連載コラム

「国際標準」と「日本独自」を考える

[ 2010年6月30日 ]

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

 『IC CARD WORLD』ウェブサイトをご覧の皆様、こんにちは。山本国際コンサルタンツの山本です。

 6月も半ばになり、いよいよ東京も梅雨入りしました。これから暫くじめじめとした日が続くと思うと憂鬱な気分になります。こういう季節ですので皆様も体調など崩さぬようご自愛ください。

 ところで、今回は少し趣向を変えてICカードに限らずに様々な「日本独自」について考えてみたいと思います。

ウインカーとワイパーの関係

 唐突ですが自動車の話から。飛行機でアメリカの国際空港に降り立ち、そこから目的地までレンタカーを運転するというご経験はおありでしょうか。外資系企業に勤める人や、商社マンのように頻繁に海外に行くビジネスマンの典型的な出張パターンだと思うのですが、私も以前そういう出張を繰り返した時期がありました。

 アメリカでレンタカーを運転する時に日本人がよく経験する小さな「焦り」があります。もちろん、長い搭乗の疲れ、右側通行や左ハンドル車運転に伴う緊張感などは言うまでもありませんが、レンタカーを借りて最初に公道に出る際、つまり最初の曲がり角で、「方向指示器のスイッチはどこ?」と焦ったご経験はありませんか?

 これは、方向指示器のスイッチ位置が違うために起こります。国産車の方向指示器のスイッチはハンドルの右についていますが、外国車はハンドルの左にあります。

 左ハンドルだから? と思う方が多いと思いますが、理由は違います。受け売り情報ですが、これはISO基準で方向指示器の位置はハンドルの左側と定められているからだそうです。

 ちなみに、日本に輸入されている外国車は右ハンドル車でも方向指示器スイッチがハンドルの左側に付いています。実は私がそうなのですが、日本で日常的に外国車を運転する人がたまに国産車に乗り換えると、方向指示器と間違ってワイパーを動かしてしまうことがあります。

 ところで、一般に方向指示器の事を日本語で「ウインカー」と呼びます。しかし英語でこれを"winker"と言っても通じません。英語で方向指示器のスイッチは、"Turn signal blinker"、あるいは単に"blinker" などと呼ばれていますのでご注意下さい。実は「外来語」も日本独自仕様なのですね。

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磁気カードでも...

 クレジットカードやキャッシュカードでもこの手の話があります。よく話題に上るのが、「JIS-I」、「JIS-II」、などと呼ばれる磁気ストライプのフォーマットに関する仕様です。

 日本は古くから銀行キャッシュカードで磁気ストライプカードを採用しており、日本独自にデータフォーマットが定められていました。クレジットカードも発行当初、銀行キャッシュカードに合わせたため、後になって国際規格(ISO7810)に定められる仕様の磁気ストライプを採用しようとすると、フォーマットが異なり困ることになりました。

 結果的に、日本のクレジットカードでは、カードの表側に日本固有の磁気ストライプ、裏面に国際規格の磁気ストライプと、カードの裏表両面に磁気ストライプが貼られています。特に表面はデザインの一部と重なるので、日本の印刷会社が持つ「巧みな印刷技術」によってきれいに隠蔽されています。そのため、表面に貼られた磁気ストライプに気付くことはありません。しかしその「巧みな印刷技術」は日本以外に使える場面が無く残念です。

 JIS規格では日本固有の仕様をJIS-II、国際規格のものをJIS-Iとして区別することになりました(JIS X6301、X6302)。その後、JIS-I、JIS-IIという呼び方はなくなって、現在ではJIS-IがJIS標準規格、JIS-IIは付属書にある派生仕様となっています。しかしカード業界に詳しい方は、今でもよく「ジスイチ」「ジスニ」と呼んで区別する人がいます。

 2つの磁気フォーマットが存在するために、日本の決済端末は両方の磁気ストライプを同時に読み込むという、少し複雑な構造になっています。最近ではほぼ無くなりましたが、かつて表側の磁気ストライプ(JIS-II)のみしか読むことができない古い決済端末やATMが存在し、海外発行カードなどが利用できないという問題が発生することもありました。

同じ轍を踏まないために

 これ、何かに似ていませんか? そう、私は最近よく話題に上るNFCの議論を思い出します。NFCは以前から日本で普及するFeliCaと、今後普及するかも知れないType A,B方式を丸ごと包含することができる、という考え方です。

 それにしても、このように後になって統合する苦労を強いられるのなら、いっそのこと最初から国際規格を意識してサービスを考えてはどうかと思うのですが、それは難しいのでしょうか。

 このような議論は何度も繰り返されてきており、なんとなく「同じ轍を踏む」ようで残念に思います。しかし、日本は海外に比べサービスの普及速度が速く、国際標準化のほうがそれに追いついていないのも事実です。これを安易に「日本のガラパゴス化」と揶揄することは簡単なのですが、そう単純に言い切れない事情もあるわけです。

 一部には「日本独自」が「日本市場を競争から守り成長を支えてきた」とする意見もあって、一理あります。しかし、その「日本独自」が「日本の製造業の国際競争力を低下させている」との厳しい指摘があり、現在の論点はむしろそこにあると考えています。

 いずれにせよ、前回の多田羅さんの記事にもあるとおり、残念ながら海外における日本のプレゼンスは低下し続けています。そのような状況で海外市場や国際規格のフィールドで日本のプレゼンスを高めるにはどうしたらよいのか、真剣に考える必要がありそうです。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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