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連載コラム

決済カードのEMV化はNFC普及の追い風となるか?

[ 2015年1月20日 ]

みなさんこんにちは。山本国際コンサルタンツの山本です。年も明けて最初の回となります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 日本では昨年秋から年末にかけ、東京オリンピックが開催される2020年に向けて、さまざまな施策が論じられました。今回はその一つでもあるIC(EMV)化について述べたいと思います。

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

日本は2020年までに EMV化を100%達成することに

 アベノミクスの三本の矢の一つ、成長戦略の具体案を示す『日本再興戦略』に、「資金決済高度化」がうたわれています。そこには「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等の開催等を踏まえ、キャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を図る。」と記されています。
 これを受けて、関係省庁や業界団体などが施策の詳細検討を進める状況ですが、昨年いくつかの具体策が発表されました。その中で、外国人が持ち込む海外発行カードのATM対応(預金引出)と、EMV化の100%達成(2020年に向けて)などの目標が掲げられました。
 ここでいうEMV化とは、クレジットカード、デビットカードなどの決済カードの全てを、従来の磁気ストライプベースのカードから接触型のICカードに差し替えるとともに、店舗にある全ての決済端末がそれらに対応することを意味します。
 2002年に世界に先駆けて決済カードのIC(EMV)化を始めた日本ですが、ご承知の通り、導入の進捗は芳しくありません。結果的に、EUやアジア各国など遅れて導入を開始した地域はほぼ完了しているのに対し、日本は大きく遅れ、今ではEMV後進国と揶揄される始末です。
 この不名誉な状況から何とかして脱したいところです。そのためにも、2020年までにEMV化を100%達成することは極めて重要な施策なのです。
 しかし、私はこの施策について少し気になることがあります。決済カードのIC(EMV)化が意味するところは、実は接触型(のICカード)なのです。導入の目途が立ったことは良いのですが、これまでこの連載を通じて論じてきた肝心の非接触型(コンタクトレス、NFC)はどうなるか、という点です。
 payWave/PayPassなどのコンタクトレス決済サービスは、コンタクトレスICチップ付きのプラスチックカードや、スマートフォンに実装されたNFC機能を使いますが、その仕様は接触型ICチップの機能やセキュリティ機能を基本とします。そのためpayWave/PayPassはEMV仕様に準拠しています。しかし、ビザやマスターカードなどの国際決済ブランドの定義によれば、EMVはあくまで接触型が基本で、コンタクトレスは市場が求める場合に選択しうるオプション機能なのです。そのために、せっかくのIC(EMV)化の発表ですが、そのままでは「接触型だけ」ということになってしまいます。
 あえてNFCの導入経緯をずっと見守ってきた一人として物申すならば、私はこの機会を利用し、接触型IC(EMV)化に乗じてコンタクトレス(NFC)化もやるべきだ、と考えています。これこそNFCの普及に大きな弾みをつける千載一遇のチャンスなのではないでしょうか。

EMVとNFCを一緒に片付けようとしているアメリカ

 アメリカでは2011年8月にビザ、2013年4月にマスターカード、アメリカンエキスプレス、ダイナースクラブが、それぞれEMV取引に100%対応すると発表しました。もう少し具体的にいいますと、2015年10月1日(一部の業種は2017年10月1日)から、アメリカ国内でカード決済に対応する全てのアクワイアラーがEMVに対応する、という内容です。
 この発表は、日本の目指す東京オリンピック開催年、2020年よりも早く、何と今年達成することになるではありませんか。しかも、アメリカのその発表では、接触型EMVに加えてモバイルNFCの対応についても具体的に言及されており、店舗の決済端末は接触型に加えてコンタクトレスにも対応することが明示されているのです。アメリカは遅れている接触型のEMV対応に加えて、コンタクトレス(NFC)にも対応することで、劣勢にある決済環境のIC化を一気に挽回し、出し抜こうという訳でしょうか。
 アメリカのこれらの発表の背景には、2010年にはEMV化を100%終わらせてしまったEU各国や、100%とまでは行かないまでも相当な進捗を見せている(日本を除く)アジア各国の状況を尻目に、何とかしたいと考えるビザなど国際決済ブランドの意識が働いたのかもしれません。しかし、それだけではなく、NFC化を強く推進したいモバイル通信事業者の圧力もあったようです。
 しかし、私はその実現性に若干の疑念を抱いていました。何故なら、アメリカでクレジット/デビットカードを発行する肝心の金融機関や流通業のほとんどが、「導入による費用対効果が不明確」などとして、EMV化には前向きではなかったからです。

