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連載コラム

「iPhoneかざせばロンドン地下鉄にも乗れる」 ロンドン・パリではコンタクトレス決済対応が当たり前に

[ 2015年11月26日 ]

山本国際コンサルタンツの山本です。今月(11月)の中旬に、私を含む数名の業界関係者がロンドン、パリに出張し、当地における「payWave/PayPass」、「Apple Pay」の受け入れ状況を確認(※)してきましたので、そのご報告をしたいと思います。
※なお、欧州現地でのコンタクトレス決済の確認は、オリエント総合研究所の山口 朗さん(ロンドンでの『Apple Pay』など)、電子決済研究所の多田羅 政和さん(ロンドンでの『モバイルpayWave』)、山本国際コンサルタンツ パートナーの加藤 総さん(パリでの『payWaveカード』)によるものです。本文では便宜上、payWave/PayPassカードの総称として「コンタクトレス決済カード」と記載することがあります。

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

●Apple Pay対応でロンドンのコンタクトレス決済普及に拍車

 今回ロンドンにはpayWave/PayPass(モバイルおよびカード)とApple Pay(iPhoneとApple Watch)を、パリにはpayWave(カード)を持ち込みましたが、いずれも問題なく利用できました。

写真1 iPhoneをかざしてロンドン地下鉄に乗車する
写真1 iPhoneをかざしてロンドン地下鉄に乗車する

写真2 Apple Watchをかざしてロンドン地下鉄に乗車する
写真2 Apple Watchをかざしてロンドン地下鉄に乗車する

 ご紹介している写真は、前述したオリエント総研・山口さんのご協力により、ご自身で保有されていらっしゃるpayWave/PayPass(オリコカード)、Apple Pay、Apple Watchを実際に利用していただいた際のものです。

 日本のSuicaのように素早くゲートが開くわけではありませが、payWaveカードやiPhoneをかざすことでロンドンの地下鉄に乗ることができることを確認しました(写真1)。こうして実際に使うところを見てみますと、Apple Watchはかざす向きの問題があって案外使いにくい(写真2)など、興味深い事実がわかります。

 なお、ここで利用したApple Pay、Apple Watchはアメリカで発行されたカードを登録して使用しています。残念ながら現時点で日本国内のカードをApple Payに登録することはできません。今後の日本のカード会社によるApple Payに対応に期待しましょう。

  ロンドン地下鉄でpayWave/PayPassやApple Payが利用できるのは非常に画期的ですが、街中のお店でもコンタクトレス決済カードが利用可能な場所が増えています。実際、"Contact-less"(非接触)と指定することで多くのお店でかざして決済することができます(写真3、4)。

写真3 iPhoneをかざしてレストランで代金を支払う(@ロンドン)
写真3 iPhoneをかざしてレストランで代金を支払う(@ロンドン)

写真4 日本で発行されたモバイルpayWave(Xperia)をかざしてレストランで代金を支払う(@ロンドン)
写真4 日本で発行されたモバイルpayWave(Xperia)をかざしてレストランで代金を支払う(@ロンドン)

 パリではまだApple Payの受け入れが始まっていませんが、payWave/PayPassが利用可能な店舗は、昨年に比べて一層増えたと感じました。

 今回試したパリ市内では、コンタクトレスの利用は20ユーロまでに制限されますが、コンタクトレスカードで支払いたい場合は、フランス語で「非接触」を意味する"Sans contact"と店員に伝えれば、大概の場合は問題なく利用できます。

 ところでロンドン、パリに共通して、店舗に置かれている決済端末はほぼ共通的なデザインのものです。

写真5 コンタクトレス決済対応端末の例(@ロンドン)
写真5 コンタクトレス決済対応端末の例(@ロンドン)

 このタイプの決済端末は、コンタクトレスカードやモバイルを液晶画面にかざす仕様が特徴で、日本の決済端末のように、別途コンタクトレス専用のリーダーが備わっているわけではありません。この仕様はロンドン、パリに限らず、アメリカ、オーストラリアなどコンタクトレスの導入が進む地域に共通しており、世界的にはこの方式が主流となりつつあります。

 ロンドン、パリではこのタイプの決済端末がどこに行っても見かけるほど普及しています。しかし、店舗によっては運用上、あるいは加盟店契約上、コンタクトレス決済を受け付けていないところもありますので、全ての店舗で利用できるわけではありません。

写真6 日本で発行されたpayWaveカードをかざして売店で代金を支払う(@パリ)
写真6 日本で発行されたpayWaveカードをかざして売店で代金を支払う(@パリ)

●イギリス交通機関のコンタクトレス対応は2026年までに全国へ拡大

 以前の本コラムでご紹介したとおり、ロンドンの地下鉄では、昨年3月にトライアルを開始し、同12月から商用サービスとして公式にpayWave/PayPassに対応しました。

 ロンドンの地下鉄ゲートは、日本のものほど迅速に反応するわけではありませんが、われわれのように外国から渡航した旅行者にとっては、現地で専用のオイスターカード(従来の乗車券)を購入する必要がなく便利です。折から、イギリスではpayWave/PayPass機能の付いたクレジットカード、デビットカードの発行が増えているところで、在住のイギリス人にとっても、いつも利用しているクレジットカードやデビットカードでそのまま地下鉄やバスに乗車できるのは便利だと思います。また、このシステムは交通機関側にとってはIC乗車券の発券の手間とコストが省けるというメリットがあります。

 多いか少ないかの判断は難しいのですが、コンタクトレス決済カードでの地下鉄/バスの利用は、サービス開始当初1日当たり1,500〜2,000万枚程度だったものが、今では4億〜4億5,000万枚程度にまで増えた(後述のThe UK Card Association調べ)とのことで、その利用は着実に伸びているようです。

 このシステムを推進する協会組織「The UK Card Association(英国カード協会)」は今後、コンタクトレス決済対応をイギリス各地の交通機関に広げる計画を発表しています。2021年までにロンドンに加えて複数の大都市区域内での利用を開始し、2023年には都市間相互の鉄道利用に広げる予定だそうです。さらに2025年ごろまでにはコンタクトレス決済により、イギリス国内の中長距離移動も含め、全交通機関の利用の7割をコンタクトレスカードで可能にする、という壮大な計画を描いています。

●なぜ、日本に比べて導入が早いのか?

