連載コラム

決済サービスをめぐる世界の紛争事例

[ 2017年1月18日 ]

アメリカのトランプ新大統領の就任が話題となっています。いずれも政治、経済、外交などさまざまな分野に影響が及ぶことは間違いないでしょう。実はビザやマスターカードなどの決済サービスも、国をまたぐ国際的なサービスであるため、外交問題とは密接です。今回は、世界各地で発生している決済にまつわる紛争事例をいくつかご紹介します。

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

紛争事例その1:ロシア vs アメリカ

 以前にも触れたことがありますが、ロシアによるクリミア半島侵攻、シリアアサド政権の支持、サイバーテロなどに対し、アメリカなど各国がさまざまな制裁措置をロシアに対し課しています。一般に政府要人の国外退去、銀行口座の凍結などが制裁処理としてよく行われますが、アメリカは2014年以降、ロシアでのビザ、マスターカード等のクレジットカード利用を制限しています。最後に私がロシアに渡航したのは2012年ですが、その時点では制裁前でしたので、カード利用に特に不便を感じることはありませんでした。最近の状況を実際に目で見たわけではありませんが、伝え聞くところによれば最近ロシアではビザ、マスターカードが使えない場所が増えて不便になったという報告もあり、本来制裁措置とは無縁のはずの旅行者にとっても悩ましい限りです。
 この制裁に対抗して、ロシアは中国銀聯(UnionPay)のような独自決済システムを構築すると発表しています。しかし、実際にロシア版UnionPayが立ち上がったという話はまだ聞こえません。
 現状のアメリカによるロシア制裁は主にオバマ政権下での政策です。しかし、トランプ新大統領はロシアのプーチン大統領に歩み寄りを見せており、海外メディアなどによれば今後、条件次第では現在アメリカがロシアに対して課している制裁の一部を解除するとの読みもあるようです。しかし、もし仮にビザやマスターカードの利用抑制が解除されたとして、いったんロシアが拳をふり上げて宣言したロシア版UnionPayの開発を引っ込めるようなことはあるかどうかといえば、それは疑問に思います。
 「ロシアがクリミア半島を制圧したらビザとマスターカードがロシア市場を失った」という"とばっちり"で、「風が吹けば桶屋が儲かる」ような話です。
 ロシアのGDPは日本の3分の1程度で、韓国、オーストラリアなどとほぼ同水準です。カード決済の普及率はわかりませんが、これによって失われる市場をそれ以外の地域で補うことがでるのか、という点がビザやマスターカードの心配事といったところでしょうか。

紛争事例その2:中国 vs ビザ・マスターカード

 この問題は、2002年に中国で中国銀聯(UnionPay)が立ち上がったことに端を発します。中国人民銀行は中国国内における決済の海外サービス(ビザ、マスターカードなど)の利用を禁止し、中国における決済サービスをすべてUnionPayに統一するという施策を打ちました。現在、中国国内でカードを受け入れる加盟店ではビザやマスターカードも利用できるところがありますが、中国国内でのビザ、マスターカードの取引はいったんUnionPayのネットワークを経由して、海外に仕向けられる仕組みとなっています。
 本来ならば中国国内の銀行がビザあるいはマスターカードと提携し、加盟店でのカード決済に対応するべきところで、実際に多くの国では現地の金融機関が直接ビザやマスターカードと提携(メンバーシップ契約)してカードを受け入れています。これによりビザやマスターカードは収入を得るわけです。ところが中国国内ではビザ、マスターカードの商売の芽が完全に絶たれてしまったのです。対して、これを不当であるとするビザなどの訴えに対しWTOがその主張を認め、中国の施策は不当であると判断を下しました。これを受けて中国政府は2015年6月以降はビザやマスターカードも受け入れると発表しました。
 ところが、最近になってこの決定を中国人民銀行が反故(ほご)にするような決定を下しました。中国国内で発行されているビザやマスターカードなど海外決済ブランドによる提携カードの更新、あるいは新規発行を一切禁止するというのです。
 われわれ日本人にとっては対岸の火事のような話ではありますが、いかに中国が難しい相手であるかということを強く感じます。
 なお、中国に渡航される方はザやマスターカードが使えない加盟店が増えているのでご注意ください。もちろん外国人の利用が多いホテルやデパートなどではビザやマスターカードが問題なく使えるのですが、街中のレストランや小売店などでは使えないこともしばしば、という状態になっています。これはロシア同様に悩ましい状態で、これからは中国へ赴く際にはUnionPayカードが必須、ということにもなりかねません。日本国内でもUnionPayカードを発行するクレジットカード会社があるので、中国に頻繁に渡航する方は申し込んでおくと良いでしょう。
 UnionPayの利用は現状ほぼ中国人に限られる状況ですが、国際カード利用件数の世界シェアでは、ビザ、マスターカードに次いで3番目(10%)にまで成長し、すでにアメックス(アメリカン・エキスプレス)、JCBの利用件数を追い抜いています。

