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連載コラム

江戸の世に〝商業人間主義〟の花開く――羽佐田直道著『小説三井高利』(2)

[ 2011年10月3日 ]

前回よりつづく)

 波乱のストーリーは、本書でたっぷりお楽しみいただくとして、ここからは、三井高利の商業思想に焦点を絞りたい。この本、羽佐田直道著『小説三井高利 三井商法の源流に学ぶ理想の商い』(アニモ出版)を読む限り、高利の思想は

● 商いの基本思想を身につけるまでの修得段階(商業人間主義の芽生え段階)
● 店先・現金・正札販売という新業態を本格導入するまでの進化段階(商業人間主義の確立段階)
● 導入後の革命段階(商業人間主義の発展段階)

という、3つのステップを踏んで花開いたと考えていい。当稿では、その3つを段階的に追ってみたい。

6 三井高利の思想――修得段階(商業人間主義の芽生え段階)

 はじめは、商業人間主義の芽生えが生じる修得段階である。

(1)母、たまなどの薫陶

 主人公、三井高利の思想の基層には、商売上のプロフェッショナル、母親「たま」の実践哲学が仕込まれていた。たとえば、母たまは、こんなセリフをいう。

ただ、お金を動かすだけの商いはしたくない。もっと土地の人と直(じか)に触れ合える、気持ちのやり取りができるような、そんな商いがしたい(p16)。

 この言葉は、地域の人々と直接出会うこと、心の交流を図ること――その重要性が語られている。不振に陥った現代の小売業が、忘れている原点がここにあるのではとも思われる。
 たまは、商売を質屋からスタートさせた。質屋といえば貸し倒れが多いのが特徴だが、たまの店ではそれが少なかった。なぜだろうか?

たまの質屋の貸し倒れが少ない秘訣は、きめ細かい調査にある。調査といっても、大袈裟なものではない。始終、近郷の村々を歩き回るだけだ(p21)。

 歩き回って「金を借りた人間がどんな生活をしているかを、それとなく観察する(同)」のである。振り返ってみると、お客さまが住んでいる一帯(商圏)を、出店前の市場調査とか外商を除き、資料、データは押さえていても、いままさに、どれだけ広く歩いているか、どれだけ深く知っているかと問われれば、はてどうだっけ、とならないだろうか。
 母たまには、先見の明もあった。三代将軍、家光の時代に、すでにこう予見している。

これからは、武士の時代ではない。限られた領地を奪い合う時代は終わった。次は必ず物と金が人を支配する。その波に乗り遅れてはいけない(p26)。

 ついで、たまは「これからは何といっても江戸でなきゃ(p27)」とも予言した。江戸はこの後、たまの予言通り、爆発的成長を遂げるのだが、それが東京の時代となり、繁栄が、なんと現代までつづくとは、さすがのたまも想ったろうか。
年を重ねた高利に「人間、死ぬまで目と手と足を休めたらいかん(p251)」と厳しく諭すシーンがあったが、手と足だけでなく、目が入っているところが、母のたまらしい。
そしてこんな指導も。 

修行などというものは、人に教えてもらうものじゃない。自分で身に付けていくもの(p31)。

 教育システムは大切だが、根本のところは、まさしく自分にあるのであり、その意味で、真実を衝く一節といっていい。たまの影響について、あとは本書に当たっていただきたいが、高利を鍛えたのは母だけではない。次兄の重俊は、高利をこう諭す。

兄貴のように花にはなるなよ。花は実を生(な)らすための犠牲(いけにえ)に過ぎん。花が枯れたあとに実が生る。そして、いずれ実も腐って落ちる。そこから種が取れ、芽が出る。その繰り返しが商いというものだ。花を切って飾ってしまったら、あとに何も残らない(p107)。

 それっきりで終わる花にはならず、種に結びつく実となれ、という教えである。この意味を、小売業として、小売店として、また、小売りで働く人間としての観点からとらえ直し、深く思料したいものだ。厳しい現状を、突破する答がみつかるかもしれない。

(2)高利への個人セミナー

 さらに、松阪越後屋の番頭、五郎八も、高利相手に個人セミナーを開く。五郎八は、その冒頭で「商いで儲けるには、三つの方法がある。金を動かすか、物を動かすか、人を動かすか、の三つです(p59)」と教示する。

 以下、その講義内容である。

 金を動かすことについては、お金を貸すのを例にする。金を貸せば、貸し手は利息が儲かるが、借りたほうは、それを仏壇に供えておくわけでなく、「種籾(たねもみ)を買ったり、農具を整えたりして、金を動かすから、利息も払える(p59)」のである。これを聞いた高利は、母たまが貸付先によく行くのは、「貸した金が動いているかどうかを見るため(p60)」だと気がつく。