 実は、ロンドン、パリともにコンタクトレス決済カードの受け入れを始めて間もない状況なのですが、日本で要した時間に比べると、比較的短期間でそこそこの規模にまで導入が広がりました。その理由はいくつか指摘されます。

 まず、コンタクトレス決済を受け入れる決済端末が、日本のそれに比べて安いことです。イギリスやフランスでの決済端末の価格は明らかにされていませんが、コンタクトレス決済機能付きのもので一般に100ドル程度とよく言われます。この価格は日本のコンタクトレス決済機能付き端末に比べると相当安価といえる水準です。日本でも外国製の安い決済端末の導入を検討する声がないわけではありませんが、外国製の決済端末は仕様やデザインが国産のものとはかけ離れており、簡単に採用するわけにもいかないという事情があります。

 日本では、特にスーパーなどのPOSレジを通じてカード決済処理を行っている店舗では、コンタクトレス決済などの追加対応がPOSシステムの改修を伴うためにハードルが高く、なかなか進まないという課題があります。しかしロンドン、パリでは大きな支障もなく導入が進んでいます。ロンドン、パリでもスーパーなどの大型店ではPOSを使用しているので、日本と同じ課題を抱えるはずなのに・・・です。

 実は、海外のPOSでは、クレジット/デビットカードの処理を外付けの汎用型決済端末に任せる方式が一般化しつつあります。この方式は、例えばpayWave/PayPassの機能を追加する場合に外付けの決済端末を置き換えるだけで済むので、POSの大きな改修を伴わないというメリットがあります。日本では今後、POSにカード番号などの情報を保持することを抑制する方針が明らかになっていますが、その対応に際して、POSに決済機能は持たせずに決済専用端末をPOSに外付けする「決済外出し方式」も提案されています。この方式が今後、日本でも普及するかどうかは現時点で不確実ですが、仮に日本でも「決済外出し方式」が普及していくとすれば、決済サービスの追加や変更が楽になる可能性があります。

 もう一つ、イギリスとフランスに共通するポイントは、業界団体の推進力です。どちらの国も、決済事業者を束ねる業界団体や銀行が陣頭指揮を執り、コンタクトレス決済の推進を行っています。特に欧米では、店舗と加盟店契約を結ぶアクワイアラーが店舗の取引銀行であることがほとんどで、法人口座や融資などの銀行取引の一環として店舗がクレジット/デビットカードの受け入れを行うことが多いという特徴があります。そのため、銀行などの方針に店舗(加盟店)が従いやすいという傾向があります。

●インフラは整いつつあるが利用はまだまだ

 さて、これまで述べてきた通り一見順風満帆かのように見えるロンドン、パリのコンタクトレス決済ですが、実はそうとも言い切れません。使える場所(インフラ)は着実に整いつつありますが、現地の人はコンタクトレス決済カードを支払いに利用していないのです。

 先にも述べた通りロンドンでは交通乗車券としての位置付けが明確となりつつあり、地下鉄やバスでの利用が伸びています。しかし、店舗の決済で利用している人は極めて限定的です。この状況はパリも同じです。パリの交通機関では「Navigo」と呼ばれる専用のICカードを採用しておりpayWave/PayPassカードには対応していません。そのため、パリでのコンタクトレス決済カードの利用は店舗での支払いに限られます。フランスでは銀行が発行するほぼ全てのデビット/クレジットカードにpayWave/PayPassなどのコンタクトレス決済機能が付いているため、フランス人のコンタクトレスカード普及率は相当なものです。しかし、実際にフランス人がそれをかざして使う姿は全く見られません。

 プラスチックカードですらこの状況ですから、一部で始まったNFC搭載スマホでのpayWave/PayPassについては言うまでもありません。Apple Payの利用が開始されたロンドンにおいてiPhoneをかざす人も同様で、現時点では極めて希少な存在といえるでしょう。

 その理由はいくつか指摘されますが、例えばEU域内ではほぼ100%普及している接触型ICカード(EMV仕様)の決済カードが、それを阻害しているとする意見があります。EU地域の消費者は決済端末の接触型リーダーにカードを自分で装着し、暗証番号(PIN)を打ち込んで支払う方式に慣れており、今さら「かざして支払う」方式を提案されても、そう簡単に習慣は変わらないという指摘です。この指摘には一理あります。

 しかし根本的な理由は、消費者がコンタクトレス決済をより積極的に利用するためのインセンティブに欠けるということではないでしょうか。接触型のICカードで不自由を感じていない消費者に「かざす」ことの処理の速さや簡便性を訴求させるのには、相当な啓発活動や利用促進策が必要です。

 日本ではWAON、nanacoなどのコンタクトレス電子マネーがポイント付与などの分かりやすいインセンティブで消費者の利用促進を図っています。コンタクトレス決済の利用促進という意味では、このように単純で分かりやすいサービスが案外重要なのかもしれません。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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