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オクトパスだけじゃない、香港のカード事情

[ 2010年7月22日 ]

文・多田羅 政和(電子決済研究所 代表)

 『IC CARD WORLD』ウェブサイトをご覧の皆様、こんにちは。電子決済研究所の多田羅です。

 本連載では第5回にイギリスのデビットカード事情を取り上げましたが、各所で反響を頂きました。意外と他国のカード事情は知られていないことも多く、雑談するにも面白いテーマですよね。

 そこで今回は、3月に展示会視察に訪れた国際都市・香港のカード事情についてご紹介します。

クレジットカード・デビットカードともに増加中

 香港の地域面積は1,103平方キロメートル。東京23区の約半分に相当する小さなエリアに、約700万人(2009年末現在)が生活しています。

 そんな香港の決済カードの主役は、日本と同様にクレジットカードが担っているようです。香港金融管理局によると、2009年末時点のクレジットカード開設口座数は対前年比4.8%増の1,240万件で、2005年に1,000万件を超えてからも毎年増加の一途をたどっています(表1)。

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表1 香港のクレジットカード発行推移(出典:香港金融管理局)
※1HK(香港)ドル=約11円(2010年7月21日現在)

 以前は数百円の少額決済にもクレジットカードが躊躇なく使われ、カード社会の印象が強かったともいわれる香港ですが、今回訪問時の実体験では、クレジットカードがさほど頻繁に利用されている印象はなく、日本と同程度の利用率に感じられました。もしかすると経済不況の影響があるのかもしれません。

 一方、香港でもう一つメジャーな決済カードが、『EPS』(図1)の名称で知られるデビットカードです。これは銀行ATMなどでの現金入出金用に発行されているATMカード(日本のキャッシュカード)を提示することで、そのままお店での買い物に利用できるサービスで、利用代金は直接銀行口座から引き落とされる仕組みになっています。ちょうど日本の「J-Debit」と同様の決済サービスですね。

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図1 『EPS』デビットサービスのロゴマーク(出典:EPSのWebページ)

 最近ではこれに加えて『銀聯』のアクセプタンスマーク(カード利用可能を示すステッカー)を掲げるお店がたくさん見られました。中国発の国際ブランドといえる『銀聯』は、VISAやMasterCardなどと同じくクレジットカードやデビットカードのブランドでもありますが、現時点ではATMカードに搭載されたデビットカード機能がメインで利用されています。

 ちなみに市内の銀行を覗いてみると、後述するオクトパスカードのオートチャージ(自動入金)にも対応する銀聯搭載のATMカードを発行する銀行もありました。

香港に来たら、オクトパスカード

 さて、香港でカードといえば、業界人でなくとも「オクトパスカード(Octopus Card)」の名前を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 ちょうど日本のSuicaのように、電車やバスの乗車券用途や、お店での支払いの際に使える非接触ICタイプのプリペイドカードなのですが、香港ではこのカードを1997年から導入しています(写真1~2)。

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写真1 駅の残高照会機とオクトパスカード

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写真2 オクトパス対応の自動改札

 サービスを運営するオクトパスカード社によると、オクトパスカードは香港人口の約95%が所有しており、「世界で最も多くのアクセプタンス(利用場所)があるカード」とのこと。1日に約1,100万件以上の取引があります。

 すでに導入から10年以上が経過した現在、当地では交通利用を中心として、物販・サービス利用にも幅広くオクトパスカードが広く使われている印象があります。街中を歩いてみると、セブン-イレブンのような小売店だけでなく、駐車場や映画のチケット発券機(写真3)といった自動機でもオクトパスに対応したものが多いことに驚きを覚えます。

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写真3 映画館の自動チケット発券機

 カードのほうも、いわゆるカード型以外の形状をしたオクトパスキーホルダーや、オクトパス腕時計など、さまざまな種類が販売されています(写真4)。こうした特殊形状のオクトパスでは、購入時に通常カードのデポジット(預かり金)を請求されない代わりに、比較的高額な販売価格になっているのが特徴的です。例えばキーホルダーですと、ベーシックな700円程度のものもあれば、プレミアムキャラクターを採用するタイプでは3,000円以上するといった具合です。

