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連載コラム

マイナンバー制度の開始は電子決済普及の追い風か?

[ 2015年10月15日 ]

この10月5日から、国民一人一人に重複なく「個人番号(マイナンバー)」を割り振り、税や社会保障分野などで活用しようとするマイナンバー制度がスタートしました。早くも個人番号を材料とした詐欺事件が報道されたり、「消費税の還付を受けるために『個人番号カード』をお店のレジにかざす(!)」とする財務省案が物議を醸したりと、話題性が日に日に高まっています。今回は、マイナンバー制度、そして「個人番号カード」が日本の電子決済市場に与える影響について考えてみましょう。

文・多田羅 政和(電子決済研究所 代表)

■「個人番号カード」は接触・非接触に両対応のICカード

 もうお手元に政府からの郵送物が届いた読者もいらっしゃるのではないでしょうか? 荷物が届こうと届くまいと、すでに日本国民の全員に12桁の個人番号が付与する作業は完了しています。その番号を個別に教えてくれるのが、簡易書留で届けられる「通知カード」です。カードと銘打たれてはいますが、実際は台紙から切り離して使用する、ペラペラな紙製のカードです。
 封筒には他に、「個人番号カード」を申請するための申込用紙と、それを送付する返信用封筒などが同封されています。必要事項を記入の上、書類を返信すると、個人番号カードが発行される流れです。この個人番号カードには、紙の通知カードとは違って、正真正銘、最新式のICカードが採用されています(画像)。申し込みは任意ですが、希望すれば誰でも無料で入手することができます。
 技術的な面から説明しますと、個人番号カードは、クレジットカードやキャッシュカードでおなじみの券面に金属の端子が付いた「接触型」のICカードと、Suicaなどの交通乗車券や電子マネーでおなじみの「非接触型」ICカードの機能を1枚に収めた、「デュアルインターフェース型」のICカードとして発行されます。ICカードですので、非常に高いセキュリティ性能を持ち、国民の大切な情報を二重三重の仕組みによって厳重にガードします。他方で、非接触型の特徴である「かざすだけ」の便利さも併せ持っています。非接触型の部分は、国際的な標準規格である「ISO/IEC 14443 TypeB」に準拠していますので、本連載でもおなじみのNFC(Near Field Communication)技術に対応したICカードということもできるでしょう。

個人番号カード(ICカード)のイメージとICチップの内部構造
画像 個人番号カード(ICカード)のイメージとICチップの内部構造
出典:内閣官房「マイナンバー社会保障・税番号制度」Webページから資料の一部を抜粋
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/kouhousiryoshu.html

■電子証明書で安全・簡単に行政ポータルへログイン

 何も手続きしなくても国民全員に届く「通知カード」に加えて、あえて「個人番号カード」を持つ理由や動機付けはどこにあるのでしょうか。少なくも自分に割り振られた番号を確認する用途であれば、通知カードで事足りるはずです。
 まず個人番号カードは、身分証明書として利用することができます。公的機関での届け出や銀行での各種手続き、レンタルショップでの会員登録などなど、本人確認のためということで、運転免許証や健康保険証の提示を求められる場面は日常生活において多々ありますが、個人番号カード1枚持っていればOKです。(通知カードは身分証明書の代わりにはなりません)
 次に、ICカードとして「ツカエル」機能はどうでしょうか。専用のICカード読み取り端末を通じて、安全かつ簡単に個人番号を伝えることができます。担当者の目視や書き写しによるのではなく、機械同士(カードと読み取り端末)が電子的に認証し合いますから、正しい番号であるかはもちろんのこと、途中で不正に番号が書き換えられていないか、などのセキュリティ面で大きなメリットがあります。
 余談ですが、個人番号カードの裏面には、持ち主の個人番号12桁が包み隠さずに記載されています。これは、個人番号の確認を求める施設側に読み取り端末がない、あるいは、あっても停電などの事情で機能していない場合などに配慮し、担当者が目視でも個人番号を確認できるようにするための措置と伺っていますが、せっかくICカードのセキュリティを活用するのであれば、本来は隠すべきだったのではないかと筆者は考えています。とはいえ、災害時などにどうやって個人番号を確認する方法が取れるのか、なかなか良い解決案を見つけるのは難しく、悩ましい結論だったのではないかと推察します。
 もう1つ、個人番号カードの重要な役割として、「電子証明書」をICチップ内に保存できることがあります。電子証明書というのは一般の方にはあまりなじみのない用語かもしれませんが、インターネットなどの電子的なやり取りの中で、メッセージやデータの送受信を行っている人間の本人性を証明するために作られた特殊な電子データのことです。よく情報サイトやネットショッピングサイトにアクセスする際に、あらかじめ登録しておいたIDとパスワードを入力してログインすることがありますが、その際に電子証明書を併用すると、ネット上での本人確認の信頼性はグッと上がります。
 個人番号カード(のICチップ)には、利用者が現在お住まいの市区町村が発行した電子証明書を保存しておくことができます。しかも、「署名用」と「利用者証明用」の2つの電子証明書が入ります。署名用の電子証明書は、税務署や区役所などに電子データを送付する際に、送付した方が確かにそのデータを作成したことを証明するもので、現在でもe-Taxの確定申告などでは利用されてきています。
 利用者証明用の電子証明書(日本語はだいぶ変ですが)は、今回新たに発行され始めたもので、Webサイトなどにあらかじめ登録しておいた「その人」としてログインするために利用できます。政府では再来年、2017年1月から、行政サービスに関する通知や、自身の個人番号がどのような機関にどのような目的で照会されたかなどの履歴が確認できるポータルサイトとして「マイナポータル」のサービス開始を予定しています。このマイナポータルへのログインの際に、個人番号カード内部の電子証明書が利用できます。
 当然、ICカードの情報をパソコンに読み込ませるために、専用のICカード読み取り端末が必要となりますが、政府では国民の利便性に鑑みて、スマートフォンなどでもログインできるような仕組みも検討しているようです。

