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連載コラム

「キャッシュレス払いで利用額還元」ブームの裏で課題は山積み、日本のキャッシュレス化は本当に進むのか?

[ 2018年12月17日 ]

「QRコード決済『ペイペイ』が100億円を利用者に還元!」 「消費税増税時に5%ポイントバック!」 などなど。今回のコラムでは、最近少々話題を振りまいているキャッシュレス化について考えてみたいと思います。

文・山本正行(山本国際コンサルタンツ)

100億円キャンペーンの顛末、あなたは還元を受けられましたか?

 ソフトバンクとヤフーの共同出資会社、「PayPay(ペイペイ)株式会社」が今年10月に開始したQRコード決済サービス「ペイペイ」は、初期の利用促進策として、利用額の一部、または、抽選で全額を還元するという大胆なキャンペーンを打ち出しました(写真1)。投入した資金が100億円という高額だったことには驚かされましたが、さらにびっくりしたことは開始後わずか10日間で100億円を使い切り、終了してしまったことです。残念ながら私は還元を受けることができませんでしたが、身の回りにその恩恵を受けた人は何人かいます。

写真1 20%還元の告知が大々的に行われたコンビニエンスストアの店頭(東京都内のファミリーマートにて撮影)写真1 20%還元の告知が大々的に行われたコンビニエンスストアの店頭(東京都内のファミリーマートにて撮影)

 このような思い切った作戦は、その会社や経営者の資質を表しているといえ、ソフトバンク社長である孫 正義さんの株を上げました。その他の「〇〇ペイ」では、送金の際にくじ引きに当たるといくらかもらえるプログラムを実施したり、利用時にわずかな割引を行っているものもあります。いずれも各事業者の努力が滲み出ているのですが、一声100億円の響きに勝るものはこれまでになかったと思います。後を追うように、LINE Payでも決済額の20%をもれなく還元するキャンペーンを始めましたが、二番煎じといえ、多くの消費者を引きつけるには十分とは言えないように思います。
 そもそもペイペイやLINE Payなどの「〇〇ペイ」では、自社のサービスを導入してくれた加盟店に対して、加盟店手数料を一定期間無料にするキャンペーンをすでに実施しています。それと並行して利用者に利用代金の一部を還元しているわけですから、これが続けば当然、各社とも大赤字となるわけです。各事業者ともこういうキャンペーンをやすやすと継続できるわけではないでしょう。

日本のキャッシュレス化を阻む、「加盟店手数料問題」と「無関心」

 それでも、各社が「持ち出し」をしてまで加盟店や利用者にインセンティブ(特典)を与える背景には、日本のキャッシュレス推進を阻害する大きな2つの課題があります。
 まず、日本は諸外国に比べてビザ、マスターカード、JCBなどの国際カード決済(写真2)を受け入れる加盟店が少ないことは、いろいろな場面で指摘されていることです。問題はその理由ですが、国際カード決済を受け入れない店舗などにアンケートを取ると、最大の理由として加盟店手数料が高い点が指摘されます。

写真2 日本は諸外国に比べて国際カード決済を受け入れるお店が少ない(筆者が手持ちのカードを撮影)写真2 日本は諸外国に比べて国際カード決済を受け入れるお店が少ない(筆者が手持ちのカードを撮影)

