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連載コラム

第11回「統計的発想から小売店の経営をとらえる----福澤英弘著『定量分析実践講座 ケースで学ぶ意思決定の手法』」

[ 2008年11月4日 ]

画像 店頭では、問題がつぎつぎ襲い掛かり、尽きることがない。
 売れそうな最中(もなか)があるが、粗利率が10%しかなく、1日で100個以上売れるとスタッフを増やさざるを得ない。社員研修の売れっ子講師を押さえたが、謝礼が2倍。いまあるのと同じ冷蔵ケースを買って、手付金を支払った直後、ちがうところから安価な新型があると営業された。余剰資金の活用候補として、設備への投資、知人への融資などがあるが、さて。オフィス街の出店話が持ち上がったが、住宅地帯にしか店はなく、うまくいくか自信がない。他のコンビニチェーンから、ある店を買わないかと持ち掛けられた・・・。
 さあ、こんなとき、そんなとき、どうすべきか。これらは、よくぶつかる難問だが、手の打ち方ひとつで、ときに店の命運まで左右してしまう。そんな問題も答も、ともに楽しみになる1冊の本がある。

1 蟻になれ、蜻蛉になれ、人間になれ

 その本とは、さる書店で出会った。東京を中心にチェーン展開する山下書店の半蔵門店だ。この店は、本書を1年掛けてベストセラーとし、それが全国的な売れ行きに拍車を掛けた。当初は1冊しか入らなかったが、装幀と内容からピンと来た店長が、すぐさま注文し、追加を何度も掛けたとのこと。それを聞いた私が、即、本書を購入し読みはじめたのは、いうまでもない。

 注目されるその本とは、福澤英弘著『定量分析実践講座 ケースで学ぶ意思決定の手法』(ファーストプレス2007年)である。書名がちょっと固いが、とくに気にする必要はない。分析には定量と定性とがあるが、これはその定量に基づく意思決定の本、というくらいにとらえておけばよい。ではなぜ本稿で、その定量の本を取り上げるのか。といえばほかでもない、話の素材が小売店だからである。いっそ書名に「小売店のための」と入ってもおかしくないほどだ。

 「はじめに」の一文には味があった。まず冒頭で、ひとつのフレーズが紹介される。

最初は蟻になれ。次には蜻蛉(トンボ)になれ。そして最後には人間になれ。

 蟻は現場の目、いうなればミクロの視点、蜻蛉は全体の目、これはいわばマクロの視点であろう。しかしそれらに人間の視点が加わる。ミクロとマクロの両視点でうまく分析できても、それだけで人は動かない。そこで欠かせないのが、ロジックであり数字であるという。

大切なのは、自分だけ理解できても意味がないということである。しかし、他者を理解させることは想像以上に難しい。そこで、長い人間の歴史の中で蓄積されてきた方法論がロジックであり、数字で語ることなのだ。ロジックや数字は世界共通語である。共通言語を使うことが、他者とのコミュニケーションに最も便利であることは言うまでもないだろう。ここに定量分析の大きな意味がある(p5)。

この論の運びには、説得力があるといえよう。

2 合理的な意思決定とは

 最初は意思決定についての記述である。
 インターネットの出現で、情報収集の価値は相対的に低下し、その反面「主観的かつアナログ的」な決断が重視される。まさに「支援ツールが普及すればするほど、人間の意思決定の質こそが勝負の決め手」になったのである(p24)。ではその意思決定はどのようになされるのだろう? 本書は、これを5段階にわける。

1 目標の明確化
2 基準の設定
3 選択肢の抽出
4 選択肢の評価
5 決定

である(p32)。この一つひとつの内容を説明しながら、以下のように記す。

合理的な意思決定を行うためには、できるだけ定量化した目標や基準にもとずき評価されることが望ましい。定量化することにより、意思決定のプロセスの透明度が増すこと、そして、もし失敗したとしても、どこで判断を誤ったのか、反省が容易になることなどの効用は大きい(p33)。

 つぎに意思決定のタイプに筆が及ぶ。これには、長期的観点に立つ「戦略的意思決定」と、短期的観点の「オペレーショナルな意思決定」があるといい、そのちがいをわかりやすく、以下のように箇条書きする。
 前者の特徴としては

●長期的観点
●未来の不確実性にも備える
●「木を見て森を見ず」にならないように全体観を持つ
●最も重要な基準に絞り、細かな点は思い切って捨てる勇気を持つ
●前例にとらわれず、複数の代替案を創造する

後者については

●短期的に結果を出す
●不確実性は少なく、必要な情報は集めやすい
●細部に徹底的にこだわる
●できるだけ多くの基準を満たす方策がみつけ出す
●定量的に分析・評価する
●既存の方法や資源を最大限有効に活用する

などがあげられ、「いま、自分や自組織が直面している問題は、はたしてどちらの問題なのか、しっかり見定めておこう」と締めている(p36)。これを読むと、定量分析がどちらかといえば、後者のオペレーショナルな意思決定に属することが伺われる。

 そのうえで、意思決定の評価軸を3つ示す。合理性と価値観、そして感情である。このうち「価値観は譲れないものであり、感情の多くは如何ともしがたい(p41)」が、理に叶い、筋道が通り、コミュニケーションツールとしても「チャンピオン」である合理性は、「訓練によって鍛えることができる」ため、定石とすべきことが説かれる(p39〜42)。

 以上をまとめてこう結論づける。意思決定の大切な指針となるので、ここは熟読したいところである。

 一般に戦略的意思決定は、前述した三つの軸のうち価値観に依存することが多いだろう。不確実な遠い未来を照らすのは、価値観や哲学である。合理性や感情にとらわれていては、大胆な意思決定はできない。
 一方、オペレーションな意思決定では、指先にまで照らす灯りが必要となる。少しのズレも許されない。そのためには、数字目盛を備えた合理性が有効となる。また、より目先のことにとらわれるほど、感情の影響が強まる傾向にある。遠い未来のことは冷静に判断できても、直近のこととなると冷静さを保つことは難しいものであり、感情や性向がそのままストレートに出てくることが多い(p43)。

