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ビザがビザを買収!? ----2015年、世界のニュースから

[ 2016年1月19日 ]

山本国際コンサルタンツの山本です。本連載のテーマである電子決済・ICカードに関わりの深い国際決済ブランドといえば、ビザ(Visa)、マスターカード(MasterCard)、アメリカン・エキスプレス(American Express)、ダイナースクラブ(Diners Club)、ジェーシービー(JCB)、中国銀聯(CUP)などがあります。今回は昨年起こった決済関連の出来事を振り返り、ちょっと気になるトピックを2つご紹介します。

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

●Visa Inc.がVisa Europeを買収へ

 ビザがビザを買収する----。実は、日本国内ではさほど大きく取り上げられなかったニュースですが、私は興味深く見守っています。
「一体どういうこと?」と疑問に思う方も多いと思います。アメリカに拠点をおく国際決済ブランドのビザ(Visa Inc.)が、ヨーロッパに拠点を置く国際決済ブランドのビザ(Visa Europe)を買収する、というニュースが昨年末に流れました。

 世界で唯一という存在であるはずの国際決済ブランド、ビザですが、実はその本部がアメリカとヨーロッパに2分されているのです。

 アメリカのVisa Inc.はカリフォルニア州フォスターシティに拠点を置きます。一方、ヨーロッパのVisa Europeはイギリス(ロンドン)にあります。Visa Inc.は北米、カナダ、南米、アジア太平洋・中欧・中近東・アフリカの各地域を管轄する法人であるのに対し、Visa EuropeはEU加盟国などヨーロッパ地域各国の金融機関で構成されるメンバー組織です。

 本来、国際決済ブランドにとっては、世界規模の決済ネットワークを適切に管理・運用することが大きな使命の一つになっています。また、そのために国際決済ブランドはさまざまなルールを設けており、世界中の金融機関がそれを順守することで、カード決済の秩序が維持されるように考えられています。国際決済ブランドの価値はその「カード決済の秩序の維持」にあるといっても過言ではありません。

 そのため、その仕組みを管理する事業者が地域で分断されていては統一性が維持できない可能性があり、国際決済ブランドの存在価値を問われかねません。

●買収金額は2兆7,000億円に

 驚くべきはその買収額です。報道によれば買収額は234億ドルで、日本円に換算すると2兆7,000億円に上ります(1ドル=115.4円で換算)。一見、とてつもない金額のように思えますが、少し冷静になって考えれば、これまでにも数百億〜1,000億ドルをはるかに超える企業買収はありますので、決して驚くような数字ではありません。むしろ時価総額が1,600億ドルを超える今のVisa Inc.にとっては、決して身分不相応な買い物とはいえないように思います。

 プレスリリースによれば、昨年11月に両者がVisa Inc.によるVisa Europeの買収に合意したとありますが、実際の買収はEU当局の承認後、2016年度に終了、とあります。つまり、現時点でこの買収は実行されておらず、もしEU当局がこの買収を承認しなければ、買収劇は実現しないことになります。

 このニュースに関して、事実や報道に基づく内容はここまでで、それ以上の情報はまだ説明されていません。そこで、ここからは私の主観、憶測に基づく感想を述べたいと思います。明確な事実や証拠に基づくものではないことをご承知おきください。

Visa Inc.およびVisa Europeの企業サイトに掲載された報道資料
http://investor.visa.com/news/news-details/2015/Visa-Inc-to-Acquire-Visa-Europe/default.aspx
※Visa Inc.のウェブサイトに遷移します。

●EUの金融当局が買収を認めないかもしれない

 ここで、そもそもビザが二分されている理由を考えてみたいと思います。Visa Europeは実は、現在でもVisa Inc.のように法人化されておらず、かつてビザが全世界で統一していた「金融機関によるメンバー組織」の形態がヨーロッパでは維持されています。

 法人化は、メンバー組織のままでは訴訟対応が難しいこと、運営に関して企業としてのコンプライアンス順守やディスクロージャー(企業情報の公開)を問う声が強かったことなど、さまざまな理由から総合的に判断され、相当な準備期間を経て実施されました。しかし、ヨーロッパ地域内は法人化が進まずに従来のままの体制が残り、アメリカを中心とするVisa Inc.のみが法人化されました。

