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連載コラム

現金いらず、コンタクトレス大国に変貌したオーストラリアの決済事情

[ 2016年11月16日 ]

いま、海外のニュースといえばトランプ次期アメリカ大統領の話題で持ちきりですが、そんな最中に平静なオーストラリアのシドニーへ行ってきました。平静とはいえ、トランプ氏が言うTPP離脱問題などはオーストラリアにも深刻な影響を及ぼしかねません。そんなことを思いめぐらしながらシドニーのキングストン国際空港に降り立つと、抜けるような青空、真夏の気温、オーストラリアの開放的な空気にふわぁ~と包まれ、それだけでなんとなく憂鬱だった気持ちが一気に晴れました(写真①、②)。今回はオーストラリアの決済サービス普及状況について紹介します。

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

写真①    写真②
写真①、写真② 平穏なオーストラリアの風景

シドニー滞在の3日間、現金の出番はまったくなし

 今回の滞在は3日間のため、日本円の3万円を豪ドルに両替してきましたが、これには後から後悔することになりました。まず空港からシドニー市内までのタクシーの支払いには当たり前のようにカードが使えます。目的地に着くとドライバーは"Card?"と支払い方法を聞いてきます。今年の2月にニューヨークに行った際のタクシードライバーは、車にカード決済端末が備わっているにも関わらず、"Cash?"と聞いてきましたから、オーストラリアはよりカード払いが浸透していると実感します。
 オーストラリアではカード決済手数料を代金に上乗せして請求することが認められており、ほとんどの店舗やECサイトがそうしています。そのためカード払いの場合には、現金払いの金額に手数料を加えた請求金額に変更する必要があります。ドライバーが"Card?"と聞いてきたのはこのためです。本来ならば私もカードで支払いたいところですが、320豪ドルもの大金を持つ身としてはできる限りキャッシュを消化したい思いが先に立ち、やむを得ずここでは"Cash"を選びました。オーストラリアの人は概して愛想がよく、カードでもキャッシュでも気持ちの良い笑顔で応じてくれます。
 シドニーではレストランやデパートのようにカードが使えて当たり前のお店ばかりでなく、小さな売店やコンビニや自販機など、基本的にどこへ行ってもカードが使えるようにインフラ整備が進んでいます。しかもカードの読取機はすべて、接触型とコンタクトレス(非接触型)の両方に対応しています(写真③)。私がシドニーに滞在した3日間、現金を必要とする場面にはまったく遭遇しませんでした。
 これからシドニーへ赴く方にはキャッシュレスのままの渡航をお薦めします。一部の場面ではチップの習慣が残っていますが、そういうお店では決済端末の操作によりチップの金額を客が指定した(上乗せした)上で決済できるようになっています。それでもホテルのハウスキーピングに枕銭が必要ではないか? と気にされる方は、日本円の3,000円程度を豪ドルに両替して持参し、最初にお水でも買って釣り銭を貯めておけば十分でしょう。

写真③
写真③ オーストラリアの決済端末例。導入初期のものは読み取り部が外付けになっている

店員の掛け声が "PIN or Signature?" から "Tap here please!" に変化

 私は以前から、2~3年に1回程度の頻度でオーストラリアを訪れていますが、最後の渡航は2013年でした。以前からこれほどカード環境が整っていたかどうかは記憶にありませんが、現金が手元になくて苦労した記憶もないので、やはりどこでもカードが使えたのだろうと思います。今回は大都市シドニーにしか滞在しなかったので、地方の様子はわかりません。しかし、地方でカードが使えないという話もまったく聞きません。
 それに対して、カード利用が進んでいるはずのアメリカやイギリスでは意外にも現金が必要な場面に遭遇します。
 ここで少し専門的な話になりますが、前回私がオーストラリアを訪れた2013年の2月当時は、ちょうど接触型のEMV化が終了したところでした。しかし当時のオーストラリアではまだ磁気カードが多く利用されており、利用明細にサイン(署名)する習慣が根強く残っていました。PIN(暗証番号)を知らない利用者も多いため、日本の運用と同様に、接触型のICカードでもPINの代わりにサインを認める特例を認めていました。ICカードで支払うと店員さんが"PIN or Signature?"とお客さんの意思を確認してから処理していたのです。
 今回オーストラリアへ渡航し、その運用が大きく変化したことを知りました。いま、シドニーの店員さんがお客さんにかける言葉は、
 "Tap here please!(ここにかざして)"
へと変わっていました。
 オーストラリアはカードのEMV化を決めた際に、接触型とコンタクトレスの両方の機能を備える決済端末を導入しました。初めは接触型のみを使えるようにし、しばらく使ってみた後で今度はコンタクトレスの利用もできるように設定を変えたのです。オーストラリアのクレジットカードやデビットカードはすべて接触型とコンタクトレスの両方に対応しているため、今ではオーストラリア人でカードを持つ人のほぼ全員がコンタクトレス(Visa payWave、Mastercard Contactless<旧サービス名称・PayPass>)の利用も可能な状態になっています。

評価すべきは、整備されたインフラを使いこなす店員や消費者の習慣化

 前回渡航時と大きく異なる点をあらためて指摘すると、接触型ICカードの取引はPIN入力が必須となったこと、そして、原則としてすべての決済端末でコンタクトレスが使えるようになったこと、の2点です。
 オーストラリア人のカード利用者にはコンタクトレス決済が利用できるという案内が送付され、実際にかなり多くの人がコンタクトレスを使って支払うようになりました。オーストラリアに限らず海外のコンタクトレスにも対応する決済端末は、液晶表示部分にタッチして使用するタイプがほとんど(写真④)で、店員さんは決済端末の液晶の上あたりを指差して"Tap here please!"と、こうなるわけです。

