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連載コラム

江戸の世に〝商業人間主義〟の花開く――羽佐田直道著『小説三井高利』(4)

[ 2011年11月29日 ]

前回よりつづく)

8 三井高利の思想――進化段階(商業人間主義の発展段階)

(1)新業態のスタート――生活者満足主義、共生主義

 さていよいよ、三井高利が、店先・現金・正札販売に挑む、第3ステップに突入する。商業人間主義が発展する段階であり、ここからが、本書、羽佐田直道著『小説三井高利』(アニモ出版)の山場といってよい。

高利が、店先・現金・正札販売の考えを示すシーンは緊迫している(p249)。
「わたしは店前売り(たなさきうり)を始めようと思う」
「店前売りですか。たしかに、伊豆蔵あたりではかなり以前から一部で取り入れているようですが・・・・・・」
「一部ではなく、それを主力にするのだ。しかも現金売りだ」
「現金売り? これはまた思い切ったことを!」
「出来ないか?」
「つまり呉服を駄菓子屋や居酒屋みたいに売るのですか?」
「そういうことになるか」
「いや、面白いと思います。ただ・・・・・・」
「客次第だな。どうしたら客を呼べるか、考えてくれないか。大きな勝負だから、結論は急がなくてよい。ただし、動き出したら戻れないから、その覚悟で・・・・・・」
「かしこまりました」

 ということでスタートする店先・現金・正札販売も、当初は大苦戦した。現代では、あまりに普通過ぎるせいか、びっくりしてしまう話だ。同業からの冷たい視線や同情はあったにせよ、一番反応が鈍かったのは、期待の一般大衆だったとのこと。当時のお客さまは、そもそも「呉服を店に買いに行くという習慣がない。富裕層は注文の仕立て下ろしを、そして庶民は古着を、訪れてくる商人から買うのが普通だった(p264)」。さらにいえば、庶民は現金を持っていなかった。それに店に出向いて商談すること自体が「はしたない振舞い」とされた時代なのである。

当然のことながら、越後屋の「掛け値なし・現金・店先売り」は苦難のスタートとなった。「現金掛け値なし、正札販売、ご自由にお入りください」と書かれた看板の前を、町娘や商家の内儀風の女性が物珍しそうに眺めながら通り過ぎてゆくが、ほとんど店には入ってこない。丁稚たちが店先を掃除しながら、必死に声をかけても、彼女たちは逃げるように去ってゆく(p265)。

 ともあれ、こういう事情を知ると、この店先・現金・正札販売は、真に革命だったとうなづける。ただ、いきなりの革命ではなく、それまで進化を積み重ねてきたことは、すでに見たとおりである。

 もちろん越後屋は、この危機を突破した。では具体的に、どういうことを切っ掛けにして、最初のピンチを切り抜けたのか。その答は、266ページから268ページにある。ここは、熟読すべき箇所のひとつとなろう。

(2)人間主義のマーケティング 

 さてオープンの翌年、延宝4年(1676年)は勝負の年となる。そのコンセプトは「安売り商法からの脱皮、低価格低品質イメージの打破」であった。そのために、どういう手を打ったのか?

 最初に取り組んだのが、品揃えの充実である(p269)。「従来の屋敷売り、見世物商い(得意先へ商品を持ち込み、見せながら販売する商法)は、どちらかといえば、『売りたい商品を売る』商法であった(p270)」のに対し、いろいろなお客さまが店にきてもらわねばならない店先売りでは、「買いたいものが揃っている」品揃えが大事になる。しかもそれは高価格ではいけない。

大衆を相手にする以上、廉価品の充実は至上課題である。が、それは決して粗悪品であってはならない。安くても、顧客の満足度を損なわない、一定以上の品質を確保する必要がある(p270)。

 この辺を読むと、昨今の偽装や詐欺の事件を思い浮かべ、この時代から現代まで、何百年経っているのか、とため息さえ出てしまう。その意味でも、現代に蘇るべき越後屋なのである。「ワル」は越後屋ではなかったのだ。
 ここで第3段階におけるマーケティングをみていこう。第2ステップからの発展形が見られ、人間主義といっていい内容に進化している。環境、客層、ニーズから、個別要因別にみていこう。