写真1 最新の決済端末は磁気・接触型EMV・コンタクトレス(NFC)にすべて対応
(「CARTES2014」米・Verifone社ブースより)

大手小売店の情報漏洩事件が状況を変える?

 そんななか、2013年のクリスマスも押し迫った2013年11下旬〜12月15日の期間に、アメリカの大手小売、ターゲット(Target)社の店舗にあるチェックアウトマシン25台がマルウェアに感染し、クレジット/デビットカード番号などを含む取引データが4,000万件流出するという大事件が発生しました。アメリカではメジャーなニュース番組でも放映されるなどしてちょっとした騒動になりました。
 情報システム部の責任者が公聴会に呼び出されるなど一波乱ありましたが、ターゲットは対策の一つとして、それまで磁気カードのみだったカードを全てIC(EMV化)すると発表しました。本来EMV化はカードのスキミングによる偽造や、暗証番号の導入により盗難カードの悪用などの防止が目的で、情報漏洩対策とは言い難い面があります。そのため、正直いって私はこの措置には違和感を覚えました。しかし、これを好意的に受け取るならば、チェックアウトマシン周りを含むシステム全般の情報漏洩対策まで行うことはいうまでもないことであって、その上でのIC(EMV)化ということなのでしょう。そう解釈すれば納得がいきます。
 このように、アメリカではビザなどの発表に加えて大手小売ターゲットがIC(EMV)化を表明するなどしたため、結果的には「どうやらIC(EMV)化が進むようだ」という雰囲気になってきたことは確かです。しかも、「接触型の導入ついでにNFC対応もやってしまおう」という魂胆なので、結果的にコンタクトレス対応が大きく進みそうな雰囲気です。アップルがApple Payを開始したことも、そのような状況を見極めてのことではないでしょうか。

そして、日本でNFCの導入は進むのか?

 さて、話題を日本に戻しましょう。先にも触れた通り、日本は2020年までにEMV化を100%達成する、という方向性は確かです。しかし、その施策の実効性を高めるためには法制度の改正や、基金の用意、さらにNFCに関していえば、関係者に接触型のみならずコンタクトレスの導入も進める方針の賛同を得る、など、より具体的な検討が求められます。日本のNFCがどうなるのか? という問いに対する答えはそこにあるのだと思います。
 先にも述べた通り、アメリカでは、期せずして大事件に巻き込まれた大手小売ターゲットや、Apple Payの開始などの出来事が、金融機関や流通業の背中を押し始めています。日本で2020年までに、EMV化に乗じてコンタクトレス(NFC)も一気に導入してしまうのであれば、店舗でのクレジットカードの受け入れをサポートするクレジットカード会社(アクワイアラー)や大手小売業などの賛同と、彼らの投資は絶対に避けられない条件です。

 日本は2020年に東京オリンピックを控えます。このコラムで以前にも紹介しましたが、イギリスではオリンピック開催に向けてコンタクトレス決済の環境を整備しました。オリンピックは日本のクレジットカード会社の背中を押してくれるでしょうか? Apple Payの今後の動きも気になるところです。
 どうやら日本は、NFCの今後を決めるといっても過言ではない、大きな転機を迎えたようです。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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