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連載コラム

江戸の世に〝商業人間主義〟の花開く――羽佐田直道著『小説三井高利』(1)

[ 2011年9月20日 ]

 越後屋、おぬしもワルよのう。
 今回は、時代劇によく出てくる、このセリフでおなじみの、あの越後屋が主人公である。といっても、こちらの越後屋、決してワルでなく、それどころか、江戸時代、真っ正直に商いの道を突き進んだ、まっとうな商人だった。それを証明するのが、この小説、羽佐田直道著『小説三井高利 三井商法の源流に学ぶ理想の商い』(アニモ出版)となる。
 主人公の三井高利(みついたかとし)は、三越百貨店や三井銀行などの礎を築いたことで、よく知られている。これまで、この人物を描いたり、触れている書物は、江戸の商人ものを含め、それなりに存在する。小説では、藤井博吉著『現銀(げんきん)掛値無しに仕り候 三井高利覚書』(新潮社 絶版)や、佐江衆一著『江戸の商魂』(講談社文庫)所収の「現銀安売り掛値なし 呉服商三井越後屋八郎兵衛高利」が名高いが、新たに、本小説が生まれたことで、その誠実な生涯を知る人は、また、かなり増えるのではないだろうか。

 現在、日本の小売業で、当たり前になっている店先(たなまえ)・現金・正札販売を、本格的にはじめたのは誰か、ご存じだろうか。小売業でこれを知らない人は稀であろう。開始したのは、もちろん、この小説の主役、越後屋の三井高利である。その意味でこの偉人は、商いの道で、いわば革命を――江戸の小売革命を起こしたのであった。

 このことを、井原西鶴が『日本永代蔵』で紹介した話は、あまりにも有名だ。本書はおのずとこの点にも触れている(p330)。いずれ改めて触れたいが、いまは、暉峻康隆・現代語訳の『日本永代蔵』(小学館ライブラリー)から、記述の要点のみ紹介しておこう。

三井九朗衛門という男は、(略)現金売りで掛値なしと定め、四十余人の利発な手代を思うままにさばき、一人に一品を受け持たせた。

「掛値(かけね)」とは価格を高くするということ。これが「なし」だから、現金かつ適正価格で販売するという手法である。


1 本書を読むに当たって

 そういうわけで本書には、現代小売業の原点、店舗ビジネスのルーツが、そこで戦う人々の息使い、そして時代の息吹きとともに、ヴィヴィッド、かつわかりやすく語られている。だから私は、スイスイと一気に読了できた。この1冊こそ、感興をそそられ、かつ知的好奇心を満足させられる「読んでおもしろく、学んでためになる本」といえよう。

 本書を読むに当たっての、私の問題意識は4点あった。

● いまの小売店のスタイルはどういう経緯で本格導入されたのか 
● それは成功したのか  
● 成否の理由 
● 壁にぶつかっている現在の小売業が、学ぶべきものとは?

 これらのうち、とくに最後のテーマは、歴史からも学びたいところである。
 改めて記すと、本書は、小説の形を借りた越後屋のサクセスストーリーであり、そのゆえに歴史ビジネス小説と呼んでもいい。いま述べた4つの問題意識とも関連するが、読者は、この本を読むことで、3つの知見を得られるであろう。

● いまをときめくファッション業の原像を知ることができる
● なぜ、店先・現金・正札販売のスタイルが生まれたかの背景がわかる
● 永遠のテーマ――小売店の理想とはなにかのイメージをつかめる 

 著者の羽佐田直道氏は、小売店への愛をもって、この小説を完成させたと思われる。その奥には、小売業のみならず、商いをつづけるすべての店舗、企業、業種に対し、原点に還ることで、変革を促したいという思いがあったのではないか。「三井商法の源流に学ぶ理想の商い」という副題がそれを裏づけている。

2 著者、羽佐田直道氏について

 ここで、著者、羽佐田直道氏の経歴を紹介しておきたい。
 氏は、1940年に名古屋市に生れた。1965年、名古屋大学を卒業後、出版社(日本実業出版社)に入社、雑誌編集部と書籍出版部で働く。このとき、雑誌記者として有名な経営者を、数多く取材した。その後、小売店(書店)を経営しながら、『小店主が教える はじめての「帳面」のつけ方』『はじめての青色申告のやり方』『朝10分新聞の拾い読みで大事なネタをつかむ法』(以上、明日香出版社)、『はじめての簡易帳簿のつけ方』(PHPビジネス選書)などの書を著している。2001年からは行政書士としても活動中。

 では、そういう著者は、なぜこの本を書いたのか。本書の出版社、アニモ出版の企画書が、その意図を的確に伝えているので、その趣旨部分をご紹介したい。

雑誌記者として多くの著名経営者を取材した著者は、彼らの高邁な経営理念に感動しながらも、それとは異なる結果に至る数多くの企業をみて、失望を禁じ得なかった。そこで、ライフワークとして、改めて「経営者」「商い」の歴史を紐解き、辿りついたのが三井グループの祖である三井高利であった。著者は「商い」の理想像を江戸時代に顧客満足経営を追求して「日本の商いの原点」を新しく創造した三井高利に見出し、その生涯を小説の形を借りて描くことにより、商人(経営者)のあるべき姿を映し出そうとしたのである。