紛争事例その3:ウォルマート vs ビザ

 世界規模の売上が50兆円というウォルマートは、もはやアメリカ国内企業ではなく、1つの国といっても過言ではないほどの経済規模を持っています。ですからこの事例は、言い換えれば「ウォルマート国 対 ビザ」の紛争と言えるでしょう。
 実はウォルマートとビザはいつも紛争しており、まさしく犬猿の仲なのです。物騒に聞こえるかもしれませんが、ロシアのクリミア半島侵攻のようなドンパチではなく、経済条件に関する紛争です。
 これまでの事例を見る限り、ウォルマート側の主張は首尾一貫しています。その主張は、ビザや金融機関が設定する加盟店手数料が不当に高いという一点に集中しています。もちろんビザも黙ってはいません。手数料には最低限必要な費用が含まれ、原価を割るような設定はできないわけで、当然のことながらウォルマートの主張の全てを受け入れることはできません。この関係がいつも法廷で争われることになるのですが、率直にいってこれは不毛な戦いでもあります。
 要するにウォルマートは手数料を下げたいのですが、その気持ちもわからない訳でもありません。50兆円もの売上があれば金融機関やビザに支払う加盟店手数料の総額も馬鹿になりません。例えば加盟店手数料が1%とすればその総額は5,000億円にも上るわけで、この費用を何とか下げたいという心理が働くのでしょう。問題はそれを交渉ではなく、裁判によって決着しようとする手法です。決済事業者にとってウォルマートは最も手ごわい事業者(加盟店)と言えるでしょう。
 これがどれだけ深刻な課題になっているかどうかは、カナダの例を見ればわかります。カナダではビザカードの加盟店手数料が高すぎるとして、国内408店舗あるウォルマートストアのうち19店舗でビザカードの受け入れを止めてしまいました。ほどなくしてビザとウォルマートが和解したため、ビザカードの受け入れは再開され、事なきを得たようにも見えますが、ドタバタ劇でした。カナダでの紛争は裁判には至りませんでしたが、消費者にとってこのような紛争は受け入れ難いものです。ウォルマートで普段使っていたカードがある日を境に突然使えなくなるわけですから、事業者都合、消費者不在の極めて迷惑な話です。

 話は変わりますが、最近ウォルマートがアメリカの銀行J.P.Morgan Chaseの開発したスマートフォンウォレット(Chase Pay Service)の導入を開始しました。スマートフォンアプリにクレジットカード、デビットカードなどを登録し、店舗ではスマートフォン(スマホ)に表示するバーコードをPOSなどで読み取って決済するサービスです。よくある「おサイフアプリ(Wallet)」の1つで、中国で爆発的に普及しているAlipay、WeChat Pay、日本のLINEPayにも似たサービスです。ウォルマートはこれに先立ち、自社で独自に開発した「Walmart Pay」をアメリカの一部の州で開始しています。Walmart PayもChase Payとほぼ同様のサービス内容です。
 私はこのニュースを聞いて「CurrentC(カレンシー)」はどうなったのか? という素朴な疑問を抱きました。2012年にアメリカで始まったスマホ向けのNFC決済サービスで、ウォルマート、セブン-イレブン(米)など複数の流通業が参加する「MCX(Merchant Customer Exchange)」コンソーシアムが導入を進めていたプロジェクトです。Apple PayやAndroid Payと同様に、スマホにビザやマスターカードなどの決済カードを登録しておき、店舗の非接触読み取り機にかざして利用します。
 これはアメリカでNFCの導入を支える重要なプロジェクトの1つとして注目されましたが、昨年中にサービスを終了してしまいました。世界最大の流通業であるウォルマートが参加していたため、NFCが世界的に普及する可能性を示唆する象徴的な活動だったのです。ところが、ウォルマートは実際にはNFCを使った決済サービスは導入せず、簡易で対応コストの掛からないバーコード方式を採用したというわけです。ここはいかにもコストに厳しいウォルマートらしいところです。しかし方式がバーコードとはいえ、スマホの対応には積極的な側面もウォルマートの特徴の1つと言えるでしょう。

紛争事例その4:オーストラリアの銀行 vs アップル

 コンタクトレス(非接触IC)決済が進んでいるオーストラリアでは、Apple Payのサービス提供も先行して始まっています。現状オーストラリアのApple Payはアメックスのみに対応しており、ビザ、マスターカードの対応はまだ始まっていません。この理由は、オーストラリアを代表する4銀行(Commonwealth Bank, Westpac, National Australia Bank, Bendigo & Adelaide Bank)がアップルに対してNFC機能(Apple Pay)の開放を求め、Apple Payの対応をボイコットしているのです。オーストラリア国内のクレジットカードの3分の2を発行するというこれらの銀行による判断は極めて重大な結果を招きかねません。銀行はApple Payのサービス開始条件として、アップルが持つiPhoneのNFC機能をサービス提供事業者に開放し、自由に利用できるようにすることを求めています。
 オーストラリアでは私の前回の記事「現金いらず、コンタクトレス大国に変貌したオーストラリアの決済事情」でも紹介した通り、ビザやマスターカードのコンタクトレス決済サービス(payWave、Mastercard Contactless)が非常に普及しています。ただし、これはプラスチックカードの利用に限られ、ApplePayの利用者はまだほとんどいないといってもよい状況です。Apple Payの対応がアメックスのみで、ビザ、マスターカードに対応していないことがその理由とする指摘もあります。
 先般、この問題に対してオーストラリアの公正取引委員会ともいえる「Antitrust Watchdog」が、「アップルがNFC機能を開放しないとする主張はボイコットの理由には当たらない」として、アップル側を支持する暫定的な指針を出しています。アップルのApple Payの対応には、例えば発行数や加盟店数などを含む厳しい条件があるとされていますが、その内容は公開されていません。その条件はともかくとして、公正取引委員会の暫定判断は、アップルのサービスはオープンであり、銀行によるボイコットは不適切とするものです。現在オーストラリアではこの判断を前提とするルールを策定中で、3月には交付される予定です。オーストラリアの銀行対アップルの紛争にはアップルが勝利を収めたという結果です。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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