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連載コラム

江戸の世に〝商業人間主義〟の花開く――羽佐田直道著『小説三井高利』(3)

[ 2011年11月1日 ]

前回よりつづく)

(2)店先・現金・正札販売にいたるマーケティング

 店先・現金・正札販売という革命を起こすには、それにいたる進化があったはず。ここでは、革命への道程、あるいは橋頭堡(きょうとうほ)になった、いまでいうマーケティングの姿を、コンセプトから、ひとつずつ見つめてみたい。

● コンセプト

 本書、羽佐田直道著『小説三井高利』(アニモ出版)には、コンセプトに関する明快な言及がある。

越後屋は市井の人々のささやかな喜びに貢献することを目的に創業した(p239)。

 この1行に、本書の〝心〟が込められている。メーン・ターゲットを「市井の人々」に設定したことが、すべてのベースになり、それこそ革命につながっていく。結果としてここに、海洋のような広大な需要が存在していたことになる。この需要に応えるのが、当コンセプトであった。

● 競争戦略

問題は競争戦略である。その方針とはどんなものか?

他所の店で真似の出来ない商いを試してみたい(p212)。
他店が絶対に追随できない戦略が必要(p259)。

「絶対」という2文字に目が留まる。そこまで決意させたものはなにか、とも思ってしまう。その方法は、現代なら、リーダー的存在になるか、ニッチ(隙間)を取るかになろうが、いずれにせよ、このような執念から、第3ステップの店先・現金・正札販売は生み出されていく。

● 立地

 立地は、大きくは江戸、小さくは日本橋本町であり、マクロにせよミクロにせよ、目指すはベスト1立地である。その理由は以下の通り。

いま、江戸は日本の中心だが、まだ人口は二十万くらいで、京に及ばない。しかし、参勤交代という制度ができて、これから江戸は急速に人が膨れ上がる(p106)。
発展途上の市場が格好のマーケットであることは、今も昔も洋の東西を問わず商売の定理である(p71)。
場所は日本橋本町でなければいけない。立地というのは大切だ。そこに店があるというだけで、信用が違ってくる(p206)。

 ここに、立地というものには、成長するマーケットだけではなく、信用される立地がある、という考え方が示されている。

● MD(商品政策)

商品政策の方向は、客層とそのニーズから明確になっていく。

わたしたちが商うのは、一流品ではない。あくまでも値打ち品だ(p239)。
見た目だけの高級品には手を出さない。粗悪品は論外だが、値段に見合う価値のある商品を厳選して仕入れること(同)。

 値打ちとは価値のことで、値打ち品とは「値段に見合う価値のある商品」のこと。現代では「お買い得品」という意味で使われることが多い。

 ふたつ目の引用文はこうつづく。「その条件を満たしていれば、仮に売れなくても責任は問わない(p239~240)」と。この言葉は、トップの覚悟を示している。そうリードされて人は、はじめて本気で仕事に向き合えるのかもしれない。事実、「意欲は倍化し、驚異的な商品調達を可能にすることに」なったという(p240)。
 とはいえ

どんなに良いものでも、絶対に売れるという保証はない。なぜかといえば、相手が必要としていなければ、決して買わないからです(p61)。

 まるで、顧客のことをあまり考えない、一部の現代小売業のために書かれたかのようである。心したい一節。そのうえ、ファッション商品には、ブームのときにしか売れない、という特有の問題もあった。

際物というのは、季節商品や晴れ着など、販売期間が短いものを意味する。利幅は大きいが、景気や気候によって売行きが変わるので、常に危険と隣り合わせになる。これの扱いの巧拙が呉服商の浮沈を決めるとも言われる(p229)。

 これもまた、今日に当てはまろう。どの業種にも、季節性、タイムリー性、流行性、ファッション性の高い商品はあり、その意味で普遍性の高い指摘といえる。
 仕入れについての至言も。

呉服商いの基本は仕入れにあります(p205)。
商いをするときは何でもお金で考えなくてはいかんのです。木綿を見たら、これはいくらの値打ちがあるか、すぐにわかるようにならなければいけません(p35)。

「見たら、これはいくらの値打ちがあるか、すぐにわかる」というのは、私など、働いていた店で、さてどれだけできていたかといえば、いささか心もとない気もする。

● 価格
 
 価格については、〝価値〟をどうとらえるかがポイントとなる。

どんな商品でも遠くまで運ぶと、それだけ費用が嵩(かさ)むが、その分価値も高くなる。何故かと言うと、手に入りにくくなり、貴重になるからだ。必ずしもこのとおりの結果になるとは限らないが、それが商いの定法だ(p46~47)。