 2つ目の課題は、日本人がキャッシュレス化を強く望んでいるわけではないという現実です。経済産業省によるレポート「キャッシュレス・ビジョン」に引用されている「お金に関する生活者意識調査」(博報堂生活総合研究所・2017年12月15日公表)を見ると、消費者のおよそ半数がキャッシュレス社会にならないほうが良いと考えている現実が明らかになります。中でも、女性の61.5%が「キャッシュレス社会にならない方が良い」と回答している点は興味深い事実です。
 まず最初の課題について考えてみます。「〇〇ペイ」を提供するにあたっては「加盟店手数料が安い」ということが、店舗に受け入れてもらう必須条件になるわけです。大まかに言えば、現在ビザ、マスターカード、JCBなどの国際カードを取り扱う場合の加盟店手数料が1〜5%程度に設定されているため、「〇〇ペイ」では国際カード決済に対して優位な立場に立つために、それらよりも格安な手数料を設定する必要があります。一部の事業者による「0%」の設定はいささか行き過ぎかと思うこともありますが、国際カード決済に対する優位性を際立たせたい「〇〇ペイ」提供事業者の強い意志と言えるでしょう。
 次に2つ目の課題、消費者が必ずしもキャッシュレス化を望んではいない点は、より深刻です。キャッシュレスを強く望まない消費者に対して、「〇〇ペイ」という独特な支払い手段を使ってもらうインセンティブを与えることは難しく、誰もが安易に思い付くアイディアが直接的な割引とキャッシュバックというわけです。
 2番目の課題にある、およそ半数の「キャッシュレス社会にならない方が良い」と考えている消費者に対し、100億円のキャンペーンがどれだけ響いたかは不明です。それでも、キャッシュレス決済にある程度関心のある人は敏感に反応したと考えられます。その証拠に、ペイペイが実施した100億円還元キャンペーンが10日間しか続かなかったわけです。しかし、10日間しか持たないインセンティブではまだまだ効果が薄いと言わざるを得ないと思います。厳しい言い方ですが、おそらくペイペイの利用は一時的には爆発的に伸びたかもしれませんが、キャンペーンが終了した途端一気にしぼんだはずです。爆発的に利用される状態をずっと持続するためには、1年で3,000億円以上の費用が必要な計算になります。
 消費者全体に関していえば、「QRコードを使ったキャッシュレス決済について、日本は「知らない」人が全体の8割に達する」(日本経済新聞・2018年12月15日付け記事)との報道もあり、これは示唆的です。そもそも今回のキャンペーンで大騒ぎしていたのは日本人全体の2割以下だったというわけです。
 話を本題に戻しましょう。私見ですが、まず「〇〇ペイ(QRコード決済)」が話題となることは、広い意味では、キャッシュレス化の推進につながる良い傾向だと思います。しかし、「〇〇ペイ」がどれだけの日本人に受け入れられるかという点については大いに疑問を感じます。先日ある外資系金融機関で、各国の機関投資家とこの問題について議論する機会がありました。「〇〇ペイ」がどれだけ普及するかという質問に対して私は「最大でスマホ利用者の10%以下(が利用する)」と答えたところ、この問題に詳しいアメリカ人の機関投資家が「甘すぎる」と反論しました。「設定も面倒だし、誰もが利用できるサービスとはとても言い難い」と指摘し、彼独自の見立てではその普及率はいってもせいぜい3〜5%程度以下ではないかと言います。アメリカではApple Payの利用者がiPhone利用者全体の5%に満たないとも指摘されました。私が推計した10%の数字は、日本のおサイフケータイにおける電子マネーサービスの利用率などを根拠にしていますが、彼らと話すうちに、10%という私なりの数値が甘かったと感じるようになりました。

ポイント5%還元の波紋、加盟店手数料は下がるのか?

