日経メッセ > リテールテックJAPAN > 連載コラム > 新・お店のバイブル > 革命は九州から――小売革命のための一書、牧尾英二著『利益第二主義』書評編(4)

連載コラム

革命は九州から――小売革命のための一書、牧尾英二著『利益第二主義』書評編(4)

[ 2011年8月2日 ]

前回よりつづく)

9 A‐Zの経営哲学

 店ないしスタッフの顧客志向、それを進めるマネジメントを支えるのは、A‐Zのまさに経営哲学にほかならない。
 その根本にあるのは、これまた息を呑む考え方である。売上も利益も気にしないという大胆な思想だ。そういえば、書名が「利益第二主義」であることに、改めて留意したい。利益が「一番」でなく「二番」なのである。では一番には、何がくるのだろう? 書名の背景に潜むのは、どのような哲学なのか。

売り手側に都合よく考えるより、お客様にとってどうあるべきか。いちばん大切なことは、お客様に「ありがとう」と言っていただくことです。そのためには、損得や効率はいったん脇に置いて考える必要があります。地域の生活者に貢献することが私どもの信念であり、消費者の利便性を第一に考えて利益は二の次に考える「利益第二主義」を掲げて、会社を経営しています(p78)。

 一番大事なのは、何よりも、お客さまに「ありがとう」といっていただくことなのであった。ある意味、いさぎよい思想といえよう。
 とはいえ、この利益第二主義の哲学を成立させるものはある。「三×三×三」主義(p42)、反効率主義、徹底ローコスト主義(p62)という3つの攻め方だ。
 ひとつ目の「三×三×三」主義とは、A‐Z存在の根幹にかかわるマーケティング思考である。これは、行政や銀行から、経営を成立させるには、商圏人口が30万人必要と指摘されたとき、反論の根拠となった。

 詳細は42ページをご参照いただきたいが、ポイントは、人口3万人×3倍の来店回数×3倍の買上点数というとらえ方である。コンセプトのところでも、若干述べたが、人口が3万人でも、通常よりも3倍の来店回数と3倍の買上点数を確保できれば、3×3×3で27万人 となり、経営を成り立たせられるという理論だ。生活必需品ではこれが可能というのが、著者の信念であり理論だが、信念と理論だけでなく現に成果に結実した。
 反効率主義を象徴するのは、「効率がよくて喜ぶのは、売り手側だけ(p78)」という一節である。さらに、ローコスト主義についてはこう言明する。

業界の常識にとらわれない、徹底したローコスト経営を模索することにしました。イニシャルコストとオペレーションコストさえ低く抑えることができれば、新業態として理想の店舗を実現できるのではないかと考えたのです(p62)。

 単なる節約ではなく、理想を実現するため、ローコストを推進しようという、ここでは、志を持った「ローコスト経営」のあり方が希求されている。

 あと、経営実務として重要なのは、果たして何なのかという問題が残る。その答えはというと、数量管理だ。ここに現場密着の姿勢がうかがい知れる。それは「売り場担当者の一日の最大の仕事は、商品の前出しと数量管理(p140)」とか「小売業で重要なことは、売上金額でなく、数量管理(p141)」という発言にも現われるが、さらにこうもつけ加えられる。

数字ということで唯一気をつけていることは、来客数と買上点数です(中略)。私どもにとって売上げや利益は重要ではありません。お客様が店舗にどれだけの回数来てくださるか、リピート率と来客数が何よりも大切です(p144)。

 数量管理のなかでも「来客数と買上点数」が重要なことは、ここでも語られている。たしかに、売り手ではなく、買い手に関するデータのみが、お客の動向を知らせてくれるのだ。
これらの数々の知見の底には、刮目(かつもく)されるべき確固とした経営理念がある。それは、このようなものである。

会社の基本的な理念さえ守れば、当社には自由に仕事にチャレンジできる環境があります(p150)。

 あるいは当たり前なのかもしれないが、私には衝撃であった。理念とは経営標語のようなもので、会議室とか応接室に貼ってあったりする。だがこのような行動基準として、現場で実行可能な形で――いわば生きた存在として活用、駆使されている例が、それほどあったろうかと思う。理念の機能、役割といったものを再考させられた。
 では経営トップは、何をなすべきか。その答えを著者は、経営戦略の策定と断定する。