3 小売店経営のテーマと課題

 同じ意思決定でも、それを最も頻繁に迫られるのが創業経営者である。
 というわけで話は、コンビニの創業物語に移る。その発端は、ひとりのサラリーマンが、親が営む酒屋を引き継ぎ、フランチャイズシステムでコンビニを経営しよう、と決意したことだ。ならば最初のテーマは、おのずとコンビニチェーンの選択になる。主人公は、なにを基準に、どこをどう選ぶのであろう。
 結論を先取りするなら、ロイヤリティ差引後月商や月商平均と標準偏差などの数字をもとに、大手コンビニの特徴を、たとえば「ハイリスク・ハイリターン」型、「ローリスク・ローリターン」型などと性格づけして検討した結果、ローリスク・ローリターン型のファミリーマットに決定する。そしてその根拠を以下のように示す。

もし、大きな月商が期待できればセブンエイトが有利となるが、小さな月商しか期待できなければラーソンが有利になる。また、月商のブレが少なく堅実なリターンを期待するのであれば、ファミリーマットが最適なようだ(p55)。

 もちろん企業名に本当の名前は使わず、引用のような名になっている。ここで学ぶべきは、トレードオフの関係であった。

本ケースでは、期待するロイヤリティ差引後月商と標準偏差がトレードオフの関係となっていた。つまり、セブンエイトのように月商が大きければばらつきが大きく、ファミリーマットのようにばらつきが小さければ月商が小さいというように、どっちもどっちの状態になっていたのだ(p56)

 つぎは大手スーパーの例。土地と建物を保有した固定費型経営のダイエーと、賃借した変動費型のイトーヨーカドー、それぞれに、景気の影響がどう出るのかを見比べる(ここは実名)。さらにそこから、リスクとリターンの考え方に言及していく。

リスクを必要以上に恐れていたら、そもそも企業経営の意味はない。大切なのはリスクを最小化することではなく、リターンを取るための適切なリスクを取ること、そしてそれを適切に管理することである(中略)。 リスクとリターンの絶妙なバランス、そこに経営のアートがあると言ってもいいだろう。そのための「リスク感受性」は、経営者にとって最も重要な能力の一つであるが、その習得には多くの経験が不可欠である(p59〜61)。

このケースの「まとめ」はこうだ。

リスクとリターンは必ずトレードオフの関係になっている。しかし、リスクのないところにリターンはない。リスクとリターンの絶妙なバランス感覚、すなわちリスク感受性を磨け(p61)。

 こんな感じで話はつづく。
 以下、各章のテーマと勉強課題をあげると(カッコ内が勉強課題)、第2章では、新店舗立地の検討(回帰分析)、つぎの第3章では、桜最中販売の検討(限界利益)、社員研修の実施(機会費用)、冷蔵ケースの入れ替え(埋没費用)、冷蔵ケースの入れ替えの再検討(キャッシュ・フローとNPV)、さらに第4章では、資金運用(効率性指標による優先順位づけ)、初詣向け仮設店舗(絶対額での選択)、店員の有効配置(限界効率の比較)、第5章では、出店立地の拡大(リスクと不確実性)、最後の第6章では、景気予測の購入(ディシジョン・ツリーとベイジアン決定理論)、店舗買収の検討(感度分析)、店舗買収決定の延期(リアル・オプション)、調理商品取り扱いの検討(システム思考とシステム・ダイナミクス)、競合との商圏争奪戦(ゲーム理論)となる。

 どうであろう。これだけ並べられると、なんか、みっちり研鑽できそうな予感もする。本の帯に「企業研修で、続々と採用!」とあるが、納得できることだ。
 本書は小説でもノンフィクションでもないが、大きな流れは確固として存在する。コンビニを1店誕生させ、以降、次第に店を増やし、ついには他店買収の検討にいたるというのがそれだ。つまり、節目、節目で出現する問題を解決しながら大きくなるという、ある意味、お店の成長物語なところが嬉しい。
 哲学的(?)な話題もある。会社の飲み会に誘われた日が、たまたま彼女の誕生日であり、食事の約束があった。いやぁ困った、どうしよう? こういうピンチのようなチャンスのような事態には、誰もが遭遇するにちがいない。
 ここで著者は、それぞれの支出費用を考えることの意味を指摘しながら、こう述べている。「もしも、すべてを数字に換算できるとしたら、人生はもっと単純になるだろう。ただし、それが幸せかどうかはわからない(p84)」

4 キーワード

 難しそうなキーワードがないでもないが、心配ご無用、巻末に用語集がついている。たとえば「標準偏差」には「各データの中心(平均値)からの距離の平均。ばらつきの大きさを示す。計算は、平均値からの乖離の二乗の総和をサンプル数で割った値の平方根を取る(p211)」とある(69ページでは「平均的ばらつき度」と一言でいい切っているが)。
 また「感度分析」は「経営上の変数が、ある一定の振れ幅を取ったときに、求めたい結果がどの程度変化するか、その影響度を測定し、意思決定に活用すること。最悪のケースを把握しておく目的でなされることも多い(p199)」と解説される。ここを、ざっとでも斜め読みしてから本文に当たる、という読み方もおもしろい。

 メインストーリーの例として出ている以上、本書は、小売店の関係者こそ最も読みやすいのではないか。せっかくの機会である。ときにはこういうテーマも研究してみたい。その意味で、勉強心を決して裏切らない1冊といっていい。

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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