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写真4 オクトパスのバリエーション(上は回数券付きタイプ、下はキーホルダータイプ)

 機能面では、単機能のオクトパスカード以外に、クレジットカードやATMカードとの一体型カードも発行されています。オクトパスカードは、残高不足の際にあらかじめ登録しておいたクレジットカードからのオートチャージ(自動入金)にも対応していますが、これらの一体型カードではこの機能を含めて物理的に1つになっています。

 オクトパスカードは、香港以外に、中国本土での利用場所も順調に増え続けており、まだまだ成長の途上にあるようです。

オクトパス以外の非接触決済も

 さて、香港で非接触カードといえばオクトパスですが、最近は他のタイプも登場しています。それが、VisaやMasterCardなどの国際ブランドが推進するクレジットカード(もしくはデビットカード)をベースとした非接触決済です。

 Visaの場合、「payWave(ペイウェーブ)」の名称で展開されており、アジアはもちろん、全世界的に導入が進んでいます。香港ではセブン-イレブンの全店(写真5)や、家具販売のIKEAなどが対応していました。

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写真5 payWave受け入れを示すマーク(左上)

 一方、MasterCardでは「PayPass(ペイパス)」を推進していますが、香港では化粧品チェーン1社のみが導入するにとどまっていました。

 現在の香港におけるクレジットカードのシェアとして、VisaのほうがMasterCardよりも大きいことの影響からか、非接触決済でもVisaのpayWaveに対応したお店のほうが多くなっています。

 なお、お店に設置された非接触ICリーダー(読み取り端末)は、技術的には1台でpayWaveとPayPassの両方に対応できるはずですが、残念ながら黎明期の現状にあってはそれぞれ互換性のない端末として運用されていました。

 ところで筆者は、日本から持参したPayPassカード(オリエントコーポレーションなどで発行中)を香港でもぜひ使ってみたいと思い、前述のお店で少額の商品を持ってPayPassカードを提示したのですが、「クレジットカードは100HKドル(約1,000円)以上の買い物にしか利用できない」と断られてしまいました。100HKドル以上? それは通常のクレジットカードのことだろうと思い、PayPassマークを見せて食い下がったのですが、店内に貼ってあったMasterCardのロゴマークを指さしながら、PayPassも例外ではないと説明する店員さんの頑なな態度を切り崩せませんでした(笑)。

 MasterCardさんの名誉のためにお伝えしておきますと、これはやはり店員さんの勘違いだったようです。後日、香港でお目にかかったMasterCardの担当者によると、「(100HKドル以上にしか利用できないというのは)PayPassのルールではない」とのこと。

 どこの国であっても、カード利用者と直接対峙する立場の店員さんに正確な理解を得ることは、カード業界にとって重要な命題と感じるエピソードでした。

現地のルールは『チップ&ピン&サイン』?

 最後に接触型ICカードの話題について触れておきましょう。香港のクレジットカードでは、日本ほど接触型ICカード(いわゆるEMV対応)への移行が進んでいないようで、お店の決済端末もまだまだ磁気ストライプを擦る対応が主流のような雰囲気でした。

 ただ、中にはICチップによるEMV取引に対応した端末を利用しているお店もありました。そこで気になった点がひとつ。カードを店員さんが決済端末にセットし、手元のPINパッド(暗証番号入力装置)から入力します。エラーにもならずこれで無事完了! と思ったら、その矢先に店員さんが伝票を差し出し、「ここにサインを(してください)」と言うではありませんか。

 そこでこじれても仕方ないので、しぶしぶ署名をしましたが、『チップ&ピン』を踏襲している日本とは異なる対応ですね。しかも、どうやら香港のICカード取引ではこの『チップ&ピン&サイン』(!)とも呼ぶべき運用形態が主流になっているようです。もちろん、当地ではそれが当たり前のようで、文句を言っている人は見かけませんでしたが。

 そんな些細なところに、現地の人のこだわりを見た気がしました。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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