87)」というような一節に、涙を禁じえないのは、どうしたわけであろう。あるべきお店、あるべき商い、あるべき商人への思いといったものが、かいま見られるからだろうか。
 誰もがすぐ気づくように、この本には、正義、公正、理想といったキーワードがよく出てくるが、むろんその実現は容易でない。といってどうすれば達成できるか、という追求を断念するわけにもいかない。
 想えば我々は、お店で働いているといえど、さまざまな事件が勃発する現代という時間、社会という空間のなかで、まさに生きているにはちがいない。そのなかで、的確な経営を進めていくには、確固とした基盤、指針、あるいは価値観といったものを、固め、確立し、徹底しなければならない。ここにこそ本書は、なによりも最も刺激と参考になるだろう。おまけに、といっては失礼だが、歴史の興味深いエピソードも満載である。

《筆者紹介》

青田恵一氏(あおた けいいち)

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店――V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス――進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店―メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策―」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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