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連載コラム

第16回 『NFC & Smart WORLD』が欲張りな展示会である理由

[ 2011年8月17日 ]

文・山本 正行(山本国際コンサルタンツ 代表)

 これまで長年にわたりICカードの老舗展示会として名を馳せた『IC CARD WORLD』の名称が、来年から『NFC & Smart WORLD』に変わると聞いて驚きました。
 この名称には"NFC"と"Smart"の2つのキーワードが含まれますが、NFCという近接通信方式を象徴する言葉と、"Smart"という解釈の幅が広い言葉を組み合わせた欲張りな名称と感じました。

「IC CARD」は和製英語

 IC CARD WORLD の名称が表すIC CARDの意味は言うまでもなく集積回路(Integrated Circuit)を組み込んだカードという意味です。これを横文字で書けば IC Card となる訳ですが、実はIC Cardという言葉は日本人が作った和製英語です。この言葉は英語を母国語とする人たちには通じず、オクスフォード、ランダムハウスなどの英米語辞書にも載っていません。
 ではIC Card は英語で何と言えば良いのでしょうか? ご存知の方も多いと思いますが、答えは"Smart card"です。(※EMVなど英語の技術仕様書には"Integrated Circuit Card"を"ICC"と略して記載するものもあります)
 英語で"Smart"は、賢い、洗練された、などの意味を持つ言葉ですが、自動化、コンピューター化、高機能化された機器を象徴的に表現する言葉としてもよく使われます。集積回路(IC)が組み込まれたカードを英語では"Smart card"というのはそのような意味が込められています。
 "Smart"は最近ではモバイルにも使われ、従来PDA(Personal Digital Assistance:携帯情報機器)などと呼ばれていたものが、iPhoneの登場を契機にSmartphone(スマートフォン)と呼ばれるようになり、日本でもスマホと略して呼ばれるまでに定着しました。
 なお、理由は分かりませんが、Smart card はSmartとcardの間にスペースが入り、Smartphoneは続けて綴ります。(今回はこの言葉の意味を強調するために英語表記で記載しています)
 ウンチクのようで恐縮ですが、要するにNFC & Smart WORLDは、
「NFCおよびICカード、スマートフォン、コンピューター化されたもの全ての展示会」
となるわけで、これが「欲張り」と私が主張する理由です。