 もう一つの話題は、消費税率が10%に上がった際、キャッシュレス決済を利用した場合に限り、一定期間は利用金額の5%分をポイント還元するという政府の方針です。中小の加盟店のみを対象とする考えですが、その資金は国家予算から拠出されます。これはキャッシュレス化推進に便乗したバラマキ戦略ともいえますが、キャッシュレス化の推進という目標を見据えた施策としては重要です。しかし、この施策に対する評価は決して高くありません。中小事業者のみが対象であり、大手から見て不公平、システムの改修が大変、一定期間のみ実施するためにシステム改修や特別運用に伴うコストを支払うのは合理的でない、など当事者の間には強い反対意見が目立ちます。そればかりでなく、一般消費者の支持もあまり得られていない状態が指摘されます。日本経済新聞の実施した世論調査(2018年12月17日付け記事より)によれば、40代以上の世帯の過半数、60代を超える高齢世帯では70%以上が「反対」と答えています。
 現在、関係者の間で具体的な内容や実施方法が検討されています。本記事が掲載された後で、その内容はより明らかになるでしょう。
 ここでもう一つ触れておきたい問題があります。それは日本の加盟店手数料に関してです。まず政府は、5%還元の適用と時期を同じくして、加盟店手数料の上限を「3.25%」に設定する方針です。3.25%という手数料率は、日本におけるビザ、マスターカードの飲食店や個人商店など(一般加盟店)に設定される料率の限界値(最安値)です。
 公共料金、交通機関、大手スーパー、コンビニなどはこれより低い1〜2%台に設定されますが、この差には加盟店契約会社(アクワイアラー)がカード発行会社に支払う、「インターチェンジフィー」などと呼ばれる手数料(コスト)が反映されています。
 このように一部の大手加盟店に対しては低い加盟店手数料が設定されていますが、一般加盟店向けにはそれよりも高い3.25%であっても、アクワイアラーや決済代行会社が十分な収益を確保できない状態です。しかし、多くのスマホ決済(スクエア、楽天ペイなど)が3.24〜3.25%の料率でサービスを提供していることから、最近ではアクワイアラーや決済代行会社などが契約する際の手数料率も3.25%程度に設定される傾向が表れています。しかし、これはビザ、マスターカードに関しての話で、JCB、アメックス、ダイナースクラブといったその他の以外の国際決済ブランドの取引を対象とした手数料率では、これよりも高い4〜5%程度の水準がまだ残っています。
 次に、この「3.25%」という手数料が果たして合理的な水準なのかどうかという点です。まず総論として、諸外国(欧米、中国、アジアなど)の水準に比べてみると、日本の手数料率は諸外国に比べて高い水準にあります。例えば欧州やオセアニアでは、どのような加盟店であっても手数料率が1%以下に設定されることが多いことから、これに比べれば日本の3.25%ははるかに高いと言わざるを得ません。
 しかし、ここで理解しておくべき点は、日本と諸外国ではクレジットカード会社などの収益構造が大きく異なるため、単純に数値を比較して日本が高過ぎると結論付けるのは早計だということです。実は、手数料の安い諸外国に比べ、日本のクレジットカード会社などが大きな収益を得ているかといえば、そうではないのです。
 まず日本のクレジットカード会社などは、決済ネットワークや決済端末などのシステムにかかるコストが高いと言われています。基幹システムの改修に毎年数百億円の投資を行う大手クレジットカード会社も少なくなく、この負担が結果的にフィンテックを見据えたオープンAPIなどの対応を遅らせる結果にもなっています。
 さらに、日本の多くのクレジットカードが一括払いで利用されていることから、諸外国ではクレジットカード事業の大きな収益源となるリボルビング払いの手数料収入が、日本のクレジットカード会社には少ないという課題があります。そのため、システムの維持や改修にかかる大きなコストを回収できる十分な収益が得られず、多くのクレジットカード会社が保証業務などの本業以外の事業で稼いでいます。このような状況を総合すると、日本の加盟店手数料を大幅に下げるとクレジットカード会社などの経営が立ち行かなくなる可能性もあると言わざるを得ないのです。

カード会社の構造改革、キャッシュレス・メリットの普及啓蒙が急務に

 QRコード決済は、さまざまなキャンペーンを以ってしても普及は限定的。日本のクレジットカード会社などの決済事業者は、コスト構造の問題から加盟店手数料を今後さらに引き下げることはできない。消費者の半数が、キャッシュレス化を望まない。
 これらの現実は、いずれも政府が推進するキャッシュレス化の足を引っ張りかねない大きな課題です。特に収益の柱を持たないクレジットカード会社が、システム費などに多大なコストを支払う構造は問題です。今後、抜本的なシステム改修やクレジットカード会社を統合してシステム維持費を軽減するなどの努力が強く求められます。また、消費者のマインドを変えるためには、キャッシュバックなどのインセンティブばかりでなく、学校教育でキャッシュレスのメリットを若年層に教え込む必要があるでしょう。
 日本のキャッシュレス化を成功させるためには解決すべき問題が山積みの状態です。キャッシュレスを推進する立場にある一人として、これを考え始めると夜も眠れない日が続きそうです。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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