アップルペイ(日本版)の何がそんなにスゴイのか(2年ぶり・2回目)
[ 2016.10.14 ]
今年もこの季節、半年ぶりの連載再開時期を迎えました。そしていま、巷で一番ホットな電子決済関連の話題といえば、いよいよ日本でもこの10月下旬からスタートすることになった「Apple Pay(アップルペイ)」ですよね。ちょうど2年前の本連載にて同じテーマで書いた(アップルペイの何がそんなにスゴイのか [ 2014年10月15日 ])のですが、今回も「日本版アップルペイ」の特に画期的なところをお題として、筆者の思うところをお伝えします。
文・多田羅 政和(電子決済研究所 代表)
画期的ポイント1 あらためて新規にカードを発行しない
9月7日(日本時間では9月8日)、iPhone7シリーズとApple Watch Series2の発表に併せて正式アナウンスされた、日本市場でのアップルペイの開始。その内容は他所でも詳しく報じられておりますし、本連載の読者はすでに詳細をよくご存じでしょうから省略しますが、アップルペイを用いた実店舗での支払いには「iD」「QUICPay」「Suica」が採用されることとなりました(★写真1)。
写真1 日本のアップルペイ。実店舗での支払いには「iD」「QUICPay」「Suica」に対応
(出典:米国 Apple, Inc. ホームページから)
これまで日本国外でサービスの始まっていたアップルペイが非接触ICカードの国際標準仕様(ISO/IEC 14443)を採用していたのに対して、日本のアップルペイではソニーの開発した非接触IC技術「FeliCa(フェリカ)」を利用することになったのです(★写真2)。アップルという会社のそれまでの社風から、「日本に上陸するとすれば世界共通のサービスとして始まるのだろう」と想像していた筆者の期待は、いい意味で裏切られることになりました。
写真2 アップルの発表スライドにさん然と輝く「FeliCa」の文字!
(出典:米国 Apple, Inc. ホームページから)
さて、そんな日本版アップルペイのサービスで一番画期的なところは、海外の運用と同じく、「すでに発行済みの決済カードをiPhoneの中に収める」という方法を選んだ点に尽きると思います(注)。これは技術というよりは考え方の問題です。これに対して従来の日本のおサイフケータイでは「スマートフォン(スマホ)の中に新しくモバイル専用の決済カードを作り出す(発行する)」という運用方法でした。これは大きな発想の転換であり、大きな変化だと考えます。
(注:「Suica」は既存カードからの移行だけでなくアプリ内での新規発行にも対応予定)
前述の通り、アップルペイの利用にあたっては、既存のクレジットカードやデビットカードなどをiPhoneのアプリ内に登録します。登録方法も斬新で、iPhoneの内蔵カメラを使ってプラスチックカードの券面を撮影するだけ。その後、セキュリティコードの入力などを済ませると「Passbookアプリ」にカードのビジュアルが表示され、あたかもカードがiPhoneに入ってしまったような印象を与えます。重要なことは、すでにユーザーが所有している「既存のカード」を登録するだけでアップルペイの使用が可能になる点です。
ここで身近な例として、日本のおサイフケータイを見てみましょう。ポストペイ方式の「iD」や「QUICPay」にしても、国際決済ブランドの「payWave/PayPass(後注・当時の名称)」にしても、あらためてWebサイトなどから新規にサービス申し込みを申請する仕組みになっています。その後、カード会社から通知される利用情報などを待っておサイフケータイにアプリを登録する流れとなっており、そうこうするうちにユーザーの「使ってみたい熱」が下がってしまいがちな面があることは否めません。
先に挙げたGoogle Wallet(後注・当時の名称)や、その他諸外国のNFC/非接触決済サービスでも、手持ちのカードを登録するというよりは、サービスに対応しているカードを選んで新規発行してもらい、あらためてNFCスマートフォンに登録する作りになっているものが多いようです。(電子決済・ICカード国際情報局『アップルペイの何がそんなにスゴイのか [ 2014年10月15日掲載 ]』より引用)
2年前の記事からの引用ですが、日本版アップルペイにもピタリと当てはまりますよね。
しかし、もう一つ考えるべき点は残っています。それはiPhoneの「Passbookアプリ」に決済カードを登録した後、実際にアップルペイの「サービス開始登録」の手続きをどうするのか、です。このことを決済業界の専門用語で「カードのアクティベーション(活性化)作業」と言います。
すでにアップルペイが提供されている海外でもその対応は分かれていて、例えばアメリカのアップルペイでは、利用者がカード発行会社のコールセンターに電話してオペレータさんから問われるいくつかの質問事項(カードに記載されたセキュリティコードなど)に答えなければいけません。また中国のアップルペイの場合には、PassbookアプリからiPhoneにカードを登録する時点で携帯電話番号を入力する必要があり、そこに飛んでくるショートメッセージ(SMS)に記載された1回限り有効な認証番号をアプリに入力することで手続きが完了します。
