10周年を迎えた『電子決済-Next』パネルディスカッション 目標値ありきでなく、あらためてキャッシュレス化の意義を考えた3日間
[ 2019.03.14 ]
3月6・7・8日の3日間、東京ビッグサイトで開催された「リテールテックJAPAN 2019」の特別企画として、有識者によるパネルディスカッションイベント『電子決済-Next』(企画協力:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ)が今年も開催されました(写真1)。毎日日替わりでお送りしたモデレータ3名と、延べ9名のパネリストにより、電子決済の課題や将来に関して熱い議論が行われた本イベントの模様を写真入りでレポートします。
文・多田羅 政和(電子決済研究所)
写真1 『電子決済-Next』の開催風景
Day1「2025年、キャッシュレス化比率40%目標の行方」
開催初日のテーマとして掲げられたのは、「2025年、キャッシュレス化比率40%目標の行方」。山本国際コンサルタンツ代表の山本 正行氏をモデレータとして、日本政府が目指す、日本国内のキャッシュレス化推進目標値を全体のキーワードとして、それに向けた現状の課題認識や、目標達成の見通し、目標実現に向けた方法などについて議論が交わされました。
パネリストとして登壇したのは、片岡総合法律事務所の高松 志直弁護士、Fintech協会 代表理事会長でインフキュリオン・グループ代表取締役社長の丸山 弘毅氏、そして明治学院大学 法学部 准教授の圓山 茂夫氏の3名。
パネルディスカッションでは、山本氏が関連するキーワードをスクリーンに提示しながら、各人が意見や所感を述べ合いました。全体テーマにもかかる事項として、国(経済産業省)が「2025年に40%」というキャッシュレス化率の目標値を提示した「キャッシュレス・ビジョン」や、クレジットカード、デビットカード、プリペイドカードと、キャッシュレス決済手段ごとに所管する法律が異なっている「法制度」、今年10月から政府が消費増税のタイミングで実施する「消費税ポイント還元」、割引合戦が過熱するQRコード決済などで話題の「スマホ決済」などが討論のキーワードになりました。
法制度の関連では、そもそも「リテールテック」は流通・小売業の祭典ですが、そこで主役であるはずのお店は法律上では「加盟店」としてのみ定義、記載されるにとどまっている、との指摘がありました。そのせいもあって、お店の声が届きにくい法律になっている側面があるそうです。また、国際ブランドの搭載された決済カードも、近年はクレジットカードだけでなく、デビットカード、プリペイドカードと横断的に広がりつつあり、それぞれが別の「縦割り」で管轄している法制度は必ずしも現実に即していないのでは? との意見も。考え方として、「利用者の目線に合わせて分けるのがよいのではないか」とのコメントもありました。
キャッシュレス比率40%を目指す政府目標のくだりでは、そもそもの分母・分子をどのようにとらえているのか、口座振替を(分子に)含んでいないのは生活者のお金の支払い方に関して実態に即していないのではないか、などの指摘もありました。ただし、パーセンテージの目標はともかく、キャッシュレス化が進むこと自体には全員が賛成の意見で、「外国人にとって支払いが不便な場所をキャッシュレスにしていく」ことや、「生活者が現金を使う回数を減らしていくことが目的」などの建設的な議論が交わされました。
写真2 高松 志直氏(片岡総合法律事務所 弁護士)
写真3 丸山 弘毅氏(Fintech協会 代表理事会長)
写真4 圓山 茂夫氏(明治学院大学 法学部 准教授)
写真5 初日のモデレータを務めた山本 正行氏(山本国際コンサルタンツ代表)
Day2「決済サービス進化でどう変わる? 世界と日本のキャッシュレス」
2日目のパネルテーマは、昨日とは打って変わって「決済サービス進化でどう変わる? 世界と日本のキャッシュレス」。僭越ながら、いささか場違いなTシャツを着てきてしまった私がモデレータを務めさせていただきました。
パネリストとして登壇したのは、モバイルオーダープラットフォーム「O:der」などを展開するShowcase Gig 代表取締役の新田 剛史氏、飲食店向けに予約・顧客管理台帳システム「TableSolution」などを提供するTableCheck 代表取締役の谷口 優氏、そしてオフィス向け無人コンビニ600を展開する600 代表取締役の久保 渓氏の3名です。
ご覧の通り、写真をご覧いただくと今をときめくベンチャー企業の社長セッションという風情になりましたが、ご登壇いただいた3名・3社の事業には共通項があり、「電子決済がメインの事業ではない(決済事業者ではない)」ことや、「従来とは異なる新しい決済手段(技術)を採用している」点で、『電子決済-Next』にふさわしい話題提供をしていただきました。
「O:der」や「TableCheck」では、従来は「非対面取引」や「ネット決済」と定義されてきたカード決済をスマートフォン上で行い、その結果を実店舗に通知することで決済を完了します。私たちはお店で買い物する際、いつも何の疑問もなく、時には行列に並んでカードを提示したり、スマホをかざしたり、そんなアクションをすることにすっかり慣れてしまっていますが、「O:der」や「TableCheck」を使うと、このような「支払う」ための行為そのものが不要になります。加えて、決済に必要な情報を事前にお店が預かるため、予約キャンセルの防止効果や、キャンセルフィーの確実な徴収などにも効果を発揮します。
「無人コンビニ600」も、商品を取り出す際にはブースに据え付けられたタブレット端末にクレジットカードをスワイプして読み取らせることで、はじめてドアが解錠される仕組みです。手に取った(ブースから取り出した)商品の金額はICタグにより自動で精算され、ドアを閉めて確認すれば決済が完了する仕組みになっています。
このように、かつては障壁のあった、非対面取引をリアル店舗での決済に持ち込むサービスは、いまや当然の感覚として利用者にも認知されつつあることがパネリストの皆さんとの会話でわかりました。