 法人化が認められなかった本当の理由は明確ではありません。ヨーロッパ地域のメンバー(金融機関)による議決の不成立、決済銀行の変更(ヨーロッパ→アメリカ)が困難、EU当局による不許可、などが考えられますが、私はEU当局による不許可の可能性が高いと考えています。その理由は後で述べますが、もし事実とした場合、今度はそれが認められるという確証があるのかどうか? という疑問が湧いてきます。

 もう一つ、ヨーロッパの金融当局の判断に影響を及ぼすと思われるEPC(欧州決済協議会)がこの企業買収をどうとらえるか、という疑問です。5年前に私はEPCのある幹部に会い意見を聞いたことがありますが、ビザやマスターカードのヨーロッパでの運営に対しては否定的な考えを持っていました。「ヨーロッパの決済システムがアメリカのブランドに支配されることは望ましくない」というのです。

 当時のEPCは「SEPA(欧州統一通貨地域)」の導入を強く推進しており、カード決済についてはSEPAの施策の一つとして、ビザやマスターカードとは別のヨーロッパ独自ブランドを立ち上げようとしていました。幹部がいうアメリカブランドを嫌う意識はその理由の一つと思いますが、EU地域の金融機関からアメリカのビザに流れる手数料(資金)をEU域内にとどめたい、との思いもあったのではないかと思います。

 感情論を含めればその理由には相当に根深いものがありそうです。今回の買収に当たりそれが解消されているのかどうか、私は疑問に思います。

●EUはVisaを排除しようとしているのかもしれない

 次にEU当局が買収を認めた場合はどうなるか、という憶測です。ビザはかつてのドイツように、二分された地域が再びよりを戻すことで、本来の国際決済ブランドの本領を発揮するのでしょうか。

 もちろんそうなる可能性は十分あると思います。しかし、少し飛躍して考えると次のような憶測も生まれます。・・・EU当局はVisa Europeをアメリカ企業(Visa Inc.)に売りさばき(※注1)、その上でVisaそのものをヨーロッパから排除しようしているのではないか?

 その理由は、先にも述べたEPCの役員の言葉「ヨーロッパの決済システムがアメリカのブランドに支配されることは望ましくない」にあります。

※注1 細かくいえば、売却するのはEU当局ではなく、Visa Europeのメンバーを構成する金融機関です。

●ロシアが独自決済システムを開始

 Visa Inc.のVisa Europe買収のニュースに際し、これまで述べてきたような思いを巡らせていた矢先、今度は不思議なニュースが飛び込みました。ロシアが独自決済システムの運用を始めるというのです。

 これはロシアのプーチン大統領が、シリアのアサド大統領(アサド政権)に対する支援を表明したことに端を発しています。シリアの反政府勢力を支援するアメリカはこれに異議を唱え、ロシアに対しさまざまな制裁を加えました。その一環として、ロシア政府高官などのビザ、マスターカードの利用を停止するという措置が講じられました。

 これにロシアが対抗し、ビザやマスターカードに依存せずにロシア域内の決済が可能となるように用意したのがこの決済システムです。つまり、政治問題の産物というわけです。

 これをロシア域内のローカル決済とみれば、そもそもロシア域内には日本の「CAFIS」のようなローカル決済ネットワークが存在しない可能性を示唆するロシアの個別事情ととらえられます。しかし、これを中国銀聯のように、国内からビザ、マスターカードを排除(※注2)し、海外にもその仕組みを展開する大きなプロジェクトと見ることもできます。

 いずれにせよ、この新しい決済システムの導入により、ロシア域内のビザ、マスターカードの運営は難しくなりそうです。Visa Inc.はイギリスのVisa Europeを統合する一方で、大陸の反対側のロシアから皮肉なしっぺ返しを食らった、というわけです。なお現在ロシアはVisa EuropeではなくVisa Inc.傘下の中欧地域に属しています。

  *  *  *  *  *  *  * 

 今回は、2015年に国際決済ブランド周辺で起こった2件のニュースをご紹介しました。

※注2 2002年、中国は国内決済システムを中国銀聯に統一しました。その際に国内金融機関によるビザ、マスターカードの発行を原則すべて中止とするなど、中国銀聯カードに統一し、ビザ、マスターカードを排除しました。(外国人が持ち込むビザ、マスターカードの取引は中国銀聯ネットワークを通じて問題なく利用できます) その後これを不服とするビザの訴えがWTOにより認められ、中国はビザやマスターカードの国内参入を再度認めています。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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