このような手続きは、利用者から見れば省略されるのが一番簡単に思えるのですが、iPhoneをそれ以降の決済に毎回使用できるようにするとても大事な手続きですから、セキュリティの観点から何らかの確認手順は必要だと思われます。果たして日本版アップルペイではどうなるのか、このあたりも見ものです。
画期的ポイント2 生体認証を必須にしてきた
はい。これも海外向けのアップルペイと同じです。「iD」も「QUICPay」も既存のサービスですが、アップルペイの上で利用する場合にはiPhoneの認証機能として搭載されている「Touch ID」を有効にし、支払いの際には指(指紋)をiPhoneに押し当てた状態でお店側の読み取り端末にかざす必要があります(「Suica」の利用時のみTouch IDが不要)。
そしてもう1つ、これも同サービスがアップルペイと呼ばれるゆえんですが、決済に使用するカード番号をそのままiPhoneのメモリ内に保存するのではなく、別の異なる番号に変換してから保存するようになっています。専門用語で「トークナイゼーション」と呼ばれる仕組みですが、指紋認証と併せて、アップルが利用者に対して安心感を提供したいという思いが伝わってきます。万が一、iPhoneをなくしてしまっても他人が勝手に利用できない環境を用意したといえるでしょう。
逆にいえば、これらの付加機能がなければ、単に「iD」「QUICPay」「Suica」がiPhoneで使えるようになっただけなわけですから、アップルペイをアップルペイたらしめる機能ともいえますね。
話がややこしくなりますので本稿では詳しく触れませんが、もう1つアップルペイならではの機能として、実店舗での支払い(対面取引)以外に、iPhoneアプリ内やWebブラウザ経由での決済、すなわちネット決済(非対面取引)にも利用できることが挙げられます。実店舗での取引と違ってネット決済の場合には「iD」「QUICPay」「Suica」のような既存の利用環境を気にする必要がありませんから、実はこちらの利用方法こそが純粋なアップルペイなのではないか? との感想を筆者は頂いています。
ひとたび決済カードの情報がiPhoneに入ってしまえば、それを外部に対してどのような通信手段を使って「出力」するかの選択肢は無限に広がります。インターネットのようなネットワークはもちろん、Bluetoothだとか超音波などを使えば利用場所は実店舗にまで広がっていく可能性すらありえますからね!
画期的ポイント3 アップルペイの「アクセプタンスマーク」がない
2年前の記事で、筆者は「アップルペイにはアクセプタンスマークがない(ことが画期的)」と書きました。しかし、実際にサービスがアメリカやヨーロッパで始まってみると、お店のレジ前や店頭などにVisaやMastercard、American Express(Amex)の非接触IC決済を表すロゴに加えて、「かじられたリンゴマーク+Pay」のロゴシール、すなわちアップルペイのアクセプタンスマークが貼り出されるようになりました(★写真3)。このことは筆者の事実誤認であり、率直にお詫びを申し上げます。
写真3 イギリス・ロンドンで掲出されていたアップルペイのロゴマーク
(お店の端末、駅構内の宣伝ポスター)
しかし、あれから2年をかけてアップルペイが世界各地へ広がっていく光景を眺めていますと、あらためてこれは「アクセプタンスマーク」ではないな、と感じているのも事実です。
ここでの要点は、アップルペイが少なくとも実店舗の利用環境に関しては自社で新しくイチから開拓していくことを放棄し、すでに各地で普及している非接触IC決済の利用環境に相乗りしようとしているスタンスが明確であることです。
例えば、カナダのアップルペイではVisaやMastercard、Amexに加えて、カナダ現地のデビットカードネットワークである「Interac」の非接触IC決済対応店舗での支払いにも対応しています。また中国のアップルペイの場合はちょっと日本の状況に似ていて、「中国銀聯(UnionPay)」の非接触IC決済対応店舗にのみ対応しています(★写真4)。
写真4 中国・上海のマクドナルド店頭に掲げられたアップルペイのロゴマーク
このように、同じアップルペイのロゴマークをお店に掲出していながらも、世界共通の視点でこれを眺めると、状況を正しく表していないことがわかります。想像してみてください。中国で使えるアップルペイを入れたiPhoneを持参した中国人の方が日本観光に訪れて、お店に掲げられたアップルペイマークを見て「私はアップルペイで支払います」と告げる場面を。あるいは、日本で使えるアップルペイを入れたiPhoneを持参した日本人がアメリカへ旅行に行って「I would like to pay by Apple Pay!」と告げるところを。
決済の「アクセプタンスマーク」とは、それを掲出した店舗で同じマークの付いたカードやスマホが提示されれば、それは間違いなく、エラーを起こすこともなく、決済に使えなければいけません。果たしてアップルは最初からその覚悟を持ってロゴマークを貼り出しているのでしょうか?