 この文書から、現代経営への失望感が、著者をして、理想の商人、三井高利に向かわせたことが伺われる。

3 本書のテーマコンセプトと3つの観点

 小説である本書のモチーフは理想の商いだが、その道が穏やかでないことは、目次を見るだけでも予感できよう。

序 招かれざる客
その1 旅立ちの日々
その2 相克の日々
その3 挫折の日々
その4 挑戦の日々
その5 苦衷の日々

 これらの章立てから、商いのうえでの進化、革新、革命といったものが、一筋縄ではいかないことが示唆されている。
 ところで、序章の「招かれざる客」とは誰であろうか。じつはその人こそ、江戸時代の俳諧を代表し、忍者ではと疑われもした松尾芭蕉であった。本小説は、その芭蕉が、すでに引退した三井高利を訪ねるところが発端となる。芭蕉の前で高利は、これまでの事業人生を、振り返っていくのだ。
 そのストーリーは起承転結に則っている。高利の成長、長兄との確執、小売店の革新、経営の大規模化の行方といった節目ごとに、物語は新局面を迎える。つぎつぎ押し寄せる危機を、主人公とその一家、一門はどう乗り切るか。抑えられた筆致だが、この辺じつは、手に汗握るシーンともなっている。

 本書のテーマコンセプトは、ざっくりいうなら、小売業の理想――〝商業人間主義〟の追求の物語にほかならない。商業人間主義という表現自体は本書にないものの、三井高利の理想を端的に表すものとして、僭越ながら使わせていただきたいと思う。
 商業人間主義とはなにか? 一言でいえば、人間を尊重する商業の行き方のこと。具体的には、お客さまであれ、従業員であれ、誰であれ、こと商いにかかわる人なら、同じ時代をともに生き抜く同時代人として、敬い尊び共感しあい貢献しあう――そのなかで商業を営んでいくという、ひとつの理想をイメージしている。このことが本小説で、とことん探求されていると思うのは、私だけだろうか。

そのようなこの小説から学びたいのは――そうそう区分できるものではないにせよ――商い、小売業、マネジメント・経営という、3つの観点に立った実践思想である。本書のスタンスを、根元からつかむということを含め、それぞれを象徴する文章を、いくつか紹介しておきたい。
 まずは商いの観点から。

本来、旅は危険なものである。追剥ぎも巾着切りも山賊も出るし、洪水で足止めを食ったり、雨や火事で商品を失ったり、実に様々なことが起こる。それが商いというものだ。だからこそ、利益が生まれる。商品を右から左へ動かすだけで儲かるなどというものではない(p51)。

 うーん、そうだなぁと納得させられる。旅して仕入れるのは、外国の商品仕入れを含め、いまだ生きているスタイルだ。〝旅仕入れ〟がない場合でも、現代の商いにはなんらかのリスクが常にあり、それを心すべきと教えてくれる一文でもある。
 これ以外にも、「落穂を拾うような地道な商い(p237)」「出会いを大切にする商い(p242)」「商人は信用がなくなれば、命がないのと同じだ(p167)」などの寸鉄が心を揺らす。

 ついで小売業の観点。

三井越後屋が永遠に続くことがわたしの願いではない。それはお客様が決めることです。お客様の意に沿っていれば越後屋は続くし、そうでなければ、お上より先にお客様がつぶしてくれる(p7~8)。

 誰でも懸命に仕事していれば、自分の店につづいて欲しいのが、人の情であろう。しかしそれは、いわばお店のエゴであり、存続は、お客さまが決定なさるのだと言い切っている。これこそ真に、お客さまに尽そうという決意表明であろう。

 そしてマネジメント・経営の観点。

大切なのは、自分が動くことではなく、人を動かすことだ。しかし、人を動かすのは、自分が動くよりははるかに難しい(p226)。
十人十色、百人百様というくらいだから、何もかも自分でしようとすれば、必ず失敗する。使われる人間の能力を最大限に利用するのも、上に立つ人間の仕事だ(p229)。
危険や値崩れを少なくして、少しでも利を厚くする方法はないのだろうか(p53)。
人とのつながりは商人の財産(p62)。
停滞は衰退の始まり(p251)。

 じっさい、自分の店でどうなのかという基準で読むと、一つひとつのフレーズが胸をえぐってくる。恐ろしいといえば恐ろしい文章ばかりだ。「何もかも自分でしようとすれば、必ず失敗する」の「必ず」の2文字に、目が引き寄せられて離れない。

 ともあれ高利は、理想を追うなかで、「庶民」「大衆」「人々」の店を誕生させた。いわば革命を起こし、それに応じた苦難の道を歩んだといってよいかもしれない。
 苦難といえば、小売革命を起こしたとき、〝抵抗勢力〟の策略の卑劣さには唖然とした。真っ直ぐ生き切るのは、並大抵のことではないのだなと、改めて感じた次第である。この問題については、第5章の「苦衷の日々」を、ぜひともご参照いただきたい。

(次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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