 本書には、価格をテーマにしたディスカッションも見受けられ、ここは、ゆっくり読み込みたいものである(p51~53)。そのなかに「値段というのは相対(あいたい)で決まるもの(p52)」というフレーズを発見。
 新業態の検討段階では「他店が絶対追随できない戦略が必要(p259)」として、価格戦略が提案されている。雰囲気が出るよう、そのシーンを、ちょっとだけ引きたい。

「他店が絶対に追随できない戦略が必要です。そして、始めたら一気に突っ走って、水をあけねばなりません」
「戦略とは?」
「価格です。それも半端な値段ではなく、ギリギリまで下げるのです」 それも予想したことだった。
「最低でも、他所の店の半値以下でなくてはいけません」
これは高利の想定外だ(p259~260)。

 半値以下といわれた高利は、ひどくびっくりした。そのあと話は、どう展開していくのか。それはぜひとも、この本でご確認いただきたいと思う。

● マネジメント

マネジメントといっても、とりわけ人材育成への言及が多い。

驚いたことに―といっても当時の商家では当り前だったが、丁稚には教育はまったく施されず、ただ作業だけが課されていた(P89)。

 人材育成の不在! いまも同じ問題が指摘されている。これは小売業の宿命なのか、いや、そんなはずはないと思うのだが、皆様のお店ではいかがだろうか。
 いうまでもなく高利の店はちがった。たとえば「江戸進出の準備はまず人材育成から始まった(p193)」のである。
 人材育成の精神には、母たまの素地があった。

外歩きをしない時には、必ず店にいて、自分でお客の相手をする。決して粗末に扱わないのは当然だが、むしろ相手の方が引いてしまうくらいに愛想がいい。たとえ相手が丁稚(でっち)や下男であっても同じだ(p23)。

「相手が丁稚や下男であっても同じ」とは、母たまの育成への信念が、揺らぎないものだったのにちがいない。それが高利にも、みごとに受け継がれている。
 従業員の不正問題もテーマ。どういう問題が、どのような考え方で解決を図られようとしたか、これもまた、詳細は、230ページからの数ページをご参照を!

 驚くことに、信賞必罰の考え方も示されている。高利が力を入れたというボーナス・ペナルティのシステムである。

「手代どもで油断なく出精(しゅっせい)するものは、半年毎に報告し、一両年に亘ったものには、褒美を取らせよ」といったボーナス制度の反面、「せり物を失った場合は、よく調べ、その者の小遣いから返済させよ。また、店の商品を失った場合は支配人の小遣いから返済させる」というペナルティ制度も取り入れる。とくに、支配人以下、上の者の責任をもはっきりさせることにより、奉公人に公平感と緊張感を持たせる工夫をしている(p256)。

 これはいわば実力主義である。現代でも実施、検討されている制度が、すでに導入されていたのだ。
 財務的観点も描かれている。天秤(てんびん)による会計の考え方を教示されるシーンがあり(p40~42)、ここは必読部分。貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を使わなくても、財務面を説明できることを示す。
 番頭の五郎八が、高利に、商いの基本は天秤にある、といって問題を出すところがおもしろい。

「いま、ぼんが持ってる木綿を左側に載せると、右には何が載ります?」
「十両や」
高利が得意げに答える。商人言葉を忘れている。
「そのとおり。左側に十両分の木綿、これは、普通は現銀ですな。そして右側に十両分の元手。このように天秤はいつも釣り合っているのです。ところが、わたしは昨日、ぼんに路銀として、小粒銀(一分)を融通しました。すると、天秤はどうなりますか?(p40)」

 という問いだが、私のように簿記に詳しくない人は、答に当たる前に、「うーん、どうなるんだろう」と、少し頭をひねってみたい(答は41~42ページに)。そのうえで読むと、簿記の原理が、簡単な形で勉強できること、請け合いといってよい。

 固定資産、在庫、売掛金などで資金が寝てしまう、いわゆる資金の固定化のテーマも扱われる。

資金には、店や設備などに要する固定資金と、仕入れなど毎日の商いに必要な運転資金があります。普通は設備等の方に金がかかりますが、お父上、いや、旦那様の今やっておられる金融業は運転資金が莫大なんです。このことを資金が寝るといいます(p194)。

 このように本書には、小売店の経営に必要な知識とノウハウが、たくさん詰め込まれているのである。

(次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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