icrt_0817_01.jpg新しい名称「NFC & Smart WORLD」のロゴ

Smart cardとSmartphoneとNFCの関係

 Smart cardとSmartphoneは"Smart"つながりで親和性が高いように思われますが、実はそこにNFCというキーワードが絡むと厄介です。
 NFCはデータ、アプリケーションなどを安全に格納するセキュリティ領域(SE: Secure Element)と、かざして反応(通信)するための無線通信機能(RF: Radio-frequency)の2つの要素に分解されます。セキュリティ領域(SE)には高いセキュリティ水準が求められるため、技術的にはクレジットカード(EMV)やSIMカードに用いられるものと同等なSmart card(カード形状とは限りませんが)が組み込まれます。
 NFCに対応するケータイやSmartphoneなどは、(1)デバイス本体に無線通信機能(RF)をあらかじめ組み込んでおき、セキュリティ領域は通信キャリアが持つSIM内に設け、SIMをデバイスに装着すると接続されてNFCが機能する----という方式と、(2)無線通信機能(RF)と同様セキュリティ領域も同じデバイス内に組み込んでおく方式----の二通りの実装方法があります。
 セキュリティ領域(SE)にはクレジットカードなどの決済アプリケーションとそれを活性化する個人情報などが格納されるため、それを所有する事業者には「領域使用料」をクレジットカード会社などから徴収できるなどメリットが生まれます。そのためにこの小さなセキュリティ領域(SE)には利権が大きく絡みます。
 NFC検討の段階ではセキュリティ領域(SE)をSIMに設けることを推進する通信キャリア(主にOrange、ボーダフォン、日本の通信キャリアなど)に対し、ケータイ本体に設けるべきと主張したケータイ端末メーカー(ノキアなど)との間で小競り合いありました。これはケータイ機種を変更した際のデータ移行が便利、通信キャリアがSIM上のアプリケーションを把握することで利用者がケータイを無くした場合に機能を停止するなどの対応が可能、などの点に賛同する意見が多く、結果的にNFCのセキュリティ領域(SE)はSIMに実装する、という方式が現在の定説になっています。
 しかしこの定説は従来型の高機能ケータイ(フィーチャーフォン:Feature phone)を前提に検討された経緯があって、Smartphoneには適用が難しいとする意見が出ています。特にiPhone の出現とケータイ端末がオープン化(SIMを差し替えることで原則としてどのケータイ、Smartphoneでも通話やデータ通信が可能となる)へ向かう情勢から、今後利用者は通信キャリアよりもデバイスを選択する傾向が強まってきています。実際にiPhone、アンドロイドなどのスマホ利用者の多くは通信キャリアよりもデバイスに対する愛着が強い人が多いでしょう。
 そうなると決済などの重要なアプリケーションやデータをスマホ本体に置こうとするスマホメーカー(アップルなど)やプラットフォーム提供者(Googleなど)が増えることも予想され、今後はNFCのセキュリティ領域(SE)を巡って通信キャリア、スマホメーカー、プラットフォーム提供者の間でどう決着をつけていくのか注目されます。

SmartphoneはGoogle walletを契機にNFC対応が進む?

 ところで、先般 Google が"Google wallet"を発表し話題を呼びました。Google WalletはNFC付きSmartphone(アンドロイド)に米シティバンクが発行するMasterCard PayPassを組み込み、お店にあるリーダーにSmartphoneをかざして決済するというサービスです。
 それ自体は、日本のおサイフケータイやフランスのCityziケータイ(欧州視察報告【1】フランス・ニースの「Cityzi」プロジェクトを訪ねて で実現されたサービスの焼き直しのようなもので、特に斬新なわけではありません。しかしGoogle がリアル決済(ネット決済ではなく)に参入したことと、NFC機能のサポートを正式に表明したことは注目すべき点で、今後Smartphone(アンドロイド)にNFCを搭載する具体的な理由の一つが明確になったことから、SmartphoneへのNFCの搭載がゆるやかに進むと想像されます。

icrt_0817_02.jpgGoogle Wallet(出典:Google社のWebページ)

NFCを取り巻く今後の動向

 ちょうど『IC CARD WORLD』が、装いも新たに『NFC & Smart WORLD』に変わったところですので、ここで今後のNFCの動向を少しだけ探ってみましょう。
 NFCは赤外線やBluetoothなどと同様、通信インターフェースに過ぎません。しかもBluetoothのような大容量データ通信には不向きです。しかし元来、非接触ICカードが持つ「かざす」ことによる決済や認証の簡便性から、非接触ICカードの普及と相まって応用範囲が広がることが期待されています。しかし現状、その普及はまだまだといった状態です。
 フランスなどで始まったNFCケータイでは、PayPassなどの決済のほか交通乗車券の利用が可能ですが、現状では一般の人々に定着するほどの段階にはなく、利用者は関係者や一部の先進的ユーザーに過ぎません。北米のGoogle WalletはSmartphoneのヘビーユーザーに受け入れられる可能性がありますが、使える場所がまだ少なく、しかも米国のシティバンクに口座がある人以外は利用しにくいためこれも当分は不発でしょう。
 ここまで書くと「NFCは普及しない」と言っているように聞こえるかもしれません。これまでの文脈に水を差すようですが、少なくとも今後2〜3年で「爆発的に」普及することは無いでしょう。しかしSmartphoneへのNFC搭載が少しずつでも増えるのに従って、海外でも交通乗車券や、Google WalletのようにPayPassやpayWaveといった決済サービスの利用がゆるやかに始まり、それを受ける店舗端末などの非接触リーダー(インフラ)も少しずつ浸透するので、4〜5年後以降の見通しは決して暗くはないと思います。