無用な混乱が生じないように、私のオススメは、今回の「アップルペイの日本上陸」については「アップルペイ」という言葉をいったん忘れて、「iPhoneでもようやく『iD』『QUICPay』『Suica』が使えるようになった」くらいに認識をリセットすることです。ですから利用者もお店で使う場合には「アップルペイで」とか言わずに、「『iD』で」とか「『QUICPay』で支払います」とか「支払いは『Suica』で」と言うのが良いでしょう。言われたお店の方も大変ビックリされますから、くれぐれも「アップルペイで」と言わないことがスマートな大人の対応ではないかなと思います。
画期的ポイント4 「iD」がドコモ以外の通信キャリアでも使える
さて、ここまで紹介してきた画期的ポイントの「3」までは2年前の記事で掲げたキーワードをそのまま流用しました。ここからが日本版ならではのポイントです。
世の中の雑誌やネットメディアがアップルペイフィーバーに沸く中ではあまり注目されていないように見えますが、「iD」がNTTドコモ以外の通信キャリアで使えるようになったことは非常に大きなトピックだと考えます。
「QUICPay」や「Suica」の場合、これまでの従来型携帯電話やAndroidスマホのいずれにおいてもすべての通信キャリアに対応するサービスとして提供されてきました。唯一、「iD」だけが、NTTドコモの契約者でなければ利用できませんでした。他の通信キャリアの利用者がどうしても「iD」を利用したいと思えば、カード会社が発行する「iD」一体型のクレジットカードを申し込むしか方法はありませんでした。
しかし、少なくともアップルペイの「iD」に関しては、対応する決済カードを発行しているクレジットカード会社のプレスリリースを見る限り、iPhoneの契約について注釈がありませんから、これはau契約のiPhoneでも、ソフトバンク契約のiPhoneでも、「iD」が利用できると理解するのが自然です。これは非常に画期的なことではありますが、利用者からすればこれまで提供されてこなかったことのほうが不便極まりなかったでしょうから、ようやく決済ブランドとして当然の状態になったといってもいいでしょう。
そうなると、従来型携帯電話やAndroidスマホでも、NTTドコモ以外の契約で「iD」を使えるようになってほしいと期待してしまいます。これはぜひ要望したいところです。
画期的ポイント5(?) 「機種変」の手続きはどうなる?
そしてもう一つ、日本版アップルペイで筆者が注目しているのが機種変更時の手続きです。IC技術を利用した決済サービスでは、そのセキュリティ特性からも、媒体の変更手続きというのがけっこう大変です。カードであれば、期限切れの古いカードをハサミで裁断し、カードの発行会社から送られてきた新しいカードと入れ替えれば終わり、とわかりやすくて簡単なのですが、スマホの中のICチップとなるとそう簡単にはいきません。新旧2台のスマホをケーブルや無線でつないで情報の移行ができれば簡単に思えますが、機種変更で通信事業者(通信キャリア)が変わってしまう場合などなど、さまざまな事情もあってなかなかこの仕組みを実現するのが困難でした。そこで日本のおサイフケータイでは、古いスマホからいったん電子マネーの残高やカード情報をネット経由でそれぞれのサービスセンターに預け、機種変更後の新しいスマホでこれを受け取る仕組みが主流になっています。
それでも利用しているサービスが1つや2つであればその作業もガマンできるのですが、複数のサービスをよく利用しているヘビーユーザーこそ、それぞれのサービスについて何度も移行手続きが必要になるというジレンマに陥っていました。事実、機種変更の手続きが大変なので、それまではおサイフケータイをよく使っていたが、これを機にICカードに切り替えて利用することにしました、という利用者の声はよく聞こえてきます。
さぁ、この問題にアップルペイはどう対応するのでしょうか?
筆者の想像は、おそらく従来と同じiPhoneからiPhoneへの機種変更手順でアップルペイの情報も移行できるようになるのではないかというものです。よく使われる手順は、古いiPhoneをiTunes(情報を連携・同期するソフトウェア)がインストール済みのPCやMacにケーブルか無線で接続し、情報をバックアップ。それが終わったら今度は新しいiPhoneにつなぎ替えて先にバックアップした情報を書き戻す流れです。この作業で、アップルペイの情報についても移行できると考えるのが自然ではないでしょうか。
もちろん、10月下旬にアップルペイが始まらなければ正確なことはわかりませんので、間違えていたらゴメンナサイ!なのですが、日本でのサービス開始は「後発」なのだから、当然このくらいのことはやってきてほしいな〜と期待しています。
肝心のiPhone7が手元に届かない!
さて、本稿執筆時点(2016年10月12日)はまだアップルペイのサービスは始まっていません。10月下旬予定のサービス開始が待ち遠しいですね。
ちなみに「iPhone7 plusのジェットブラック」を予約の始まった9月9日の16時9分(予約開始時刻は16時1分)に申し込みを完了した筆者ですが、1カ月以上経った現在までいまだに商品の入荷連絡がありません。。
まずはともあれ、入手しないといけませんね、iPhone7を!
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- 執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ
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多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。
山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。
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