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連載コラム

「お客様は生命の親」であることを伝える、山本徳次著『たねやの心』(1)

[ 2010年6月30日 ]

だいたいわしの性格は、金を稼いだら金庫に入れんと、ポケットに入れてしまうというタイプや。現金を見たらあかん、使うてしまう。当時、売ってきた分を使うてしまうんやから、もうどうしようもないわな(p69)。

 こんな一節にびっくり仰天した。
 滋賀は近江八幡の和菓子店、たねやの総帥に限って、まさかまさか、そんなことあるはずがない。といって、もしかすると本当かもと、誤解を与えかねない科白を、平然といってのける率直さに、人は魅かれるのであろう。

 たねや代表の山本徳次氏が、好評だった『商いはたねやに訊け 近江商人 山本徳次語録』(毎日新聞社)、『たねやのあんこ 二世経営者に捧げる一〇〇の小言』(同)につづく3冊目の本を上梓した。名づけて『たねやの心』(同)である。
 小売店、食業界だけでなく、現代の企業、いや現代に生きるすべての人にとり、一読の価値ある本と思われるため、ここにご紹介をしたい。

1 本書の構成

今回の構成は

第1章 徳次言いたい放談その一「大不況」の現在に
第2章 徳次言いたい放談その二「どうする就活、こうせよ就活」
若い人へ捧げる「面接のコツ」
たねやが考える「企業で働くということ」
第3章 たねやのバイブル『末廣正統苑』を読み解く

となる。
 見てもおわかりのように、第1章が時評、第2章がビジネス訓、第3章がたねやの聖書『末廣正統苑(すえひろしょうとうえん)』の解説という構成だ。第2章は、就活へのヒント、その延長で自社の経営の考え方、さらに、ビジネス全般についてのアドバイスがなされている。 
 通読するとわかるが、前2作同様、社会と文化への鋭い批評、世界を見据えた経営理念、仕事のなかで息づく人生観といったものが、各ページで縦横無尽に語りつくされる。
 だが本書のモチーフは、「門外不出」の書で、たねやの魂ともいうべき『末廣正統苑』の精神を、広く世に問うことにある。その底には、絶え間なく発生する企業不祥事、とくに食に関する事件が続発している状況に、同じ食を職業にする人間として一石を投じたい、という決意があったのではないかと想われる。

 そのような思いで本書の構成をかんがみると、本命はやはり『末廣正統苑』にあると解釈できる。そういう観点から、ここでは『末廣正統苑』の解説を中核に、ほかの部分を肉づけしていきたいと思う。

2 『末廣正統苑』の精神とは

 本書の帯で『末廣正統苑』が中心になると知り、とるものもとりあえずそのページを開き、読み浸った。冒頭に

  人あれば道あり
  されど
  道は自らが求めて拓(ひら)くもの(p115)

とある。仕事も人生も、受身でなく、積極的、主体的に「自らが求めて拓く」べき、と謳われる。これがすべての出発点であり、様々な意味でフロンティア精神を推奨するものであろう。
 ページをめくると、今度は

走る勿(なか)れ
されど止(とどま)るは尚(なお)愚かなり
ただ歩めよと訓(さと)されし(p116)

という一節が目に入った。開拓精神で行くものの、走ってはいけない、といって止まってもいけない、着実に歩むことが大事と記されている。
 
 共感を抱きながら、115ページからの14ページにわたる『末廣正統苑』(抜粋)を読み進めた。
 その全体を読了すると、人生訓のようでもあるが、むろん、単なる人生訓ではなかった。これは、とりもなおさず、たねやという一企業の実践訓であり、行動規範にほかならない。つまり、たねやの人々は、トラブルが発生したり、判断が迷ったりしたときは、この『末廣正統苑』、またその奥に潜む思想を基準にして、行動を決定する。ということは、まさにこれこそ「たねやの心」なのである。
 振り返ってみると、店舗や企業は、経営理念がたとえ壁に張ってあったとしても、『末廣正統苑』のように、身近なものとして、実践的な理念を持ち得ていたろうか。『末廣正統苑』は、あるだけの存在ではもちろんないが、行動規範として、あるだけでも価値が大きいといわざるを得ない。
 