私の仕事は、新規事業、新規出店など、経営戦略を策定することにあります。あるいは、「会社の水先案内人」とでも言えばいいのでしょうか。会社が向かうべき方向を示すのが、私の役割なのです(p157~158)。

 これらの経営哲学の根底にあるのは、「自分優先から他者優先、損得よりも善悪優先、利益よりもお客様優先(p198)」という思想である。それは、覚悟を促す商業界の次の言葉から生まれたという。

 正しきによりて滅ぶるものあらば滅びてもよし、断じて滅びず。

10 まとめ

 A‐Zの新たなテーマは「健康へのお手伝い」である。化学肥料や農薬、化学物質を受け入れてきたことなどに「罪の意識」を感じている、その償いという気持ちから、地域生活者の「健康へのお手伝い」に、さらに務めたいと宣言し、具体的計画を以下のように発表している。

AZはやとでは、これまでの二店舗で取り組んできた、身体や環境にやさしい食料品や生活用品の品揃えを拡充しています。また、旬と郷、自然の恵みを柱とした自然食レストラン、ラドン温泉と遠赤外線を使った温泉施設、温熱ルーム、整体と癒しなど新分野へ挑戦し、地域の皆さんの安心立命のお手伝いをしていきます。これを機に、十数年前に設立した農業法人ぼくしん舎も生産を活発にしていきたいと思っています(p186)。

 至れりつくせりである。健康への、なんという総合対策だろうと、ため息さえ出るほどだ。A‐Zのお客さまは幸せだと、自然に思えてくる。
 最終章は「小売業は最後まで逃げ出してはならない」である。ここらは既存の小売チェーンにとって、耳の痛い話かもしれない。

天職として地域の人にどれだけお仕えできるか、これが大きな命題(p189)。
新しい地域に出店するからには、最後まで責任を全うする覚悟も必要です。小売業というのは、一度出店したら、簡単に逃げ出してはならないのです(p187)。
ですから「売れなければ撤退する」「採算がとれなければ閉店する」という考え方はいっさいありません。たとえある店舗の業績が思わしくなくなっても、AZ全体として事業が続けられればそれでよいと考えています(p190)。

 著者はそう言い切っている。また顧客志向について、2009年の年頭挨拶でこう訓示した。

昨年、本当に大不況がはじまりました。こういうときには、「安いからといって買いすぎないようにしましょう、贅沢なものは買い控えましょう」という提案をお客様にしてください(p191)。

 真の顧客志向が心に迫る。売上目標があると、たしかにここまで徹底できないかもしれない。このようなフレーズもある。

売上げが伸びた一つの理由は、お客様がAZの姿勢に共感してくださったからだと感じています(p194)。
小売業は営利企業ではありますが、そこからもう一歩踏み込んで、地域の皆さんの生活に何か寄与するという発想を持てば、結果として利益は返ってくると思います(同)。

 いま苦しいお店は、「寄与するという発想を持てば、結果として利益は返ってくる」という著者の言葉を、みずからに言い聞かせてはどうだろう。私も、もう一度このことを考えてみたくなった。
 最後に著者は、A‐Zのような業態は、まだほかの地域にない、全国に困っている人がいる、同じ志を持った経営者が現われ、このような業態が全国に広まって欲しいと語っている。

A‐Zはなぜ成功したのか? 

私どもは、けっして繁盛店を目指したわけではありません。中央からの陽が当たらず、不便な環境で生活している地域の方々のために、少しでも役に立てたらという一念で、これまで経営してきました(p13)。

 このことを著者は「とにかく生活者から目を離さず、一生懸命に日々の生活のお手伝いをしていこう(p197)」と簡潔に言い切ってもいる。
 お客さまは明晰である。誰が自分たちのために尽してくれるか、よくわかっているのだ。自分たちのために頑張っている人々に応えようとする、それが人間ではないか。そのうえでいうなら、人としてあるべき姿に還る――この一見、平凡なことこそ、現代小売業が抱える課題ではないだろうか。A‐Zはこの課題を乗り超えたから成功したのである。その意味において本書は、まさしく革命の書である。小売革命を起こす一書だ。「革命は九州から」は、振り返ってみれば、歴史の真実でもあった。

 この感動的な、ドキュメンタリーといっていい本書は、小売業が顧客の時代を切り開いた書として、かつ、21世紀の小売革命の先駆を切った書として、後世にわたって、長く深く読み継がれるであろう。

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

バックナンバー

PAGE TOP