 物を動かすことはふたつあるという。ひとつは、酒や味噌など「職人が作って持ってきたものを店に置く(同)」ことで、一般的な仕入れ調達を指す。もっとも「遠くへ動かすほど儲けは大きくなる」として、行商を例にあげている。
 もうひとつは「返し商い」というもので、別称「のこぎり商い」。のこぎり商い? はてさて、なんのこったいと思われた方は、本書、60ページから61ページをひも解いていただきたい。

 最後のひとつ、人を動かすということは、販促に通じる。

商品を売るということは買う人にその良さ(便利、うまい、面白いなど)を認めさせるということです。ところが、それは売る人が教えなければわからない。だから、いろんな工夫をして、良さを知らせる――それが人を動かすということです(p62)。

 そのあとで「いろんな工夫」として、看板、行灯、暖簾、旅籠の客引きなども例示される。
 このように、母、兄、店の番頭など、近くの人たちに薫陶を受けながら、かつ江戸にある長兄の店で働くことでの厳しい実践から、高利は商いの精神を体得していく。結果的に、高利の進化が、革命(新業態)を生むことになる。


7 三井高利の思想――進化段階(商業人間主義の確立段階)

 三井高利は、商業思想の芽生え段階では、厳しい現実に身を投じ、みずからの思想を培った。その思想と力をバネに、飛躍するときが近づいた。第2ステップ、進化段階で高利は、商業人間主義を確立していく。

(1)商業人間主義とは

 前回、商業人間主義を「人間を尊重する商業の行き方のこと」とし、「具体的には、お客さまであれ、従業員であれ、誰であれ、こと商いにかかわる人なら、同じ時代をともに生き抜く同時代人として、敬い尊び共感しあい貢献しあう――そのなかで商業を営んでいくという、ひとつの理想をイメージしている」と述べた。その中身を箇条書き風に並べると、以下にあげる5つと考えられる。

● 理想主義
● お客さま奉仕主義
● 生活者支援主義
● 人材育成主義
● 利益活用主義

以下、これらを象徴する文章を確認しながら、ひとつずつ簡単に触れていきたい。

● 理想主義

理想には、どこまで行っても逃げ水のように手が届かない。わたしの人生はそのもどかしさの連続でした(p160)。

 理想というものの性質を、示唆する一節である。「もどかしさの連続」だからといって、高利の人生が無意味だったかといえば、もちろん、そんなことはない。切実なまでに、理想を追うこと自体が、意味深いものと思われる。その姿勢は、第1ステップ、商業人間主義の芽生え段階で養われた商いの心が、礎になっているのはいうまでもない。

● お客さま奉仕主義

わたしはやっぱり品物を買って喜ぶ人の顔が見たい(p53)。
あくまでも利益は二の次、奉仕の心で対処してくれ(p200)。

 繰り返し登場するこの思想は、高利とともに、著者の心底からの叫びであろう。「わたしはやっぱり品物を買って喜ぶ人の顔が見たい」という一言は胸に迫る。小売りにたずさわる人間が、普遍的に持つ実感が染み渡ってくる。

● 生活者支援主義

本当に大事にして欲しいのは他店が相手にしない裏長屋なのだ。年に一度の晴れ着を楽しみにしている子供たちのために、少しでも良いものを安く――そういう思いで京の店は仕入れをしている。この気持ちを伝えるのがお前たちの仕事だ(p243)。

 高利は「みんなもう一度初心を思い出してくれ」と呼び掛けたあと、こう訴える。庶民・大衆層――いまでいう生活者を、真剣に支援しようという気迫が、生々しく伝わってくる。 
 この呼び掛けを受け、店全体で、大いに努力したところ、これが予想以上にうまく運んだ。ところが思わぬ成果に、手代が、ついこう漏らしてしまう。「意外と持っているもんですなあ、思わぬ人が・・・・・・」。これを聞いた高利は、その場で手厳しく一喝した。
 このことが契機となって、従業員の意識改革が起こり、発展に結びついていく。ではどういう風に叱ったのかと、興味をそそられるが、これもぜひ、243ページをご参照のほど。

● 人材育成主義

お客にも使用人にも同業者にも、すべての人に惜しまず与えよ。とくに有能な人間には・・・・・・な(p119)。

 人材育成についての見解も、本書の各所で数多い。次回以降でも触れるかもしれないが、主人公に、何度もいわせる、著者の絶望と希望を、ともどもにかみ締めたい。

● 利益活用主義

自分で稼いだ金をどう使おうが、自分の勝手だ、というような考え方は、わたしは許せない。お客様が払ってくれたお金の大部分は「これをわたしたちがもっと幸せになれるように使ってください」と付託されたものなのです(p149)。

 この考え方は「わたしたちの基本理念(同)」と言い添えてもいる。

所詮、商人は金儲けが仕事です。しかし、儲けが究極の目的ではないはずだ(p159)。

 利益をただ溜め込むのではなく、いかに活用し、社会に還元していくか。ここが事業の大事であり、現代的、かつ永遠の課題でもある。

(次回につづく)


新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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