 『末廣正統苑』の特長は、小売店の経営にとって(小売店だけではないと思うが)、必要不可欠な思想や哲学が、すべて収まっているところにある。これは驚嘆すべきことであろう。そのいくつかを、得意の独断と偏見でテーマを再編成し、各々について所感を述べていきたい。

3 顧客とは

 かのドラッカー博士は、経営は、顧客の創造であると喝破した。まずはこの顧客についてだが、『末廣正統苑』には、以下のような一節がみられる。

商物(あきもの)は黄熟(あき)ものなれば己が生命(いのち) 商いは黄熟行(あきな)ひなれば生命がけ 客様は生命の親と心得よと 訓されし先人の心を我が心となし 今日を精魂こめて歩み商ふ(p116~117)

「客様は生命の親」という思想表現には、めまいを覚えるほどに驚き入った。命そのものの親、命を生む存在、いわば母なるもの、それがお客さまだというのである。お客さまについては、これまで、神様だ、王様だ、殿様だ、いや恋人だといろんな説があったが、「生命の親」という観点ははじめて聞く。
 ここでの山本氏の説き明かしは、商いのルーツにまでさかのぼる。商いは物々交換からはじまった。「その源にかえれば作るのも交換するのも生命がけ」だったろう。ならば「商いというものは常に生命がけのものと心得んとあかん」。これにつづく、つぎのフレーズも注目される。

そうしたら、お客さんというものは自分の命の恩人のようなもんや。親とも慕い大切にせんとあかん(p152)。

 そこまで言い切る経営者は、少なくとも私には最初といってよい。このことをもっと詳しく説明する一節も。

商いとは商品を売りさばくこと。それが売れなかったら生活することさえ危うくなる、ということなのやから、その手塩にかけた商品は自分の命と同じことということになる。それぐらいの意気込みと覚悟と自信がなければ商いは失敗する。さあ、そこでその商品を買ってくださるお客様、これはもう命の恩人とでもいうべき有り難さや。そして、有り難ければ尊敬、敬いの心は自然と湧いてくるもんや。もちろん、感謝の気持ちも。そして、何よりもこうした経験は忘れ難く自らの宝となってくるもんや(p183~184)。

 ここまで丁寧に教えてもらえると、まったくそうだと納得感も深まる。さらに、このことは、『末廣正統苑』の感動的な文章からも伝わってくる。

商いの実(じつ)は小さくも世の一隅を照らし得(え) 遂には不滅の灯をかかげ その道も奥味(おうみ)に達すべし(p118)

 この一文は、お客さま、社会に対し「光になろう」という呼び掛けメッセージにちがいない。「不滅の灯」で、お客さまが、いい生活をおくれるよう、いい人生を歩めるよう、道を照らしていこう、それが、本来の商いなのだと、訴えているのだ。そういう覚悟、決心、心組み、態度で接するなら、顧客はどんどん創造されるだろう。
 さらに山本氏はこうも説く。「商いの最終的な目標は、たとえ小さな灯火でも、世の一隅を照らしつづけ、それが決して一過性のものやのうて、永続性を持っているということ(p157)」ではないか、と。そして力説する。

商いというものはただ単にお金儲けということでは決してなく、社会的な広がり、あるいは社会性ということを大事に持ち続けることがもっとも大切なことや、ということを近江商人は肌で知っていたような気がするな。お菓子づくりで言えば、こうした道を大切にすることが、もっとも美味しい奥深い味わいのするお菓子をつくりだす契機になるもんや(p158)。

なんと、奥行きを持った、かつ味わい深いことばであろうか。

(次号につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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