この日の議論では諸外国のキャッシュレスと日本の状況を比較するテーマも取り上げましたが、「海外の事例を見ても、省人化などサービスに付帯してキャッシュレスが起こってきており、無理なく進んでいる印象がある」「『オートメーション(自動化)』と『オプティマイゼーション(最適化)』の観点から活用を考えることがキャッシュレスでは重要」「キャッシュレスそれ自体が目的だとすると、コストの問題もあって導入しないお店は当然ある。そうではなく、購買データが取れるキャッシュレスの利点を生かし、お店がお客さんとの関係を継続するために導入するんだ、と考えるのがよいのではないか」などなど、数々の金言も飛び出す展開に。モデレータとしても実りのある議論ができたと感じました。
写真6 新田 剛史氏(Showcase Gig 代表取締役)
写真7 谷口 優氏(TableCheck 代表取締役)
写真8 久保 渓氏 (600 代表取締役)
写真9 2日目のモデレータを務めた多田羅 政和(電子決済マガジン編集長)
Day3「小売・サービスから見た新決済サービスへの期待」
イベント最終日のテーマは、「リテールテック」の面目躍如ともいえる小売・サービス業を意識した「小売・サービスから見た新決済サービスへの期待」が掲げられました。モデレータは昨年もご登壇いただいた、山本国際コンサルタンツ パートナーコンサルタントの加藤 総氏が務めました。
パネリストとして登壇したのは、イオンリテール 電子マネー推進本部長の上山 政道氏、インフキュリオン カード・ウェーブ編集長の岩崎 純氏、そしてJapanTaxiのマーケティング部事業開発グループ・ビジネスプロデューサーを務める西本 裕紀氏の3名です。
モデレータの加藤氏は、日本国内における決済手段別の取扱状況(内訳)や、昨年2018年に日本でも大きな盛り上がりを見せたQR・バーコード決済の概要などを解説した後に、ディスカッションの議題を提示しました。
「小売・サービス事業者目線の『キャッシュレスの意義』」の議論では、現金と比べて決済処理にかかるスピードを短縮する効果のほか、イオングループが推進する電子マネー「WAON」では高齢者がタクシーで利用する際に、現金を授受する負担や釣り銭トラブルが減少してタクシードライバーからも高評価をもらっている、などの事例を紹介いただきました。イオンリテールの店舗全体におけるキャッシュレス比率は現状60%ほどですが、これを今後数年で80%まで上げていく目標を定めて取り組んでいるそうです。
反面、電子決済にはお店側に決済端末の導入費用や決済手数料といったコストがかかります。宿命ともいえる課題ですが、この壁を乗り越えるヒントとして「100%キャッシュレス化したコインパーキングでは、現金を回収してまわるコストが不要になり、自動サービス機の筐体も簡素化できるようになった。このように他のメリットとコストを組み合わせて解消できるのでは」といった事例紹介と意見がありました。タクシーの例でも、ドライバーがお客さんの降車後に現金をかき集める手間がなくなったり、勤務前に準備する両替金を減らせるなどの効果があるそうです。
モデレータの加藤氏は「自分の生活圏では現金を持っていなくても、どこでも自分の持っているキャッシュレス決済手段が使える。百貨店で買い物をして、ちょっといい気分になってタクシーで帰宅する。そういう顧客体験の一連性にもキャッシュレスで貢献していける」と今後のキャッシュレス化の進展にエールを送り、ディスカッションを総括しました。
写真10 上山 政道氏(イオンリテール 電子マネー推進本部長(電子マネー、クレジット、QR・バーコード決済担当))
写真11 岩崎 純氏(インフキュリオン カード・ウェーブ編集長)
写真12 西本 裕紀氏(JapanTaxi マーケティング部 事業開発グループ ビジネスプロデューサー)
写真13 3日目のモデレータを務めた加藤 総氏(山本国際コンサルタンツ パートナーコンサルタント)
10周年を迎えたカンファレンス企画
『電子決済-Next』の開催は、前身の2010年3月から始まった『NFCカンファレンス』から起算して、今回で記念すべき10回目(10周年)を迎えることができました。これもひとえに、いつも本連載を楽しみにご覧いただいている読者の皆さま、そして毎年連日カンファレンス会場まで足を運んでくださる皆々さまのおかげです。カンファレンスステージの設営から、毎年つつがなく運営を支えてくださるステージスタッフ、会場誘導スタッフの皆さまのお力添えもイベントの成功に欠かすことはできませんでした。著者、モデレータを代表して皆さまに御礼を申し上げます。
また『電子決済-Next』の命名は、本連載の掲載でもいつも大変お世話になっている日経新聞のご担当者さまによるもの。世の中に飛び交う言葉が「フィンテック」とか「キャッシュレス」などと目まぐるしく変わる荒波の中にあって、安定感のある未来志向のネーミングに励まされました。こちらも感謝、感謝です。
すでに発表されていますが、来年の「リテールテックJAPAN 2020」は長く過ごし慣れた東京ビッグサイトを離れ、幕張メッセにて出張開催となる予定です。東京が、日本人が、全力で迎えるべき2020年がいよいよ現実的な時間になってきました。次回もまた、皆さまと元気に会場でお目にかかれることを祈念して、パソコンを閉じます。
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- 執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ
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多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。
山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。
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