 ただし、NFCの本格普及を期待するのは、これまで述べたような「従来方式の延長」ともいえる利用シーンのみでは無理があるように思います。
 今後は個人が持つSmartphoneで個人間のカード決済を申し受けるなど、より柔軟な支払手段が増えてくると予想されますが、最初はカード番号を打ち込んだり、磁気ストライプリーダーを付けるなどの原始的方式がまず採用されると思われます。しかしこれにはセキュリティ上の問題などが指摘されており、そのまま本格普及というシナリオにも無理があります。そこでNFCの普及が進むにつれて、Smartphoneに非接触ICカードをかざす利用方法が推奨され、それが定着していくことには一定の可能性が認められると思います。
 しかし、そのような利用シーンはただ黙っていて普及が進むというものではなく、NFCを推進しようと考える事業者などの関係者が積極的に推進する必要がありそうです。
 これまでNFCは通信キャリアの推進力に強く依存する状況が続きましたが、これからはSmartphoneのデバイスやプラットフォームを握るGoogleとAppleがより注目されるでしょう。さらにGoogle、Appleに加えて大きなマーケットプレイスを持つAmazonやeBayなどの動向も大いに気になるところです。
 このような状況下で、先にも述べた通りGoogle がNFCの推進姿勢を明確にしたことが、NFCの普及へ向けて大きな推進力の一つになることは間違いなさそうです。

電子決済・ICカード国際情報局
執筆者:電子決済研究所/山本国際コンサルタンツ

多田羅 政和 (写真左、Masakazu Tatara)
株式会社 電子決済研究所 代表取締役社長。
カードビジネス専門誌『カード・ウェーブ』編集長、『モバイルメディア・マガジン』編集長を歴任した後、(株)シーメディア・ITビジネス研究所でマーケット調査やコンサルティングに従事、『電子決済総覧』『ICカード総覧』等の研究レポートの編集・執筆にも携わった。2009年7月に独立し、電子決済(クレジットカード、eコマース、電子マネー・プリペイドカードなど)、ICカード技術、生体認証技術、CRM・マーケティング(ポイントカード、電子クーポンなど)、ITセキュリティ(3Dセキュア、PCI DSSなど)といった、いわゆるICT全般に関連したビジネスを手がける調査・研究機関として、電子決済研究所を設立。2011年6月に同事業を法人化した。近著(編集協力)に『NFC総覧2010-2011』『電子決済総覧2011-2012』(iResearch Japan発行)、『NFC最前線2012』(日経BP社)などがある。


山本 正行 (写真右、Masayuki Yamamoto)
山本国際コンサルタンツ 代表。
主に決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタントとして、銀行、クレジットカード関連会社、通信キャリア、鉄道会社などの事業化、サービス企画などを支援。
山本国際コンサルタンツは、電子決済、ICカード、モバイル、認証、CRM・マーケティング、ITセキュリティなどの分野で活躍するコンサルタントから構成される組合組織(2009年7月開業)。電子決済・ICカード・モバイル等ICT関連ビジネスの事業支援をはじめ、マーケティング支援、コンサルティング、教育、調査、外資系企業の日本参入に関するビジネスモデル調査・支援(非会計分野)、日本企業の海外進出、海外向け製品販売の支援などのサービスを提供する。
他に、山本コマースITオフィス事業主、関東学院大学経済学部経営学科講師、株式会社 電子決済研究所 取締役、(一社)電波産業会 高度無線通信研究委員会特別委員(モバイルコマース担当)も務める。講演、執筆多数。近著に『カード決済業務のすべて〜ペイメントサービスの仕組みとルール〜』(一般社団法人 金融財政事情研究会)など。

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