■個人番号は利用禁止も、ICカードの「機能」は民間に開放

 さて、マイナンバー制度の開始は、日本の電子決済マーケットにとって追い風となるのでしょうか?
 個人番号をそのまま利用するサービスのイメージという意味では、今年9月初旬に財務省から発表された、消費税還付に個人番号カードを利用するというものがあります。結局この案は幻に終わってしまいましたが、買い物などの際にお店のレジと接続されたICカード読み取り端末に個人番号カードをかざすことで、購買情報と個人番号を関連付けて管理することを企図していました。これにより、消費税が10%に増税される際に、アルコールを除くすべての食品を対象として2%を還付する(ただし還付の上限は年間4,000円まで)ことで軽減税率を導入しようとしました。
 本稿を執筆している10月14日時点で政府は「違う方法を検討中」とのことですが、まだどうなるかはわかりません。しかし、個人番号カードの内部のICチップに書き込まれた個人番号を活用するイメージは(良い意味でも悪い意味でも)国民に伝わったのではないでしょうか。
 ところが民間ではそうはいきません。
 そもそも「個人番号」の利用は、税と社会保障に目的が限定され、民間事業者などが正当な目的なく個人番号を収集すれば、刑事罰が課されます。ですから、個人番号そのものを民間のビジネスにそのまま活用するという考え方は捨てなければなりません。
 そこでまず注目すべきは、先に紹介した電子証明書です。マイナンバー制度開始に先立つ法改正により、これまでは行政機関などに限って認められていた電子証明書の利用ですが、これからは民間事業者でも利用できるようになりました(利用に当たっては総務大臣の認可が必要)。銀行などのネットバンキングや、医療機関などのサイト、ショッピングサイトなどの民間サービスで、最初のユーザー登録 やログインなどに、個人番号カードに収められた電子証明書を利用するイメージです。今でもこれらの主流はID・パスワード方式ですが、年々サイバー攻撃の広範化、深刻化が進む中で、より安全で、便利でもある電子証明書が活躍する場面は、多々あるのではないでしょうか。
 電子証明書の利用にはパソコンとICカードの読み取り装置が必須となりますが、一方で、この数年のうちに最も身近なITツールとなったスマートフォンで電子証明書を使いたいというニーズもあるでしょう。ご存じの通り、スマートフォンには形状こそ違いますが、SIMカードと呼ばれるICチップが入っていますので、技術的には電子証明書を保存することができそうです。またスマートフォンは単体でSIMカード内の情報を読み取って、通信することもお手のものですから、ICカードの読み取り装置も不要です。
 さらに最近のスマートフォンでは、非接触ICカードの読み取りに対応するNFC搭載機種が増えてきていますので、個人番号カード内の電子証明書をスマートフォンにかざして読み取り、通信する方法も考えられるように思います。
 一方、電子証明書を直接的に用いない方法として、経済産業省では、スマートフォンを個人番号カードの「サブカード」として民間が活用することを提案しています。クレジットカードに「家族カード」がありますが、それと似た考え方で、個人番号カードとまったく同じ機能は持ちませんが、「親」のカードに紐付いて、それに準じたサービスを受けることができます。

■電子決済はポータルサイトの"機能連携"で実現

 前記の「マイナポータル」には、国民と行政の間で、あったら便利なサービス機能が追加されていく予定ですが、例えばその1つに「税金や公金の支払い」といったメニューがあります。現在でも税金・公金をネットで支払えるサービスは存在しますが、そもそもの請求通知からして連動しているマイナポータルですので、ワンストップで手続きのすべてを完了できる便利さが実感できそうです。個人番号カードでマイナポータルにログインした上で、クレジットカードやペイジー(Pay-easy)により支払いができる「電子決済機能」が用意される予定です。これも、個人番号カードや個人番号とは直接関係はしませんが、上手に電子決済と連携する仕組みといえます。
 これまでご紹介してきた個人番号カードを民間が活用する例で、すべてに共通していえることは、あくまで、個人番号カード(ICカード)に格納されている「個人番号」は使用せずに、ICカードの持つその他の機能を上手く利用しようとしていることです。この理屈はそもそも、「ICカードを提示すること=個人番号を相手に知らせること」などと誤解して覚えてしまっているとなかなか理解ができません。ICカードの見た目は1枚ですが、ICチップの中ではご紹介してきた複数の機能がそれぞれ独立して存在していることが、こんな芸当を可能にしてくれています。
 マイナンバー制度が導入に至るまでの長い長い議論の間には、個人番号カードとクレジットカードを一枚化して電子決済機能を持たせるなどの案も出ていたようですが、少なくとも制度の開始時点では実現されていません。無理に1つにするのではなく、別々のものを上手に連携する。そして「個人番号そのものは使わないようにして、個人番号カードの機能を使う」。これが肝要だと思います。

 他国に比べれば、遅れを取ったと指摘される日本の個人番号制度。導入には大きな投資を伴っていますから、民間活用を含めて「使われてナンボ」なことはもちろんですが、同時にシステム全体としての安全性・信頼性には万全を期す必要があります。そしてそれは、人間の運用に頼るのではなくて、あくまで「技術」で守るべきだというのが筆者の考えです。
 個人番号カードの発行に伴って、日本国民の一人一人がインターネット上でも自身のID(アイデンティティ)を表明できるようになったことの意義は、後生に語り継がれるべき偉業だと思います。この偉業を噛み締めつつ、私たちは個人番号カードを安全、便利に使っていきたいですね。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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