写真④
写真④ オーストラリアの決済端末例。
最新のものはタブレット端末のようなスタイリッシュさで磁気、接触型、コンタクトレスすべてのカード処理に対応

 コンタクトレス決済は少額に限らず高額でも可能です。100豪ドル(約8,200円※)まではPIN入力が不要、100豪ドルを超えるとPINの入力が求められます。コンタクトレス決済を高額には使わせないとする考え方もありますが、当地では金額に関わらず高額でも使えるところがその普及を後押ししているのかもしれません。
 実際に現地に住む知人に聞いてみると、
「カード払いはコンタクトレスしか使わない」
と返ってきました。そのほうが便利だからだそうです。
 一方で、コンタクトレスの普及に懸念を抱く意見も聞きました。
「コンタクトレスはPIN入力が不要なため、カードを第三者に盗られたら使われ放題になる」
 オーストラリアの盗難紛失時の保証がどうなっているかはわかりませんが、便利な反面、リスクもあるという認識です。
「オーストラリア人は、Easy(お気楽)で Lazy(怠け者)だから、こういうもの(コンタクトレス)にはすぐ飛びつく。私はコンタクトレスは危険だから使うな、と言っています」
これも先ほどと同じ方の意見です。賛否があるにせよ、これだけコンタクトレスが使われている地域はほかにないと思います。
 先にも触れましたが、決済端末の操作でチップの金額をお客が指定する機能は他の地域にもありますし、タクシーから自動販売機(写真⑤)までもが接触型とコンタクトレスの両方に対応する環境もアメリカでは整備されつつあります。それでもオーストラリアのほうが明らかに優秀だ、と断言できる理由は、整備されたインフラを使いこなす店員や消費者の運用(習慣)にあります。
 カードの発行会社がコンタクトレスの使い方を消費者に周知させるばかりでなく、実際にほぼすべての店でコンタクトレスが使えるよう環境も整備しているわけですから、消費者は安心してコンタクトレスカードを使うことができます。これが、使えるお店と使えないお店とがある、というような状態ではそうはいきません。このような環境整備は簡単にできることではありません。銀行などの決済を司る事業者や、行政の努力なくしてこの状態に至ることはなかったでしょう。これはあっぱれです。

写真⑤
写真⑤ 自動販売機もコンタクトレス決済に対応

絶賛するオーストラリアのコンタクトレス事情にも意外な欠点が・・・

 アメリカでも確かに決済端末の多くが接触型とコンタクトレスに対応済みですが、お客が非接触で使いたいと思っていても店員が勝手に磁気カードとして処理してしまったり、PINを打ち込むべき接触型のカードを使ってもサインで処理してしまうことがあります。このような不完全な運用ではせっかくのICカードの機能が十分に活かされません。
 そして日本の状況は、アメリカよりもひどい状態と言わざるを得ません。そもそも接触型のインフラがいまだ整わず、せっかく導入した接触型に対応した決済端末も、PINを打たずにサインでも良いとする2002年に決めた暫定運用がそのままの状態にあります。この問題だけでも、政府が言う2020年を待たずして、直ちに見直してもらいたいものです。
 さらにコンタクトレスの受け入れ体制はまったく見通しが立たないままです。先月から日本でも始まったApple Payには、Suica、iD、QUICPayが採用され、いずれもFeliCa(フェリカ)のインフラを使用します。Visa payWave、Mastercard Contactlessが準拠するため世界各地で導入が進んでいるType A/B方式との互換性がない点も気になります。
 日本は2020年に向けてキャッシュレス化を進め、またセキュリティ水準を高めようとしているのですから、オーストラリアには学ぶところが多いと思います。

 この通り、私はオーストラリアを絶賛しています。しかし、逆にもし私がオーストラリア人だったとして褒めちぎられる立場なら、ちょっとくすぐったい感じがするかもしれません。元来、根性とへそが曲がっている私は、褒めすぎたことを反省し、今度は粗探しをして問題点を指摘したくなってきました。
 そうするとオーストラリアにも意外な欠点が一つ、これだけコンタクトレスが普及しているにも関わらず、Apple PayやAndroid Payなど、スマートフォンを用いて支払う人はまったくと言って良いほどいないのです。私の知人も「自分も含めてApple Payを使う人はいない」と断言します。「Apple Payが使えることは知っており、自分でも登録したが、使わない」ときっぱり。
 この理由は定かではありません。シドニー滞在中、小売店などのレジ周りを見て回りましたが、確かなことは実際にスマホをかざして支払う人が1人もいなかったという事実です。
 Visa payWave、Mastercard Contactlessの桃源郷! と驚くばかりのオーストラリアでも、Apple PayやAndroid Payはまったく使われていない。この関係は不思議です。しかし、考えてみれば「Apple PayやAndroid Payがとてもよく利用されている」という地域は私の知る限り、先のアメリカも含めて存在しません。
 そもそもApple Pay、Android Payはまだ始まったばかりです。スマートフォンの利用形態が多様化するにつれて、やがて各地で多くの利用者が現れる可能性は誰も否定しないでしょう。それを確認する意味でも、「来年またシドニーに来て確認しよう!」と早くも次のシドニー出張が決定しました。

※1豪(オーストラリア)ドル=82円(2016年11月15日の為替レート)で換算しました。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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