● 環境分析

 当時の環境、とりわけ経済環境は、インフレ基調であった。

延宝六年(一六七八年)の大地震に続く諸国の風雨被害、天和元年、同二年と続いた大火により米をはじめとする各種商品の払底、そしてこういった時期に必ず発生する商人の買占め貯蔵による価格吊上げ等々、町奉行所の度々の禁止令にも関わらず、インフレは進む一方であった(p328)。

● 新しい客層とニーズ

 高利の新業態店では、客層が、大名や富裕層から、長屋の住民、大商家、武家、大名の用人などに変わった。したがって、客層に合わない奢侈品(しゃしひん)は排除した。「幅広い客層に満足感を与えるだけのトレンドが必要(p270)」になったのである。

これまでの呉服商は、庶民を相手にしていなかった。富裕層という経済社会の上澄みだけを相手にしていれば、十分に商いが成り立っていたのだ。しかし、このときから、越後屋は大衆という新しい市場を対象とする呉服商を始めた。(p288)。

 そのニーズは、趣味を兼ねて、好きな着物を自分で仕立てたい、「子供の着物、小物くらい自分で縫ってみたい(p275)」というものであった。客層とニーズが変わった以上、お客さまへの応対スタイルも変化せざるを得ない。そこで高利は「これからは意識の改革が必要(p288)」と考え、そこに邁進(まいしん)していく。

● コンセプト

 インフレ基調を背景に、新しい客層とニーズに対しようとすれば、コンセプトも変わっていく。

要は、お客様に買い物を楽しんで帰ってもらうことだ。そうすれば、きっとまた来てくださる。それと供を連れず一人で来店されて、たくさんお買い求めいただいた方には、子供(丁稚)に品物を持たせて、家までお送りするように。ただし、これも押し付けがましくならないように、さりげなく申し出てくれ(p278)。

 このことは、来店客を固定客にする方法でもあった。すると店頭に変化が起こった。「それまで町娘が中心だった客の中に、供を連れた大店の内儀や武家の妻女の姿が見られるようになったのだ。評判を聞きつけて、店を訪れたのである(同)」。

● 販促

 販促もポイントになった。店内でのお客さまとの触れ合いから編み出されたのは、

反物の切り売り
仕立ての斡旋

のふたつである(p276)。
 とりわけ、反物の切り売りの商法は大当たりした。越後屋の店先は従来の呉服屋の店頭とは様変わりし、若い娘や主婦で賑わうことになる(同)。その結果、これがまた、新たな顧客層を開拓し、かつ広がりをもたらした。

 日本初の「チラシ広告」も越後屋という。これはレタープロモーションといった方がいいと思うが、さてどんなチラシだったかは、326ページから327ページに!
この「チラシに飛びついたのは、諸国周りの行商人である。彼らは、身分を偽り(といっても特に資格が必要というわけではない)、一般顧客を装って呉服を買い求め、諸国へ売り歩いた(p328)」という。

(次回につづく)

新・お店のバイブル
執筆者:青田 恵一

福島県出身。中央大学法学部法律学科卒業。中小企業診断士。
長年、小売店(八重洲ブックセンター、ブックストア談などの書店)に勤め、店長、営業企画課長、事業推進部長などを歴任。数々の出店と店舗指導に関わる。
現在、コンサルタンティング会社「株式会社 青田コーポレーション」代表取締役。
経営コンサルティング、店舗診断・提案、研修、出版、執筆などに従事。書店中心に商品レイアウト変更や販売促進を得意テーマとする。
2001年 日本エディタースクール「編集コース」終了。
2003年 『よみがえれ 書店——V字回復へのヒント』(青田コーポレーション出版部発行、八潮出版社発売)を刊行。
2004年 『書店ルネッサンス——進化・視察・出版営業・未来・電子ペーパー』(同)を刊行。書店進化論や、電子ペーパー報告などを収録。
2005年9月には「たたかう書店—メガブックセンター・責任販売・万引き戦争・ジャンル別マネジメント・新古書店対策—」(同)を刊行、「よみがえれ 書店」シリーズ完結編として注目を集めている。同書は日本図書館協会選定図書にも選ばれた。

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